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〈冒険者編〉

301. 六十一階層 1

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 ジャイアントいちごを使ったスイーツは我ながら素晴らしい出来栄えだったと思う。
 お肉第一主義のはずのエドが夢中で食べ尽くしたほどに、美味しかった。

「これは、たしかにミーシャさんたちに知られると大変なことになっちゃいそう……」

 甘いお菓子に目がない二人の師匠の姿を思い浮かべて、冷や汗をかく。
 
「師匠たちに作るとしても、よほど大変なことを依頼する時に、一品だけ提供することにしよう」
「ん、それがいいわね。材料も希少だから、これだけしか作れないと先に念押ししておけば大丈夫よね?」
「……おそらく」

 自身がなさそうに、エドが小声で言う。
 いちごのスイーツにハマったら、彼女たちなら嬉々としてダンジョンの下層に挑み、いちごを大量に採取してきそうだ。

「それはともかく、今日は次の階層に挑むのよね?」
「ああ。採取は昨日ので充分だろう?」
「うん! 毎日食べても半年はもちそう」
「……そんなに採っていたのか」

 昨日は、いちごの採取を頑張った。
 普通サイズのいちごも確保しながら、二人はジャイアントロップイヤーが現れるのを今か今かと待ち侘びた。
 植物魔法が得意なウサギさんをいちごの茂みに隠れて待ち伏せして、いちごを巨大化させたところで倒す、漁夫の利作戦だ。
 美味しいジャイアントいちごに加えて、ウサギ肉も手に入るので、ナギはすっかりこの階層を気に入ってしまった。

「朝食のいちごジャムも美味しかったよね」
「ああ。ベリーのジャムとはまた違った味わいで旨かった」

 ジャイアントロップイヤーからドロップしたウサギ肉はピカタにした。
 鶏肉や豚肉で作ることはよくあったが、ウサギ肉を使うのは初めてだ。
 薄切り肉に塩胡椒で味を付けて、小麦粉をまぶし、卵液にくぐらせてバターで焼いただけのシンプルなピカタだったけれど、いちごを食べて肥え太っていたウサギの肉は柔らかくて、とても美味しかった。

「ジャイアントロップイヤーのお肉は唐揚げにすれば絶品だと思う。下手な鶏肉より美味しいかも」
「よし、昼は唐揚げだな」

 ウサギ系の魔獣肉は鶏の胸肉やササミに近い肉質のものが多いのだが、ジャイアントロップイヤーは毛皮の下にたっぷりの脂肪を蓄えており、とんでもなく柔らかかった。
 唐揚げにすれば、肉汁天国になりそうだ。

 ランチの楽しみもできたところで、六十階層を後にすることにした。
 下層を目指して進み、フロアボスのジャイアントロップイヤーの特殊個体は黒狼アキラが倒した。
 仔狼の姿ではなく、元の黒狼の姿でだ。
 植物魔法で周辺の木々を操り、しなる枝や触手のような木の根をかいくぐり、黒狼はあっさりとジャイアントロップイヤーを引き倒し、その首元に鋭い牙を食い込ませた。
 ゴキリ、と嫌な音が響く。
 首をへし折られたジャイアントロップイヤーは淡く光ると、ドロップアイテムに変化した。

「おつかれ、アキラ」
『倒しました! でっかい肉がドロップしましたよー!』

 フロアボスからドロップしたのは、10キロサイズの塊肉と魔石は拳サイズで綺麗な翡翠色をしている。
 
「これは毛皮……のマント?」

 純白の毛皮のマントはとても美しく、ゴージャスだ。ゴージャスすぎて、使えそうにない。何らかの付与がある魔道具かと期待して鑑定してみたけれど、普通の毛皮だった。

「うん、綺麗だけど要らないかな。エド、ほしい?」

 黒狼アキラの姿から元に戻ったエドが装備を整えながら、そっけなく首を振る。

「俺も必要ない」
「ミーシャさんやラヴィさんなら似合いそうだよね」

 白兎獣人とエルフの麗人な二人が、純白の毛皮のマントをはおる姿を想像して眼福すぎると身悶えした。
 
「めちゃくちゃ似合いそう。でも、要らないって言いそう」
「だろうな」

 残念だが、この毛皮のマントは売り払おう。冒険者ギルドよりも、エイダン商会のリリアーヌに相談した方がいいかもしれない。
 
「ナギ、これもドロップしたようだぞ」

 エドが地面から何かを拾い上げた。
 穀物を詰め込むための麻袋によく似た大袋だ。中には何も入っていないようで、ナギは何気なく手に取った。

「鑑定。……んんっ? マジックバッグだわ、これ。収納容量はそんなに大きくないけれど……時間経過あり、ですって!」
「時間停止ではなく、時間経過? それは……普通に少し大きな袋というだけか」

 ハズレアイテムか、とがっかり肩を落とすエド。だが、ナギはむしろ笑顔で喜んでいる。

「だって、時間経過ありのマジックバッグなのよ? 私の【無限収納EX】やドロップしたマジックバッグはどれも時間が経過しないから諦めていたけど……」

 きょとん、と首を傾げているエドにナギは厳かな口調で告げてやる。

「肉料理の下味を付けるのにも便利だし、何よりもエド。貴方が喜ぶと思ったのだけど」
「俺が?」
「ええ、エドが。酵母作りはもちろん、パンの発酵作業が捗るでしょう?」
「あ……」

 ナギの指摘で、ようやく理解ができたのか。エドは琥珀色の瞳を大きく見開いて、絶句している。

「パンの発酵……あの、地味に時間が掛かって面倒な……」
「そう。ずっと見張っていなくても良くなるのよ。朝に仕込んで、このマジックバッグに入れておけば、移動中やお仕事中に放置しておける」
「二次発酵も……?」
「放置しておけるわ。普通のマジックバッグや私の収納スキルでは時間が止まっちゃうから、発酵はできないけれど」

 理解した途端、エドはその見た目はズタボロの麻袋を宝物のようにそっと抱きしめた。

「素晴らしいドロップアイテムだな」
「うん。さっそく今日のランチ用の唐揚げに下味を付けられるね」

 キラキラと期待に瞳を輝かせるエドのために、フロアボスを倒してセーフティエリアと化した場所で、せっせとジャイアントロップイヤーの肉を一口サイズにして、特製の漬けダレに揉み込む作業を頑張った。
 肉が傷んでは元も子もないので、エドに作ってもらった氷で即席のクーラーボックスにして、麻袋のマジックバッグに収納する。

「お昼休憩のときに、揚げたてを食べようね」
「ああ、楽しみだ」

 後片付けをして、あらためて転移扉に向き合う。次は六十一階層。どんなフィールドが広がっているのか。
 手を繋いで、せーので扉を押した。


◆◇◆


 六十一階層は、神秘的な洞窟エリアだった。薄暗い洞窟道をほんのり淡く照らすのは光水晶だった。

「このくらい明るければ、魔道ランタンも光魔法も要らないね」
「そうだな。かなり先まで見通せるくらい、洞窟も広そうだ」

 何より、自分たちにはこの食材ダンジョンに限ってだが、【自動地図化オートマッピング】スキルが使える。
 視界の片隅に展開しておけば、魔獣や魔物が近付いてくれば、すぐに分かるようになっていた。

「ずっと展開していると視界の邪魔だけど、見通しの悪い洞窟フィールドではすごく便利よね」
「ああ。──来たぞ」

 頭上から襲ってくるのは、大蝙蝠の魔獣だ。耳障りな鳴き声を発しながら顔面を狙ってくる。
 エドは無造作に弓を引き、ナギは風魔法で迎撃した。
 大蝙蝠がドロップするのは魔石と皮膜だけ。あまり『おいしい』獲物ではない。
 ので、適当に間引きしつつ、先を目指した。
 ここでの当たりは、ゴーレムだ。
 見た目は岩石そっくりなため、擬態されると見つけにくい。
 だが、二人には魔獣や魔物の位置や数が分かるのだ。

「あそこにいるわね。エド、行く?」
「ん、先に行かせてもらう」

 マジックバッグから取り出した戦鎚ウォーハンマーで颯爽とゴーレムに立ち向かうエド。
 こちらの気配に気付いたゴーレムが擬態を解く前に頭部を破壊する。
 動きを止めたゴーレムの核を狙い、再び振り下ろされる戦鎚。

「あっさり倒しちゃった……。強くなったなー、エド」

 冒険者になったばかりの三年前、初めてゴーレムと対峙した際にはかなりの苦戦を強いられていたことを思い出して、感慨深い。
 
「っと、もう一体いるわね」

 今度は珍しい。
 飛行型のゴーレムが向かってくるのを、土魔法で迎え撃つ。

「下ばかり見ていると、痛い目に遭うわよ? もう遅いけど」

 ゴーレムの頭上、洞窟の天井から突き出た石の槍ストーンランス
 手が届かない位置にいても、ナギには関係ないのだ。
 鋭い槍に貫かれた飛行型ゴーレムはボロボロと崩れ落ちてきて、ドロップアイテムに変化した。

「んー。ゴーレム核と宝石ね。あら、ダイヤモンド鉱石? これは当たりかしら」
「こっちは銀鉱石だ。魔素を含んでいて、魔力を通しやすいから高く売れそうだぞ」
「よし、どっちも売っちゃおう!」

 ゴーレム核は確保しておく。
 大量の魔力は必要になるけれど、ゴーレム馬を作れるので、移動の際には重宝するのだ。
 鉱石系は物によっては、かなり稼げるので、普通の冒険者にとっては美味しいフィールドかもしれないが、ナギはほんの少し不満だった。

「ここは美味しい食材が手に入らなさそうね……」
「とっとと通り抜けよう」

 同感だ、と言うエドと頷き合う。
 似た者同士の二人だった。
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