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〈冒険者編〉
263. エイダン商会ガースト支店
しおりを挟むエイダン商会のガースト支店は、ダンジョン都市にある本店の次に規模の大きな店だ。
獣人の街として栄えており、金払いの良い客が多くいる。
そのほとんどが、現役の冒険者や引退した元冒険者たち、その関係者だった。
獣人は身体能力が高く、冒険者向きの者が多い。パワー系の大型獣人はもちろん、身軽で小柄な獣人もその器用さ、気配に聡い性質を重宝されている。
適材適所で生きていける冒険者稼業は、多くの獣人たちにとって相性の良い仕事だった。
彼らは妻子を安全なこの街に残して、ダンジョン都市で稼いでくる。
家庭持ちの冒険者は意外と堅実だ。
大怪我を負わないよう注意を払いつつ、着実に儲けてくる。
無理をする新人冒険者とは心構えが違った。
目端が利くため、時に大きな稼ぎを得ることもある。
そんな彼らは、稼いだ金銭の使い方も派手で気持ちが良い。
「数年前までは、王国風のドレスが良く売れたようだけど……」
エイダン商会の秘蔵っ子として、今ではガースト支店の店長として辣腕をふるっているリリアーヌは過去の台帳を丁寧に読み解いている。
ちょうど三年ほど前。グランド王国で仕立てられた上質のドレスが何十着と、この街で出回ったのだ。
おそらくは、王国から亡命してきた貴族が売り払ったのだろう。
同時期に、王国風意匠の家具や美術品、宝飾品も多く出回ったそうだ。
それらはそのまま好事家の手に渡ったが、ドレスは買い取った仕立て屋がそのデザインを模倣して、王国風のドレスやワンピースを仕立てて一大ブームを作ったのだ。
「商才があるわね。さすが、アドリアーナ女史」
買い取ったドレスをそのまま販売しただけでは、それほど儲けることはできなかっただろう。
それを、王国のデザインを取り入れつつ、この国でも着こなせるドレスやワンピースに変貌させたのだ。
さすがにブームも落ち着いてはきているが、異国情緒溢れる『グランド』風シリーズの衣装は未だファンが多いドル箱商品らしい。
「クラシックで上品だから、人気が出るのは分かるわ」
リリアーヌも何着か、夜会用に設えてある。豪奢で美しいドレスは身に着けると、自然と背筋が伸びた。
「でも、働く女性には不向きね。息苦しくて、目が回りそうになるもの」
あれは所謂、女性の戦闘服なのだ。
騎士が纏う甲冑と似たようなもの。美しいが、あまり実用的ではない品だ。
ダンジョン都市で冒険者の勇姿を見てきたリリアーヌにとっては、彼らの機能的な装束の方が理に適って見えた。
「ドレスやワンピースも人気はあるけれど、やはり最近の売れ筋はダンジョン食材ね」
コツ、と爪先で帳簿をなぞる。
ダンジョン都市から運ばせている、魔獣肉に魔物肉。南の海ダンジョンから仕入れた魚介類を使ったレストランや屋台の売上が目立っている。
中でもずば抜けて業績が良いのは、菓子部門だ。
扱う商品は、二ヶ月前に顔見知りの冒険者から買い取った特別なもの。
「……琥珀糖。ナギさんが持ち込んでくれた品はどれも希少で、良い値で売れるわ」
未発見のダンジョンでドロップした、美しい甘味は宝石そっくりの見た目をしており、今やエイダン商会の売れ筋商品だ。
職人に作らせた宝石箱に詰めて売れば、店頭に並べる順から飛ぶように売れていく。
「おかげで、在庫が心許ないけれど。ナギさんに相談してみましょうか……」
彼女なら、ある程度の数を確保しているに違いない。
儲けを重視する冒険者と違い、ナギは美味しい食事にとても拘っていたので。
黒い毛皮の仔狼を連れた少女との旅は、とても楽しかった。
毎食、凝った食事を提供してくれて、その都度驚かされたものだった。
懐かしい思い出に耽っていると、執務室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼致します。リリアーヌお嬢さま、お客さまです」
ここでは支店長と呼ぶように、と何度も注意しているのだが、実家からついてきた侍女は頑なに「お嬢さま」呼びをやめない。
ため息まじりに、顔を上げた。
「予定はあったかしら?」
「いえ、旅の途中に寄ったようで……。先触れもなかったので、お約束だけでも取り付けたいそうです」
「随分と強気な方のようね。お断りを──」
「お嬢さま。ナギさんです」
「……え?」
「冒険者のナギさんが、例のダンジョン帰りに立ち寄ってくださったようで」
「それを先に言いなさい、メリー! 早くお通しして」
「かしこまりました」
くすりと笑う侍女を睨み付けて、リリアーヌは足取りも軽く、応接間へと向かった。
◆◇◆
「ナギさん! お久しぶりですわね。お元気でしたか?」
「おかげさまで。リリアーヌさんもお元気そうで良かったです」
応接間にはナギの他にも何人か、冒険者姿の者がいたが、リリアーヌは気にしなかった。
男性恐怖症を克服した彼女には、もう商談で怖気付くことはないのだ。
「急な来訪、ごめんなさい。お忙しいですよね?」
「ふふ。時間は作るものなのですわ。貴方と過ごす一刻の方が、わたくしには大切な時間です」
にこり、と微笑んでみせると、蕾が花開くような可憐な笑みが返された。
まるで妖精のように可愛らしい、この少女が冒険者だということが、たまに信じられなくなる。
(でも、彼女は立派な冒険者。それも凄腕の魔法使いですものね)
リリアーヌを貶めた元婚約者の男を圧倒的な力で捩じ伏せてくれたナギは、彼女にとっての恩人だ。
(わたくしの心を救ってくださった、英雄よ。それに、今はエイダン商会の良い取引先……)
優しい眼差しで促すと、ナギは何もない空間から、いくつかの品を取り出してテーブルに並べた。
収納スキル持ちの彼女が、商人としてはとても羨ましい。
「ハイペリオンダンジョンで採取した物です。これはシオの実、こっちはヒシオの実。あまり世に出回っていない、珍しい調味料です」
「調味料……。ナギさんが拘っているということは、相当美味しい物なのですね?」
ぷっ、とナギの背後に立つ白兎獣人の女性冒険者が笑う。すぐに隣に座る金髪のエルフの女性がそれを嗜めた。
「ラヴィ」
「ごめんなさい。この子のこと、よく分かっているなぁって感心したの」
「あ、えっと。すみません、気が急いてしまっていて紹介を忘れていました。彼女たちは今回の調査任務の護衛兼監視役の……」
「金級冒険者のラヴィルよ。よろしく」
「私は元金級ですが、調査隊のリーダーをしています。ミーシャと申します」
「わたくしはエイダン商会ガースト支店で長をしております。リリアーヌですわ。よろしくお願い致します」
上位ランクの冒険者がお目付け役とは、ナギの発見したダンジョンはかなりの『当たり』と見られる。
ナギが採取した品やドロップアイテムの買い取りついでに、査定額をギルドに報告したいようだ。
目利きを信用されているようで、少しだけ誇らしい。
商会の鑑定士を呼び寄せて、さっそく査定に取り掛かった。
◆◇◆
在庫が心配だった琥珀糖は大量に買い取らせてもらえた。
調査任務でパーティを組んだ冒険者たちも琥珀糖はたくさんドロップしたそうで、そちらも紹介してもらえることになった。
調味料だという、木の実にしか見えない物も気にはなったけれど、タンサンの実には飛び付いてしまう。
「これは、旅の途中でナギさんが飲ませてくださった、あのシュワシュワですわね⁉︎」
「あっ、はい。あの時の炭酸は別の方法で作った物なんですけど。この実はなんと、このまま飲み物に投入するだけで、炭酸飲料に早変わりするんですよー」
「素晴らしいですわ。あるだけ買い取ります!」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
果汁はもちろん、ナギが教えてくれたデトックスウォーターにも合う炭酸。
ナギが言うには、ワインなどの果実酒に使っても美味しいのだとか。
(エイダン商会直営のレストラン、ホテルで出したいわ! うちだけで味わえる究極の贅沢と銘打って……)
商魂に火がついたリリアーヌの前に、次々と魅惑的な品が並べられていく。
希少で美味な果実、上質な薬草。スパイス類は見せてはもらえたが、売ってはもらえなかった。
どれも心躍る品々だったが、何よりもインパクトがあったのは、やはりナギが作った料理だった。
「シオの実とヒシオの実を使った料理です。まずは味わってみないと、その価値は分かりませんから」
自信満々に提供された料理の数々。
見たこともない、不思議なメニューばかりだったが、どれもとても美味しかった。
ご相伴にあずかった鑑定士は感動に打ち震えていたし、急遽呼びつけられた我が家のシェフも絶句していた。
「この調味料の実をレシピ込みで、買い取ってもらえませんか?」
可憐な笑顔で提案された内容に、リリアーヌが大きく頷いて握手を交わしたのは言うまでもない。
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