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〈冒険者編〉
303. ラーメンを作ろう
しおりを挟む中華麺を作るには、強力粉とかん水が必要になる。
強力粉は他にも使い道があったので、パンのレシピを伝授する際に、エイダン商会から多めに仕入れてあった。
いつもは足繁く通う市場で【鑑定】スキルを使いながら、良質な小麦粉類を入手しているのだが、エイダン商会を介すればその手間が省ける。
市場よりは割高だが、安心の高品質。
薄力粉に強力粉、中力粉に米も商会で注文することにした。
【無限収納EX】から取り出した中力粉を鑑定スキルで確認すると、ナギは満足げに微笑んだ。
「うん、やっぱりエイダン商会の穀物類は品質が良いわね。さっそく麺を打ちましょうか」
とはいえ、初めての中華麺作り。
かん水の割合も分からないので、手探り状態での挑戦となった。
「このままのかん水を使うと濃度が高い気がする。かん水を水で薄めて使おう」
かん水を薄めるというよりは、水にかん水を少しずつ足して確認することにした。
「強力粉を薄めたかん水と混ぜ合わせて、しっかりと捏ねてね」
「ん、任せろ」
パンやピザ生地、うどんやパスタ作りに必須な作業。エドは既に職人並みの腕前を誇っている。
彼が手早く捏ねていく間に、ナギはスープを準備することにした。
作るのは、鶏ガラ醤油味のスープだ。
「本当はオーク肉を使った、豚骨スープを作りたかったんだけど……」
あいにく、そこまでの時間の余裕はない。
ダンジョン内であることも理由のひとつだが、すぐにラーメンを食べたかった、というのが大きかった。
豚骨スープよりは、鶏ガラスープの方が仕込むのが簡単だ。
確認してみたが、【無限収納EX】にはコカトリスのガラが大量に眠っていた。
(コンソメスープ用に確保していた分ね。うん、使っちゃおう! コカトリスなら、また狩れば良いし)
コカトリスのガラは水魔法で作り出した流水で洗い流し、お湯でさっと茹でておく。
内臓や血合いなどはすべて取り除かれた状態なのだが、気分的に。
あとは大鍋でぐつぐつと煮込んでいく。
長ネギやニンニク、生姜などの臭み取り用の野菜と一緒に煮込み、丁寧にアクを取る必要があるので、少しばかり面倒だ。
(でも、この過程は美味しいスープを作るにはとっても大事だから頑張る!)
アクを取り除いたら、弱火で一時間ほど煮込む。
その間に、エドにはかん水の濃度を1%から試して麺の生地を捏ねてもらうことに。
慣れた手付きで、強力粉を捏ねるエド。
滑らかな生地になったところで、ナギは首を捻った。
「……濃度を2%にしてみようか」
「ん、分かった」
かん水を追加して、丁寧に捏ねてもらう。
もう一度、確認すると「これだ」と思えたので、いったん生地を魔道冷蔵庫内で寝かせることにした。
この、【鑑定】とは違う、微妙な勘はナギの【調理】スキルが関係しているのだと思う。
なんとなくだが、求めている食材の状態が分かるようになったのだ。
菓子作りにしてもそう。
ざっくりと作れる菓子もあるが、大抵の菓子はレシピ通りに作らないと、一定のレベルに達することは難しい。
何度も作り慣れた定番のレシピならともかく、一度だけ作ったものや、ふわっとしたレシピしか知らない菓子も上手に作れてしまうのは、この【調理】スキルのおかげだった。
「ありがたいスキルよね、本当に」
感謝の言葉を述べつつ、しっかりと自作のレシピノートに中華麺作りにおける、かん水の適性濃度を記していく。
「さて、麺の生地を冷やしている間に、スープと具材も用意しないと」
生地を魔道冷蔵庫で冷やすのは、一時間ほどを予定している。
鶏ガラを煮込むのもそのくらいの時間を見ているので、ちょうど良い。
「まずは、チャーシュー。これは作り置きがあるから、切り分けて使っちゃいましょう」
「先日作ったオーク肉のチャーシューだな?」
「そうよ。十本ほど作っておいたじゃない? まだ二本残っているから」
「あれは美味かった」
うっとりと、オーク肉チャーシューの味を思い起こしているエドを放置して、ナギは煮卵を作る。
「煮卵は半熟卵派なの」
とろっとした黄身に出汁が染み込んだ煮卵は正義。
半熟卵を二十個ほど作り、氷水で冷やしながら、殻を剥いていく。
やわらかな半熟卵の殻は剥きにくいので、ちょっと面倒だ。
エドと二人がかりで、せっせと剥いた半熟卵を特製の麺つゆに漬け込む。
これもしばらく魔道冷蔵庫内で放置しておく。味がしみしみになるのは半日は必要だが、ラーメンには煮卵を添えたい。
あとは──
「メンマも好物なんだけど、タケノコがないのよね……」
大森林内に竹林はあったのだが、あいにく季節が悪くて、タケノコは見たことがない。
市場に出回っているところも目にした覚えがないので、食材としては知られていない可能性は高かった。
「ダンジョン内に、竹林フィールドがあればなー……」
ぽつりとつぶやくと、ふはっとエドに笑われてしまった。
「? なに。どうしたの?」
「いや、ナギがリクエストしたら、そのうちこの食材ダンジョンで竹林フィールドが発生しそうだと思ってな」
「まさか、いくらダンジョンが発見者の欲望を具現化するとしても、そんなピンポイントなリクエストが叶うわけが……」
笑い飛ばそうとしたナギだが、はたと我にかえる。
「時間差はあるが、ナギが欲しい物が結構な確率で見つかっているよな?」
「…………そう、かも?」
「ヒシオの実に各種スパイス類、デーツにチーズ、ヨーグルト。いちごもあったな?」
「ほんとだ……」
みりんや日本酒、焼酎にワインなどもドロップしていたことを思い出す。
(みりんと日本酒、焼酎のラインナップでもう既に私の欲望がダダ漏れだったわね……)
これはもうエドの指摘を受け止めるしかない。いちごもだけど、今回のかん水が採取できたことも、やはり大きい。
「だって、久しぶりに美味しいラーメンが食べたくなったんだもの……」
麺類の中でも、ラーメンは断トツで中毒性の高い食べ物だと思う。
スープだけでも美味しいが、やはり、あの独特のコシのある中華麺がずっと恋しかったのだ。
「ラーメンは俺も気になっていたから、楽しみだ。ナギはこれまで通りでいいと思うぞ?」
「これまで通り……」
「ナギが見つけてくれた、この食材ダンジョンのおかげで、俺も美味い飯が食えて幸せだ。冒険者的にも稼げる場所が増えるのはありがたい」
「……そう?」
力強く頷かれて、何となく肩から力が抜けた気がする。
「分かった。これまで通り、食べたい物を食べることにする。こっそりリクエストして、タケノコもゲットする!」
そうすれば、ラーメン用のメンマも作れるし、美味しいタケノコ料理も味わえるようになる。
「タケノコご飯に天ぷら、煮物。新鮮なタケノコはお刺身にして味わってみたいし……夢が広がるわね、エド!」
「期待している」
気を取り直して、薬味のネギを刻んでいく。あいにく、もやしも無いので、野菜は入れないことにした。
今回はシンプルに味わいたい。
◆◇◆
一時間寝かせた生地を魔道冷蔵庫から取り出して、綿棒で伸ばしていく。
打ち粉をはたくと、ドワーフ工房のミヤに作ってもらったパスタマシンで、麺状に細く切っていった。
「良い出来だわ」
生地は多めに仕込んでくれていたので、麺作りはエドに任せて、その間にスープを仕上げることにする。
鶏ガラスープには醤油を追加して、味を整えた。
エドと二人で味見をしてみたが、しっかりとコクがあって美味しいスープに仕上がっている。
「うん、いいわね」
「豚骨スープが一番だと、アキラがうるさいが、鶏ガラ醤油味も旨いな」
「ふふふ。せっかくだから、色んな味のスープを作って試してみましょうね」
「やろう。それはとても興味深い」
シンプルに塩ラーメンはもちろん、味噌ラーメンも食べてみたい。
肉だけでなく、魚介の出汁スープのラーメンもきっと美味しいはず。
考え始めると、わくわくが止まらない。
だが、まずは──
「ラーメンを食べましょう!」
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