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〈冒険者編〉
312. お家に帰ろう
しおりを挟むハイペリオンダンジョンを見事に攻略した二人は引き止めようとする面々を振り切るようにして帰路に着いた。
ちなみに引き止めようとしたのは、もう少し詳細を聞き出したい冒険者ギルドとドロップアイテムを買い取りたいエイダン商会。
もっと新しいメニューを覚えたい開拓地食堂の人々だった。
(それと、『黒銀』の黒クマ夫婦ね。捨てられる子猫みたいな眼差しで見つめてくるのだもの。後ろ髪が引かれたわ……)
あまりにも可哀想だったので、ナギは作り置きの肉料理を、エドは菓子パンをそっと差し入れてしまった。
ダンジョンをクリアした後で、他の冒険者たちに囲まれた際に助けてもらったお礼も兼ねている。
彼らにだけは、ギルドに教えたダンジョン攻略のヒントをこっそり伝えた。
ダンジョンを最下層までクリアしたナギとエド以外だと、いちばん下層で頑張っているパーティなのだ。
名残惜しげな彼らに手を振ってから、二人は颯爽と旅立った。
目指すはダンジョン都市。かわいい居候たちが待つマイホームだ。
大森林から出ると、ナギはすぐさまゴーレムの核を取り出して魔力を込めた。
作り出したのは、二人乗りのゴーレム馬車。スピードを重視して、荷車がないタイプのシンプルな作りにしてみた。
トゥクトゥクに似た形をした、小さな座席付きの乗り物だ。
衝撃を吸収する魔獣の毛皮を敷き、ふかふかのクッションも使うので、それなりに快適に馬車を飛ばすことができるはず。
ゴーレム馬車には御者は基本的に必要ない。
魔力を込めてゴーレムを実体化させたナギが念じた通りに動いてくれるのだ。
「早く帰りたいから、飛ばすわね」
「分かった。舌を噛まないように気を付けよう」
神妙な表情で頷き合った。
何せ、ここは大森林近くの未開拓の土地がしばらく続く。
かろうじて獣道よりはマシ、程度の細道はあるが、もちろん舗装されてはいない。
食材ダンジョン発見後に冒険者ギルドや商業ギルドなどが何度も馬車を往復させたことから、多少は地面も踏み固められていたので、以前よりは走りやすかった。
ともあれ、ゴーレム馬車は疲れ知らず。
ナギがたっぷりと魔力を込めてあるので、動力切れを起こすことなく、二人の休憩時間以外はノンストップで駆け抜けてくれた。
◆◇◆
早朝から暗くなるまでゴーレム馬車で駆けて、予定より早く獣人の街に到着した。
ガーストの街にはエイダン商会の支店がある。親しくさせてもらっている、リリアーヌが支店長をしているのだ。
彼女はナギとエドを大いに歓迎してくれた。
急ぎの旅であることを告げると、余計な時間を掛けずに、すぐに仕事の話を通してくれることもありがたい。
無事にハイペリオンダンジョンを踏破したことを告げて、ドロップしたアイテムを買い取ってもらう。
食材はもちろん、魔獣素材も大量に買い取ってもらえた。
特に喜ばれたのはシルバーウルフの毛皮だ。
南国に位置するダリア共和国の夏は長く、過酷なため、氷属性の美しい毛皮は富裕層には大人気らしい。
「冒険者ギルドでの買取り額より色を付けるから、多めに融通してくださらない?」
「私たちは構いませんけど、高額になりませんか」
売れるかどうか不安になるほどの金額で購入してくれたので、ナギは戸惑いがちに聞いてしまった。
ふ、とリリアーヌが端整な口元を笑みを浮かべる。
「高額ですが、それ以上の価値を付けて市場に流すのが私ども商人の腕の見せどころですから」
「これほどの見事な毛皮なら、加工して美しいコートを仕立てれば、素材代はすぐに回収できますとも」
リリアーヌの傍らに立つ金庫番らしき男性も胸を張る。
そこまで自信があるのならば、きっと高値で売り捌ける伝手があるのだろう。
「シルバーウルフの毛皮、一枚で金貨十枚か」
「十五頭分を買い取ってもらったから、これだけで金貨百五十枚分の稼ぎになったわね……」
日本円だと、千五百万ほどの稼ぎだ。
それとは別にフロアボスのジャイアントロップイヤーからドロップしたゴージャスな毛皮のマントも商会に引き取ってもらった。
残念ながら、これには氷属性は付与されていない。単に綺麗なマントである。
とはいえ、王族が愛用しても納得の品なので、これも高く買い取ってもらえた。
ゴーレムからドロップした鉱石や宝箱から発見した宝飾品も何点か引き取ってもらえて、二人はほっと胸を撫で下ろした。
冒険者ギルドでも引き取ってもらえるが、宝飾品は鑑定士が入るため、手数料がかなり取られてしまうのだ。
(その点、エイダン商会だと目利きの鑑定士がいるから、すぐに査定してもらえる。本当にリリアーヌさんと知り合えて良かった!)
感謝の気持ちを込めて、食材ダンジョンで入手したチーズやヨーグルト、いちごをプレゼントする。
ちなみに開拓地食堂で思い付いたピザカッターなどの調理器具はドワーフ工房のミヤに相談して、製作できてからリリアーヌに商談を持ち掛ける予定だ。
「では、先を急いでいるので、ここで失礼しますね」
「まぁ……名残惜しいですが、仕方ないですわね。お気を付けて」
エイダン商会には二時間ほど滞在した。
街の宿を勧められたが、先を急ぐのでと遠慮して、すぐにガーストを発った。
街の宿も悪くはないのだが、街道外れでコテージを出して休める方が快適なので。
その日は街から二時間ほど離れた街道沿いで休むことにした。
暗い夜道を進む酔狂な旅人はいない。
早朝にコテージを仕舞って、すぐに出発すれば、誰にも見られることはないだろう。
周囲に誰もいないことを確認してから、ナギはコテージを開けた場所に設置した。
「さすがに、ずーっと座りっぱなしだと疲れちゃうね」
「歩いていた方が疲れないくらいだ」
「ゆっくりお風呂に浸かって、体をほぐさないと」
交代でバスタイムを満喫する。
食材ダンジョンで採取した柚子を湯に浮かべたお風呂はエドにも好評だった。
アキラも入りたがったようで、途中で仔狼の姿に変化させられたらしい。
ポメラニアンサイズなため、バスタブで犬かきをしてお風呂を楽しんだとか。
夕食はワイバーン肉の照り焼き丼を食べた。皮膜は断然、唐揚げにして食べるのが美味しいのだが、その他の部位の肉も食べ応えがある。
今回はワイバーンのモモ肉をじっくりと照り焼きにして食べることにした。
醤油とみりん、蜂蜜を使った照り焼きソースとモモ肉から滲む脂が絡んで、食欲をそそる香りが辺りに立ち昇る。
一口サイズに切り分けてご飯の上にのせて食べるのだが、エドはそこにマヨネーズを添えていた。
ナギは少し考えて、チーズをのせてみた。
「……! その方法があったか……」
「んふふー。照り焼きソースとマヨネーズも相性はバッチリだと思うわよ? でも、この熱々のワイバーン肉にチーズをのせると、とろっと溶けたところが最高に美味しいのよねー」
「二杯目はそれで食う」
照り焼きソースとチーズもとてもよく絡んで絶品だった。
肉はもちろんのこと、これはダンジョンドロップアイテムのチーズの品質がとびきり良いからだろう。
「このチーズを使った料理をもっと研究したいわ」
「協力する」
「エドの協力は味見って言うのよ?」
「ん、……味見で協力する」
味見は外せないようだ。
翌日も早いため、食休みもそこそこにベッドに潜り込んだ。
(はやく、皆に会いたいな)
一ヶ月離れただけで、もうこんなに寂しくなるなんて。
ふかふかの毛皮のネコたちを思い出して、ナギは仔狼をぎゅっと抱きしめて眠りについた。
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