異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
上 下
181 / 249
〈冒険者編〉

257. 猫と家庭菜園

しおりを挟む

 ブラックゴート狩りに参戦すると宣言した猫の妖精ケットシーのコテツ。
 ナギどころか、エド──否、もしかしなくても二人の師匠であるラヴィルやミーシャよりも高レベルなキジトラ柄のニャンコは自信たっぷりに頷いている。

『このダンジョン、弱いのしかいないから、ぼくだけでダイジョーブ』

 下層の魔獣や魔物はそこそこ強い方だと思うが、彼に掛かれば殆どの生き物が『弱いの』なのだろう。

『ドロップアイテムもぜんぶ、なぎにあげる』
「えっ? いや、それは悪いわよ。コテツくんが倒した分はコテツくんのもの。横取りは冒険者としてカッコ悪いわ」
『おれい……』  

 ナギが遠慮すると、しょぼんと猫が項垂れた。悲しそうに瞳を潤ませている。それはずるい。

「う……えっと、じゃあ、お裾分けしてくれたら、その材料でご飯を作ってあげる。それなら良いんじゃないかな?」
「そうだな。持ちつ持たれつ。対等だ」

 こくこくと、エドも真顔で頷いての援護射撃。ぱあっとニャンコが笑顔になった。

『わかった! おすそわけ、するね。なぎのごはん、おいしいからすき』
「っっ! ありがとう」

 可愛すぎる反応に、叫び出したくなる。
 ここは我慢だ。

『でも、それだけじゃ、おれいにならない。ここに畑つくってもいい?』

 きゅるん、とつぶらな瞳を煌めかせながら、小首を傾げる猫の姿に抗える者などいようか?
 ナギは『ここに畑』というパワーワードをうっかり聞き流して、デレデレしながら「うんうん。いいよー」と軽く頷いてしまっていた。

『じゃあ、つくるね!』

 我が意を得たり、とばかりに嬉しそうに立ち上がったコテツは二足歩行でぺたぺたと離れた場所に歩いて行く。

「えっ歩けちゃうの? 可愛いすぎる……」
「ああ、可愛いな。だが、何を作るって──」

 無言でガン見していたエドも可愛いと見惚れていたようだ。
 コテツはキッチンやリビングスペースから離れた、『スキルの小部屋』の隅っこに移動すると、そこでお座りした。
 ぺたんと尻を地面につけて、前脚は器用に持ち上げた体勢のまま何やらニャゴニャゴと呟いている。
 すると、何もなかった場所にいきなり大量の土が現れた。

「ふぇっ⁉︎」
「ナギ!」

 驚いて飛び上がったナギを、慌ててエドが抱き寄せる。
 警戒する二人をよそに、コテツは土の質や量を確認するように、四つ足で踏みしだいていた。

『うん。ふかふかで良い土。次は、タネ』
「あ……それ、収納魔法?」

 コテツが前脚をちょい、と動かした際に空間の揺らぎを感じ取ったナギはようやく、それに気付いた。
 急に土が現れたのも、コテツが収納から取り出して敷き詰めたのだ。

「驚いた……」
「まさか、猫が【アイテムボックス】のスキル持ちとは」
『ぼくはケットシーだから。モノをしまうのも、植物を育てるのもトクイなんだ』

 ふすん、と嬉しそうに鼻を鳴らして、コテツは【アイテムボックス】から取り出した野菜のタネを蒔いていく。
 風魔法で満遍なく散らし、土魔法でちょうど良い深さに植えて。ミストシャワーのような細やかな水で土を濡らし、最後に光魔法。
 光魔法と共に、別の魔法が発動されるのに気付いた。ナギにはない属性だが、何となく覚えがある。

(これは、たまにミーシャさんが使っている精霊魔法だ……)

 猫の妖精ケットシーは精霊魔法が得意なようだ。何となくだが、エルフであるミーシャのそれよりも強い力を感じる。
 キジトラ柄の猫は種を蒔いた畑の周辺を二足歩行でよちよちと歩いていた。

(どこかで見た覚えがある動き……。あ、そういえば前世で見たアニメの!)

 不思議な生き物が種を蒔いた畑の周辺で踊っていた映像の断片が脳裏に浮かんだ。
 畑が芽吹くように、お祈りをしているのだろう。

(めちゃくちゃ可愛い……。頑張ってる姿が尊い……)

 エドと二人で口許を抑えて、喜びに震えながら見守っていたのだが。

「……え?」

 ふいに作りたての畑から、何かの気配を感じて戸惑った。
 違和感のある方向をじっと凝視していると、畑の土がうぞうぞと蠢いている。
 ナギは小さく肩を揺らした。

(まさか、ミミズ⁉︎   ……いや、そんなわけないわ。私の【無限収納EX】ならともかく、【アイテムボックス】には生き物が収納できないんだから)

 植物はなぜか例外として、虫や微生物を収納することは不可能なのだ。
 だから、コテツが【アイテムボックス】から取り出した土に虫や爬虫類が紛れ込むことは無いはず──

「あ……違う、虫でもミミズでもない……」

 蠢いていた柔らかな土の下から顔を覗かせたのは、小さな緑の双葉だった。

「まさか、もう発芽するなんて」
「精霊魔法のひとつ、植物魔法というやつか?」

 エドと二人、固唾を呑んで見守っている間にも、その双葉はぐんぐんと育っていき、青々とした葉を茂らせていく。
 さすがに花を咲かせるまでには成長しなかったが、数ヶ月分の成長を早回しで一気見した気分だ。

『んー…まだ、お野菜できない。ざんねん』

 しゅん、と項垂れる猫の姿が見ていられずに、ナギは慌ててフォローする。

「充分よ? もう数日したら、新鮮で美味しい野菜が実りそうだし! そうそう、植物なら私も確保しているのがあったわ」

 収納リストをざっと確認して、根っこごと収納しておいた果樹を取り出した。
 ダンジョン内で見つけて、こっそり引き抜いて【無限収納EX】に寝かせていた、水蜜桃すいみつとうだ。
 魔素が濃い場所でないと育てにくいとミーシャに聞いたことがあったので、確保しつつも植樹は迷っていたのだが。

『あまい実の木! これなら育つ、ニャッ』
「ほんと? 嬉しいな」
『せいれいに、たのめばいいの』

 再びニャムニャムとコテツが呟くと、水蜜桃の木は根を伸ばし、畑から少し離れた場所に落ち着いた。
 足りない分の土を足してくれたのか、果樹は畑よりも一段高い小山のような場所に根を生やして植っている。

『実がなっているの、そのまま植えるの、良い考え。ぼくもする』
「ん? それは、小芋か」
『オークの集落で育てていたの。これを植える』

 コテツが【アイテムボックス】から取り出したのは、まだ土がついたままのジャガイモだった。
 根っこや葉っぱ付きの様子から、土ごと収納したのが分かる。
 集落を潰し、オークキングを倒してから、落ち着いて採取しようと考えていた、ミニサイズのジャガイモだ。
 ちゃっかり回収していたらしいコテツのおかげで、期せずして小芋畑が手に入ってしまった。

『これ美味しいの』
「コテツくんはグルメだね。明日は、小芋をふかしてバターで食べようか」
『たべたい! じゃがばたー!』
「あら。じゃがバターを知っているのね」
「あれは良い物だからな」
「美味しいよねぇ」

 なぜか『スキルの小部屋』に家庭菜園と果樹園が出来たが、白を基調にした殺風景な風景だったので、悪くはない。
 
「良い光景ね。まだスペースはあるし、今度はお花でも植えてみようかしら?」
「それも悪くないが、ここのダンジョンでしか見かけない植物を植えるのも良いんじゃないか? ダンジョン都市では目立つ可能性もあるが、ここなら俺たちしか来られないし」
「あ……アボカド!」

 あれはこの食材ダンジョンでしか見かけたことがない。
 サラダやサンドイッチにと使い勝手も良いし、何より『森のバター』と呼ばれるように、栄養価がとても高いのだ。
 ただ、前世の記憶で引っ掛かる点がある。アボカドの栽培には大量の水が必要で、さらに土地の栄養分を食い尽くすと言われており、社会問題になっていた。

(……でも、ダンジョンでは普通に育っていたわよね? 周囲の植物が枯れた様子もなかったし。もしかして、この世界のアボカドは魔素が栄養素だったりして)

 その検証のためにも、ここで栽培するのは悪くない考えかもしれない。

「俺はカカオも育てたい。チョコレートを使った菓子パンを存分に作りたいから」
『菓子パン! 甘いやつ食べたい!』

 コテツがぱっと顔を輝かせて、エドの肩に飛び乗った。
 そういえば、プリンも喜んで食べていた。
 猫の妖精ケットシーは甘いお菓子が好物なのだろう。

「じゃあ、私はイチゴを栽培しようかな。イチゴのショートケーキにイチゴ大福。色々と作ってみたいもの」
『ぼくも食べたいー! いちご、手伝う!』
「ふふっ。ありがとう。お手伝いよろしくね」

 ナギの肩へと移ってきたキジトラ猫が頬にすり寄ってくる。よしよし、と首筋を撫でてやり、ナギは顔を上げた。

「さて。名残り惜しいけれど、ここを出ましょうか。子猫ちゃんたちのためにヤギミルクをたくさん確保しないとね」
『ヤギ、たおす!』
「行くか。コテツは子猫たちを見ているか?」

 エドの問い掛けに、コテツはきっぱりと首を振った。

『ううん。なぎ、まもる。ヤギもたおす』

 そうか、と頷きながら、エドが口許を微かに綻ばせた。
 何とも頼もしい発言にナギの口角もだらしなく弛んだ。

「子猫ちゃんたちはお腹がいっぱいになって熟睡しているみたいね。じゃあ、少しの間お留守番してもらいましょう」

 肩にキジトラ猫を乗せたまま、エドと手を繋いで『スキルの小部屋』から外に出る。

(さぁ、久しぶりのブラックゴート狩り!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉

陣ノ内猫子
ファンタジー
 神様の使い魔を助けて死んでしまった主人公。  お詫びにと、ずっとなりたいと思っていたテイマーとなって、憧れの異世界へ行けることに。  チートな力と装備を神様からもらって、助けた使い魔を連れ、いざ異世界へGO! ーーーーーーーーー  これはボクっ子女子が織りなす、チートな冒険物語です。  ご都合主義、あるかもしれません。  一話一話が短いです。  週一回を目標に投稿したと思います。  面白い、続きが読みたいと思って頂けたら幸いです。  誤字脱字があれば教えてください。すぐに修正します。  感想を頂けると嬉しいです。(返事ができないこともあるかもしれません)  

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。