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18. ホットサンド
しおりを挟む大森林。それはこの世界の国々を分断する、広大な樹海だった。
創造神に与えられた魔法書は魔法についての指南書だけではなく、この世界について記されていた。おそらくは、彼曰くの「ちゅーとりある」のおまけなのだろう。
魔法の書らしく、最後の白紙のページを開いて知りたいことを問い掛けると、その内容が浮き上がってくる。
「この世界の地図が見たい。あと、現在地も知りたいな」
白紙のページに地図がじわじわ描かれていく。どこかで見たような地形だ。
「形は四国に似ているな。大陸自体はオーストラリアよりも大きそうだが」
大陸を縦に三分割して、その中央部がすべて緑色に塗られている。どうやら、そこが大森林らしい。安易な名前だと思っていたが、文字通りに大きかったからのようだ。
「大陸を四等分する、大国は三つ。あとは幾つか小国が散らばっているのか。アイツらが召喚された国が、南東のシラン国。で、俺のいる現在地が北東のトレニア帝国か……」
トレニア帝国の隣国、西側にはグランド王国がある。南西方向には亜人種が多く住む小国が散らばっており、それぞれ種族別に固まって暮らしているらしい。
「お、大陸から少し離れた島にはエルフが住んでいるのか。ちょっと気になるな」
自分以外のエルフがどんな姿をしているのか、見てみたい。ここでの暮らしが落ち着いたら、一度その島を訪ねてみようと思った。
「現在地はここか。アイツらとは結構離れた場所だな。もしかして創造神がわざと距離を置かせたのか。まぁ、アイツらのことだから、近場にいるのがバレたら、探しに来そうだもんな……」
大陸自体が広大なため、シラン国からトレニア帝国まではかなりの距離がある。
地図の空欄には、両国を訪れるには馬車旅で1か月以上かかると注意書きがあった。
しかも、二国の間を阻む大森林は厄介だ。魔力の源たる魔素が濃くなり過ぎて、創造神が国を造った際には草原だった場所が、今では緑濃い樹海へと変化したのだと言う。
「この魔素を浴び続けて、普通の獣が魔獣に進化したのか」
魔法書の中身はとても興味深い。
草原で見かけたグラスマウスやホーンラビットも元は野鼠と野兎だったのだ。
大森林から漏れ出した魔素に当てられて、魔獣化したのだろう。
「大森林から離れた場所に王都や帝都を置いているのは、魔獣避けの意味もあるのか……」
勇者として召喚されたアイツらも、大森林から離れた場所にある神殿で保護されているようだし。
「とりあえず西南の方向を目指そう。大森林のど真ん中に拠点を置けば、人にも魔族にも見つかりにくいだろうしな」
地図を指先で辿り、目当ての場所を確認する。天高く聳える魔の山。その麓付近を拠点候補として進むことにした。
「周囲の環境を確認して、過ごしやすそうなら、そこに住もう。どんな山か、楽しみだ」
パルクールはもちろんだが、ボルダリングにもハマっていたので、山登りにも興味があった。
(ハイエルフの肉体だと、ボルダリングも楽勝なのか?)
とても気になる。
楽しみがまたひとつ増えてしまった。
「…っと、もう十時過ぎか。明日も早いし、寝るとするか」
魔法書で知識を得るのは楽しいが、明日は大森林に足を踏み入れるのだ。
どうせなら、万全の状態で挑みたい。
ランタンの灯りを落とし、寝袋に潜り込む。夜はやはり、少し冷える。
身体に巻き付けたフリースのブランケットのおかげで快適だが、冬が来る前にきちんと装備は整えておかなければならないだろう。
「やっぱりレベル上げて、召喚魔法で色々買えるようにするのが最善だな」
魔素が濃い大森林の中は獣が変化した魔獣だけでなく、強力な魔物も多くいる。
創造神の加護のおかげで魔獣や魔物の攻撃は弾けるようだが、奴らを倒すには地道に強くなるしかない。
「マトモな武器もないし、やっぱり魔法だな。明日から頑張ろう……」
ふわふわの寝袋に潜り込み、目を閉じた。眠りに落ちるのは、あっという間だ。
こちらの世界に転生してから、寝付きも寝起きもすこぶる良い。
その夜も気持ち良く熟睡した。
「今日の朝食はホットサンドにしよう」
ツナ缶と魚肉ソーセージとおつまみチーズを100円ショップで購入し、キャンプに持参していた食パンでサンドイッチを作る。
ホットサンドメーカーの片面に溶かしバターを塗り、薄切りにした食パンを載せた。
刻んだチーズを散らし、ツナマヨとスライスしたソーセージを載せて、マヨネーズと黒胡椒で味付けをしたら、もう一枚の食パンで挟んで両面をじっくり焼いていく。
「あとは昨日買ったスープの残りと、ポテトサラダを食おう。コーヒーはブラックで」
ポテトサラダはなんちゃってメニューだ。何せジャガイモは今や貴重なので、もったいなくて使えない。使ったのは100円ショップのサラダ味の菓子だ。
「このポテトスティックを細かく砕いて湯に溶かすと、茹でじゃがっぽくなるんだよなぁ……」
SNSで見かけた時短レシピだ。
マヨネーズで和えると、立派なポテトサラダになる。今日はそれにホットサンド用に入手した余りのソーセージも投入した。
味見してみたが、充分美味しい。
香ばしい匂いが漂ってきた。ホットサンドも綺麗に焼けたようだ。半分に切って皿に載せる。断面が美しい。
ホットサンドとポテトサラダ、ポタージュスープの朝食をテーブルに並べる。どれも美味そうだ。食べる前に何となくスマホで写真を撮ってみた。
うん、なかなか映えているんじゃないか?
「アイツらにも画像が送れたら良いんだけど……」
ぼそりと呟いたら、スマホが薄青く光った。落としそうになったのを慌ててキャッチする。
壊れたのか? と確認しようと画面を覗き込んだら、見慣れないアプリが入っていた。
「なんだ、これ? 『勇者メッセ』?」
タップしてみると、通信アプリのようだ。それも、この世界で異世界出身の四人だけが使えるSNS。
「お、グループ通信も出来るみたいだな。画像も送れるのか。……さっきの俺の愚痴を創造神が叶えてくれたのかな」
素直に感謝する。
さっそくタップして、朝食の写真をグループメッセで送っておいた。「朝食♡」と無駄に可愛くハートマーク付きで。
「さて、冷える前に食っちまうか」
ホットサンドを手づかみして、かぶりつく。さくさくにトーストされた食パンが美味い。パンの耳もラスクみたいだ。
とろりと溶けたチーズとソーセージが絡んで控えめに言っても最高に美味しい。
ツナマヨも入った豪華なホットサンドは是非また作ろう。
本当はハムエッグサンドを作りたかったが、持参したハムと卵は今や貴重品なのだ。
「食パンは道の駅で焼きたてのを二本買っていたから、まだしばらくは食えるな」
一本が確か三斤だったか。ホットサンドをする時は八枚切りにしているので、すぐに無くなることはないだろう。
「ん、ポテトサラダも美味い。それにしても100円ショップに魚肉ソーセージが売っているのは知らなかったな」
おつまみコーナーにドライソーセージやジャーキー類が豊富にあったのは知っていたが、まさか魚肉ソーセージまであるとは。
あとはチーズやバターがあるのも地味に嬉しかった。あいにくヨーグルトはなかったが、ペットボトルのフルーツ牛乳はある。
「意外と侮れないんだよな、100均……。ないと思っていた肉類も他に見つけられたし」
ポタージュを飲みながら、召喚画面をタップして検索する。
魚肉ソーセージやドライソーセージ、ジャーキーなどの加工品の他だと、鶏レバーに砂肝の缶詰を見つけた。鶏の照り煮缶、肉じゃが缶におでん風缶詰まであった。
「あとはレトルトカレーやパスタソースに小さい肉が入ってるくらいか……?」
食後のブラックコーヒーを楽しんでいると、スマホがやたらと騒がしい。どうやらアイツらも例のアプリを見たようだ。
朝食が豪華だと羨むメッセージと画像が一枚添付されている。
開くと神殿での朝食の写真だった。
「黒パンと野菜と干し肉のスープ。お、卵料理もあるじゃないか。スクランブルエッグとベーコンか?」
思ったよりは豪華に見えたが、パンは酸っぱくて硬いので、スープに浸さないと食べられないレベル。肝心のスープも味付けが薄すぎると嘆いていた。
スクランブルエッグは焼いただけなので味がない、唯一美味しかったのはベーコンだけらしい。
『ベーコンはやたらと塩辛いから、スクランブルエッグと一緒に食べるとちょうど良い。あとパンが酸っぱいのがキツい。腐ってない? スープも薄味だから、送ってもらった塩胡椒で味変した』
ハルなりに工夫しているみたいだな。ナツは前日の食事で懲りたようで、固いパンをフレンチトースト風に調理して貰って食べたらしい。卵と牛乳は神殿にもあったので、送ってやった砂糖を厨房に渡してレシピを伝えておいたようだ。賢いな。
アキは最初からパンを断り、持参した菓子パンを食ったらしい。ナツのフレンチトースト作戦に感心していて、次回から自分もお願いすると言っている。
「パンやスープなんかは微妙みたいだけど、肉と果物は絶品なのか。たしかにホーンラビット肉は美味かったもんな。果物は森にもあるといいんだが」
レベル上げを頑張る勇者見習い期間中の彼らの給料は1日銀貨二枚だと教えてもらった。日給二万円とは羨ましい。
その内半分の銀貨一枚で俺から毎日物資を購入したいとアキから交渉された。
もちろん断る理由はないので快諾した。
「さて、片付けるとするか」
いよいよ、お楽しみの大森林だ。
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