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〈冒険者編〉

279. 海鮮市場でお買い物

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 ダンジョン都市の南地区は海が近く、漁港がある。
 中央通りの海鮮市場は特に賑やかで、ついつい買い過ぎてしまうほど、新鮮な魚介類が売られていた。

「海鮮市場は朝早くに行けば、新鮮なお魚が買えるんだよ。漁師のおじさんたちが獲ってきた魚介類を奥さんが市場で売っているの」

 あれも家族経営というのだろうか。
 男連中が早朝、船で漁に向かい、手に入れた海の恵みを家族が市場で販売するのだ。
 独身の若い漁師はその両方をこなしている者もいるらしく、大変そうだと思う。
 市場で売るのが面倒な連中は漁業ギルドでまとめて買い取ってもらうらしい。

「このくらいの時間帯だと、漁で得た新鮮な魚は手に入れにくい」

 己の肩に乗るキジトラ柄の猫に、エドは丁寧に教えてやっている。

『おさかな、買えないの、にゃ?』
「いや、それが買えるんだ」
「ニャ?」

 首を傾げる猫の姿が身悶えしそうなほどに可愛らしい。

「今からだと、私たちみたいにダンジョンで手に入れたサハギンの宝箱の中身が市場に流れてくるのよ」

 不思議そうにしているコテツに教えてやる。
 冒険者のドロップアイテムとしてサハギンの宝箱を買い取ったギルドが、商業ギルドを経由して市場で魚介類を販売するのだ。
 サハギンの宝箱からは、船で獲れない種類の魚が入っていることがあるので、密やかな人気商品だったりする。
 沖でしか獲れないサーモンやマグロ、カツオなどの大きめの魚が多い。

「冒険者の中にはギルドで売らずに、直接ここの市場で売る人もいるみたいよ」
「ギルドよりは高く売れるが、面倒じゃないのか」
「私も面倒だと思う。市場で売る暇があれば、その分ダンジョンに潜った方が稼げそうよね?」

 ナギとエドなら、間違いなくそうするだろう。実際は売るより自分たちで消費するが。

 とはいえ、東の肉ダンジョンでもそうだったが、南の海ダンジョンでも見習いや新人冒険者がそうやって無理せずに稼いでいるのだろう。
 誰もがエドのように強かったり、ナギのように魔法が得意な冒険者ではないのだ。

「まぁ、そんなわけで。夕方からでも充分お買い物を楽しめるから安心してね!」
「ニャッ」

 初めて自力で稼いだ猫の妖精ケットシーのコテツは楽しそうに市場を見渡している。
 木製のパレットに無造作に詰められた魚介類はカラフルだ。
 南国らしく極彩色の魚が目に付く。

(あれはタイの一種かしら? 前世日本でも、沖縄の魚屋さんで見かけたブダイに似ているかも)

 額が不恰好に突き出した、ちょっと怖い見た目のお魚だが、刺身や煮付けに調理すると、とても美味しかったことを覚えている。
 鮮やかな青色の魚をとりあえず四匹購入しておいた。
 コテツはお刺身が好きなようで、目に付いた魚介類を次々と買っていく。
 猫なので、お金を払うのは彼のお財布を預かったエドである。
 念話で『これが欲しい』と伝えられた魚をそのまま買っていた。

 ちなみにナギはいつものようにお買い得な商品を狙う。
 出汁用の小魚や魚卵、ワカメや昆布だ。
 どれもサハギンからのドロップアイテムだが、調理法が知られておらず、あまり売れていない品だった。

「美味しいのに、もったいない」

 昆布と小魚は美味しい和食を作るには必需品だ。出汁、大事。
 魚卵は普通に好物です。イクラやタラコ、どちらも高級品なのに、この世界ではあまり好まれていないのだ。
 おかげで捨て値でたくさん買い込めた。

「今日はイクラがたくさん手に入ったわ」

 ほくほくと喜ぶナギに、エドも嬉しそうにしている。

「久しぶりに海鮮親子丼が食べたい」
「いいわね! 今日手に入ったサハギンの宝箱に新鮮なサーモンがあったから、鮭イクラ丼にしましょう」

 海鮮市場で気になる魚介類を仕入れた後で、隣接する屋台コーナーも冷かした。
 ちょうど小腹が空いていたので、海鮮串焼きやシーフードスープを購入し、皆で分けて食べる。

「この塩焼きの魚、脂がのっていて旨いぞ」
「ん、ほんとだ。こっちの海老焼きも美味しいわよ。身がぷりぷり! ミソもたっぷりで幸せ」
『ぼくは、これがすき』
「ハマグリのバター焼き? これ、美味しいわよねー。お土産用にたくさん買っておく?」
『買う! にゃっ』

 コテツは屋台で気に入った品を次々と購入し、収納していく。
 レベルが高いだけあり、彼の【アイテムボックス】の容量は相当ありそうだと思う。

 海鮮市場を満喫しての帰り道、雑貨屋にも寄った。
 最近、悪戯が激しい子猫たちのためにオモチャを買って帰ることにしたのだ。
 蹴りぐるみにもなる、小さめのぬいぐるみを二つ。あとは、この南国では珍しい毛糸を一玉。毛糸は猫じゃらしに使う。

「あ、これも買おうかな。可愛いリボン」
「ナギが使うのか? 赤色とは珍しい」

 瞳の色に合わせて、青色系統の衣服やリボンを使うナギにしては珍しい色なので、エドが首を傾げている。

「これは、コテツくん用よ。ダンジョンに潜る際に従魔の印が必要でしょ? どうせなら、可愛いリボンがいいかなって」

 今日は用意していなくて、仕方なく【無限収納EX】内にあった細い革紐を結んだのだ。
 幅広のリボンはアラクネシルク製で肌触りも良い。光沢があり、赤の発色も美しく、キジトラ柄の毛皮に映えそうだと思ったのだ。

「はい、コテツくんにプレゼント。初ダンジョン記念だよ」

 購入したリボンをきゅっと結んでやると、思ったとおり、良く似合っていた。

『ありがと、なぎ』

 くるくると尻尾を追いかけるようにその場を回り、にぱっとコテツが笑う。
 気に入ってくれたようで何よりだ。
 ついでにお隣の木工細工のお店にも寄って、猫用のお皿をたくさん買った。
 これはコテツが自分のお財布からコインで支払ったお土産だ。

「じゃあ、お家へ帰ろうか」
「街の外へ出たら、ゴーレム馬車を使おう」

 寄り道していたら、すっかり遅くなってしまった。きっと、子猫たちが首を長くして待っているはず。
 ゴーレム製の馬は逸るナギの気持ちが反映されたのか。いつもよりも早く道を駆け抜けてくれた。


◆◇◆


 待ちくたびれた子猫たちは、二匹とも夢の中だった。ソファの上にお気に入りのタオルを引っ張り上げて、その中に包まれるようにして眠っている。
 まさに、天使の寝顔だ。
 起こさないよう、そうっとキッチンへ移動する。
 コテツによると、子猫たちの子守りを頼んだ精霊たちは疲れきっており、かなりのヤンチャぶりだったようだ。

「精霊さんたちにはお礼のお菓子を弾んでおいた方が良さそうだね……」

 ナギたちの目には見えないが、何となく空気が重いので気を遣ってみた。
 ダンジョン内での精霊たちにも好評だった、甘い焼き菓子と蜂蜜入りのミルクをお供えしておく。

 それから、大急ぎで夕食を作った。
 エドのリクエストに沿って、サーモンとイクラの親子丼だ。ご飯は酢飯にした。
 自作の乾燥させた海苔を細かく刻んで散らしてみる。

「うん、美味しそう!」
『宝石みたいにゃ!』
「ん、海の宝石箱だな」

 食いしん坊の自分たちには、こちらの宝石箱の方がよほど魅力的に思える。

「あとは、ブリのアラ汁! 白身魚のカルパッチョもあるわよ」

 ブダイに似た白身魚の刺身を使ったカルパッチョには黒オリーブとミニトマトを添えてある。ソースは柑橘ベースで、果汁とオリーブオイル、蜂蜜と粒胡椒を使った。
 はやくはやくとコテツに急かされるまま、手を合わせていただきます。
 まずは、メインの海鮮親子丼から口をつけた。サーモンの刺身とイクラを合わせて、ぱくり。

「んーっ! どっちも新鮮で美味しいわね。脂がのったサーモンのお刺身が濃厚!」
「イクラも弾力があって旨いぞ。このプチっとした感触がいい」

 コテツの口にも合ったようで、夢中で食べている。んまんま、と鳴き声が聞こえてきた。ちなみに彼の分はサビ抜きだ。
 海鮮カルパッチョも初めての味だったようで、ナニコレナニコレと驚きながらも貪り食べていた。

「のんびりダラダラ過ごす予定の休暇だったけど、たまにはこういうのも良いかもね」

 稼ぎが目的の日帰り弾丸ダンジョンツアーは意外と楽しかった。
 猫の妖精ケットシーが操る魔法も気になる。
 特に空を飛ぶ魔法は、是非とも教えてもらいたい。そのためにはやはり──

「胃袋をしっかり掴まないとね!」

 ぐっ、と拳を握り込んで宣言するナギをエドが呆れたように見やった。

「……これ以上?」
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