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〈冒険者編〉
278. 猫の手貸します 3
しおりを挟む猫の妖精であるコテツはレベルが250だと教えてくれた。
港町でたまに見かける野良猫と比べてと、ほんの少しぽっちゃり体型ではあるが、あの小柄さで十倍以上の大きさの魔獣でも瞬殺する強さがあるのだ。
サハギンは個体により水魔法を使う厄介な魔物だが、魔法攻撃もあっさり見切って、前脚をちょいっと振り下ろすだけで真っ二つにしていた。
「……あれは猫パンチ?」
「どうだろう……。俺の目でも見極められなかった。おそらくは風魔法だとは思うが」
黒狼獣人のエドの動体視力でも追えない猫パンチとは。
精霊魔法が使えないナギには、普通の魔力の流れは分かるが、それが精霊を介して使う魔法なのかさえ判断がつかなかった。
分かったのは、ひとつだけ。
「コテツくん強すぎ」
「……だな」
あんなに可愛い猫なのに、と。
二人はほんの少し落ち込んでしまった。
「前世記憶持ちで、実は少しだけ私ってチート? とか思い上がっていました……」
何せ、自分にはとっておきの収納スキル【無限収納EX】がある。
魔力量が並のエルフよりも多く、あらゆる属性の魔法を自在に使えるのだ。
東のギルドでは最速でランクを上げた最年少冒険者だと、ちやほやされていたので、少しばかり思い上がっていたのかもしれない。
「はずかしい……」
「卑下することはないと思うが、俺ももう少し精進しようとは考えた」
落ち込みつつも、ナギはコテツが倒した魔物の死骸を黙々と回収していく。
九階層は小さなニャンコの独壇場だった。
◆◇◆
そうして、いつもより早めに到着した十階層。
遠浅の鏡面のように澄んだ海に散らばる小さな島を足掛かりに、二枚貝のモンスターを狩るのだ。
『うみ……』
初めて見る光景に、キジトラ柄の猫は呆然としていた。
ここは初見の冒険者も驚くフィールドなので仕方ない。
ウユニ塩湖のようで女性冒険者には人気のスポットなのだが、水に濡れることを嫌う彼にはキツい場所かもしれなかった。
「俺の肩に乗るか?」
優しいエドが気を遣って尋ねている。
ン、と小さく鳴くと、コテツはナギの腕の中からエドの肩に身軽く飛び移った。
「移動するのは面倒だけど、他の冒険者がいない場所まで歩くわよ」
「ああ、その方がいいな」
狩り場が被らないように距離を置くのは勿論だが、ナギの目視での収納とコテツの活躍を知られるのはマズイと判断して、二人と一匹は人の気配がない方向へと足を向けた。
ショートブーツは収納し、裸足で移動する。時折、小魚が足をつついてきて、くすぐったい。三センチほどの大きさで、前世で言うドクターフィッシュに近い小魚だ。
特に害はないので放置して、たまに海水を蹴り上げながら歩いていく。
二人とも【気配察知】スキルを発動しており、二枚貝を警戒していたが、猫の妖精の方が断然、気配に聡い。
『きた』
ぽつりと告げると、ビッグシェルが砂地から飛び出すより先に攻撃を終えている。
ぷかりと海面に浮かぶ二枚貝の残骸をナギは粛々と収納した。
幸い、早業すぎて他の冒険者には気付かれていなかったので、ホッとする。
「急ぐぞ」
「うん」
自重を知らない猫を抱えて、大急ぎでその場を離れた。
◆◇◆
そうして、周囲五百メートル範囲に誰もいない良い狩り場を確保してからは、さらに自重なくビッグシェルを狩りまくった。
三年前までは、ナギが雷属性の魔道武器である弓で麻痺させ、エドがナイフでトドメを刺していたのだが。
「ふっふっふ。私たちも成長したもんね!」
ナギは光魔法を凝縮し、レーザーのように光線で二枚貝の分厚い殻を破壊した。
真珠に傷が付いたら意味がないので、ここの加減が難しい。
狙うのは蝶番の位置で、貝が口を開ければ、しめたもの。
土魔法で練り上げた石礫で急所を仕留めれば、ドロップアイテムに変化する前に【無限収納EX】にすかさず回収する。
「水の魔石に美味しい貝柱、高く売れる真珠もゲット!」
三年の月日で、エドも飛躍的に成長している。以前は己の剣をビッグシェルに奪われてしまっていたが、今は無手で倒していた。
師匠であるラヴィルの厳しい修行の成果で、魔法や物理攻撃が効きにくいはずのビッグシェルの殻を己の拳と蹴りだけで粉砕するのだ。
とはいえ、彼もちゃんと加減しているので、大事な中身は無事である。
傷ひとつない真珠は高値で売れるので、そこは慎重に攻撃していた。
「私たちもちゃんと戦って稼がないとね!」
笑顔で小島に待機しているはずのコテツを振り返って、ナギは固まった。
水に濡れることを嫌った彼のために、小島にハンモックを吊るして待機してもらっていた猫ちゃんが、なぜか空中で二枚貝を攻撃している。
「ニャッ」
好戦的な表情でビッグシェルを見下ろすコテツは、足場も何もないはずの空を駆け、威嚇する巨大な二枚貝を踏み付けた。
キュッ、と可愛らしい悲鳴を上げたビッグシェルはそのまま海面に倒れ込む。
「えっ? 今の猫キックで倒しちゃったの⁉︎」
どう見ても、優しく貝の上に着地したようにしか思えなかったのだが、ビッグシェルはぷかぷかと浮いている。
『なぎ、しゅうのう!』
「あっハイ!」
慌てて、ビッグシェルを回収する。
目視で【無限収納EX】に収納ができたということは、絶命していたのは確かだ。
強い。あと、貝柱! とキャッキャ喜ぶ姿がかわいい。
空を飛ぶ猫、もう可愛いから何でもいいや、という気分になる。
おそらくは風魔法で身体を浮かし、エアハンマー的な物を足場にしているのだろうけれど、そんなことが可能なのは、この猫の妖精くらいだろう。
(私には無理ね。少しの間くらいなら、浮くことはできるかもしれないけど……)
もしかしたら、ミーシャから聞いたことのある伝説のハイエルフならば可能なのかもしれないが。
今は、エドとコテツがさくさく倒していくビッグシェルをドロップアイテムと化す前に大急ぎで回収することに集中した。
◆◇◆
サハギンの宝箱は、ダンジョン内で中身を確認して選り分けてある。
食材は全て自分たち用に確保した。珊瑚や宝石、他国の古いコインなどは冒険者ギルドで買取ってもらう。
そして、ビッグシェルから手に入れた真珠と魔石も全て売り払った。
南のダンジョンで手に入れた肉や魚介類、果物のみ持ち帰る。
「金貨12枚の儲けになったね」
ずしりと重い巾着袋を抱きしめて、ナギはにこりと笑う。
「一日の稼ぎとしては充分だな。ナギと二人だけの時よりも稼げている」
感心したようなエドの褒め言葉に、コテツが目を細めた。くるる、と喉を鳴らしていることから、嬉しさが伝わってくる。
稼ぎはきっちり三等分した。一人、金貨四枚。一日で前世の月給より多く稼いでしまったことに、少しだけ複雑な気分になった。
だが、せっかくの臨時収入。
こういうものは、ぱっと楽しいことに使ってしまいたい。
「ね、このまま市場へ行かない? ついでに買い物も楽しみたいわ」
『かいもの!』
エドが何か言う前に、嬉しそうな念話が頭に響いた。これを断われるエドではない。
「そうだな。行くか、市場」
『やったー!』
はしゃぐキジトラ猫を苦笑まじりに宥めながら、二人と一匹は市場に向かった。
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