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〈冒険者編〉

320. ブラックブルとワイバーン狩り

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 転移の指輪の持ち主以外でも、無事にハイペリオンダンジョンまで連れて行けることが分かった。
 我が家の居候である、猫の妖精ケットシーのコテツは転移した先の五十五階層で縦横無尽の活躍ぶりだ。
 空を飛ぶワイバーンをあらゆる属性の魔法で仕留めていく。
 
 他の冒険者たちはいまだに二十階層付近で停滞しているようなので、周囲の目を気にすることなく、存分に暴れ回っている。
 ナギはひたすら地面に落ちてくるドロップアイテムを回収した。
 ハイペリオンダンジョン内ではなぜか【無限収納EX】の目視収納ができないので、魔石と肉をせっせと拾っていく。
 幸い、ワイバーンのドロップアイテムの肉はかなりの大きさを誇っているので、笑顔で拾い集めた。

「こっちはモモ肉のブロック」
「これは胸肉だな。かなりデカい」
「あ、見て見て! ワイバーンの翼まるごとドロップ!」
「当たりだな」
「うふふふ。唐揚げにして食べようね!」

 ワイバーンの皮膜唐揚げはもちろん絶品だが、甘辛く味付けて揚げ焼きにしても美味しそうだと思う。
 手羽先の揚げ焼きはおつまみにも最適だ。

(ミーシャさんとラヴィさんも気に入ってくれそう)

 となると、やはりドロップアイテムだけでなく、素材を丸ごと手に入れたい。
 ちらりと横目でエドを確認すると、うずうずとしているのが分かった。
 コテツの狩りを目の当たりにして、きっと狩猟本能が掻き立てられているのだろう。
 ならば──

「ね、エド。コテツくんが暴れてくれているおかげでフロア中のワイバーンが集まってきているじゃない?」
「ああ。おそらく、わざと騒がせているな」

 一撃で仕留められそうなところを、わざと煽っているのだ。
 怒り狂い、鳴き叫ぶごとに、ワイバーンたちを呼び寄せることになる。
 冒険者なら、そんな危険な真似はしないが、高レベルな彼ならばお肉欲しさに、餌を撒くくらいは平気で行う。

「コテツくんなら問題なく、全部狩れると思うけど、たまに低空から私たちを狙ってくるワイバーンがいるでしょう? あれ、アキラが捕まえてくれないかしら」
「アキラならできると思う。……素材丸ごと狙うつもりだな?」
「えへへ。だって、せっかくなら、色んな部位のお肉を味わいたいでしょ?」
「同意する」

 もともと、エドも暴れたくて仕方なかったのだ。大きめな岩陰に向かうと、素早く黒狼アキラに変化して戻ってきた。

『久しぶりのダンジョン!』

 ヒャッハァ! と全身で喜びを表現しながらの登場である。

「無駄にお肉を傷めないように仕留めて持ってきてね?」
『了解ですっ!』

 ばっさばさと盛大に尻尾を振ると、黒狼アキラはその場で高く飛び上がった。
 飛翔系のスキルでも使ったのか、と驚くほどの高さだ。
 十メートル以上をひょい、と跳んだ彼はワイバーンの首をがっつりと咥えて着地する。
 
「うわ……」

 ワイバーンはまだ息があるようで、ビチビチと四肢を捻り、逃れようとしていた。
 黒狼アキラが軽く顎に力を入れると、ゴキッと嫌な音が響いた。
 だらり、と力を無くすワイバーンを黒狼アキラがそっとナギに差し出してくる。

「ありがとう」

 淡く光ってドロップアイテムに変化する前に、手で触れて収納する。成功だ。
 
「この調子でお願い!」
『任せてください。唐揚げのためなら!』

 【身体強化】スキルと黒狼の膂力が掛け合わさり、軽々と宙を飛び跳ねてワイバーンを仕留めていく様は圧巻だ。
 猫の妖精ケットシーの魔法攻撃も凄まじいが、黒狼アキラはナギのもとまで「とってこい」ができる。

『ナギのとこまで運べばいい、にゃ?』

 やがて、楽しそうにワイバーンを狩り続けていたコテツが、ふと黒狼アキラの様子に気付いて、こてんと首を傾げた。
 ナギは慌てて、首を横に振る。

「素材丸ごとゲットできたら嬉しいけど、コテツくんは魔法で倒すから……。その、無理する必要はないのよ?」
『魔法じゃなくてもたおせる、にょ』

 ンミャッ!
 心外そうにひと鳴きすると、キジトラ猫は黒狼アキラと同じように宙へと飛び上がった。
 何もない空間なのに、何かを蹴り上げるようにして、空を駆け上がっていく。
 そうして辿り着いた先には、ひときわ大きなワイバーンが。

「あれ、特殊個体じゃ……?」
「ニャッ!」

 止める暇もなく、コテツが巨大なワイバーンに突撃する。
 
「危ない……!」

 援護のために魔力を練り上げたところで、ワイバーンが血飛沫を上げた。
 喉元を鋭い爪で引き裂かれたようで、苦しげに悶絶しながら地面に落ちてくる。

『ナギ、いまニャッ』
「……はっ!」

 慌ててワイバーンが落下した場所まで駆けて行くと、念のためにと黒狼アキラがその太い前脚でワイバーンの頭を地面に押さえつけてくれていた。
 かろうじて生きていたワイバーンは、ナギが駆け付けたところで痙攣して動きを止める。

「収納!」

 その瞬間を見逃さず、ナギはすばやくその巨体を【無限収納EX】に回収した。

「成功! コテツくん、ありがとう!」
『今のやり方で狩ればいいにゃ?』
「負担でないなら、ぜひ!」

 遠方からの攻撃魔法だけでなく、猫の妖精ケットシーは肉弾戦にも強いのだ。
 爪での攻撃だけでなく、猫キック、猫ぱんちも御手おての物。
 さくさくと倒されていくワイバーンの死骸をナギは満面の笑みで回収した。



◆◇◆


 大量のお土産を手に入れて、二人と一匹はほくほくしながら、我が家へと帰還した。
 帰りもダンジョン内からそのまま玄関前に転移できた。
 呆気なさすぎて、本当に転移したのかどうか、不安になるほどスムーズだった。

 帰宅するや否や、子猫たちにもみくちゃにされる。コテツが。
 ニャー! と悲鳴を上げて流れようとするが、ぽっちゃり大人ニャンコなコテツが身軽な子猫を振り払えるわけもなく。
 乗っかられ、耳をはみはみと甘噛みされ、ふくよかな腹部を揉みしだかれる姿が気の毒すぎて、エドはそっと視線を逸らした。
 ちなみにナギは可愛らしい光景を見逃すまいとガン見した。

「……ナギ、そのくらいで」
「はっ! ごめんなさい。眼福すぎて見惚れちゃったわ」

 子猫たちは保護者であるコテツに任せて、二人はキッチンへ向かう。
 男子たちが狩猟に励む中、ナギは採取に精を出したのだ。
 六十階層に赴いて、せっせといちご摘みに励んだおかげで、しばらくは在庫に困ることはなさそうだった。
 ついでにジャイアントロップイヤーも倒したので、美味しいウサギ肉と巨大いちごもゲットしてある。

 いちごを水洗いしていると、ふいにシャーベットが食べたくなってしまった。

「いちごのシャーベットが食べたいわ」
「作ろう」

 何の気なしにつぶやいただけなのに、間髪入れずに頷くエド。

「生クリームだな?」

 すでにレシピも心得ているため、魔道冷蔵庫から取り出した材料で生クリームを泡立てている。

「え、スパダリ? ちょっと違うかしら……でもイケメンすぎるわ、ありがとう」

 せっかく乗り気になってくれたので、このままシャーベットを作ることにした。
 まずはシロップ作りだ。
 鍋に水とお砂糖を入れて加熱する。砂糖が溶けたところで火を止めて、粗熱を取っていく。生活魔法で冷やすだけなので、簡単だ。
 密閉した容器にいちごを詰めてレモン汁を搾る。そこに冷やしたシロップを注いで蓋をすると、エドの出番だ。

「エド、凍らせてくれる?」
「ん、分かった」

 氷属性の魔法で、丁寧に冷やしていく。
 細かい調整は意外と難しいようで、以前はよく容器ごと粉砕してしまうほどに凍らせ過ぎていたエドである。
 何度もアイスやシャーベット作りを手伝ってもらったおかげで、今や繊細な魔法制御も完璧だ。

「できたぞ」
「ありがと、エド!」

 容器の蓋を開けると、見事に凍りついている。これを魔道具化したフードプロセッサーで攪拌して、細かく砕けたところでエドが仕上げてくれたふわふわの生クリームを加えた。

「あとはなめらかになるまで、混ぜれば完成!」

 もう、この段階で美味しそうないちごの香りがたまらない。
 ソフトクリーム状のやわらかなクリームをスプーンで味見するのは、製作者の特権だ。
 エドと交代で舐めて、ほうっとため息を吐いた。

「美味しいわ……」
「このままでも充分そうだが」
「でも、もうちょっと冷やして固めたシャーベットも美味しいから!」

 後ろ髪を引かれつつも、断腸の思いで容器を魔道冷凍庫にしまった。
 シャーベットが完成するまで二時間くらいか。これから夕食を作れば、ちょうどいい。

「ワイバーンにするのか? それとも、ブラックブルか」

 どっちも好物のエドが悩ましげに腕組みしている。

「実は今日、作ってみたい料理があって……。ブラックブルを使ってもいい?」
「ナギが作りたいというなら、それで構わない。絶対に旨いやつだと分かっているからな」
「少なくとも、私は大好きなメニューよ」

 【無限収納EX】から取り出したブラックブルのヒレ肉を手に、ナギはにこりと笑ってみせた。


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