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〈冒険者編〉

226. コテージに泊まろう

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 丸太で組み上げられた、その小さなコテージは、ナギとエドが購入した土地に建てられていた物だ。
 引退した老魔術師が住んでいた木造の平屋である。人嫌いで偏屈者だが、腕は確かだったようで、コテージには【状態保存】の魔道具が組み込まれていた。
 寝室とキッチン、リビングダイニングは暖炉付き。あとはトイレとバスルームがあるだけの小さな家タイニーハウス 
 エドと二人で暮らすには、さすがに狭すぎたが、幸いナギには母から託された立派な屋敷があるので、コテージは【無限収納EX】に収納しておいたのだ。
 人気のない場所で野営する際に活躍する、このコテージは、ダンジョンでも大いに役立ってくれた。
 特に、ここハイペリオンダンジョンでは便利な別荘として大活躍した。

(テント泊も悪くはないけれど、連泊だと疲れてしまうのよね)

 やはり人は、四方をしっかりとした壁に囲まれた部屋でないと落ち着いて熟睡ができないのだろう。

「コレは……」
「家? まさか、そんな」

 四人パーティ『黒銀くろがね』のメンバーが呆然とコテージを見上げる中、師匠二人は悠然としている。
 いや、驚いてはいるのだろうが、どちらかと言えば呆れているようにナギには見えた。

「ギルドマスターから規格外の収納スキルとは聞いていたけど、ここまでとはねー。さすがに驚いたわ」

 くすくすと笑うラヴィル。
 ミーシャはナギの魔力量から、このくらいは造作もないと理解していたようで、あまり驚いてはいないようだったが。

「とは言え、まさか家ごと持ち歩くとは思いもしなかったです。……その手があったのか、と」
「ミーシャさんなら、収納出来るんじゃないですか? お家の持ち運び、便利ですよ!」
「ええ、ええ。便利でしょうね、とても」

 ほっそりとした繊手がナギの顔に伸ばされて、気が付くと頬を優しくつねられていた。

「いひゃいれす、みーひゃひゃん……」
「貴方の特別なスキルは秘密にしておきなさいと言ったでしょう?」
「ごめんなひゃい……でも、1か月以上ダンジョンにこもるなら、快適に暮らしたくて」
「……まぁ、もうバラしてしまったので仕方ないですが。今後は気を付けるのですよ?」
「ふぁい」

 ようやく頬が解放された。
 ほんのり赤く染まった頬を撫でながら、ナギはあらためて説明する。

「不自由なテント生活より、快適に休めるお家があった方がダンジョン探索にも集中できるかと思って……」
「それは確かに助かるが……。この建物は君たちが住んでいる家なのか?」

 ルトガーが戸惑いながらも口を開く。

「いえ、普段は別の家に住んでいます。これは、買った土地におまけで付いていたコテージなんです」
「買った土地……?」
「……おまけのコテージ……」

 ルトガーとキャスが唖然としている。
 黒クマ夫婦は興味深そうにコテージを観察していた。
 つん、とエドに袖を引かれる。

「ナギ、見てもらった方が早い」
「あ、そうだよね。皆で泊まるなら、見てもらった方が早いよね!」
「待て待て。お誘いはありがたいが、さすがにこの大きさで八人が泊まるのは無理があるだろう。俺たちは遠慮するから、そっちの四人で泊まれば良い」

 遠慮するルトガーは良い人だと、ナギは好感を抱いた。
 にっこり笑って、コテージのドアを開ける。

「大丈夫ですよ。中はとっても広いので」
「はぁぁ⁉︎」
「えっ、どういうこと?」

 外から見たコテージは一人暮らし用のタイニーハウス。だが、一歩中に踏み込むと、その広さに皆が驚いている。
 ナギは周囲の反応を目にして、満足そうに頷いた。
 
(旅に出る前にコテージの改装を頑張って良かった!)

 1LDKの平屋コテージ。部屋数を増やすことは出来ないが、【空間拡張】でリビングダイニングと寝室を広げることは可能なのだ。
 八人で食卓を囲めるように、四人用のテーブルを二つ並べて、リビングの本棚とソファは撤去した。
 代わりにシングルサイズの寝台を人数分並べてある。
 寝室も十二畳サイズに拡張した。
 夜はいつも仔狼アキラに変化して貰っているので、ダブルサイズのベッドで一緒に眠っているが、さすがに今回は難しい。
 獣耳の美少年との同衾はナギの心臓がもたないため、ベッドは離れた場所に二台設置した。
 少し寂しいが、仕方ない。

「なぁ、ナギの嬢ちゃんよ。なんで、外観と中の広さがこんなに違うんだ……?」
「それはこのコテージの元の持ち主が凄腕の魔術師だったからですよ! 【状態保存】の魔道具付きで、しかも【空間拡張】の術を付与されていたので、中がとっても広いんですよ、ルトガーさん」

 とても良い笑顔でナギが説明する。
 ルトガーは胡乱な表情で部屋の中を見渡した。キャスは並べられた清潔な寝台を嬉しそうに見つめている。
 黒クマ夫婦は設備の整ったキッチンが気になったようで、ソワソワしていた。

「そんな良物件があるものか……?」
「砦の外、森の側の土地だったから、売れ残っていたんだ。幸運だった」
「なるほど……?」

 大真面目な表情でエドが援護してくれた。
 ルトガーはもう考えることを放棄したようで、キャスと二人で広々としたリビングを見渡していた。
 ラヴィルはさっそく寝台のひとつに腰を下ろして、上機嫌でクッションを抱き締めている。
 ミーシャもひととおりコテージの中を確認すると、ナギに向かって「良い家ね」と褒めてくれた。
 翡翠色の瞳を細めて微笑む様から、この【空間拡張】を施したのが自分であることには気付いているのだろう。
 とりあえず、今回は頬を引っ張られずに済んだことにホッとする。

「これだけの広さがあれば、八人でも余裕で泊まれるでしょう?」
「あー…ありがたい話だが、俺とデクスターは外のテントで寝るよ」
「ああ。俺たちは外で平気だ」
「その代わり、キャスとゾフィを泊めてやってくれ」

 大人の男性である二人には遠慮されてしまった。風呂とトイレだけ貸してくれれば充分だと、爽やかに断られる。紳士だ。

「んー…分かりました。トイレとお風呂、あと食事はコテージで遠慮なく! あと、ベッドもお貸ししますね。外のテントに運んでおきます!」

 辺境伯邸から持ち出した、使用人用のシングルベッドが大活躍だ。
 四人用テントを二人で使うので、スペースには余裕がある。
 大柄な二人には少し狭いかもしれないが、毛布にくるまってごろ寝するよりは快適に眠れるはずだった。


◆◇◆


 せっかくなので、夕食の準備中、交代で風呂を使ってもらうことにした。
 レディーファーストで二人ずつ、バスルームに向かう。

「フォレストボアを使った料理、何がいいかしら?」
「生姜焼きが久しぶりに食べたい」

 大きな枝肉を前に考え込んでいると、エドからのリクエストがあった。フォレストボアの生姜焼き、いいかもしれない。
 食材ダンジョンで手に入れた料理酒とみりんがあるので、白ワインで誤魔化していた頃よりも満足できる生姜焼きが作れるだろう。

「いいわね。じゃあ、フォレストボアの生姜焼きとボア汁を作ろうかな」
「手伝おう」
「じゃあ、キャベツの千切りをお願いするわね。あとはデザート作りと」
「ん、分かった。指示してくれたら、その通りに作る」

 一階層のスライムゼリーを使ったデザートを所望した師匠たちのために、美味しいスイーツを作らなければ。

(本当はお米を食べたいけれど、今日はパンにしなきゃ。バターロールでいいかな)

 枝肉はエドに頼んで薄く切り分けてもらった。ここからは時間との勝負だ。
 まずはボア汁を仕込んでいく。根菜類をしっかりと煮込み、ボア肉の薄切りを投入。味付けは味噌とバター。弱火でくつくつ煮込んでいる間に、生姜焼きの漬けダレを作る。
 すりおろした生姜と玉ねぎ、料理酒にみりん、醤油と砂糖のタレをフォレストボア肉にしっかりと漬けて、揉み込んだ。
 漬け込んだ肉はひとまず魔道冷蔵庫で冷やしておき、その間にデザート作りだ。
 スライムゼリーを使った、オレンジゼリーを作ることにした。
 オレンジの上部をカットして、中身をエドにスプーンでくり抜いてもらう。
 オレンジの実はザルで漉して、スライムゼリーと蜂蜜と一緒に鍋で煮込んでいく。スライムゼリーは加熱すると溶け、冷やすと固まる。
 オレンジの皮の部分を器にして、ゼリーを魔道冷蔵庫で冷やすと完成。切った上の部分を帽子のように斜めにかぶせてやると、とても可愛らしい。

 交代で風呂を済ませた全員が揃ったところで、フォレストボアの生姜焼きをフライパンで焼いていく。
 人数分の平皿にエドがキャベツの千切りを敷き詰めてくれたので、順番に皿に盛っていく。
 ここしばらくの旅で皆の食欲はだいたい把握したので、人数×三倍の量の肉を焼いておいた。もちろん、ボア汁も寸胴鍋いっぱいに作ってある。
 待ちきれない全員がテーブルに座ったところで、盛り付けも完了した。
 ボア汁はお代わり自由、バターロールも大きめのカゴに盛ってテーブルの中央に置いてある。

「どうぞ、召し上がれ」

 七人分の歓声がコテージに響いた。



◆◆◆

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