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〈冒険者編〉
229. 贅沢な卵料理 2
しおりを挟む大皿いっぱいに盛り付けたチキンライスの上に焼いた卵をそうっと載せていく。
「あとは包丁をすーっと入れると……」
「おおっ! とろとろの中身が溢れてきた!」
「美味しそう……」
「ここに特製ソースをたっぷりかけます」
「ふぉぉ……!」
作り置きしていたデミグラスソースをたっぷりとオムライスに添えると完成だ。
なぜか、メンバー全員がテーブルに集まり、息を呑んで見守られてしまったが、皆満足そうで何より。
(まぁ、オムレツやオムライスを作っている料理人の手元はじっくり観察しちゃうもんね。私もホテル泊の楽しみのひとつだったし)
プロの料理人の仕事はシンプルなのにとても美しい手並みで、前世の渚だった時には、ため息まじりに鑑賞したものだ。
薄焼き玉子で包んだオムライスも好きだが、せっかくの良い卵だったので、ふわとろオムライスにしてみた。
全員分のオムライスの仕上げを頑張っている間に、エドが手早く配膳してくれた。
今日のランチはコッコ鳥のふわとろオムライスにカニサラダ、根菜多めのベーコン入りコンソメスープ。
デザートは大森林リンゴのグラッセだ。
「どうぞ召し上がれ」
テーブルに着くや否や、皆がわっとオムライスに手を伸ばす。
大きめのスプーンを用意しておいたので、一口の量が凄まじい。
物凄い勢いで皿の中身が消えていく様にさすがのナギも圧倒された。
「うっめぇぇ!」
「これ、本当に卵なの? こんなに柔らかな食感初めてだわ! 美味しい!」
「中の赤い飯も旨い」
「ん、全部旨い」
脅威の食欲を見せつけてくる『黒銀』の食いっぷりもすごかったが、ナギの手料理をそれなりに食べてきたはずの師匠二人もオムライスに集中していた。
「んむっ、おいひっ! コッコ鳥の卵がこんなに美味だったなんてっ」
「ラヴィ、行儀が悪いですよ。……んふっ、それにしても、ナギ。こんなに素晴らしい卵料理を師匠に隠していたとは」
「えぇっ? ミーシャさんには出したことがありますよー!」
ミーシャには実は三年前に普通のオムライスを作ってあげたことがある。
十歳だったナギは重いフライパンを上手に扱えず、薄焼き玉子で包むタイプのオムライスにしたのだ。
「あれも美味しかったですが、このオムライスも素晴らしいです。食の芸術です、これは」
「ちょっと大袈裟ですけど、嬉しいです。あっ、おかわりはありますけど、おかわり分はオムライスではなく、チキンライスの目玉焼き載せになりますよ?」
「えええっ⁉︎」
全員から悲痛な声が上がるが、ふわとろオムレツは作るのが面倒なので仕方ない。
「目玉焼きは半熟で作ってあげるので、我慢してください」
ナギは笑顔で宣言して、スプーンですくったオムライスをぱくりと頬張った。
うん、美味しい。ザルで丁寧に濾したので、卵の生地がきめ細かくて、空気を含んでほどよいふわとろ食感に仕上がっている。
デミグラスソースと合わせることで、少し大人向けの風味。ソースをケチャップにすると、チキンライスと一緒に食べると、トマトの味でくどくなっていただろう。
コンソメスープもさっぱりとしており、オムライスとの相性も抜群だ。
レタスやミニトマトなどの生野菜サラダはカニマヨと一緒に口に入れる。シャキシャキのレタスが美味しい。甘酸っぱいミニトマトも良いドレッシング代わり。
しかし、何より強いのはカニマヨの味だ。生野菜が苦手な白うさぎさんが「んん~っ!」と身悶えしながら、サラダを堪能している。
マヨネーズ好きには堪らないだろう。
その様子に釣られて口にしたルトガーがマヨネーズの味に驚いていた。
実はこのマヨネーズ、コッコ鳥の卵を使って作った、新鮮で濃厚な特製マヨ。
エドが頑張って作ってくれました。
「このソース、とんでもなく旨いな……。何で出来ているのかサッパリ分からんが」
「そうね、濃厚なのに酸味があるから、いくらでも美味しく食べられちゃうわね」
ルトガーとキャスに褒められて、エドも嬉しそうだ。
黒クマ夫婦もいそいそとサラダにフォークを突き刺し、口にするや否や、カッと目を見開いて固まっている。
「そのソースもコッコ鳥の卵で作ったんですよ。結構、癖になるでしょう?」
「マヨネーズ! これさえあれば、どんな野菜でも美味しく食べられる魔法のソースなのよねぇ」
「ラヴィさんは立派なマヨラーになりましたね……」
マヨラー師匠からは定期的にマヨネーズの購入をねだられている。
が、衛生面が気になるので、いつも食べ切れるだけの量を詰めたガラス瓶でしか渡していない。
収納スキルや魔道冷蔵庫を持っていれば、もう少し融通を利かせることは可能だが、あいにく彼女はどちらも持っていなかった。
「もっとたくさん買い取るって言ってるのにぃ……」
「ダメです。マヨネーズは常温だと傷みやすいんです。ダンジョンアタック中にお腹を壊しても良いんですか、ラヴィさん?」
「困るわ、とっても」
「なら、我慢です。たまにマヨネーズ料理を差し入れしますから」
肩を落とすラヴィルを宥めると、途端に顔を輝かせて、ちゃっかりリクエストをしてくる。
「ポテトサラダが食べたいわ! あと、マヨネーズをたっぷり使ったサンドイッチと!」
「はいはい、分かりました。明日の朝食に作ります」
「やったー!」
無邪気に喜ぶ白うさぎ獣人の美女を微笑ましく眺めていると、つん、と肩を突かれた。
振り向くと、拗ねた表情のエルフに上目遣いで訴えられる。
「ずるいです、ラヴィばかり。私も食べたい」
「ええっと、ミーシャさんはたしか、チキン南蛮がお好きでしたよね? タルタルソースたっぷりのチキン料理を作ります、夕食に」
「ん、楽しみにしています」
にこり、と微笑まれた。
いつもこのパターンな気がするが、麗しくて良い匂いのする、おっかない美女を前にすると、きっと誰でもこうなってしまうと思う。
エドには呆れたような視線を向けられたが、師匠たちにはお世話になっているので仕方ない。
「温かいスープも美味しかったし、まさかデザートまであるとは思わなかったわ」
食後のお茶を堪能しながら、キャスが満足そうなため息を吐いた。
「新しく発見されたダンジョンの探索なんて面倒な任務だったけれど、ご飯は美味しいし、快適なお家で泊まれるし、かなり当たりの依頼だったわね、ルトガー」
「普通は無理だがな。どれもナギのおかげだ。感謝する」
「いえ。私も食材がたくさん手に入るので、こちらこそ感謝です」
コッコ鳥の肉や卵をメインに使った昼食だったため、舌鼓を打った全員がやる気に溢れていた。
「さて、そろそろ行くか。コッコ鳥を狩りに」
「そうね、腕が鳴るわ」
「昼食の間にリポップしているだろうから、狩り尽くそう」
「いいわねぇ。私も手伝うわ。美味しいマヨネーズのために!」
「師匠……」
「弟子も行くわよ、獲物の場所を教えなさい!」
ガッツリと首を掴まれたエドが、ラヴィルにドナドナされていく様をナギはそっと見送った。
「四階層に挑戦しなくて良かったのかな……」
「時間はたっぷりあるのだし、問題はないでしょう」
コテージにはミーシャが残ってくれた。
どうやら書類仕事があるようなので、リビングに書き物机を出しておく。
「ありがとう。ギルドに提出する報告書だけど、今日までの報告だけでもたくさん書くことになりそう」
「そうなんですか? そんなに変わったこと、ありましたっけ……?」
「ゼリーをドロップする特殊なスライムや通常の倍の大きさのコッコ鳥、その卵。そしてそれらがとんでもなく美味なことを報告しなくては」
「……えっと、よろしくお願いします……?」
後で美味しい紅茶を差し入れしておこう。
そっとリビングから離れると、ナギはキッチンで腕を捲った。
夕方になると、きっとまたお腹を空かせた連中が大量の獲物を抱えて戻ってくる。
その腹を満たしてやるのが、ナギの一番の仕事。
「チキン南蛮、大量に作らないと」
タルタルソースもきっと秒でなくなる。
作って貰っていて本当に良かった、魔道泡立て器!
「ついでに唐揚げも揚げておこう。皆気に入りそうだし」
あとは明日の朝食用に、サンドイッチの具材も用意しなくては。ポテトサラダ作りはエドにも手伝って貰おう。
「うう……魔道泡立て器があっても大変そう。マヨネーズは内緒にしておけば良かった……」
後悔しても、もう遅い。
ミーシャがせっせと書き上げた報告書にはコッコ鳥のマヨネーズへの賛美に満ちており、後々さらに面倒なことになるのだが、それはまだ先のお話。
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