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〈冒険者編〉
223. 見張り番はスープと共に
しおりを挟む結界の魔道具は発動させたが、見張り番は交代で行うことになった。
成人前の二人が最初の二時間の担当だ。
あとは二人一組で交代しつつ、見張りをすることに決まった。
「ここの休憩所は人が多いから、野盗は滅多に出ないが」
「現れるとしたら、ゴブリンかウルフくらいね」
「手に負えないようなら、すぐに起こせ」
少年少女がよほど頼りなく見えたのか。『黒銀』の連中が助言してくれる。
師匠たちはこちらを気にすることもなく、さっさとそれぞれのテントや馬車に引っ込んでいった。
信頼されているからこその態度だと思いたい。
「ナギは休んでおくか? 見張りは俺だけで充分だが」
「んー。せっかくだから、見張り番は頑張る。ついでに明日の仕込みをすれば、後で楽が出来るし」
「そうだな。なら、ナギが料理をしている間、俺が周囲を見張っておこう」
「うん、お願い」
音を立てないように気を付けながら、ナギは【無限収納EX】から調理台や調理器具を取り出した。
大鍋を焚き火に掛けておき、たっぷりのお湯を沸かしておく。
「ミネストローネも好評だったし、やっぱり具沢山のスープは野営と相性が良いメニューよね」
「ん、旨味が凝縮されていて、腹にたまるスープはありがたい。欲を言えば、もっと肉が食いたいが」
「うーん。スープにはパンかなって思ったけど、もしかして串焼き肉の方が良いのかな?」
「多分、みんなに聞いたら両方食いたいと言われると思う。ちなみに俺も両方食いたい」
素直なエドにはご褒美のハーブティーを進呈する。眠気覚ましの効果のあるハーブを使った、さっぱりとしたお茶。
食材ダンジョンで新しく見つけたハーブはミーシャ曰く、少し苦味があるが、気分がすっきりとする茶葉になるらしい。
一口すすったエドの琥珀色の瞳が見開かれた。その理由は続けて味わったナギにもすぐに知れた。
「これ、緑茶の味に近いね。おいしい……」
「懐かしい味がする」
ミーシャが言うほどに苦味は感じなく、むしろ爽やかな味わいだ。
お茶に使ったハーブは発酵させずに、【乾燥】させた物を淹れてみたのだが、とても美味しい。
「冷やして飲んでも美味しそう。このハーブはダンジョンでたくさん確保しておきたいね」
「ああ。麦茶も嫌いじゃないが、緑茶は和食に合いそうだ」
「そうだね。お茶漬けも出来そう」
海の幸はたっぷりあるのだ。
食欲が落ちる真夏のご飯に、鮭茶漬けをさらりと掻き込むのも良さそうだと思う。
(まぁ、私たちはこれまで炎天下でも食欲が落ちたことはないけど)
健康的な十代の胃腸はとっても頑強だ。
それはそれとして、夏に食べる冷やした緑茶のお茶漬けは最高に美味しいと思う。
「美味しいと言えば、エドのパンも大好評だったね。どこで買ったパンなのかって『黒銀』の皆が真剣な表情で迫ってきた時にはびっくりしちゃった」
特に、黒クマ獣人夫妻の迫力たるや!
とって喰われるかと思うほどに怖かった。
二人ともラヴィルの軽やかな蹴りで地面に倒されていたが。
『おいたはダメよ、コグマちゃんたち?』
宝石みたいに綺麗なルビー色の瞳で冷ややかに見下ろすラヴィルに、リーダーのルトガーが慌てて頭を下げて、事なきを得たのだが。
クマ二頭を秒で昏倒させる白ウサギさん凄すぎます。
「そのくらい、エドの食パンが美味しかったんだろうね?」
「いや、ナギのホットサンドが旨かったからだと思うが。……褒められるのは、まぁ悪くない気分だった」
ハード系の固めなパンが主流なこの世界で、もちもち食感の日本風なパンは食べた皆に好評だった。
特に肉食系の種族の獣人は固めの食べ物が好きだと聞いたが、やわらかなパンも口に合ったようである。
「明日は焼かずに、ふわふわのサンドイッチを出してあげようっと。きっと、またエドに群がるわね、皆」
「やめてくれ……」
げんなりと肩を落とすエド。
どこで手に入れたパンなのかと必死な様子の『黒銀』の連中にあっさりとエドが作ったパンだとバラしたのはミーシャだ。
慌てたラヴィルがミーシャの口を塞いだのだが、時既に遅く。
エドは四人にパンを譲ってくれと懇願されて、顔を引き攣らせていた。
「売り物じゃないと説明したが、それでもしつこかったな。今回の調査任務の間は食わせると約束したら、ようやく引き下がってくれたが」
「ふふ、おつかれ。でも、エドの作ったパンは美味しいもの。仕方ないわ」
軽口を叩きながらも、ナギは調理の手を休めていない。
沸騰した湯に半分に切った玉ねぎを投入して、くつくつと煮込んでいく。
その傍らでボア肉を薄く切って、スライスしたニンニクと一緒にごま油で炒めた。
良い匂いだ。少しばかり飯テロになってしまったようで、他の見張り番たちから恨めしそうな視線が投げかけられてしまう。
申し訳ないが、気が付かないふりをして、スープ作りを続行する。
ごま油風味のボア肉とニンニクを大鍋に移し、細切れにしたキャベツも投入する。
肉を入れると灰汁が浮くので、こまめに掬い上げた。透明に近い、黄金色のスープになるよう、面倒だけど手を掛けていく。
あとは焦げ付かないように弱火でじっくり煮込んでいくだけだ。
「コンソメスープを足して、お醤油と味醂、塩胡椒を少し。……うん、良い味」
「ん、ごま油が加わると途端に味が変わって面白いな」
味見してくれたエドにも好評。
半玉ねぎがとろっとろに蕩けた頃がいちばん美味しいので、お玉で時折鍋の中身を混ぜながら、夜晩をこなしたナギだった。
◆◇◆
仔狼を抱っこして、テントで眠りについたナギは、ぺちぺちと頬を肉球で押されて目が覚めた。
『おはようございます、センパイ。朝ですよー』
「んー……もう朝かぁ……」
手を伸ばして、きゅっとポメラニアンサイズのオオカミを抱き締める。
相変わらずの、素晴らしい毛並みにうっとりしつつ、その後頭部に顔を埋めた。
「おはよ、アキラ」
『もう、寝惚けてないで! 誰かが起こしに来ちゃいますよ?』
「それはたいへん。着替えなきゃ」
どうにか体を起こして、慌てて服を着替える。仔狼も衝立の向こうに歩いて行った。
皮鎧を装着し、邪魔な髪を無造作にまとめようとしたところで、優しい手付きで遮られる。
「髪は俺が整えよう」
「エド、おはよう」
「おはよう。よく眠れたようだな」
「ん。ぐっすり眠れたわ。やっぱりアニマルセラピーは効くわね」
「……そうか」
複雑そうな表情のエドだったが、本日も器用にナギの髪を丁寧に編み込んでくれた。
三つ編みにしたサイドの髪を後ろでまとめ、お団子にする。少ない数のピンできっちりと留めてしまうのが凄いと思う。
いつもはリボンを飾ってくれるが、さすがに冒険者活動中は自粛。
それでも、充分に可愛らしい髪型に仕上がった。
「ありがとう、エド! 今日もすっごく可愛いく仕上がったわ」
「どういたしまして。そろそろ行こう」
上機嫌でテントから出ると、設置したまま【無限収納EX】に片付けた。
さて、朝食の準備だ。
振り返ると、ちょうどテントから出てきたところの『黒銀』の弓士、キャスが目を見開いていた。
「おはようございます、キャスさん?」
「あ、ああ……おはよう、ナギ。ごめんなさい、貴方の規格外の収納スキルにあらためて驚いてしまって」
「まさかテントを畳まずに、そのまま収納するとは。便利だが、圧迫されないのか」
リーダーのルトガーは少し呆れた表情だ。
ナギはにこりと何でもないことのように笑って誤魔化した。
「ちょっとばかり、他の人よりも魔力量が多いのが自慢なんです、私」
「ナギ、腹が空いた」
二人の前に割り込むと、エドがナギの手を引いて開けた場所まで連れて行ってくれた。
ありがと、と小声でお礼を言うと、ナギは張り切って朝食の準備に取り掛かった。
◆◇◆
「あのスープ、とっても美味しかった……」
「とろとろに溶けた玉ねぎって、あんなに甘くなるのね。よーく煮込まれたボア肉も柔らかくて絶品だった。野菜が多いのに美味しいスープ……」
馬車の座席に乗り込んだ師匠二人はまだ朝のスープの余韻に浸っていた。
味付けはかなりシンプルだが、長時間煮込んだ滋味豊かなスープはお腹にも優しいし、何より美味しいのだ。
「私はスープも好きですが、サンドイッチが最高に美味しかったわ! 昨夜のホットサンドが一番だと思っていたけど、ふわふわのパンがあんなに美味しいなんて」
馭者席に座るキャスも興奮に頬を染めながら、朝食を絶賛してくれた。
ちなみに今朝のメニューは昨夜、見張り番をしながら煮込んだ具沢山スープとサンドイッチ。
マヨネーズで和えたゆで卵のフィリングとレタス、生ハムを具にしたシンプルなサンドイッチだったが、こちらも大好評だった。
「今回の特別任務、受けて本当に良かったわ。一カ月のダンジョン調査も、ナギの料理とエドのパンがあれば全力で挑めそうよ」
「そうね、二人がいれば三食オヤツ、全てが豪勢になるから!」
「ラヴィさん、ダンジョンでもオヤツをねだる気なんです?」
「なんならオヤツは十時と三時、あと夜食も追加してくれても構いませんよ」
「ミーシャさん……」
自分たちの作った物を気に入ってもらえたのは嬉しいが、さすがに大喰らいの一日六食を人数分用意するのはキツい。
だが───
「……私の欲しい食材や調味料をたくさん集めて下さったら、オヤツは作っても良いですよ?」
「「「「!」」」」
なぜか、エドまでハッとした表情をしてナギを凝視してきた。馬車の外で併走していた馬上の三人も真剣な表情だ。
(いや、危ないので馭者席合わせて四人とも前を見てください!)
やる気に満ちた皆を眺めて、今回も大量の食材が手に入りそうだと、ナギも口許を綻ばせていた。
◆◆◆
更新が遅くてすみません…!
ゴールデンウィークあっという間すぎる……
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