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〈冒険者編〉

313. ただいま

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 日中はずっとゴーレム馬車で駆け抜けたので、予定よりも早めにダンジョン都市に戻ることができた。
 東の冒険者ギルドに寄れば、帰宅が遅くなるのは確実なので、申し訳ないが、先に家へ帰ることにした。

 東の砦を通ることなく、そのまま我が家を目指す。
 見慣れた景色が流れていくと、ようやく帰ってきたのだと感慨深い。
 森へと続く細道は少しスピードを落として進んでいく。
 ひときわ大きなクヌギの木が見えたら、もうすぐそこだ。

「ただいま、我が家!」

 一ヶ月と少し留守にしていただけなのに、とても懐かしく感じる。
 ゴーレム馬車から降りると、凝り固まっていた全身をほぐすように伸びをした。
 エドも軽く柔軟体操をしている。

「留守にしていたけど、畑も果樹も元気そうね」
「コテツが世話を頑張ってくれたのだろう」

 前回、ハイペリオンダンジョンに遠征していた際には、敷地内の畑は何割かダメになっていたので嬉しい驚きだ。
 さすが、植物魔法の得意な猫の妖精ケット・シーである。
 
 果樹の枝には瑞々しい果実がすずなりだ。色鮮やかで美味しそう。
 見惚れていると、家の方から愛らしい声が響いてきた。
 窓の隙間から、小さな毛玉がこぼれ落ちるようにして地面に降り立った。
 茶トラとハチワレの子猫だ。
 ナギとエドの元へミャアミャアと鳴きながら、駆け寄ってくる。

「ふふ、元気そうね、みんな」
「ちょっと育ったか?」

 愛らしい様に二人とも相好を崩した。
 その場にしゃがみ込むと、二匹の子猫が飛びついてくる。
 まだまだ小さくて頼りなかった子猫たちだが、一ヶ月会わないでいると、その成長ぶりに驚かされた。
 
「肉付きが良くなっている。うん、茶トラのオスは大きく育ちそうだ」
「ミウちゃんの方はトラくんより小柄だけど、元気そう」

 ニャウニャウと何やら懸命に訴えてくる様が愛らしい。

『おかえり、って言っているニャ』

 久しぶりの念話だ。
 振り返ると、のんびりと歩み寄ってくるキジトラ猫の姿があった。コテツだ。

「ただいま、コテツくん! お留守番ありがとう」
「チビたちの面倒を見ながらの畑と庭の世話は大変だったろう」
『……まぁ、精霊たちが助けてくれたから、にゃ……』

 遠い目になるコテツの姿から何事かを悟ったエドが気の毒そうに、その喉元を撫でてやっている。

「おつかれさま。えっと、今夜はご馳走にするから、元気出してね?」

 子猫二匹を抱き締めながら、ナギがそっと労ると、途端にゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

『ごちそう! お肉たっぷり、にゃ?』
「ふふ。お腹いっぱい食べられるくらい作るから安心して」
「ダンジョンで色々な食材も手に入ったからな。デザートも期待していいぞ」

 ぱあっと顔を輝かせて喜ぶ様が微笑ましい。
 コテツはエドの肩によじ登ると、どっしりと腰を落ち着けた。
 そうして、あらためて二人を見つめて小さく鳴いた。

『ふたりとも、おかえり』
「「ただいま!」」


◆◇◆


 毎日きちんと、家の中まで掃除をしてくれたようで、綺麗な室内に感動した。

「うちの子、天才すぎでは?」
「ちゃんと自炊した形跡もあるから、間違いなく天才だ」

 収納スキル持ちのナギは荷物の片付けの必要はないので、まずは旅の汚れを落とすことにした。
 エドは荷物を整理するそうで、ナギが先にお風呂に入ることになった。
 旅先でもコテージ内で入浴を楽しんではいたが、やはり自宅のバスルームがいちばん落ち着く。
 お気に入りのレモンオイルを湯に垂らして、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「ふわぁー……気持ちいい……」

 爽やかな柑橘系の香りはリフレッシュにちょうどいい。
 ダンジョンで手に入れた柚子ゆずも料理はもちろん、柚子湯を楽しめるのがとても嬉しい。

「入浴剤があればなー……」

 疲れた夜には、香りの良いお湯を堪能したい。お肌がしっとりするし、寝付きも良くなる気がするので、前世では頻繁に入浴剤のお世話になったものである。
 残念ながら、この世界には数種類の高価なオイルくらいしかなかった。

「あ、そうだわ……あれがあった!」

 ふいに思い付いたことを、ナギはすぐに実行した。【無限収納EX】から取り出したのは、ダンジョンで入手したタンサンの実だ。
 
「これを湯に投入したら──炭酸の湯になったわ……!」

 シュワシュワと泡が溢れてきて、肌を優しくマッサージしてくれる。

「これはとてもいい……我ながら素晴らしい思い付きじゃない?」

 このタンサンの実を使って、どうにか発泡入浴剤が作れないだろうか。
 
「いい香りのするバスボム、好きだったんだよね……。さすがにこれはドワーフ工房のミヤさんの領分じゃないから相談はできないかー……」

 顔の広いリリアーヌ嬢なら、どうにかしてくれそうだとは思うが。

(リリアーヌさんは「売れそう」な商品でないと、シビアな気がするから難しいかな……?)

 なにせ、ダリア共和国は南国だ。
 水をかぶったり、シャワーだけで済ます人が多く、バスタブで入浴する人は少ないと聞く。

「仕方ない。タンサンの実とフレーバーオイルで地味に楽しもうっと」

 シュワシュワのお湯を堪能すると、ほどよく体がほぐれた気がする。
 
「さて、お留守番を頑張ってくれた皆のために、美味しいご飯を作らないとね!」


◆◇◆


『うわぁぁ! すごい! ごちそう、ニャッ』

 念話で喜びをあらわすコテツを筆頭に、テーブルいっぱいの料理を目にして、ニャゴニャゴと盛大に鳴き始めた子猫たち。
 コテツの通訳がなくても、これは分かる。
 おいしそう! 食べたい! 
 キラキラと目を輝かせながらも、視線は料理から外れない。

「落ち着いて。たくさん作ったから、ゆっくり味わいながら食べようね?」

 ニャッ! 良い子の返事が三匹分。
 小さなテーブルをダイニングテーブルの横に置いて、そこを猫たちの食卓にした。
 食べやすいサイズの小皿を用意して、欲しがる料理を盛り付けてやる。
 エドは真剣な表情でピザを切り分けた。コテツが身を乗り出すようにして、匂いを嗅いでいる。

『これ、パン? 黒いの、の新作?』
「パンじゃなくてピザ、な。旨いぞ」
『ピザ……! 食べたい、にゃっ』

 サラマンダーの尻尾肉を使った、サラミソーセージ風のピザだ。
 ダンジョンでドロップしたチーズをたっぷりと散らしてあるため、食べ応えがありそう。
 帰宅してすぐに、エドが焼いてくれた。
 ワイバーンの被膜の唐揚げは甘辛いタレを絡めてある。
 ダンジョンで狩ったブラックブル肉はシンプルにステーキにした。
 スパイス類もたっぷりとドロップしたので、遠慮なく黒胡椒を使って調理してある。

 肉類だけでなく、海鮮系のご馳走もちゃんと用意した。
 食材ダンジョンの五十六階層で倒したシロクマの魔獣からドロップした、サーモンとイクラの親子丼だ。
 たっぷりと肥え太ったサーモンは腹に抱えた卵はもちろん、その身もとても美味しい。
 
「んー! 脂がのっていて、すごぉく美味しい。イクラも最高!」

 ナギはさっそく海鮮親子丼に箸を付けた。釣られた子猫たちも口にして、さっそく愛らしい「うみゃー!」をいただきました。
 山羊ゴートミルクと離乳食で命を繋いでいた子猫たちも、今では皆と同じメニューを平らげている。
 コテツはピザが気に入ったようで、至福の表情で味わっていた。

 テーブルいっぱいのご馳走を平らげてから披露したデザートのいちごパフェも大喝采を浴びたのは言うまでもない。
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