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〈冒険者編〉

302. 六十一階層 2

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 六十一階層のフロアボス、アイアンゴーレムを無事に倒すことができた。
 フロアボスだけあって、かなりの強敵だったが、ナギの火魔法で弱らせて、エドの戦鎚ウォーハンマーで破壊した。
 ドロップアイテムはゴーレム核と大量の鉱石だ。これはドワーフ工房のミヤにお土産として渡すことにする。

「鉄鉱石か半分、軽鉄鉱石が半分。どっちも調理器具や魔道具の材料になるから、きっと喜んでくれるわね!」

 どちらも良質なことは鑑定スキルで確認してある。
 
「今度は何を頼むつもりなんだ?」

 面白そうな顔をしたエドに問われて、ナギは胸を張った。

「まずは、ピザカッターね。開拓地食堂であれだけピザが人気になったんだもの。きっと、エイダン商会は商機を逃さないはず」
「つまり、ピザカッターが売れる、と」
「あったら便利でしょう?」

 ピザカッターだけでなく、ピザピールにピザサーバーも売り出してみるのもいいかもしれない。
 あると便利なパイブレンダーもついでに売れそうな気がする。パイ生地はもちろん、ピザやパン生地を捏ねるのにも使えるのだ。

 開拓地食堂では、ピザ窯で焼くピザを食堂の客が目を輝かせながら眺めていた。
 ピザを作る様子も興味深そうに観察する客が多かった。

(なら、ピザを作る過程をエンタメ化すればウケるのでは?)

 前世、サービス精神に優れたピザ職人が客の前でピザ回しを披露したように、パフォーマンス化すれば、話題になりそうだと思う。
 
「うん、お上品なレストランでは無理でも、大衆食堂や屋台だとウケそうだと思わない? リリアーヌさんにプレゼンしたら、まとめてピザセットをたくさん買い取ってくれそうな気がする」
「やけに乗り気だな」
「だって、ピザは美味しいけど、自分で作るのはちょっと面倒じゃない?」
「…………」

 いちばん、それが骨身にしみているのは自分かもしれない。
 エドは遠い目になりながら、こくりと頷いた。
 どんな具材にしようかと楽しく考えて、トッピングを散りばめる作業は楽しい。
 が、焼くのは暑い。窯の前で焼き具合を確認する必要があるのだ。
 熟練のピザ職人なら感覚で理解するのかもしれないが、本業が冒険者なエドにはそこまで極めるつもりもない。

「そうだな。ここはぜひ、リリアーヌ嬢の胃袋をピザでつかんで、チェーン店展開してもらおう」
「ね! いつでも美味しいピザが食べられるようになるなんて幸せよねー」

 ナギにとって、専門店でピザを購入するのはちょっと特別な日の贅沢という気持ちが大きい。
 前世の彼女にとって、ピザはご褒美的なファーストフードだったのだ。
 大きな契約を取れた日や誕生日や記念日、女子会でも宅配ピザは大活躍だった。
 仕事が立て込んで疲れ切った時にもお世話になったことがある。てっとりばやくカロリーを摂りたい。でも、何も作りたくない。できれば美味しい特別なご馳走を。
 そんな時にも宅配ピザは重宝したものだった。

(スーパーで売っている冷凍ピザも悪くはないけど、やっぱり専門店で焼いてもらったピザが美味しかったのよね)

 ピザだけでなく、サイドメニューも美味しく感じたものだ。ついつい頼んでしまう。
 
「ダンジョン都市でも宅配ピザのお店をやってくれないかなぁ……?」
「それは難しいだろう。まず、注文方法がない」
「だよね……ファンタジーな異世界だもんね、ここ」
「テイクアウトは人気が出るんじゃないか」

 持ち帰りにくそうな形をしているが、カットしてピースで売ればいけるだろうか。
 ダンジョン帰りの冒険者が夕食として買ってくれそうではある。

「まぁ、まずはリリアーヌ嬢を口説き落としてからだな」
「そうね。頑張って、ピザ沼に堕としてみる」

 物騒な発言を、賢明なエドは聞かなかったことにしたようだ。

「それはそうと、俺はてっきり、いちごを調理する道具を作るのだと思っていた」
「いちごを? んー……それねー。思い付くのは、いちごスプーンくらいだったのよ」
「いちごスプーン?」
「アキラも知らないかー。かなり昔の調理器具だものね」

 いちごスプーンは日本生まれの発明品だ。昔のいちごは酸味が強かったので、潰して砂糖とミルクで食べていたらしい。
 いちごの形をしたスプーンは、品種改良されて甘いいちごが増えると、需要が無くなったとかで、めっきり見かけなくなった。
 ナギが知っていたのは、たまたま実家にあったからだ。
 祖父母の時代のカトラリーで、いちごミルクにはしなかったが、いちごのジャム作りやニンニクをすり潰す際に使っていたように思う。
 ミヤに依頼して作ってみてもいいが、ダンジョン産のいちごはかなり甘いので必要なさそうだった。

「でも、いちごミルクは美味しいから、今度作ってみようね」
「それは、コテツたちが好きそうだ」
「きっと大好きになると思う」

 エドの頑張りのおかげで、ナギの【無限収納EX】には生クリームの在庫がたっぷり収納されている。
 生クリームがあれば練乳が作れるので、今夜のデザートにしよう。

「さて、ちょうど良い時間だし、セーフティエリアでお昼休憩にしよう」
「そうだな。これだけ広ければコテージも出せる」

 フロアボスがいた空間が一時的なセーフティエリアになるので、コテージを出そうとして──二人はそれに気付いた。
 ちょうど岩の陰になっている奥まった小部屋がある。
 もしや、何らかの隠し部屋?
 期待に胸をときめかせながら、奥を覗いてみる。

「これは……水場?」
「湧き水のようだな」

 手洗い場のような、こぢんまりとした泉が湧き出ていた。

「なーんだ。お宝部屋かと期待しちゃった」
「よく考えたら、【自動地図化オートマッピング】スキルで宝箱の場所は分かるから、普通の小部屋だな」

 ガッカリしつつも、ナギはいつものくせで、なんとなく【鑑定】スキルを発動させて泉を覗き込んでみた。
 そして──ひゅっ、と息を飲んだ。

「……ナギ? どうした」
「これ、かん水だ」
「……かんすい?」

 聞き慣れない言葉に首を捻るエド。
 だが、ナギは説明するのももどかしいようで、顔色を変えて泉に手を突っ込んだ。

「樽に汲み出すのもまどろっこしいわ! このまま、あるだけ【無限収納EX】で持ち帰るわよ!」

 そんなことができるのか、と訊ねる前に、ナギは岩場に溜まった『かん水』をごっそりと収納してしまった。
 小さな泉とはいえ、大樽三杯分はあっただろう。
 すべてを収納してしまったが、幸いこれは湧き水。泉は枯れることなく、少しずつ水が湧いてきた。

「ん、良かった。湧き水だから、いつでも取りにこれるわね」
「……この水は、そんなに特別なものなのか? あまり良い匂いはしないが」

 澄んだ綺麗な水に見えたが、エドの鼻はそれを飲み水だとは認識しなかった。
 おそらくは、塩が混じった水。しかも、苦みやエグみのある味がする匂いだ。

「これは飲み水じゃないのよ。ただし、とっても美味しいものを作れる、すごい水なの」

 空色の瞳を輝かせながら、ナギは嬉しそうに笑った。
 そう、これがあれば念願のを作ることができる。

「ラーメンが食べられるわよ、エド!」

 
◆◇◆


 この世界に転生してから、ナギも何度かラーメン作りに挑戦したことがある。
 豚骨ならぬオーク骨で出汁をとったスープの味はかなりのレベルのものを作ることができたが、肝心の麺作りに難航した。
 あの独特の食感を出すことは難しく、仕方なくパスタ麺で代用することにしたのだが。

「ラーメンじゃなくて、スープパスタになっちゃうのよね。どうしても……」
「そうだったな。あれはあれで美味かったが」
「でも、ラーメンじゃないの!」

 スープが完璧なだけに、とても悔しかったことを覚えている。
 うどんで代用してみたが、やはり違った。
 ラーメンスープ風味の、何か違う別の麺料理になってしまう。

「あれから、すっかり諦めていたけれど……」
「これがあれば、ナギがずっと探し求めていたラーメンになるのか」
「そうなの。でも、作るのは初めてだから、しばらく研究は必要かも」

 前世の知識は継承しているが、あいにく中華麺を手作りしたことはない。
 パスタやうどんを打ったことはあるけれど、中華麺は安く買えることもあり、手を出さなかったのだ。
 かろうじて、うっすらと「かん水」があれば、中華麺が作れるという記憶が残っていただけで。

「だから、エド。製麺作業、手伝ってくれる?」
「もちろんだ」

 力強く頷くエド。涼しい顔をしているが、脳内でアキラが「ラーメン! ラーメン!」と騒いでおり、とてもうるさい。
 これを黙らせるためにも、ナギの手伝いを頑張るつもりだった。
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