異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

271. 小芋料理

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 山羊ゴートミルクと離乳食をお腹いっぱい食べた子猫たちは、さっそく遊びに夢中になっている。
 転がるように駆ける様に、保護者を自認する猫の妖精ケットシーのコテツはハラハラしながら見守っていた。
 薄い青灰色のハチワレ柄の女の子、ミウは毛糸で編んだボールが大好きなようで、ちょいちょいとマシュマロのような前脚で突いて遊んでいる。
 茶トラ柄の男の子、トラはぬいぐるみを玩具にして振り回していた。小さいながらもオスらしく、活発に走り回っている。
 少しでも目を離すと、ソファに爪を立てて登山しようとするのでおかあさんコテツは大変そうだ。

『ダメにゃ! それはバリバリしちゃ、めっ!』

 トラを叱っていると、その隙にミウがレースカーテンをよじ登っていく。
 途中までドヤ顔で登っていたが、やがて降りられなくなりピーピーと鳴き始めるので、慌てて助けに向かっていた。

「可愛いけど、これは大変そうね……」

 目が離せなくて、キッチンで作業をしつつリビングを覗いていたナギがため息を吐く。
 壁際で腕組みしつつ観察していたエドも眉を寄せて、難しそうな表情をしている。

「どうも子猫に舐められているようだな、コテツは」
「えっ、そうなの? あんなに頑張って面倒を見てあげているのに……」
「優し過ぎるんだろうな。甘いとも言うが」
「ああ……」

 弱々しく死に掛けていた子猫の姿を、彼は目にしているのだ。
 どうにか頑張って、ここまで元気に育てあげたので、母性が優ってしまったのだろう。オスだけど。

「母猫は強いぞ。躾というか、教育も厳しい。雄猫の方が優しいのが多いと思う」

 集落に居着いた猫の家族を知っているエド曰く、パパ猫の方が子に甘いらしい。

「ふふっ。そこらへんは人の家族と同じなのかもね」
「……そうだな」

 二人の会話を耳にしたコテツが、頭を抱えてふにゅうぅ…と鳴いた。困っている。
 ナギにもその気持ちは良く分かった。
 だって、子猫たちはとびきり可愛らしいのだ。
 片手で持ち上げられるほど小さく、弱々しい、ふわふわの毛玉のような生き物なのだ。
 手足は細く、耳の先なんて、まだ丸い。くりくりとした大きな瞳は子猫の青キトンブルー。牙だって、米粒サイズだ。噛まれてもくすぐったいだけ。

「……叱れないよね、これは」
「みゃ……」

 ナギとコテツが互いを慰め合っていると、ふぅとため息を吐いたエドがリビングを後にした。
 呆れられてしまったのかもしれない。
 ほんの少し落ち込んでいると、廊下からチャカチャカと軽やかな音が響いた。
 これは、聞き覚えがある。フローリングを歩く四つ脚の、爪の音だ。
 リビングにひょいと顔を覗かせたのは、漆黒の毛皮の持ち主である仔狼。

「え……アキラ? どうしたの?」
『センパイとそこのニャンコが頼りないから、俺が呼ばれたんですよ。子猫ちゃんたちの教育係として』

 仔狼アキラが床にぺたんと座る。
 胸を張ってそう宣言する姿はとても頼もしい。
 さっそく、彼の姿に気付いた子猫たちが寄ってきた。
 なんだなんだ? このイキモノはなんだろう? そんな不思議そうな表情で、そろりそろりと近寄っていく。
 ふすん、と鼻を鳴らすと仔狼アキラはお座りしていた体勢を崩し、横になった。
 動いたことに驚いて離れた子猫たちが再び近寄っていく。
 ふさふさの尻尾が、子猫たちは気になるらしい。
 仔狼アキラは心得たように、自慢の尻尾を揺らしてやる。
 途端、子猫たちが食い付いた。
 小さなお尻を振りつつ、狙いを定めて飛び掛かる。ぱたり、と尻尾が大きく揺れると、慌てて離れていく。
 そんなことを繰り返しながら、仔狼アキラは器用に子猫たちと遊んでやった。

「すごーく助かるわ」

 ナギがつぶやくと、コテツに「にゃ」と頷かれた。子育てに疲れていたのかもしれない。
 子猫はとても愛らしいが、起きている時はとんでもなく賑やかなのだ。
 お腹がすいた、眠い、遊びたい。
 全力でピャーピャーミウミウと訴えてくるので、おかあさんコテツはへとへとだったのだ。

(トイレの世話がないだけ楽なんだけどねー……)

 しかし、子猫の体力と機動力を甘く見ていたのは間違いない。
 本気で走り回る子猫の動きを、ナギは目で追うだけで精一杯だった。
 横だけでなく、縦や斜めに駆け回るのだ。
 意味が分からない。

(猫って垂直の壁を走れるんだ……)

 網戸やカーテンをよじ登る子猫の姿は知っていたが、まさか壁をそのまま駆け上がるなんて思いもしなかった。
 身体が柔らかで軽い子猫時代のみの特技らしいが、付き合わされるコテツは本当に大変そうだった。
 さらに育ってきた今は、何でも齧ろうとする時期で。
 甘えてガブリと噛まれたコテツは涙目だ。

『ちゃんと教育しないとダメですよ、センパイ。ぽっちゃりニャンコも』
『ぽっちゃりじゃない、にゃっ!』

 仔狼アキラの揶揄に、ふくよかなニャンコが吠える。気にしていたのか。
 と、身を低くしてぷりぷりお尻を振っていたトラが仔狼アキラの尻尾を抱え込んだ。後ろ脚で蹴り上げながら、がじがじと尻尾に齧り付く。 

「ヴォフッ!」
「ピャッ」

 低い唸り声を上げた仔狼アキラがひっくり返ったトラの腹を鼻先で小突く。
 さっそくの教育的指導だ。
 硬直したトラがミウに心配そうに匂いを嗅がれて、そろりと起き上がる。
 尻尾は箒みたいに毛羽立っていて、見事なイカ耳。相当、驚いたようだ。

「さすがの迫力ね」

 見た目はぽわぽわのポメラニアンもどきだが、彼はこれでも誇り高き黒狼なのだ。

『……やるにゃ』

 コテツも感心している。
 子猫のお守りは二匹に任せても大丈夫そうだと判断して、ナギはキッチンへ向かった。


◆◇◆


「今日の夕食は小芋がメインです!」

 先に子猫たちに食事をさせ、お腹がいっぱいになって寝ついたところでディナーです。
 ダンジョンで採取して、我が家の畑で育てた小芋を使った料理をテーブルいっぱいに並べて、さっそく味わうことにした。

『美味しそう! 久しぶりの和食だー!』

 テーブルに着くのは、ナギとコテツ。そして、上機嫌で尻尾を振る仔狼アキラだった。
 子猫の躾を頑張ったご褒美に、今夜は彼がテーブルに着いたのだ。

「エドの分は確保してあるから、いっぱい食べてもいいからね?」
『やったー!』

 皮が薄く、小ぶりの芋は剥かずにそのまま調理してある。
 アキラが喜んだように、和食中心のメニューとなったが、コテツは特に気にした様子もなく、嬉しそうにテーブルを眺めていた。

「まずはシンプルに。蒸した小芋にバターをのせた、じゃがバターをどうぞ。熱いから気を付けてね」

 熱さを気にせず、さっそく飛び付いたのは仔狼アキラだ。はふはふ、と美味しそうに食べている。

『ん、シンプルだけど美味しいです! ほっくほくで芋の味が濃いですね』
「そうなのよ。水っぽいかと思ったけど、普通サイズのお芋よりも濃厚な味で驚いたわ」

 んまんま、とじゃがバターを堪能するコテツ。どうやら精霊魔法で冷やして食べているようだ。

「バターもいいけど、塩辛も美味しいのよ」
『それは罪の味! 最高です、センパイっ!』

 塩辛はナギの手作りだ。
 南の海ダンジョンでサハギンから手に入れたイカの内臓を使って漬け込んだ塩辛は良い味に仕上がっている。
 いつもはご飯のお供だが、蒸した小芋との相性も抜群だ。

『にゃ、これ! にゃにゃっ! うみゃい!』

 コテツも口に合ったようで、夢中で食べている。

「で、これもシンプルに小芋の素揚げ。ぱらりとお塩を振りかけただけなんだけど……んーおいしー!」

 頬を押さえて、うっとりと噛み締める。
 これはあれだ。皮付きのフライドポテト。表面はカリッと中はほくほく!

『んまぁ! これは前世の味を超えたかも……』
「ふっふっふ。今まではシンプルに決めたけど、お次はこれ! 同じ揚げ物でも、衣と味付けに拘った、小芋の唐揚げです!」
『おおおー!』
『にゃっ? 芋のからあげにゃっ?』

 そう、小芋を鶏ガラスープで煮込んで味を染み込ませ、片栗粉でカラッと揚げた唐揚げです。
 鶏ガラスープには和風だしと生姜、ニンニクも味付けに加えてあるため、味は濃いめだ。肉じゃないのに、ご飯が進む。

「で、こっちは小芋の煮っころがし。里芋に近い、ねっとりとした食感に仕上がって、これも美味しかったわ」

 さすがに芋尽くしだと悲しまれそうだったので、小芋とコッコ鳥の煮付けも作ってある。ほんのり甘く仕上げており、優しい味わいにホッとする一品だ。
 
「あ、こっちはフォレストボアのステーキね。照り焼きソース風味。付け合わせは小芋のベイクドポテト!」
『! 青のり付きだ! 美味しいー!』
『こいも、おいしいにゃー』

 すっかり小芋料理にハマった猫の妖精ケットシーのコテツは、もっと小芋を増やすにゃ、とやたらと張り切っている。
 緑の手の持ち主であるニャンコが作った野菜の美味しさに、こちらもすっかりハマってしまったナギは野菜の苗を大量に仕入れてこようと密かに決意していた。
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