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〈冒険者編〉

267. 同居ニャンです

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『すごい、にゃっ! 大きくて広いお家!』
「ふふふっ。すごいでしょう? 部屋は余っているから、好きに使っていいのよ」

 キジトラ柄の猫の妖精ケット・シーを連れて自慢の我が家を案内する。
 ほてほてと歩く姿がとても愛らしい。
 一階のリビング、ダイニングとキッチン。バスルームとトイレは妖精である彼には必要ないので、そこはスルーで。
 母が使っていた別荘は豪華過ぎず、居心地良く暮らせるように考え尽くされた家だ。
 家具や調度品は派手さはないが、質の良い物が揃えられている。
 色合いやデザインは落ち着いた物が多く、目にも優しい。
 かと言って、地味すぎるわけでもなく、遊びの部分もちゃんとある。
 母のセンスの良さは、ナギの密やかな自慢だった。
 自慢といえば、書斎もそう。

『本がいっぱい!』

 書斎を案内すると、目を丸くして驚かれた。壁全体が本棚になっており、ぎっしりと雑多なジャンルの本が飾られている。
 読書家だった母がこつこつと集めた本だ。そこに、辺境伯邸の図書室の中身をごっそり持ち出したナギが、空いているスペースに本を詰めていったのだ。
 入りきらなかった本は、自室の本棚やエドの本棚、客間にも分散して置いてある。
 本は財産だ。物によっては、一冊の値段が金貨に相当する。

「コテツくんも本を読むの?」
『絵のある本ならスキ』

 文字はあまり好きではないようだ。
 絵のある本ということは、絵本や図鑑のことだろうか。

「図鑑なら、この棚に集めてあるから、好きな本を読んでもいいわよ」
『ん、読むにゃ』

 本の匂いが気になるのか、ひとしきり室内を探検すると、満足そうにおヒゲをぴんと立てた。

「じゃあ、次は二階ね」

 階段は危ないので抱き上げて運んであげたかったのだが、そこは猫。
 トトトっと軽やかな足音を立てながら駆け上がっていった。

「抱っこできなかったわ。残念」
「猫はよほど気を許した相手しか、抱かせてくれないだろう」
「うぅ……。前世でニャンコまっしぐらだった猫オヤツが手元にあったらなー」

 どれだけシャーシャー怒り狂う野良猫でも、あのオヤツを前にしたらイチコロだった。懐かしい。

「似たようなオヤツを開発しよう……」
「そこまでか」
「だって、猫だよ? あんなにもふもふの可愛い猫さんたちを前にして、我慢とか無理!」
「…………」

 きっぱりと断言すると、何故だかエドが押し黙った。
 むう、と端正な眉を寄せて、何やら不機嫌そう。

「エド?」
「……じゃないか…」
「え? なぁに?」
「もふもふなら、アキラがいるだろう」
「……ッ」

 ぼそりと呟かれた一言に、ナギは身悶えしそうになる。我慢、我慢だ。

「もちろん、エドのもふもふは素敵だわ。とても得難い、素晴らしい手触りよ」
「……」

 ぴくり、と三角の獣耳が揺れる。
 うん、少し機嫌が浮上したようだ。この瞬間を見逃すわけにはいかない。

「でも、さすがにエドは抱っこできないじゃない? そのお耳やふわふわの尻尾を触るとセクハラになっちゃうし……」
「──少しだけなら、触ってもいい」
「えっ、本当! いいの?」
「二人きりの時、家の中だけなら」

 これは思わぬ棚ぼた展開だ。
 ナギは心の中で力強く拳を握り締める。
 
『なぎ、勝手に見ていいの、にゃ?』

 と、二人がなかなか上がって来ないことに焦れたコテツに尋ねられた。
 慌てて、階段を早足で駆け上る。

「ごめんごめん! すぐに案内するね」

 珍しいエドの嫉妬心から、もふもふを触っても良しとの言質を得たナギは、さっそく今夜コテツが寝静まった頃、存分にモフろうと心に誓った。


 母が使っていた主寝室を今ではナギが使っている。続き部屋である子供部屋はそのまま残していた。
 水色を基調にしたレースとフリルで可愛らしく整えられた部屋には愛着もあったが、煌びやか過ぎるため、たまにしか使っていない。

 同じフロアにエドの部屋もある。
 彼はナギ以上に読書家で、既に書斎にあるめぼしい本はほとんど読み切ったらしい。
 冒険者活動で得たお金で、週に一冊だけ本を買うのを楽しみにしている。
 彼が好む本は、動植物や魔物の図鑑、引退した冒険者の手記や有閑貴族の旅行記など。
 歴史書や伝承をまとめた本も好きらしい。
 ナギが読んでも興味深い物が多く、たまに借りて読んでいる。

 ちなみにナギが良く買う本は貴族の料理番の手記や娯楽系の物語本が多い。
 レシピを期待して買ってみた料理番の手記は意外と面白かった。
 郷土料理のレシピは、自分たちの口に合うようアレンジしながら試しに作ってみたのだが、なかなか楽しい経験ができたと思う。

 エドはコテツにおすすめの動植物図鑑を貸してあげたようだ。
 読書する猫の姿を想像して、つい笑顔になってしまうナギだった。


◆◇◆


 家の中をひとしきり案内した後は、コテツの部屋を何処にするかで迷った。
 なにせ、大きなお屋敷なので、余っている部屋はいくつもある。

「たまに泊まりにくる、ミーシャさんとラヴィさんが使っている客間はそのままにしておいた方がいいよね?」
「そうだな。月に一度は押し掛けてくるから、着替えや荷物もうちに置いていっているらしいぞ」

 我が家の食事を楽しみに、月に一度、二泊三日ほど遊びに来てくれるのだ。
 宿賃として、しっかり扱かれている。
 朝晩の修行はなかなかキツいが、おかげで二人とも着々と力はついていた。

「二階のいちばん手前の客室を猫さん部屋にする?」
「そうだな。ドアを開け放っておけば、コテツも出入りができるし、いいんじゃないか」

 だが、そこで当猫のストップが入った。
 
『ここの部屋がいい、にゃ。広いし、日当たりもいい!』

 リビングでホットミルクを舐めながら、コテツがそう宣言したのだ。

「リビングを猫さん部屋に?」

 あらためて応接間リビングを見渡してみる。大きめの窓からは庭を眺めることができるし、日当たりも申し分ない。
 壁際に大きめの暖炉があり、重厚なソファセットの他にも一人用のソファが点在している。フットレスト付きの寛げるソファだ。
 ゲームを楽しむためのテーブルセットも隅に置かれてある。
 ボードゲームとトランプに似た木製のカードで遊ぶらしい。

「……広さは充分あるかな? 絨毯も敷いてあるから、滑ってケガをする心配はなさそう」
「だが、子猫だ。高価な絨毯や家具だけは収納しておいた方がいい」

 幸いというか、粗相の心配はいらないのが何より助かっている。
 王国製の絨毯はこの国では高く売れる財産だ。南国向きの物でもないので、これは撤去しておこう。

「ソファはどうしようかな……? 座り心地も良いし、猫さんたちのベッドにちょうど良いよね。これを撤去するのは寂しいかな……」
「なら、爪研ぎ用の家具を別に用意しよう。爪はそこで研ぐように説得すれば、ソファも無事で済むんじゃないか」
「おお! エド、賢い! その意見を採用しましょう。コテツくん、ソファとか壁に悪戯しないでくれるかな?」
『しないにゃ! ぼくはケットシー。賢い子にゃっ!』

 話せば分かるニャンコなので、あまり心配はしていない。

(それに、壊れたら壊れたで仕方ないものね。また買えばいいし)

 猫の爪痕がついた家具も、それはそれで愛着がわきそうだ。
 カーテンに登る子猫の姿だって、絶対に可愛い。繊細なレース部分に穴を開けられても笑顔で許してしまうと思う。

「じゃあ、ここを猫さん部屋とします!」

 リビングを片付けて、日当たりの良い壁際に猫用のベッドを設置する。
 にぃにぃと鳴く子猫たちはまだまだ小さい。が、ようやく自力でミルクが飲めるまで復活してくれた。
 口の周りをベタベタに汚してヤギミルクを飲む姿は微笑ましい。
 そっと抱き上げて、浄化魔法クリーンで綺麗にしてあげた。
 
 白い毛皮に薄いブルーグレーの柄付きのハチワレ子猫は女の子だ。
 みうみう、と可愛らしい鳴き方をするので、「ミウ」と名付けた。
 もう一匹は茶トラ柄の男の子だ。甘えん坊でコテツにしがみついて離れようとしない、この子はシンプルに「トラ」と名付けた。

「よろしくね」

 期間限定の、二人と三匹の生活が始まった。
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