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〈冒険者編〉

286. 開拓地食堂 1

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 エイダン商会が派遣した調理人は下拵え担当も入れて、六人。
 リーダーと目されている料理長トマソンによると、現在この場で開拓に携わっているのは約百二十人ほど。
 一番数が多いのが、猫科獣人を中心とした作業員で五十人以上いるらしい。
 もっとも、周辺住民に募集を掛けているために、これからどんどん増えていくのは確実だ。
 冒険者ギルドに雇用された護衛が三グループ、二十人。

「えーと、あとはギルドと商会の従業員さんたち。それと、職人さんたちですね?」

 指折り数えるナギの隣で、エドがこくりと頷いている。

「木こりが十五人、拠点を作る大工と家具類を作る木工細工職人。あとは、開拓現場で重宝される土魔法使いか」
「土魔法使いさんは、拠点の土台を作る担当なの?」
「それもあるが、一番は邪魔な木材の根や切り株を掘り出す仕事で呼ばれていると思うぞ」
「あ……そっか。切り倒した木の根っこの排除は大変よね」

 規格外の収納スキル【無限収納EX】持ちのナギは手で触れるだけで、根っこごと木々を収納できてしまうので、それで困ったことはなかったのだが。

(そうよね……。普通は森林を切り拓くのって、すごーく大変なことだもの)

 冒険者としてはあまり人気のない土魔法使いだが、辺境での開拓事業では引っ張りだこなのだと教えてもらった。

「ええと、話を戻すわね。その百人あまりの人たちのお腹を満たす食堂を回すのがギリギリだとか……」

 指折り数えるナギの手を、料理長トマソンがぎゅっと握り締めて涙目で訴えてくる。

「そうなんです! 腹を空かせた連中が百人以上、一気に押し寄せてくるんですっ! 最初の話では、作業員や冒険者には食事の提供は不要だと聞いていたのに!」
「そ、そうなんですね……」

 呪殺しそうな目付きでトマソンを睨むエドを宥めるため、ナギはさりげなく料理長の指を引き剥がした。
 エドが二人の間にそっと割り込む。
 ナギはその頼れる背中に庇われつつ、首を傾げた。
 
「あれ? でも、屋台があるんですよね? 冒険者や作業員の人たちはそっちで買って食べないんですか」
「屋台は集落の獣人さんたちが受け持ってくれているんですけれど、その……あまり売れていないようで」

 言いにくそうなトマソンから聞き出したところによると、森の近くで狩った魔獣肉の串焼きやスープを提供してくれているようだが、味付けは塩のみであまり美味しくはないようだった。

「串焼き肉だけだと、飽きちゃいますもんね。そりゃあ、料理人が作ったご飯が食べたくなるのも分かります」

 冒険者ギルドとエイダン商会での取り決めでは、食堂を無料で利用できるのは職人と土魔法使い、ギルド職員のみ。
 その他は有料での提供となるらしい。
 ギルドの予想では、冒険者は野営に慣れているために自炊。
 作業員は集落出身者が多いために食堂に食べに来るとは思わなかったようだが。

(出稼ぎに行っていた獣人さんたち、ダンジョン都市で美味しい食事に慣れちゃったんだろうなぁ……)

 集落の住民は『外』の食文化をほとんど知らないはず。
 実家の味とはいえ、塩やハーブくらいしか使わない料理では物足りなくなったのだろう。

「作業員たちにも日当が出るからな。たしか、銀貨一枚だとギルドマスターが言っていた」

 日本円にすると、日給一万円か。
 その他にも色々と手当てが付くらしいので、この辺境の地では高給に当たる。

「なら、お財布の紐も緩んじゃうわよね……」
「開拓はキツいからな。一日懸命に働いた分、美味い飯が食いたくなる気持ちは良く分かる」
「私も分かるわ。美味しいご飯で癒されたいもの」
「気に入ってくださったのは嬉しいんですがね……。私ども、もう手一杯でして」

 調理人六人で百人超の面倒を見るのは、たしかに大変そうだ。
 しかも、エイダン商会から派遣された調理人は大人数の野営食作りには慣れていないのだと嘆いている。

「トマソンさん、普段は瀟洒なレストランで調理しているんだ……?」
「僕は酒場で見習い調理人でした」
「俺は屋台を任されていたからな。肉を焼くのは得意なんだが……」

 六人中、二人はパン焼きの担当だった。
 百人分のパンを三食分、ひたすら焼いているようで、疲労の色が濃い。

「追加の調理人は……」
「頼んでいます! 三日後に二人到着予定ですっ」
「三日後かぁ……」

 ナギとエドの二人は、食堂の手伝いは二日間の契約だ。とりあえず、明日から入らせてもらおうと考えていたのだが──

「今日から! いえ、今すぐ! お手伝いをお願いしますぅぅぅ。半日分のお給料は私が自腹を切りますから!」
「えええ……」

 結局、料理長トマソンの泣き落としにより、今夜の夕食作りから食堂に立つことになった。


◆◇◆


 以前お世話になった冒険者パーティ『黒銀くろがね』の皆のところへ挨拶に行きたかったが、その余裕もない。
 とりあえず、大急ぎで自分たちの拠点となる魔道テントを設置した。
 空間拡張機能付きのため、かなりゆったりとしている。久しぶりに使うため、テントの中は空っぽだ。
 あまり待たせてしまうと、また料理人たちに泣かれてしまいそうなので、素早く二人分の寝台を設置する。

「あとは念のために、結界の魔道具も使っておいた方がいいよね?」
「そうだな。これだけ賑やかだと、魔獣は寄って来ないだろうが、不心得者がいないとも限らない」
「まぁ、貴重品は置いていかないけど。テント自体がひと財産だもんね」

 普通のテントではなく、ダンジョンでドロップした拡張機能付きの魔道テントは高価なのだ。
 開拓地に続々と人が集まっている中、放置したままのテントを狙う輩が混じっていないとも限らない。
 未成年の二人を気遣ってくれたのだろう。テントを張った場所は、ギルド職員の厚意で、冒険者ギルド臨時支所のすぐ近くなので他よりは安全だと思う。
 素直に感謝しつつ、二人は早足で食堂に向かった。


 食堂は戦場だった。
 メニューを聞き出したところ、メインは肉料理でパンとスープ、そこに野菜料理を一品付けての提供らしい。
 これで銅貨二枚。肉は冒険者が大森林やダンジョンで狩ってきた新鮮な魔獣肉を使っているので、なかなか美味しそうだ。
 問題はそれだけだと、腹持ちが良くないようで、ステーキの追加注文が相次ぐらしい。

「栄養バランスも考えられて、良いメニューだとは思いますけど、これは時間が掛かりそうですね……」

 メニュー表を見せてもらったナギは小さく呻いた。定食風にそれぞれ皿に盛り付けており、見栄えも良い。
 だけど、大勢が一斉に食べるのに向いた料理ではないのだ。

「なるべくワンプレートにしましょう。皿洗いの手間も減ります」

 ナギやエドがいれば、浄化魔法クリーンが使い放題だが、あいにくこの場で生活魔法が使える調理人はいない。
 すべて手洗いなのだ。ならば、皿を減らすのが一番。

「あ、でもスープはあった方がいいですね。腹持ちが良くなるし、野菜もがっつり食べられるから」

 本日作る予定のスープは干し肉でじっくり出汁を取るタイプのもので、ナギはきっぱりと首を振った。

「野菜料理を一品減らして、その分スープに野菜をたくさん入れましょう。スープの味付けも味噌一択です!」
「ミソ……。ああ、商会から送られてきた荷にありましたね。使い方をナギさんに教わるようにと言われていましたが」
「教えます! 一緒に作りましょう、豚汁を!」

 豚汁というか、ボア汁、オーク汁になるだろうがどっちも美味しいので問題ない。
 このメニューなら、肉とたっぷりの根菜でお腹も膨れるはず。味噌が苦手な人用に少しだけ別の味のスープを作っておけば安心だ。
 だが、味は間違いなく味噌が美味しい。
 ヒシオの実味噌は前世日本での出汁入り味噌の味と良く似ているため、干し肉や小魚、昆布などで出汁を取る必要がないのがありがたい。

「本当は丼飯メニューにすれば、がっつり食べられるし、楽なんですけど……」
「物資の中に米はなかったか?」
「あ、そういえば、あったかも! トマソンさん、お米! お米料理も作りましょう!」

 キャパオーバーだった料理長はナギの提案に、渡りに船とばかりに飛び付いてくれたので仕事がやりやすい。

「パンを焼くのって時間が掛かるんですよ。その点、お米や麺類はパンより時短で食べられます! パンの回数を減らして、ご飯と麺を増やしましょう」

 パンより時短、と耳にした料理人たちがぱあっと顔を輝かせた。
 夕食まで、あと三時間と少し。
 皆で顔を突き合わせて、その夜のメニューを考案した。
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