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32.〈幕間〉春人 2
しおりを挟む神殿から王宮に移って三日。
与えられたのは、賓客用の豪奢な一室で、神殿暮らしよりは快適に過ごせている。
十二畳以上はありそうな広い部屋は奥が寝室になっており、手前がリビングだ。
四人掛けのソファセットがあり、窓際には書き物机がある。
ソファは革製品で、鑑定によると魔獣ブラックブルの皮を使った高級品らしい。
「ブラックブルって、前にステーキで食った牛肉か。肉は美味いし皮は上質、捨てるところの少ない、良い魔獣だなー」
ひんやりとした革の触り心地が気に入った。座席部分にはこれまた魔獣の毛皮の敷物が使われており、ふかふかだ。
「おお、気持ち良いな。これは森林狼の毛皮か。もうちっと強くなったら、俺でも狩れるかな?」
「下級の魔獣らしいから、今の俺たちでも余裕で狩れるはずだ」
ソファに座ったアキが紅茶を淹れながら、淡々と言う。人数分のマグカップはトーマ兄が送ってくれた物だ。
シンプルな無地のカップだが、色合いは良い。ナツは青、アキは紫、俺が緑のカップを使っている。
茶請けは俺が提供した。ポテチはパーティ開きにして、クッキーは皿に盛る。
お茶の準備が整ったところで、全員で浄化魔法を唱えた。
手を洗うよりも早く清潔になるので、この【生活魔法】は三人とも重宝している。
ちなみにアキが用意した紅茶用のお湯も【生活魔法】で出した物だ。いちいち沸かさないでいいので、俺もよく使う。
夜中に小腹が空いた時にカップ麺がすぐに食べられるので便利なのだ。
「王宮では魔獣の素材を使った家具や雑貨が多いわよね? おかげで神殿より快適だけど」
ナツがクッキーを摘まみながら、ぽつりと呟く。それは俺も疑問だった。コンソメ味のポテチを齧りながら、首を捻る。
「なんで神殿じゃ使わないんだろうなー。ソファもだけど、ベッドにも毛皮を敷き詰めた方が快適に寝られるだろうに」
「神殿では、魔獣を穢れとして扱っているからな。だから、魔獣肉も食卓には上がらなかったんだよ」
涼しげな表情で紅茶を飲みながら、アキが言う。
「マジか……。だから、神殿じゃあ精進料理だったのかよ」
「別に身体に害がないなら、食べるなり有効活用すれば良いのに。神殿はバカばっかりなの?」
ナツは辛辣だ。
神殿では「聖女」呼ばわりされて、神官たちに付き纏われていたらしいから、余計に苛立っている。
「融通が利かないのは確かだろうな。だが、邪竜を倒すには、気に食わなくても神殿の力が必要だ」
「……分かっているわよ。綿毛から貰ったスキルや魔法を使いこなせるようになるまでは、大人しくしているつもり」
「だなー。ある程度まで武器も魔法も使いこなせるようになったら、近場の森まで遠征して魔獣相手の訓練が始まるらしいぞ。そこでストレス発散しようぜ」
からりと笑いながら告げると、ナツとアキが何とも言えない表情でこちらを見ている。
「どうした?」
「いや…。ハルはどこで、その情報を?」
「おー、演習場で仲良くなったデンカに聞いたんだ。そういや内緒って言っていたか? はは!」
「デンカって、殿下? まさか、王太子殿下?」
「良く知らねーけど、それかな。何となく気が合って、よく連んでいるんだ」
金髪碧眼の少年は年齢も近く、すぐに仲良くなった。たまに俺が食っている菓子やカップ麺に興味を持っていて、こっそりお裾分けしたこともある。
「デンカはカップ焼きそばがお気に入りで、銀貨1枚で幾つか譲ってやったんだよなー」
「相変わらず、ハルは天然ね……」
「トーマとは違うタイプの人たらしだからな」
妹と従弟が顔を見合わせて、ため息を吐いている。何だ?
「まぁ、ちょうど良い。俺が国王夫妻、ナツが王女でハルが王太子を懐柔して、後ろ盾になってもらえれば、少しは安心だな」
「そうね。神殿の力が強いとは言え、さすがに国のトップに真っ向から喧嘩は売れないだろうし」
アキもナツも【アイテムボックス】から取り出した巾着袋をテーブルに置く。
袋をひっくり返すと、中から金貨や銀貨が転がり出て、山を作った。
「どうしたんだ、これ?」
「ハルも銀貨をもらったんでしょう? あれと同じようにして稼いだのよ」
「……カップ麺で?」
「違うわよ。私は王女と仲良くなって、今は美容グッズ系を買い取ってもらっている」
「俺は国王夫妻に紅茶や砂糖、香辛料を売り付けている。そこそこ儲けたぞ」
「えー! 何やってんだよ、お前ら」
「仕方ないだろう。何かあった時のために、こちらの世界の金は持っておきたい」
それは、確かにそうかもしれない。
今の俺たちには、銀貨数枚の「お小遣い」しか収入の手段がないのだ。
何も考えずに、そのお小遣いでトーマ兄から食品を購入していた自分に少し落ち込みそうになる。
「……まぁ、ハルのその天然さのおかげで、腹黒王子と名高い王太子を陥落出来たのなら上々だろう。今後もなるべく焦らしながら餌付けして、情報と金を巻き上げたら良い」
くくっ、とアキが低く笑いながら言う。
いやお前怖いんですけど! なんでナツも頷いてんの?
「カップ焼きそばね……。私たちの世界のジャンクな食べ物は依存性があるから、たっぷり稼げそうよ、ハル。油と炭水化物の欲に、人は弱いんだよね。カップ麺とポテチの沼に落とすのよ」
我が妹が恐ろしいです、トーマ兄。
アキも何をメモっているの? 依存しやすい食べ物に飲み物のリストなんだ、ありがとう! 本気すぎない???
「いきなり炭酸はやめておけよ。警戒される。まずは糖分たっぷりのジュースからがオススメだ。辛い物、甘い物と交互に出せば、両方ハマりそうだな。くれぐれも在庫は切らすなよ、ハル」
「おー…分かった……」
こくこくと頷いておく。
まぁ、友達に菓子やジュースを分けるのは別に良いか、と割り切ることにした。
売って欲しいとお願いされたら、その時に考えればいい。こっちの世界の金を貯めて、トーマ兄に武器を送りたいしな。
頼りになる従兄のおかげで、王宮での暮らしも快適になった。
クッションやシーツのおかげでベッドはふかふか。厨房に調味料やソースを手渡してレシピも伝えたおかげで、食事情も大幅に改善された。
野菜嫌いの王子と王女がドレッシングのおかげでサラダを率先して食べるようになったと、メイド長さんからも感謝されたほどだ。
「トーマがレベルアップしたみたいだな。いま、メッセージが届いた。値段制限がなくなったみたいだな」
「つまり、千円商品も解禁なのね! やったわ、部屋着が買える!」
二人が喜んでいるので、俺も【アイテムボックス】を確認した。
頼んでいたリストの買い物以外にも、奢りだと色々と送ってくれたらしい。
「お、キャンプ用品系がたくさん! レベルアップの恩恵すごいな? サンシェード、テントみたいだな。日除けにちょうど良い。コンパクトチェアも使えそうだし、ハンモックまである!」
アイテムボックスの収納リストに大喜びの俺を見て、ナツとアキも自分たちのリストを慌てて確認している。
「もちもちぬいぐるみクッション……? かわいい……」
さっそくナツが収納から取り出した、デカいイルカのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めている。クールだけど、昔から可愛い物が好きなんだよな。指摘したら蹴りが飛んでくるから、口にはしないが。
「マットに敷きパッド、シュラフまで100円ショップにあるのか。何にせよ、ありがたい。これで熟睡できそうだ」
アキはあれだけクッションや毛皮でふかふかにしたのに、まだ足りなかったのか。
メスティンやフードポットには使い方のメモまで同封されていて、ありがたい。
「フードポットってすげぇな。具材を放り込んで沸騰した湯を入れて、放っておいたら昼にはスープが出来てるんだろ?」
「ああ、スープジャーね。友達がお弁当代わりに持ってきていたわ。味見させて貰ったけど、美味しかったわよ」
ポトフとかカレースープが簡単に作れるらしい。今度、厨房に持って行って弁当用に作って貰おう。
「今回の奢り、金額も上がったしトーマ兄に申し訳ないな。こっちからも何か送ってやらねぇか」
「ハルにしては良い案だな」
「そうね。何がいいかしら?」
「お前らなぁ……。んー、野菜や玉子なんかの、森では手に入りにくい食材がいいんじゃね?」
「ハル冴えてる! それがいいわね、さっそく厨房へ行くわよ」
張り切ったナツに引き摺られるようにして、三人で厨房に向かった。
口の巧いアキに交渉は任せて、物々交換で食材を手に入れた。
こちらが渡したのは、マヨネーズとソース類、ドレッシングなど。厨房には女性もいたのでジャムや蜂蜜もチラ見せした。
彼らは大喜びで食材を提供してくれた。
国王一家や俺たちが美味そうに食っているのを見て、ずっと気になっていたらしい。
「根菜類中心に、葉物野菜とあとは牛乳に玉子。うん、良いんじゃないか? 玉子と牛乳が残り少ないって嘆いていたし、喜びそう」
「定期的に送ることにしよう」
「そうね。このくらいじゃ懐は痛まないし」
トーマ兄はこの贈り物を大層喜んでくれて、またごっそりとお礼の物資が送られてきた。
こちらからもリクエストを聞いて、また送ってやろうと思う。
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