33 / 203
32.〈幕間〉春人 2
しおりを挟む神殿から王宮に移って三日。
与えられたのは、賓客用の豪奢な一室で、神殿暮らしよりは快適に過ごせている。
十二畳以上はありそうな広い部屋は奥が寝室になっており、手前がリビングだ。
四人掛けのソファセットがあり、窓際には書き物机がある。
ソファは革製品で、鑑定によると魔獣ブラックブルの皮を使った高級品らしい。
「ブラックブルって、前にステーキで食った牛肉か。肉は美味いし皮は上質、捨てるところの少ない、良い魔獣だなー」
ひんやりとした革の触り心地が気に入った。座席部分にはこれまた魔獣の毛皮の敷物が使われており、ふかふかだ。
「おお、気持ち良いな。これは森林狼の毛皮か。もうちっと強くなったら、俺でも狩れるかな?」
「下級の魔獣らしいから、今の俺たちでも余裕で狩れるはずだ」
ソファに座ったアキが紅茶を淹れながら、淡々と言う。人数分のマグカップはトーマ兄が送ってくれた物だ。
シンプルな無地のカップだが、色合いは良い。ナツは青、アキは紫、俺が緑のカップを使っている。
茶請けは俺が提供した。ポテチはパーティ開きにして、クッキーは皿に盛る。
お茶の準備が整ったところで、全員で浄化魔法を唱えた。
手を洗うよりも早く清潔になるので、この【生活魔法】は三人とも重宝している。
ちなみにアキが用意した紅茶用のお湯も【生活魔法】で出した物だ。いちいち沸かさないでいいので、俺もよく使う。
夜中に小腹が空いた時にカップ麺がすぐに食べられるので便利なのだ。
「王宮では魔獣の素材を使った家具や雑貨が多いわよね? おかげで神殿より快適だけど」
ナツがクッキーを摘まみながら、ぽつりと呟く。それは俺も疑問だった。コンソメ味のポテチを齧りながら、首を捻る。
「なんで神殿じゃ使わないんだろうなー。ソファもだけど、ベッドにも毛皮を敷き詰めた方が快適に寝られるだろうに」
「神殿では、魔獣を穢れとして扱っているからな。だから、魔獣肉も食卓には上がらなかったんだよ」
涼しげな表情で紅茶を飲みながら、アキが言う。
「マジか……。だから、神殿じゃあ精進料理だったのかよ」
「別に身体に害がないなら、食べるなり有効活用すれば良いのに。神殿はバカばっかりなの?」
ナツは辛辣だ。
神殿では「聖女」呼ばわりされて、神官たちに付き纏われていたらしいから、余計に苛立っている。
「融通が利かないのは確かだろうな。だが、邪竜を倒すには、気に食わなくても神殿の力が必要だ」
「……分かっているわよ。綿毛から貰ったスキルや魔法を使いこなせるようになるまでは、大人しくしているつもり」
「だなー。ある程度まで武器も魔法も使いこなせるようになったら、近場の森まで遠征して魔獣相手の訓練が始まるらしいぞ。そこでストレス発散しようぜ」
からりと笑いながら告げると、ナツとアキが何とも言えない表情でこちらを見ている。
「どうした?」
「いや…。ハルはどこで、その情報を?」
「おー、演習場で仲良くなったデンカに聞いたんだ。そういや内緒って言っていたか? はは!」
「デンカって、殿下? まさか、王太子殿下?」
「良く知らねーけど、それかな。何となく気が合って、よく連んでいるんだ」
金髪碧眼の少年は年齢も近く、すぐに仲良くなった。たまに俺が食っている菓子やカップ麺に興味を持っていて、こっそりお裾分けしたこともある。
「デンカはカップ焼きそばがお気に入りで、銀貨1枚で幾つか譲ってやったんだよなー」
「相変わらず、ハルは天然ね……」
「トーマとは違うタイプの人たらしだからな」
妹と従弟が顔を見合わせて、ため息を吐いている。何だ?
「まぁ、ちょうど良い。俺が国王夫妻、ナツが王女でハルが王太子を懐柔して、後ろ盾になってもらえれば、少しは安心だな」
「そうね。神殿の力が強いとは言え、さすがに国のトップに真っ向から喧嘩は売れないだろうし」
アキもナツも【アイテムボックス】から取り出した巾着袋をテーブルに置く。
袋をひっくり返すと、中から金貨や銀貨が転がり出て、山を作った。
「どうしたんだ、これ?」
「ハルも銀貨をもらったんでしょう? あれと同じようにして稼いだのよ」
「……カップ麺で?」
「違うわよ。私は王女と仲良くなって、今は美容グッズ系を買い取ってもらっている」
「俺は国王夫妻に紅茶や砂糖、香辛料を売り付けている。そこそこ儲けたぞ」
「えー! 何やってんだよ、お前ら」
「仕方ないだろう。何かあった時のために、こちらの世界の金は持っておきたい」
それは、確かにそうかもしれない。
今の俺たちには、銀貨数枚の「お小遣い」しか収入の手段がないのだ。
何も考えずに、そのお小遣いでトーマ兄から食品を購入していた自分に少し落ち込みそうになる。
「……まぁ、ハルのその天然さのおかげで、腹黒王子と名高い王太子を陥落出来たのなら上々だろう。今後もなるべく焦らしながら餌付けして、情報と金を巻き上げたら良い」
くくっ、とアキが低く笑いながら言う。
いやお前怖いんですけど! なんでナツも頷いてんの?
「カップ焼きそばね……。私たちの世界のジャンクな食べ物は依存性があるから、たっぷり稼げそうよ、ハル。油と炭水化物の欲に、人は弱いんだよね。カップ麺とポテチの沼に落とすのよ」
我が妹が恐ろしいです、トーマ兄。
アキも何をメモっているの? 依存しやすい食べ物に飲み物のリストなんだ、ありがとう! 本気すぎない???
「いきなり炭酸はやめておけよ。警戒される。まずは糖分たっぷりのジュースからがオススメだ。辛い物、甘い物と交互に出せば、両方ハマりそうだな。くれぐれも在庫は切らすなよ、ハル」
「おー…分かった……」
こくこくと頷いておく。
まぁ、友達に菓子やジュースを分けるのは別に良いか、と割り切ることにした。
売って欲しいとお願いされたら、その時に考えればいい。こっちの世界の金を貯めて、トーマ兄に武器を送りたいしな。
頼りになる従兄のおかげで、王宮での暮らしも快適になった。
クッションやシーツのおかげでベッドはふかふか。厨房に調味料やソースを手渡してレシピも伝えたおかげで、食事情も大幅に改善された。
野菜嫌いの王子と王女がドレッシングのおかげでサラダを率先して食べるようになったと、メイド長さんからも感謝されたほどだ。
「トーマがレベルアップしたみたいだな。いま、メッセージが届いた。値段制限がなくなったみたいだな」
「つまり、千円商品も解禁なのね! やったわ、部屋着が買える!」
二人が喜んでいるので、俺も【アイテムボックス】を確認した。
頼んでいたリストの買い物以外にも、奢りだと色々と送ってくれたらしい。
「お、キャンプ用品系がたくさん! レベルアップの恩恵すごいな? サンシェード、テントみたいだな。日除けにちょうど良い。コンパクトチェアも使えそうだし、ハンモックまである!」
アイテムボックスの収納リストに大喜びの俺を見て、ナツとアキも自分たちのリストを慌てて確認している。
「もちもちぬいぐるみクッション……? かわいい……」
さっそくナツが収納から取り出した、デカいイルカのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めている。クールだけど、昔から可愛い物が好きなんだよな。指摘したら蹴りが飛んでくるから、口にはしないが。
「マットに敷きパッド、シュラフまで100円ショップにあるのか。何にせよ、ありがたい。これで熟睡できそうだ」
アキはあれだけクッションや毛皮でふかふかにしたのに、まだ足りなかったのか。
メスティンやフードポットには使い方のメモまで同封されていて、ありがたい。
「フードポットってすげぇな。具材を放り込んで沸騰した湯を入れて、放っておいたら昼にはスープが出来てるんだろ?」
「ああ、スープジャーね。友達がお弁当代わりに持ってきていたわ。味見させて貰ったけど、美味しかったわよ」
ポトフとかカレースープが簡単に作れるらしい。今度、厨房に持って行って弁当用に作って貰おう。
「今回の奢り、金額も上がったしトーマ兄に申し訳ないな。こっちからも何か送ってやらねぇか」
「ハルにしては良い案だな」
「そうね。何がいいかしら?」
「お前らなぁ……。んー、野菜や玉子なんかの、森では手に入りにくい食材がいいんじゃね?」
「ハル冴えてる! それがいいわね、さっそく厨房へ行くわよ」
張り切ったナツに引き摺られるようにして、三人で厨房に向かった。
口の巧いアキに交渉は任せて、物々交換で食材を手に入れた。
こちらが渡したのは、マヨネーズとソース類、ドレッシングなど。厨房には女性もいたのでジャムや蜂蜜もチラ見せした。
彼らは大喜びで食材を提供してくれた。
国王一家や俺たちが美味そうに食っているのを見て、ずっと気になっていたらしい。
「根菜類中心に、葉物野菜とあとは牛乳に玉子。うん、良いんじゃないか? 玉子と牛乳が残り少ないって嘆いていたし、喜びそう」
「定期的に送ることにしよう」
「そうね。このくらいじゃ懐は痛まないし」
トーマ兄はこの贈り物を大層喜んでくれて、またごっそりとお礼の物資が送られてきた。
こちらからもリクエストを聞いて、また送ってやろうと思う。
276
お気に入りに追加
2,553
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
キャラ交換で大商人を目指します
杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。
惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜
甲殻類パエリア
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。
秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。
——パンである。
異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。
というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。
そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる