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〈冒険者編〉
214. 海キャンプふたたび 2
しおりを挟むウユニ塩湖に似た十階層は、相変わらず美しい。
空の色をそのまま映し取ったかのように広がる海面にはぽつりぽつりと小さな小島が浮かんでいる。
その小島がそれぞれセーフティエリアとなっているため、冒険者たちは十階層で宿泊することが多かった。
パーティごとにひとつの小島を占拠できるので、通常のセーフティエリアよりもゆったりと休めるのだ。
「お隣の島との間も五十メートルほど離れているから安心ね。拠点としてテントを張ったら、夕方までビッグシェルを狩る?」
十階層に棲むのは、二メートルサイズの巨大な二枚貝、ビッグシェルだ。
水魔法を放って攻撃してくるが、海から上がると動きは遅くなるため、二人とも余裕で狩れる。
ドロップアイテムは水の魔石と真珠、そして貝柱だ。
この貝柱が二人の目当てだった。
「今日は海鮮丼を作る予定なので、貝柱をたくさん確保します」
「分かった。獲り逃がしたくないから、ナギと一緒に行動しよう」
こくり、とエドが真剣な表情で頷いた。
食材ダンジョンでお酢を手に入れた時から、ナギはずっと新鮮なお刺身をてんこ盛りにした海鮮丼が食べたかったのだ。
(ビネガーじゃない、ちゃんとしたお酢を使った酢飯! その上に海ダンジョンの新鮮な魚介類を盛り付ければ、最高の海鮮丼になりそう……!)
味噌も手に入ったので、アラ汁も作るつもりだ。今から楽しみで仕方ない。
エドもやる気満々なようで、いそいそと魔道テントを設置してくれている。
椰子の木の間にハンモックを吊るし、テーブルセットも設置した。念のために、結界の魔道具も発動させておく。
いつものように、椰子の木に目印の赤色のストールを巻き付けると、食材確保の時間だ。
ショートブーツを脱ぎ捨てて、裸足になる。開放感にほっと息を吐いた。
二人ともテントの中で着替えておいたので、身軽なチュニックとハーフパンツ姿だ。
とても冒険者には見えないが、十階層ではこの姿の方が楽に狩れる。
「行くぞ」
「ん! いっぱい貝柱をゲットしようね!」
二人は張り切って、海の中へ足を踏み入れた。
◆◇◆
「大漁!」
ナギは笑顔で【無限収納EX】からバケツを取り出した。
中にはビッグシェルを倒して手に入れた貝柱がぎっしりと詰まっている。
二メートルサイズの二枚貝から採れる貝柱はかなり大きい。
ナギのてのひらを広げたほどの大きさなため、刺身で食べる時には薄く切り分けることになる。
「貝柱のステーキだと、切らずにそのまま焼くんだけど。今日は海鮮丼!」
「ステーキも美味そうだ」
「んー。なら、明日の朝ごはんにしよう。バター醤油で焼き上げると美味しそう」
うっとりと想像してしまう。
朝から贅沢なことだが、何せ食材は周辺にうじゃうじゃいるので。
「真珠と水の魔石だけでも、結構稼げるから美味しい階層だよね。ビッグシェルは弱いし」
「他の冒険者にとってはそうでもないぞ。ドロップ関係なしに全素材が手に入るのはナギだけだからな」
「あー……そうだったね。真珠のドロップは珍しいんだっけ」
今回は白蝶真珠だけでなく、希少な黒蝶真珠も手に入ったので買取額に期待が持てそうだ。
シーサハギンの宝箱の確保が効率よく儲けられるが、ビッグシェル討伐もかなり美味しいと思う。
(真珠の他にも、美味しい食材が手に入るしね。たくさん確保して、干し貝柱も作りたいな)
貝柱の出汁は旨味がたっぷりで、昆布とはまた違った美味しさがある。
炊き込みご飯の味が一段上がる、素晴らしい食材なのだ。
餅米も手に入ったことだし、海ダンジョンから戻ったら、おこわを作るのも良いかもしれない。
「まずは、今日の夕食だけどね」
頭上に広がる空は夕闇に染まっている。
朱色から藍色へと変化する、美しいグラデーションを眺めながら、手早く夕食を用意していく。
土鍋で炊いた、少し硬めのご飯が熱々のうちに調味料を合わせるのがポイントだ。
エドに団扇であおいで貰いながら、お酢と砂糖、塩を合わせた寿司酢を満遍なく混ぜ合わせていく。
しゃもじを切るようにして混ぜ、お米が艶めいてきたら、後は冷やすだけ。
人肌程度まで冷やすようにエドにお願いして、ナギは汁物を作ることにした。
「サハギンの宝箱に入っていた魚を使おうかな。うん、ブリにしよう!」
鑑定すると、刺身で食べられるほどに新鮮だったので、腹身は海鮮丼の具材にすることにした。
頭部やアラ部分の下処理は水で洗い流しながら、浄化で済ませた。
上品な味に仕立てるなら、湯引きや酒で洗うのだが、今日はガッツリ食べたい気分なので。
大鍋いっぱいの湯にアラを入れて、蓋をせずに強火で煮ていく。
「ナギ、酢飯が冷えたぞ。言われた通り、濡れた布巾をかけておいた」
「ありがと、エド! じゃあ、鍋の様子を見ていてくれる? 吹きこぼれないよう気を付けて。アクをこまめに取り除いてね」
「分かった」
アク取り用の小さめのお玉を手渡して、後を任せる。
たっぷりのアラから出汁が取れるので、味付けは味噌と生姜だけなので簡単だ。
「では、メインのお刺身を」
まずは、ブリの刺身。食べやすいように、薄く切っていく。
ミヤに打ってもらった刺身包丁の切れ味は素晴らしく、惚れ惚れするような美しい刺身が作れた。
大皿を取り出し、ひとまずそこへ。
「ビッグシェルの貝柱も薄く切って、サーモンの刺身は必須よね。これもサハギンの宝箱にあったから使っちゃおう」
あとは午前中に手に入れておいた、海老やウニ、カニの刺身も添える。
大葉と西洋ワサビも忘れずに。
酢飯もちょうど良い具合に冷えていたので、さっそく海の幸を盛り付けることにした。
陶器製の丼を取り出して、それぞれ好きな具材をセルフで載せることにする。
エドがウキウキと盛り付けている間に、ナギはアラ汁を仕上げた。
煮詰まったアラを鍋から取り除き、火を止めてから味噌とすりおろした生姜を溶かしていく。
「うん、良い匂い」
ほっとするような、温かな匂いだ。
汁椀にアラを入れて、味噌汁を注ぐ。最後に刻んだネギを散らすと完成だ。
「ナギ、ナギ。俺の海鮮丼だ」
「わぁ……いっぱい盛ったねぇ……」
素直に感心してしまうほどの、メガ盛りだった。酢飯も結構盛っていたはずだが、刺身が絶妙なバランスを保って、山盛り状態だ。
「よく落ちないね……」
「ナギのも盛るか?」
「気持ちだけ貰っておくね。じゃあ、さっそく食べましょうか」
普通盛りでおかわり派なナギは、さらりとエドの提案をスルーする。
大盛りはわくわくするが、食べにくいのが難点なのだ。それにあれだけ具材を盛れば、なかなか酢飯に辿り着きそうにない。
(せっかくの酢飯だもの。じっくり美味しいお魚と味わいたいじゃない?)
これまでずっと、ビネガーを使っていたのだ。白ワインから作られたビネガーはドレッシングには合ったが、お米との相性はあまり良くなかった。
食材ダンジョンで入手したのは、米酢。お米と合わないはずがない。
二人はいそいそとテーブルに着き、すばやく手を合わせた。
「海の恵みに感謝ね。いただきます!」
「いただきます」
ワサビを溶かした醤油を回し掛けて、さっそく海鮮丼に箸を伸ばした。
最初に狙うのは、ブリの刺身だ。酢飯を包んで口に運ぶ。
つんと鼻腔をくすぐる、懐かしいお酢の香り。口に含んで噛み締める。
「んんっ、美味しい……。お酢がまろやかで、お刺身と良く合うわ」
我が家のレシピは少し砂糖が多めなので、酢飯に慣れていなくても食べやすいはず。
横目で眺めたエドは無心で丼を掻きこんでいた。
ナギの視線に気付いたのか、エドは丼をテーブルに置くと、口の中の物を大急ぎで咀嚼する。
「美味い」
「うん、見ているだけで分かったから。気持ちの良い食べっぷりだったもの」
くすくすと笑いながら、ナギも丼を持ち上げて食べ始める。
脂の乗ったサーモンは舌の上で踊るように消えた。ホタテの貝柱と海老はほんのり甘い。カニの刺身とウニもうっとりと蕩けるほどに美味しかった。
もちろん、汁物も忘れていない。
しっかりと出汁の効いたアラ汁はお腹の底から温まる。ブリの身も箸で摘んで食べた。
夢中で味わっている間に、いつの間にか夜の帷が降りていたようで、エドが魔道ランタンを灯してくれた。
二人とも海鮮丼をおかわりし、用意してあった刺身をぺろりと平らげた。
贅沢な晩餐を楽しんだ二人は、あらためて食材ダンジョンに感謝する。
「お酢は絶対にたくさん必要よね?」
「必要だな。味噌と醤油ももちろん欠かせないが」
お肉が大好物の二人だが、美味しいお魚も大好きなのだ。
「明日もたくさん食材を手に入れようね!」
「任せろ」
他の冒険者が耳にしたら肩を落としそうな宣言をするナギに向かい、エドは胸を張った。
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