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〈冒険者編〉

298. クラフトコーラ

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 クラフトコーラを作るにあたり、仔狼アキラが味見役に立候補してくれた。
 興味深そうに二本足で立ち上がり、鍋の中身を覗こうとしているが、ポメラニアンサイズなので、当然ながら届かない。

『コーラって手作りできるものなんですか、センパイ?』

 不安に揺れる黄金色の瞳を覗き込んで、ナギは朗らかに笑った。

「作れるわよ? 市販のコーラとは違う風味にはなっちゃうけど、そこがクラフトコーラの醍醐味だと思うわ」
『作れるんだ……』

 作り方は意外と簡単だ。
 レシピの数もたくさんある。
 その中から自分の好みのフレーバーを探し出すのが楽しくて、ナギも前世でハマっていたことがあった。

「フルーツやスパイスを砂糖と一緒に煮詰めて、炭酸と混ぜるだけ。簡単でしょ?」
『……そんなんで、本当にコーラが作れるんですか?』

 懐疑的な眼差しを向けられて、ナギはあっさりと肩を竦めてみせた。

「そこが難しいところなのよねー。市販のコーラの味や香りが強すぎて、そこらのクラフトコーラだと、どうしても違和感を覚えちゃうのよ」

 前世でも、何度も挑戦して、コーラもどきのドリンクを飲み干したものだった。

「まぁ、そこそこ美味しくなるものだし、試しに作ってみよう!」

 必要な食材やスパイス類を【無限収納EX】から取り出して、調理台に並べていく。
 まずは、レモン。砂糖にタンサンの実。
 スパイスはとりあえず、クローブに黒胡椒、カルダモンにシナモン、ジンジャー、スターアニスを使ってみることにした。

「まずは、レモンを輪切りにしていきます」
『レモンは大事ですね!』

 丁寧に洗っておいたレモンを薄くスライスしていく。大森林の側にある農園から買い付けたレモンは上質だ。瑞々しく、たっぷりと水分を含んでいる。
 スパイス類は煮出しやすくなるように、サヤを割ったり、粉末状に加工した。
 種子が鮮烈な香りを放っていたりするので、ここの行程は大事だと思う。

「あとは鍋に砂糖と水、スライスしたレモンやスパイス類を投入して、中火にかけます」
『香辛料の匂いがすごい……』

 スン、と鼻の頭のあたりにシワを寄せる仔狼アキラ。鼻の良いオオカミにはキツい作業だったかもしれない。

「匂いがキツいなら、外で待っている?」
『んー。コーラ作りが気になるので、我慢します!』
「そう? 無理そうなら、遠慮なく言ってね」

 ことこと、中火で煮込んでいく。
 焦げ付かないよう気を付けながら、鍋の中身を木べらで掻き混ぜる。
 どうしても砂糖が下の方に溜まってしまうので、優しく混ぜて溶かしていく。

「煮立ってきたら、弱火にして十五分ほど、掻き混ぜるわよ」
『地味な作業ですね。でも、何となく見知った匂いがしてきたような……』

 鍋の中身を見たがる仔狼アキラのために、スツールを用意してあげた。
 身軽くスツールに飛び乗ると、ふかふかの小さなオオカミは身を乗り出すようにして鍋を覗き込む。

 ことこと、ことこと。
 ホーロー製の鍋でじっくりと煮込んでいくと、スパイスの香りが砂糖水のシロップに移ってきたようだ。
 
「ん、いい香り」

 懐かしい香りに、ナギは頬を緩ませた。
 ここで油断して長時間煮込んでしまうと、雑味が顔を出すので、注意が必要だ。
 
「……こんなものかな?」

 魔道コンロの火を止めたところで、仔狼アキラが尻尾を振った。

『完成ですか⁉︎』
「まだまだ、これからよ」

 煮沸消毒したガラス製の保存容器に鍋の中身をスパイスごと移して、冷めたら蓋をする。
 そうして、その保存容器ごと冷蔵庫で冷やして半日ほど寝かせる必要があった。

『半日!』

 絶望に満ちた表情で、仔狼アキラがショックを受けている。
 さすがに、意地悪がすぎたかもしれない。
 反省しつつ、ナギはかわいい相棒に提案した。

「これから半日もお預けなのは可哀想だから、ここは少しだけズルをします!」

 生活魔法でガラスの保存容器を冷やして粗熱を取り、氷を詰めた大きめのバケツに突っ込んだ。

「これを、まずは【無限収納EX】に収納します。そして、このバケツの中身の時間だけを進める」
『っ! センパイ、それはとんでもなく魔力を消費するんじゃ……?』
「んー、そうね。ごそっと魔力を持っていかれたわ」

 ナギのチートな収納スキル【無限収納EX】は、収納した物の時間に干渉することができるのだ。
 普通に収納する場合や、スキルの小部屋内は時間が停止された空間だが、収納物を指定して、その時間を遡ったり、進めることが可能だった。
 ただ、仔狼アキラが言った通りに、とんでもなく魔力を消費する。
 なので、収納物の時間を弄ることは滅多にしないのだが──

「今回は私も飲みたいから、特別ね?」

 十歳の時に初めて、このスキルを使った時にはかなりの魔力を消費してしまい、気分が悪くなったけれど。

「……ごそっと魔力は持っていかれたけど、意外と平気そう?」

 こっそり鑑定してみたが、魔力消費は二割くらい。三年間、レベル上げとスキルを鍛えた成果なのだろう。地味に嬉しい。

「さて、ちゃんと仕上がったかしら?」

 固唾を呑んで見守る仔狼アキラの前で、【無限収納EX】からバケツを取り出した。
 中の氷はすっかり溶けてしまっているが、ガラス容器の中身はしっかり色付いている。

「ん、ちゃんとコーラっぽい香り!」
『あっあっホントだ! すごい! コーラっぽい!』

 わふわふと興奮する仔狼を宥めながら、茶こしで漉していく。
 自分用のグラスと、仔狼アキラ用の小皿を用意する。

「アキラ、氷を作ってくれる?」
『喜んで!』

 無詠唱でグラスと小皿の中に氷を満たしてくれた。うん、ちょうど良い量だ。
 ここに完成したばかりのクラフトコーラを注いでいき、マドラーでよく混ぜる。
 そこで、はたと気付く。

「あっ、肝心の物を入れ忘れちゃっていたわ! タンサンの実!」

 テーブルに出しておいたタンサンの実をひとつずつ、グラスと小皿に落として、念入りにマドラーで混ぜ合わせた。
 シュワシュワと泡が立つ音が耳をくすぐる。

「わぁ……! 見た目はコーラそのものね」
『センパイ、はやく! はやく飲みたいですっ』
「はいはい。落ち着いて。どうぞ」
『わーい!』

 目の前にコトン、と小皿を置いてあげると、仔狼アキラがわっと顔を突っ込んだ。ピチャピチャと音を立てて飲んでいる。

『んっ! んんっ……コーラだ! コーラですよ、センパイっ』

 ぶるんぶるんと高速回転する尻尾から、その喜びが伝わってくる。
 夢中で飲み干す様子を微笑ましく眺めながら、ナギも十三年ぶりとなるクラフトコーラを口にした。
 パチパチと口の中で弾ける炭酸の泡が心地良い。独特のほの苦い味と芳醇なスパイスの香りにうっとりする。
 スライスレモンと炭酸のおかげで、かなり飲みやすい。

「んふっ、美味しい。ちょうどピザも焼けたみたいだし、一緒に味わっちゃいましょう!」
『はっ? センパイ、コーラ飲みきっちゃいましたぁ! あああ……ピザと一緒に楽しみたかったのにー!』

 キュンキュン、と鼻を鳴らして前足で顔を覆うポメラニアンもどきのモフモフに、ナギはニヤリと笑ってみせる。

「そんなこともあろうかと、たっぷり仕込んでおいたから大丈夫よ」

 クラフトコーラを仕込んでいた鍋はミルクパンではなく、大鍋なのだ。
 スパイス類はたっぷりと使ってしまったが、おかげで三人がおかわりできるくらいは余裕である。

「はい。サラマンダーの尻尾肉を使った、サラミソーセージ風ピザよ。クラフトコーラと一緒に召し上がれ」
『いただきまーす!』

 ピザとコーラの相性は最高だ。相乗効果でいくらでも食べられそう。

「ピザ、美味しい! サラミソーセージより旨味が凝縮されていて、とろけるチーズと絡ませて食べると最高ね!」

 美味しい、美味しいと夢中で貪り食べる仔狼アキラは、エドの分を残す理性はあったようだ。

「良い子にはポテチもあげちゃう」
『センパイ、女神さまです⁉︎   コーラとポテチはニコイチですよねー!』

 デザートのポテトチップスも気に入ってくれたようで、幸せそうに味わっている。

『センパイ、またスパイスのドロップを狙いましょうね!』
「そうね。それぞれ、好みのフレーバーを見つけて飲み比べしたいわ」

 すっかりクラフトコーラの沼にハマってしまった仔狼アキラは、嬉々としてダンジョンを駆け回ってスパイスを求めるようになった。
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