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〈冒険者編〉
293. 五十六階層 2
しおりを挟む氷の城は広大な氷原ステージにぽつりと建っていた。
城というより、塔に近い。どちらかといえば無骨なデザインの建物だ。
高さは二十メートルほどか。円形の太めの塔で、よく見ると氷の煉瓦を積み重ねて作られているようだった。
少し離れた場所から、その氷の塔を観察していた黒狼がぽつりと言う。
『ベルクフリートっぽい外観ですね』
「……ベルクフリート?」
『城壁の内側にある主塔です。日本でいうと天守閣……? ちょっと違うな。見張りもできて、堅固だから避難所にもなる建物です』
ドイツ語だろうか。あまり聞き覚えがない単語だ。
首を傾げるナギに、黒狼は丁寧に教えてくれた。
『まぁ、本物は一階にエントランスなんてないですから、普通に城なのかな?』
ベルクフリートは梯子や橋などを使って高所から出入りするらしい。
なるほど、最終防衛の拠点か。
「ここはちゃんと一階に入り口があるから、助かるわ」
梯子を登る羽目に陥らなくてホッとする。
が、入り口はあっても、氷の塔の中も滑りやすそうだったので、ナギは黒狼の背から降りることなく、そのまま中に突入することにした。
入り口はかなり広く、巨大な狼でも余裕で通ることができる。
中には氷でできた螺旋階段があり、とても綺麗だ。オーロラの光を反射して七色に輝いている。
フロアボスのいる緊迫したフィールドではあるが、ナギはその夢のように美しい光景に言葉もなく見惚れてしまった。
『センパイ、ちゃんと掴まっていてくださいよ?』
「んんっ、分かっているわよ?」
黒狼に指摘され、慌てて鞍にしがみつく。
氷の床はもちろん、螺旋階段は滑りやすい。黒狼は鋭い爪を氷に突きたてるようにして器用に階段を駆け上がった。
『いました。アイツがフロアボスですね』
氷の塔の天辺、屋上にその魔獣はいた。
白銀色の美しい毛皮を身に纏ったウルフ系の魔獣だ。【獣化】したエドの黒狼よりも小柄で、瞳の色は美しいブルー。
鑑定によると、シルバーウルフのクィーンとある。特殊個体か。
当の銀狼は対峙したのが立派な黒狼で、少しだけ混乱しているように見えた。
「シルバーウルフも氷属性魔法を使うのよね? 私が火魔法で戦った方がいいかな」
『いえ。せっかく久しぶりのダンジョンだし、俺にやらせてください。センパイは危ないから、スキルの小部屋に避難して』
「ん、分かった。気を付けてね」
少し迷ったが、ずっと我慢してくれていたのだ。ストレス発散も必要だろう、とナギは素直に従った。
【無限収納EX】の小部屋に移動する。
中からでも小窓を使えば、外の様子が確認できるのだ。
何かあればすぐに助けにいけるよう待機する。
結果的に、ナギは安全な特等席で黒狼対銀狼の戦いを紅茶片手に優雅に眺めて終わった。
同じ氷属性魔法の使い手である狼対決だったが、圧倒的に黒狼が強かったのだ。
シルバーウルフのクィーンが繰り出す氷魔法の攻撃をあっさりといなし、召喚されたウルフたちを蹴散らし、良い経験値だとばかりにドロップアイテムに変えていった。
やがて、クィーンが召喚する魔力を使い切ったところで、氷の槍であっさりと貫いて終わった。
『完全勝利! 楽しかったー!』
「やりすぎだと思う……けど、おつかれ」
氷の床に散らばるドロップアイテムの数々を見下ろして、ナギはため息を吐いた。
シルバーウルフからドロップしたのは、氷属性の魔石と毛皮。クィーンは魔石と毛皮の他に、指輪を落とした。
「わぁ。すごく綺麗な指輪……ダイヤかしら?」
白銀の台座に虹色の鉱石が光り輝いている。鑑定してみると、氷属性の魔道具だった。
「え、すごい。これがあれば、冷気を纏うこともできるみたい」
『それって、エアコンがわりに使えるってことです?』
「そう! 南国のダンジョン都市で過ごすには最高の魔道具じゃない⁉︎」
接触冷感素材のタイルやシーツなどを使い、暑い夏をどうにかやり過ごしてはいたけれど、この指輪の魔道具があれば、快適な夜を過ごせそうだ。
「これがあれば、もう避暑地代わりにダンジョンに潜る必要もなくなるわ!」
『ああ……毎年、酷暑の時期はダンジョンキャンプで半月くらい引きこもっていたから……』
哀れみの眼差しでこちらを見つめてくる黒狼をキッと睨みつけた。
「暑さで寝苦しくて睡眠不足の夏はキツいもの! ダンジョンの中は街で過ごすよりは涼しくて快適じゃない」
海ダンジョンはそうでもないが、東の肉ダンジョンは階層によっては過ごしやすいのだ。
特に森林フィールドは夜から朝にかけて、夏とは思えぬほど涼しい。
生まれ故郷を出奔した際に、母が建てた別荘を【無限収納EX】で持ち出して、今はそこを自宅にしているが、北国である王国で建築された別荘は、夏が過ごしにくい。
冬は暖かい作りなのだが、そのせいで風の通りが悪いのだ。
エドがエアコン代わりに氷を作ってくれて、どうにか涼を取っているのだが、夏の間はもっぱらダンジョンで過ごしている。
「指輪の装着者とその周囲に冷気を纏うことが可能。あと、触れた物を凍らせる能力もあるわね。それなりに魔力は消費するみたいだけど」
その点はナギはあまり心配していない。
魔法の師匠であるエルフのミーシャから、ハイエルフなみの魔力量と半ば呆れながら褒められたことがあるので。
たとえ一晩中、仔狼を抱っこして眠っても、余裕で指輪を維持できるだろう。
「この階層はあまり食材は手に入らなかったけど、この指輪は当たりだったわ」
『良かったですね……』
ほくほくしながら、ナギは指輪を【無限収納EX】にしまった。
ドロップアイテムである魔石と毛皮も収納する。シルバーウルフの毛皮も氷属性の魔獣であったため、ひんやりとしており触り心地が気持ち良いので、これはギルドで引き取ってもらうつもりだ。
何枚かは残しておいて、コテージのラグ代わりに使うのも良いかもしれない。
「イクラとサーモンも手に入ったから、悪くない階層よね?」
『それはそう! センパイ、昼はピザだけど、夕食はサーモンの親子丼が食べたいですっ』
「いいわね。こぼれるくらいイクラを盛って食べちゃおう!」
そのナギの提案に張り切った黒狼が五十七階層への転移扉にスキップしながら駆け寄った。
◆◇◆
五十七階層はがらりと様相を変えて、草原フィールドが広がっていた。
膝までの高さの草の中には珍しい薬草が生えている。これはミーシャへのお土産にしたら喜ばれそうだ。
嬉々として薬草を採取する。
緑豊かな場所だけあり、この階層には草食系の魔獣が多い。
とはいえ、それなりに深い階層なため、出没する魔獣はランクが高く、強い魔獣ばかりだ。
ジャイアントシープはワイルドシープが進化した魔獣だと言われており、大型のトラックサイズ。
突進攻撃は厄介だが、遠くから魔法を当てれば簡単に倒せる。
ドロップするのは魔石と肉、羊毛。肉は柔らかく、あんなに大きな体をしているのにラム肉に近い肉質だ。
羊毛は質が良いため、買取額も高め。
冒険者にとっては美味しい獲物だ。
ジャイアントシープよりも厄介なのは、サイの魔獣だ。大きさは普通のサイと変わらないが、物理攻撃がエグいらしい。
突進、その巨大なツノで弾き飛ばす、太い脚で踏み潰そうとする等、魔法なしで戦うにはかなり厳しい魔獣だ。
『黒銀』のタンク役の黒クマ獣人、デクスターなら大楯で持ち堪えられるかもしれないが、あいにくエドはどちらかと言えばスピードに特化した軽量級。
黒狼に獣化したアキラなら、軽くあしらえるだろうが、まずは安全が第一だ。
こちらに向かってくる前に、ナギが遠距離から魔法を放って、さくさくと倒していく。
「魔石とツノ、それとこれは……黒胡椒! アキラ、サイの魔獣を狙うわよ!」
『はーい!』
ガラスの小瓶に入った黒胡椒。鑑定すると、かなり質の良い物だった。肉もドロップしないハズレだと思いきや、嬉しい驚きだ。
『センパイ、大型の牛の魔獣がいますよ』
「牛! 牛肉の確保、お願い!」
『了解でっす! 焼肉すき焼きしゃぶしゃぶステーキ!』
妙な掛け声と共に、黒狼が白黒マダラ模様の巨大な牛の魔獣に体当たりする。
あっさりとドロップアイテムと化したのは、ジャイアントカウ。てっきり牛肉をドロップするのかと思いきや──
『センパイ、これ乳牛でしたー!』
ドロップしたのは、ミルク──ではなく、なんとチーズだった。
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