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〈冒険者編〉
322. ワイルドシープの毛糸
しおりを挟む初攻略特典の転移の魔道具のおかげで、ナギとエドは「近くのコンビニに買い物に行く」気楽さで、ハイペリオンダンジョンを行き来できている。
基本的には欲しい食材のある階層へと、こっそり転移することが多いが、「売れる」素材やドロップアイテムを目当てに赴くこともあった。
ちなみに、いちばん需要があるのはマジックバッグだ。
ナギの魔力を元に再構築されたダンジョンだからか、フロアボスや特殊個体を倒すと、よくドロップする。
三十五階層のサンドキャメルのように、倒した魔獣の素材を使ったバッグが多く、これが意外と人気なのだ。
ラクダの魔獣のサンドキャメルの革は軽くて丈夫で質が良い。
キャメルカラーと呼ばれる色合いを好む女性も多いため、冒険者だけでなく富裕層にも人気があった。
なので、容量が少なくても高値で売れるマジックバッグは良い稼ぎになる。
「あとはスパイスに調味料、お酒も人気なのよね。おかげで、最近はお店でも美味しい料理が増えて、良いことばかりだわ!」
冒険者ギルドの帰りに寄った小料理屋で、ナギは煮込み料理を幸せそうに口にする。
オークの肉団子を赤ワインベースのソースで煮込んだ一皿で、この店でいちばん人気のメニューらしい。
赤ワインと黒胡椒はハイペリオンダンジョンでドロップしたもので、ここダンジョン都市でも少しずつ出回り始めている。
最近は特に美食に強いと評判のエイダン商会が中心となり、調味料や珍しい食材がダンジョン都市を中心に流行りを生み出していた。
「屋台の串焼き肉にも照り焼きソースが使われているらしいぞ」
「ふふ。甘辛いタレは食欲をそそるのよねー。たくさん売れているようで嬉しいわ」
照り焼きソースだけでない。
ナギがエイダン商会にレシピを売った各種調味料の売り上げは凄まじいと聞く。
シオとヒシオの実の醤油と味噌はもちろん、ステーキソースに焼肉のタレもすっかり定着している。
マヨネーズにケチャップなどは爆売れで、店頭に並ぶや否や、即完売するほどの人気ぶりだった。
(マヨネーズは中毒性があるから……マヨラーになった人が結構いるみたいなのよね……)
だが、マヨネーズが売れたおかげで、サンドイッチが美味しくなったし、何より野菜を食べる人が増えたと聞く。
野菜嫌いな子供でもマヨネーズを添えれば食べられると、ダンジョン都市のお母さまたちに大好評だとか。
「食品関係の売上が好調で、エイダン商会が名実共にダリア共和国のトップに躍り出たみたいだぞ」
「いいことじゃない?」
「……ナギは欲が少ない」
ふ、とエドが笑う。
彼の言いたいことも分かる。
レシピだけを売らずに、売れた商品の利益の一割が懐に入る契約を結んでおけば、もっと儲かったのでは、と指摘したいのだろう。
(そうしていたら、不労所得で一生お金に困らないくらいは稼げただろうけど……)
エイダン商会にレシピを売ったのは、自分たちが楽をしたかったからなのだ。
ソース類やマヨネーズ、ケチャップを一から自分たちで作るのは手間すぎる。
毎月、レシピを提供した各種調味料を、無料で2リットルサイズの甕一杯分譲ってくれる契約は最高にありがたかった。
二人と同居の猫たちでたっぷり使っても余裕な量なのだ。
「それに、こうやって外食を楽しめるようになるのもいいことじゃない?」
「ナギの料理の方が好きだ」
「ん? えっと、ありがとう?」
ストレートに褒められて、ちょっと照れてしまう。
「だが、まぁ……たまになら、悪くないとは思う」
こっちも照れていたらしい。
ほんのり頬を赤らめて、ぼそりと言う少年をナギは二度見してしまった。
「あんまり見るな。……もう行こう」
「えー!」
テーブルに二人分の代金のコインを置くと、エドはさっさと歩き出してしまう。
慌てて後を追った。
今日はドロップしたマジックバッグとゴートミルク、ワイン樽を冒険者ギルドに納品し、ダンジョン産のチーズをエイダン商会に買い取ってもらえたので、懐がとても暖かい。
せっかくなので、良い子でお留守番してくれている子猫たちへのお土産を買って帰ることにした。
食材はそれこそ売るほどあるので、肌触りの良い布や小皿、おもちゃを買う。
「ワイルドシープの毛皮を紡いだ糸なんて、どうするんだ?」
「毛糸にそっくりだから、子猫用のおもちゃを作ろうと思って」
「おもちゃ?」
「毛糸玉っていうのかな。ふわふわのボールが作れるのよ。中に鈴を入れておくと、音がしてよく遊んでくれるみたい」
前世で、猫を飼っていた友人が作っていたのを手伝ったことがあるのだ。
雑貨屋で手に入れたワイルドシープの毛糸や、小さな鈴があれば、すぐに作れるお手軽な手作りおもちゃである。
「毛糸は普通に猫じゃらしにも使えるしね」
「なるほど。チビたちの狩りの練習にはちょうどいいな」
「狩りの練習……ああ、うん。それも大事かな?」
可愛い子猫たちと遊ぶ気満々だったナギは控えめな微笑でごまかした。
そういえば、ここのところ子猫たちの親代わりのコテツが奔走していたことを思い出す。
「チビちゃんたちに狩りを教えようとしていたわね、コテツくん……」
「ああ。苦労しているようだった」
猫は気まぐれな生き物だ。
そして、子猫たちは好奇心旺盛。見るもの全てが物珍しいため、森の中での狩りの練習もすぐに飽きてしまうのだ。
ネコ科の狩りで重要な『待つ』という行為がまだ難しいらしい。
すぐに気が散って、お互いの尻尾にじゃれついたり、すよすよと眠ってしまうとか。
「そういうことなら、猫じゃらしや鈴を入れた毛糸玉が役に立つかもしれないわね」
「家に帰ったら、さっそく作ってやろう」
「ふふ、喜んでくれるといいなー」
上手に狩りができるようになれば、近場のダンジョンでレベル上げのお手伝いをする予定なのだ。
まずは低ランクの弱い魔獣のいる階層での修行となる。
まだまだ小さくて、いとけない子猫たちだけど、コテツ曰く猫の妖精なら、もっと幼いうちから戦うことを覚えるのだとか。
あんなに可愛い妖精さんなのに、意外とスパルタ教育らしい。
なので、遊びを交えて狩りを覚えられるよう、毛糸のおもちゃを用意しようと考えたのだ。
早く遊ばせてあげたいのはエドも同じ気持ちらしく、そわそわと落ち着きない。
砦を抜けた先で、ナギはゴーレム馬車を【無限収納EX】から取り出した。
◆◇◆
翌日、お昼を過ぎた頃、家に客人が訪ねてきた。
魔道具を発動しているため、この家がきちんと『見える』者は限られている。
我が家に正式に招いたことのある、師匠二人とドワーフ工房のミヤの三人のうちの誰かだ。
エドは子猫たちと森に遊びに行っていたため、ナギが玄関に向かった。
「ミーシャさん! どうしたんですか?」
「突然の訪問、ごめんなさい」
エルフの麗人、ミーシャをナギは笑顔で出迎えた。
「ちょうど一人で寂しかったんです。どうぞ」
「お邪魔します」
リビングに案内すると、ニャアと愛らしい鳴き声が足元から響いてきた。コテツだ。
いつもは、ふてぶてしい態度でどっしりとソファに寝転んでいる彼が、今は普通の猫の顔をしてお座りしている。
「あら……猫を飼っていたのですか?」
ふ、とミーシャが表情を和らげる。
そういえば、まだ師匠たちにも彼らのことは内緒にしていた。
どうしようかと悩んでいると、当のコテツから念話が飛ばされてくる。
『ケットシーのことはひみつ、にゃっ』
やはり、希少な妖精であることは内緒にしておきたいようだ。
仕方なく、ナギは誤魔化すことにした。
「飼っているというか……。我が家が気に入ったみたいで、ここにとどまってくれているんです」
「そうなのですね。とても賢そうな猫です」
「ニャア」
腰を屈めたミーシャに、コテツがすり寄って甘えている。文字通りネコをかぶった姿に、ちょっとだけ呆れてしまった。
綺麗なお姉さんに撫でてもらって、すっかりご満悦な様子だ。
この場は彼に任せて、ナギはお茶の準備をする。
せっかくなので、仔狼がブレンドしたクラフトコーラとシナモンクッキーを。
スパイシーな香りのするクッキーなら、クラフトコーラとの相性も良いはず。
「お待たせしました。お茶とお菓子をどうぞ」
「ありがとうございます」
リビングに戻ると、ソファに座ったミーシャが嬉しそうに瞳を細める。
その膝の上で丸まったキジトラ柄の猫を、ナギは呆れたように見やった。
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