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8. これから
しおりを挟む『……トーマ。なるべく早く力を付けて、強くなる。必ず迎えに行くから』
「ああ。こっちも一応、加護を貰えたから、そんなに心配しなくても平気だぞ、アキ」
ただし、魔獣や魔物の攻撃は防げても、対人は対象外なので、レベル上げは頑張らなければならない。
創造神がやたら大森林で住むことを勧めてくるとは思ったが、そういうことらしい。
人相手だと無防備になるのなら、魔獣や魔物が棲む大森林は、俺にとってはちょうど良い隠れ家になる。
浅い箇所には冒険者や狩人が踏み込むことはあるが、滅多に人が来ることはないらしいし。
(サバイバルキャンプ気分で、大森林の奥でレベル上げするか)
召喚魔法と加護の結界があれば、森の奥でも不自由なく暮らせるだろう。
それに、少し楽しみでもあった。
熱しやすく冷めやすいと言われる俺がここしばらくハマっていたのは、キャンプの他にもある。パルクールだ。
障害物があるコースを身体能力だけで素早く、滑らかに飛び跳ねて通り抜ける。
小柄で目が良く、運動神経にそれなりの自信がある俺とは相性の良い競技。
格闘技も球技も体格差があると不利だった。その点、陸上競技はそれなりに向いていたが、あまり面白いとは思えなかった。
誘われるままスケボー、ダンス、と挑戦して、唯一ハマったのがパルクールだ。
(森の住人と呼ばれるエルフ、その上位種に転生したんだ。大森林でパルクールを極められるんじゃないか?)
この身体がとてつもなく軽く、また強靭な力を秘めているのは、何となく伝わってくる。早く、森の中を駆け巡ってみたい。
落ち着きなくソワソワとしていると、どうやら聡い従弟に気付かれた。
『……トーマ、楽しそうだな』
「ああ、楽しみだ。この体でどんなことが出来るのか、どこまで出来るのか。異世界キャンプも楽しみで仕方ない」
に、と笑って答えると、アキを筆頭にハルもナツもふにゃりと眉を寄せた。
『巻き込んでしまって、すまない』
『ごめんね、トーマ兄さん』
「何だ、あらたまって? それに巻き込んだのはお前たちじゃない。どっちも被害者だ」
『だけど、トーマ兄は死んじまったじゃねーか!』
「そうだけど、まぁ生き返ったし。お前たちが望んでくれたおかげだな。感謝してるよ」
やんちゃな奴らが元気がないと調子が狂う。何でもないことのように言い放つと、少しだけホッとしたようだった。
「まぁ、頑張って強くなれ。邪竜を倒すのは百年単位でもいいみたいだから、無茶はするなよ。で、国のトップを捩じ伏せることが出来たら、招いてくれ」
もっと気の利いたエールを送れたら良いのだけど、これが限界だ。あとはせいぜい「餌」を散らつかせるくらいか。
「レベルが上がったり、新しくスキルを覚えることが出来たら、ご褒美を送ってやるぞ?」
だから、頑張れ。
笑顔で告げると、何故か三人とも頬を赤らめている。
『……分かった。努力する』
『トーマ兄、マジで気を付けろよな……? 破壊力増してんぞ、人たらしの』
「は?」
『とにかく、トーマ兄さんは私たち以外に笑顔を向けるのは禁止。分かった?』
「? おー、分からんが、分かった」
頷いたところで、毛玉が頭の上にぽすんと落ちてきた。
『生存確認は出来たようだし、通信は切るよ。これ以降はこんな風に会話はできないからね?』
「今後はスキルボードのメールでの連絡だけってことだな。了解」
えー、とブーイングが聞こえたが、毛玉は容赦なく映像を切った。
『ちゅーとりあるは、これで終わり。アイテムボックスの中に叡智を封じた魔法書を送っておいたよ。後はそれを読んで理解してね?』
「ああ、色々とありがとう。助かった」
素直にお礼を言ったからか、毛玉は驚いたようだった。だけど、感謝の気持ちは本物だ。便宜を図ってくれたおかげで、こうして生き返って、新しい世界に胸を弾ませることが出来ているのだから。
『……そう言ってくれると、嬉しいよ。ああ、そうだ。アイテムボックスに収納している荷物も含めて、君たちの持ち物には僕の加護が掛かっている。傷付かず、汚れることなく、君たちを守ってくれるから、大事に使ってね?』
慌てて着ている服を【鑑定】すると、破損不可、自動修復機能付きと読み取れた。
もしかしなくても、下手な鎧よりも頑丈なのでは?
『もしも汚れたり傷が付いても、アイテムボックスに収納すれば元通りになるから。じゃあ、僕はもう還るね。ーー良い、異世界生活を』
「あ……」
頭の上にいた、ほんのりとしたぬくもりが消えた。随分あっさりとした別れだ。
賑やかな毛玉がいなくなって、ほんの少し寂しさを覚えたが、それを上回る期待に、今は胸がいっぱいだった。
周囲を見渡す。広い草原。ハイエルフの視力は凄まじく、かなり遠くまで見通せた。
北と東方向には集落らしき建物が見える。西は草原がずっと続いていた。そして、南側には濃い緑が広がっている。
「あれが、大森林か。ここからだと、かなりの距離がありそうだな」
数十キロは先だが、それまでは平坦な草原が続いている。
今のところ物資や装備にも余裕があるので、のんびりと歩いて行くのも悪くはない。
太陽はちょうど頭上、夕方まで歩いて、途中でテントを張って休めば良いだろう。
「その途中で魔獣を倒しながらレベル上げかな。ああ、良さそうな素材があれば適宜収納してポイントに換えていこう」
そうと決まれば、装備の確認だ。
スタイル的に魔法が攻撃の主な手段なのだろうが、いきなり使いこなせるとは思えない。無手で異世界を闊歩するほど、度胸はないので、何か武器が必要だ。
「アイテムボックスに収納した荷物に、確かあったはず。お、あった!」
取り出したのは、キャンプ用の手斧だ。他にも草刈り用の鎌やアウトドアナイフがある。
親戚の山小屋を借りるお礼に周辺の整備を頼まれていたため用意していた諸々が、まさかこんな風に役立つとは。
「薪割り用の斧が魔獣に通じるか不安だったけど、鑑定したらしっかり加護が付いていて、めちゃくちゃ強そうな武器になっているなコレ」
とても心強い。ありがとう毛玉ーー否、創造神さま。呆れたような気配を感じるが気にしない。現代っ子はちゃっかりしているんですよ。
先程ポイントで購入したペットボトルの緑茶で喉を湿らせると、手斧を片手に森に向けて歩いて行く。
アウトドアナイフはいつでも取り出せるように、ジャケットのポケットに突っ込んだ。
「よし、楽しむぞ、異世界」
目指すは魔境、大森林。
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