異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

221. 再びの旅路

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 皆の荷物を【無限収納EX】に収納し、身軽な状態でダンジョン都市を出発する。
 冒険者ギルドが貸し出してくれた四頭立ての立派な箱馬車にナギとエド、護衛担当の師匠二人で乗り込んだ。
 馭者席には『黒銀くろがね』の弓使い、キャスが座ってくれた。
 槍使いでリーダーのルトガー、大楯使いのデクスター、大剣を背負ったゾフィの三人は馬車を囲むような位置で馬に乗っている。

「では、皆さん。お気を付けて」
「成果を期待しているぞ!」

 見送りに来てくれた、ギルドマスターのベルクとサブマスターのフェローに窓から身を乗り出したナギは手を振って応えた。

「ナギ、危ないぞ」

 慌てたエドの腕が腰に回り、気が付いたら座席に回収されていた。
 心配性の相棒に、ナギは苦笑するしかない。


 旅路は順調だ。
 さすが、四頭立ての馬車だけあって、スピードが速い。
 荷物のほとんどをナギが収納していることもあり、軽々と駆けてくれた。
 その分、揺れは大きかったのだが。

「馬車用のクッションを持参しておいて良かった……」

 急ぎで縫い上げてもらった馬車用のクッション人数分。
 四人乗りの座席にひとつずつ、馭者席のキャスにもひとつ渡してある。
 たっぷりと綿を詰めてあるので、座り心地はとても良い。

「ほんと、全然痛くならないわ! 助かる! ありがとね、ナギ」
「いえ。私も馬車旅では苦労していたので、今回は準備しておいたんです」

 ご機嫌のラヴィルに頭を撫でられて、少し照れくさい。
 謙遜するナギの向かいに座ったミーシャが端正な眉を顰めて、じっとクッションを見詰めている。

「ミーシャさん?」
「ナギ、あなた随分と贅沢な素材の使い方をしているわね……?」
「あ、えっと……分かります?」

 ナギが持ち込んだクッションのカバーは手触りの良い毛皮を使っている。
 ブラウンの落ち着いたカラーで、弾力もあり気に入っていた。
 毛皮素材は持ち込んで、知り合いの雑貨店に加工をお願いしたのだが。

「これは、ブラウングリズリーの特殊個体の毛皮でしょう?」
「ああ。東のダンジョンで俺が狩ったやつだ」
「えっと、鑑定したら、特殊効果付きの毛皮だったんです。物理耐性が強いので、馬車用のクッションにすごく良いなぁって思って」

 これは叱られる流れかな?
 上目遣いでそっとミーシャを見上げると、呆れたように翡翠色の瞳を細めている。
 やがて、小さくため息を吐いてナギの頬をそっと撫でてくれた。

「ブラウングリズリーの毛皮はレアドロップアイテム。しかも特殊個体なら、かなりの高額買取商品なのですよ?」
「普通は売り飛ばすか、自分たち用の装備にするわね。毛皮なら軽いし、物理耐性があるなら、革鎧に加工するのも良さそう」

 ミーシャの説明を補足するように、ラヴィルが口を挟んでくる。
 真紅の瞳を煌めかせていることから、面白がっているのは明白だ。

「それをまさか、馬車用のクッションにするなんて」
「うぅ……。だって、お尻痛いじゃないですか! 二週間近く、ずっと馬車に乗らなきゃいけないんだったら、快適に座りたいですっ」
「……まぁ、それはたしかに」
「全然響いてこないから、快適よねぇコレ。すっごく欲しいわ」

 てっきりお説教されるかと思いきや、二人とも良い反応。
 馭者席と通じている小窓から、こちらを覗き込んできたキャスも笑顔で礼を言ってきた。

「私も欲しいです。腰にダメージが残らない馬車旅なんて最高だわ!」
「ん、贅沢な使い方はしたが、無駄に疲労しないで済むから、良い素材の使い方だったと思う」

 エドもしっかりフォローしてくれたため、師匠からのお咎めはなさそうだった。
 ミーシャも仕方ない、といった表情でクッションの弾力を確かめている。

「……本当に快適だわ。まったく振動が響かない。この素材を使って鞍を作るのも面白そう……」
「あ、じゃあ、またダンジョンで見つけたら、ミーシャさんにプレゼントしますよ?」
「運良くドロップすれば、な? ナギ」
「っ、そう! 運良くドロップすればね、エド!」
「簡単に言ってくれるけれど、何となくあなた達なら、すぐに「運良く」ドロップしそうですね……」

 ナギとエドのドロップ運の良さは、ギルドでは知れ渡っている。
 実は運ではなく、ナギの【無限収納EX】スキルのおかげで素材をそっくり入手できているだけなのだが。
 ブラウングリズリーはそう珍しい魔獣ではない。
 特殊個体も丸一日、出没するフィールドでねばれば遭遇できる相手なので、手に入れること自体はそう難しいことではなかった。

「もしも「運良く」手に入ったら、私が買取ります」
「あっ、ミーシャずるい! 私もクッション欲しいわ!」
「一頭分の毛皮がかなり大きいので、クッションも三つくらいは作れますよ?」
「そうなのね。なら、ミーシャ、二人で折半しましょ!」
「ラヴィ……」
「いいじゃない。もうこの快適なクッションがなければ馬車に乗れそうにないわ」
「それは…たしかに……」

 ウサギ耳が可愛らしくぴるるっと揺れる。ミーシャもその指摘には同意したようで、仕方なさそうに頷いた。

「分かりました。ナギとエドが「運良く」ドロップしたブラウングリズリーの特殊個体の毛皮は二人で買い取って、使いましょう」
「やったー!」

 まさか、クッションひとつでこんなに盛り上がるとは思わなかった。
 キャスからは後ほど、貸してあげているクッションを買い取れないかと真剣な表情で相談されたナギだった。


◆◇◆


 馬を休ませるため、二時間ごとに小休憩を取る。
 乗馬も体力を使うため、『黒銀くろがね』の三人もしっかり休んでいた。
 街道沿いの休憩場で一息つく皆に、ナギは飲み物を配っていく。

「どうぞ。レモネードです」
「ありがとう。レモンの果実水?」
「はい。レモン果汁を水で割って、蜂蜜を混ぜたジュースです。疲れが取れますよ」

 女性陣には概ね好評だった。
 さて、男性陣はと目を向けると、おそるおそる口にし、ぱっと顔を輝かせるや否や、一息で飲み干している。
 特に黒クマ獣人のデクスターが気に入ってくれたようで、そっとカップを差し出してきた。

「おかわりは、貰えるか?」
「あ、はい! どうぞ!」

 初めて、声を聞いたかもしれない。
 おかわりを注いだカップを手渡すと、大事そうに大きな手で包み込むように持ってちびちびと舐めている。

(やはり、クマさんは蜂蜜が好き!)

 ギルド職員のクマ獣人ガルゴも蜂蜜には目がなかったことを思い出し、ほっこりする。
 そこへ、馬たちに水と飼葉を与えていたエドが戻ってきて、切なそうに訴えてきた。

「ナギ。小腹が空いた」
「まだお昼前だけど……」

 ちらりと横目で確認したが、師匠ふたりと『黒銀くろがね』メンバー全員が期待を込めた眼差しをこちらに向けてきている。

「もう、仕方ない! 昼食前なので、お菓子だけですからねっ?」

 念を押してみたが、皆良い笑顔で大きく頷いてきた。


◆◇◆


 おやつに出したパウンドケーキは大絶賛された。
 ドライフルーツに加工した無花果イチジクとバターをたっぷり使ったパウンドケーキ二本は、八人のお腹にあっという間に消えた。
 砂糖の代わりに食材ダンジョンで手に入れた絶品の蜂蜜を使ったので、なおさら美味しかったのだろう。

「あんなに美味しいお菓子は初めて食べたわ……」

 馭者席のキャスが頬を上気させながら、うっとりと呟くと、なぜか師匠二人が胸を張った。

「ナギのお菓子は絶品ですからね」
「そうそう! お菓子はもちろん、肉料理も最高に美味しいのよー?」
「まぁ、本当ですか? とても楽しみです」

 パウンドケーキ効果か、馬車の前後で護衛をしてくれている三人の意欲も目覚ましい。
 街道に現れるゴブリンやウルフの群れをさくさくと倒していく様は圧巻だ。
 馬から降りることなく、槍や大剣で狩っていく。
 さすが、銀級シルバーランクの冒険者だ。
 エドが食い入るように、その戦いぶりを見据えている。

「俺も乗馬を覚えたい」
「いいんじゃないかしら? 野営の時にリーダーに教えて貰うといいわ」
「ん、頼んでみる」

 キャスから提案され、エドはこくりと頷いた。
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