異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

269. ソースとパンを売り込みました

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 醤油シオの実味噌ヒシオの実はレシピごと、リリアーヌが買い取ってくれた。
 系列のレストランやホテルのメニューで活用するそうだ。
 味噌に関しては野営用の調味料として売り出したいと言ってくれた。

 ここエイダン商店の本店では、作るのが面倒なソース類とパンのレシピを渡し、商品化をお願いする予定である。
 
「まずは、こちらを」

 ナギが【無限収納EX】から取り出したのは、ステーキソースと焼き肉のタレ、カツ用のソースだ。
 まずはこの三種類をプレゼンする。

「あらゆる材料を調合して作った特製のソースです。せっかくなので、味見をどうぞ」

 ソースだけを舐めさせるなんて真似は、さすがにできない。
 自宅で焼いてきたステーキを取り出し、テーブルに皿を並べた。もちろん、カトラリーも忘れずに。

「オーク肉のステーキと、それに合うステーキソースです」
「ほう。では、味見を」

 大店の商会長であるアントニオは贅沢な美食は食べ慣れていることだろう。
 そんな彼がどんな反応をするのか。ナギは少しだけ緊張した。
 アントニオの隣の席にはコックコート姿の男性が座っている。
 系列のレストランのコック長とのことで、気難しそうな壮年の男性だ。
 調理してすぐ【無限収納EX】に送っておいたので、オーク肉のステーキは焼き立てだ。
 ソースの味を際立たせるため、塩胡椒はほんの少ししか使っていない。
 焼き加減はミディアムレア。
 ナイフがすっと通る肉に、アントニオが感心したように片眉を上げる。
 ステーキソースは醤油をベースに、ガーリックと蜂蜜、各種スパイス類と赤ワインで作ったものだ。
 隠し味には、食材ダンジョンで見つけたデーツの実を使っている。
 円やかな甘さが加わったステーキソースは肉の旨味を最大まで引き上げてくれる立役者になったと思う。

「これは素晴らしい」

 上品な仕種でステーキを味わったアントニオが感嘆のため息をこぼした。
 隣に座るコックコート姿の男性も黙々と肉を味わっている。

「……たしかに、これは美味いな。初めての味だ。うちのレストランで出せば評判になるだろう」
「このレシピを売ってくださると?」

 好感触に、ナギはほっと胸を撫で下ろした。

「はい! 材料となる調味料もリリアーヌさんに卸しています」
「ほう。それはありがたい。……で、まだあと何種類かあるんでしたな?」
「そっちも食わせてくれるのか」
「もちろん。味見をしないと、判断も難しいですから」

 焼き肉のタレとトンカツソースを食べてもらうために、ちゃんと昨夜の内に用意はしてあるのだ。

(本当は目の前で調理して、それを食べて欲しかったけど……)

 まさか、こんな豪華な調度品で飾られた立派な応接間で火や油を使うわけにはいかない。
 焼き肉とオークカツを【無限収納EX】から取り出すと、二人の前に並べていく。
 そこへエドが、ポーチ型のマジックバッグから焼き立てのパンを取り出した。
 食パンとバゲットだ。

「こちらのパンもどうぞ。製法の購入も承ります」

 ナギが笑顔でパンを差し出すと、コック長が眉を顰めた。

「パンの製法? そんな、ありふれた物を今更買う必要はないだろう」
「まぁまぁ。まずは肉料理を先に味わいましょう。それに、このパンも見たことがない形をしていて興味深い」

 アントニオに宥められたコック長が渋々頷いて、焼いた肉をフォークで絡め取る。

「こんな切り方をした肉は初めてだ」
「あー…うちの故郷では薄切り肉にして煮炊きする郷土料理がありまして」
「それは珍しい。肉は塊を豪快に食うのが美味いんだが」

 お箸の文化圏では、薄切り肉を調理に使うことが多いが、ナイフとフォークで食事をするこの世界では、ごろっと分厚い肉料理がメインを張ることが多い。
 それはそれで食べ応えがあったが、柔らかな食べ物をこよなく愛する元日本人の魂が、薄切り肉料理をつい広めようとしてしまう。

(だって美味しいし、食べやすいじゃない⁉︎  ゴロッとしたお肉のカレーやシチューも悪くないけど、薄切り肉のハッシュドビーフとかハヤシライスとか! 定期的に食べたくなるもの)

 さっぱりとした豚しゃぶ、すき焼き。そう、鍋料理はやはり薄切り肉が必須だろう。
 丈夫な歯を持つ獣人ならともかく、人族の子供やお年寄りは薄切り肉の方が食べやすいと思うのだ。

 ドキドキしながら、二人が焼き肉を頬張る姿を見守る。
 お、という表情をしながら、次々とタレに付けた肉を口に放り込んでいった。
 表情からして、満足そうなのが伝わってきたので、気に入ってはくれたのだろう。
 そうして、最後にオークカツに挑み始めた。
 食べやすいように、カツは一口サイズに切り分けてある。
 少し甘めのトンカツソースを絡めて、いざ実食。

「……ッ⁉︎」
「こ、これは……!」

 それまで、どこか余裕を持って試食していた二人が顔色を変えた。
 
「なんだ、この料理は」
「素晴らしい。とても美味です」

 さすが、我らが大好物オークカツ。
 美食家とコック長をあっという間に魅了したようだ。
 
(気に入ってくれたみたいね)
(そうだな。この世界に、カツや唐揚げのような揚げ物料理はなかったからな)

 エドと二人でこっそり視線を交わし合う。
 大成功、とハイタッチをしたい気持ちをどうにか押さえ込んで、ナギはにこりと微笑んで見せた。

「この食事用のパン、略して食パンと言うんですが。薄く切ってオークカツを挟んで食べると、とっても美味しいんですよ?」
「ほう。それも気になりますな。お願いしても?」
「もちろん!」

 手早くオークカツサンドを作る。 
 食パンに辛子マヨネーズを塗って、キャベツの千切りとオークカツをのせ、トンカツソースをたっぷりと絡めた。
 サンドイッチは食べやすいように半分に切り分けて、それぞれ二人に手渡してやる。

「おお、これも美味いですな! これだけで一食分として満足できるメニューになっている」

 夢中でカツサンドを頬張りながら、アントニオは低く呻いた。

「それにしても、このパン……」
「柔らかくて美味しいですよね?」
「むむ……。先程の失言を取り消そう。このパンの製法を是非とも買い取らせてもらいたい」

 プライドの高そうなコック長が潔く頭を下げる姿に、ナギは慌てた。

「もちろん、喜んで! そのための商談でしたから。私たちはそのパンをエイダン商会さんに広めて貰えると嬉しいので……」
「それが不思議なんですよ。これだけの発明、ご自身で商売したら丸儲けでしょうに」

 首を捻るアントニオに、ナギとエドがくすりと笑う。

「私たち、冒険者なので。それにまだ成人前の子供です。大量生産しようにも伝手も知識もない。失敗するのは目に見えてますよ」
「特に商売で儲けるつもりもないしな。稼ぐのは冒険者稼業で充分だ」

 うんうん、とナギも大きく頷いておく。

「作る手間が惜しいんです、私たち。それに、このレシピを渡したプロの方がもっと美味しくしてくれた物が手に入るのなら、そっちの方が嬉しいもの」

 これは本心だ。
 料理が好きで楽しく作ってはいるが、ナギの本業は冒険者。
 プロの料理人が手掛けた方が美味しくなるに決まっている。
 コック長が肩を揺らして笑い始めた。

「よく分かった。そこまで期待されているなら、うちで広めましょう、商会長」
「おやおや。どうやら、うちのコック長はこれらが黄金の卵に見えているようだ。同感だがね」

 やった、とナギが拳を握りしめて喜んでいると、エドが切り分けたバゲットを皿に盛って二人に差し出した。

「なら、これも味わってくれ。食パンよりは硬いが、色々な食べ方を楽しめる」
「そうね。ガーリックバターやレバーペースト、もちろんチーズも合いますよ」

 次々とおすすめの食材を取り出して並べていく。オリーブオイルに浸して食べるのもアリだろう。生ハムとフルーツもいい。

「ワインとの相性も抜群!」

 食材ダンジョンでドロップした赤ワインをグラスに注ぐと、二人は相合を崩した。
 期せずして、昼間からの宴と化した商談の場だったが、おかげでマヨネーズとケチャップもしっかり売り込めて、ナギとエドは笑顔で商会を後にすることができた。
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