召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽

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 三人とも怪我をしている様子はない。
 画面に映り込んでいる背景から判断しても待遇は悪くなさそうだ。
 清潔で居心地の良さそうな部屋は、ごてごてと飾り立てられた豪奢な屋敷よりも好感が持てる。

『……本当に生き返ったんだな。いや、作り替えられたのか、トーマ』
「ん、そうみたいだな。……そんなに変わっているのか、俺の外見?」
『トーマにぃ、自分の顔見てないのか?』
「仕方ないだろ。生まれ変わり立て、ほやほやなんだ。鏡もないし、確認できない。等身が微妙に変わった気はするが」

 三人の中では一番冷静なアキがメガネの奥の切れ長の瞳で観察してくる。
 最初に確認するのがその点なのは、あれでも動揺しているのかもしれないが。

基本ベースのルックスはトーマ兄さんなんだけど、細部が違い過ぎて戸惑う。元々、整ってはいたけど、今はちょっと近寄りがたいくらいの美形になってるよ……?』

 ナツが戸惑いながら教えてくれた。
 小柄で女顔だったのがコンプレックスだったのに、美形だと? 

「マジか……」
『仕方ないでしょ。ハイエルフなんだから。でも、エルフよりは地味な外見で作り直してあげたんだから、この世界じゃ悪目立ちはしないはずだよ!』

 耳元で毛玉がぽよぽよ揺れる。
 エルフと言えば、確かに美形のイメージがあった。金髪や銀髪、瞳の色も青とか緑とか、とにかくキラキラしている印象だ。
 自分の髪が黒っぽい色なのは分かるが、もしかして瞳の色も変わっているのだろうか。

『トーマにぃの髪はブルーブラック? 黒に紺が混じったみたいな色だな。ロックな感じでカッコいいんじゃないか』
「ハル……」

 空気を読まない、素直なハルの感想に肩を落とす。
 黒髪じゃなかった。そっと光に透かしてみると、確かに青みがかった色をしている。
 項垂れる俺に、さらにナツがとどめを刺してきた。

『瞳は深い蒼色かな。とても綺麗。耳の先は髪で隠れているから分からないけれど』
「耳……尖っているな……。髪で隠せるなら目立たないか?」
『綺麗なんだから、隠すことないと思うけど』

 ナツが不思議そうに首を傾げているけれど、俺はふわりと飛んで逃げようとする毛玉をキャッチする。

「俺はまだこの世界のことを知らないけど、ハイエルフはレアな種族なんだよな?」
『……そうだね。エルフは人族よりはかなり少なくて、ハイエルフはさらに稀少な存在だ。エルフにとっては始祖、人で言うところの王族的な種だから』
「エルフの王族? ……面倒そうだから、やっぱり隠れて暮らそう」

 天然モノのハイエルフならともかく、急拵きゅうごしらえの肉体がレアなのは、厄介な予感しかしない。

『そうだね。君には隠れて暮らしてもらわないと。命の危険があるから』
「は? 命の危険?」

 初耳なんですけど。
 手の中の毛玉を締め上げようとするが、それより先に従弟たちが血相を変えた。

『おい待て毛玉、どういう事だ⁉︎』
『そうよ、トーマ兄さんは私たちと一緒に暮らすんじゃないの?』
『説明を。毛玉』

 どうやら、従弟たちも自分と同じく創造神を毛玉扱いしているらしい。さすが血族。

『君たち勇者が召喚されたのは、宗教国家のシラン国。敬虔な信者が多いのは良いんだけど、亜人差別がひどい国だから、ハイエルフがのこのこ歩いていたら、あっという間に奴隷に落とされちゃうよ』

 物騒な国だな。絶対に近寄らないでおこう。毛玉は更に隣国のトレニア帝国も奴隷制があるから要注意と教えてくれた。

『あと、グランド王国もエルフや獣人を飾り立ててペット扱いする貴族が多いから気を付けてね?』
「ヤバい国ばかりじゃないか。どこか山にでも隠れ住めって?」
『うん、山じゃないけど大森林の奥にしばらく隠れ暮らしてくれると助かるかなー』

 手の中から這い出した毛玉がころんと転がる。ケサランパサラン、ふわ、ふわり。
 幸せを呼ぶのは本当なのだろうか。

『反対っ! 何でトーマ兄さんが隠れ住まなきゃいけないの! 私たちの所にいたら良いじゃない!』
『そうだよ。俺たちは勇者なんだろ? だったら、俺たちの大切な家族だって伝えれば、この国でも大事にして貰えるはずだろ!』

 ナツとハルの兄妹が懸命に訴えてくれるが、毛玉はーー創造神はきっぱりと首を振った。

『ダメだよ。君たちが大切にすればするほど、彼は危険になる。トーマが弱点だって自分たちでさらして、どうするのさ?』
「あー…。その、シラン国だっけ。そこの上層部はそういう行為をしそうな国なんだな? それこそ、俺を餌に勇者に無理を通そうとする?」
『嬉々として君の身柄を確保しそうだよねぇ。エルフ一匹で勇者を操れるんだもん、すぐに捕らえて封じちゃうだろうね』
「最悪。……あと、もしかしなくても、俺が勇者の弱点ってバレると、邪竜にも狙われるんじゃ?」
『その可能性は高いね。もバカじゃない。今はまだ力を蓄えるためにダンジョンの奥深くで眠っているけれど、配下の魔族をけしかけるくらいは平気でやるだろうね』
「ん、分かった。そう言うわけで、俺はしばらく姿を隠すから、お前らも頑張れ」

 魔族とか無理。レベル1の巻き込まれ一般人には重荷過ぎる。
 笑顔でサムズアップすると、黙って耳を傾けていたアキがため息を吐いた。
 未だ興奮気味の春夏兄妹をどうにか宥めつつ、こちらに視線を向ける。

『状況は理解した。今の俺たちではトーマを守り切ることは出来そうにない。姿を隠して力をつけた方が良いと、俺もそう思う』
「悪いな。弱過ぎて足手まといにしかならないから、俺はお前らのサポートに徹するよ」
『サポート?』
「おう。俺に強い攻撃用のスキルはないんだが、ちょっとした裏技というか詫びチートでネット通販が使える。この世界は不便そうだから、ポイントが貯まったら色々と送ってやるよ」
『すげぇ、トーマにぃ、チートだ!』
『正直、すごく助かる!』
『どうやって送ってくるつもりなんだ?』

 てのひらで転がっている毛玉を見下ろすと、待ってましたとばかりに跳ねた。

『ステータスボードに特別に転送機能を付けたよ! アイテムボックス間で荷物を送れるから活用してね。一言メール欄で情報交換も出来るよ』
「ステータスボード、これか。じゃあ、さっそく預かっている荷物を送るぞ?」

 アイテムボックス内にある、彼らのキャンプ用の荷物をそれぞれに転送する。
 メールと同じく送付先をタップするだけだから、簡単だ。すぐに届いたようで、三人から歓声が上がった。
 着替えや日用品、雑貨、菓子も入っていたのかな? 喜ぶのも理解できる。
 着の身着のままで異世界に放り出されて、不安にならない奴はいないだろう。

『ありがとう、トーマ兄さん!』
「おう。ナツは女子だし、特に不便だろうから、欲しい物があればメールしろよ? 買い物にポイントが必要だから、あんまり高い物は買えないけど」
『ん、分かった。……欲しい物がなくてもメールはするよ』
『トーマにぃ、俺も欲しい物はいっぱいあるんだけど!』
「お前はどうせ食い物だろ。しばらくは我慢しろ。調味料とか、後で送ってやるから」
『ええー…ナツにだけ甘い……ずるいー』

 当たり前だろ。デカい図体の従弟より、素直な従妹の方が可愛いに決まっている。

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