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〈冒険者編〉
192. ほっこり肉じゃが
しおりを挟む「シオの実、発見! やったね、エド!」
「ああ。まだ若木だが、実はたくさんあるな。さっそく採取しよう」
スモモサイズの実を二人で丁寧に捥いでいく。薄皮が破れると、中身が飛び散り悲惨な目に遭うので、なるべく傷が付かないように採取する必要があった。
幸いと言うべきか。果実と違い、シオの実は甘い香りを放たないので、魔獣が食い荒らすことはない。
おかげでシオの実は採取し放題だ。
「あれから【鑑定】のスキルが上がって気付いたんだけど、まだ若いシオの実の中身が薄口醤油で、熟すと濃口の醤油になるみたいね」
何となく鑑定したナギは、その結果を複雑そうな表情で呟いた。
日本の醤油と別物だとは言え、エドも微妙そうな表情を浮かべている。
「まぁ、それぞれの醤油が楽しめるのは良いことだよね……?」
「そうだな。薄口醤油は煮物に使って、濃口醤油は刺身用にすれば良いんじゃないか」
「お、エド分かっているわね。きちんと出汁を取った料理には薄口醤油が使いやすいから、煮物やお吸い物は若いシオの実を使うわ」
どろりと濃厚な濃口醤油は、エドの指摘通りに刺身醤油にちょうど良さそうだ。
コクがあるので、ステーキソースにトンカツソース、オイスターソースなどのソース類を作るのにも最適だろう。
「うん、せっかくだからソース類を色々と作ってみたいな。頻繁に来られる場所じゃないし、しばらくはここで暮らしながら、たくさん集めたいかも」
「そうだな。他にも珍しい果実やハーブがあれば、積極的に採取したい。ついでに狩猟も」
「エドのついでは逆な気がするけど。私も色々と探してみたかったから楽しみ! エドのパン作り用に良い酵母のモトが見つかるといいね」
「大森林産の果実から作る酵母を使ったパン……!」
目の色を変えたエドがさらにやる気を見せたおかげで、この日の採取はとても捗った。
シオの実もたくさん収穫し、良い枝振りの木も手に入れることが出来た。
きちんと根付くか心配だったので、いつもより周囲の土をたくさん持ち帰ることにした。森の腐葉土は畑にも使える。
「うちの庭で根付くと良いな……」
「何本か、持って帰ろう。庭でダメだったなら、東のダンジョンの森林フロアにでも、こっそり植樹するか?」
「ダンジョンに……?」
「すまない、冗談だ」
「その案、良いと思う!」
不安そうなナギを宥めようと、なんとなく軽口を叩いたエドは、まさか手放しで褒められるとは思わなかった。
ナギはとても良い笑顔で頷いている。
「そうよね。ダンジョン内なら、大森林ほどではないけれど、魔素も濃い。下層なら似た環境だから、うまくすれば根付くかも!」
「だが、外から持ち込んだ植物はダンジョンに吸収されるんじゃないか」
「生きている限りは、ダンジョンには吸収されないんだから、枯れていなければ大丈夫じゃない?」
顔を見合わせてしばらく考え込んだ二人だが、こればかりは試してみないと答えが出ない。
「……一本だけ試しに植えてみよう。挿木で増えるかもしれないし」
「そうだな。試す価値はあると思う」
庭で育てることが難しいのは最初から理解していたので、ダメ元で試してみることにした。成功したら、もう醤油に困ることはなくなる。
「楽しみだね」
「ああ。成功すると良い」
採取できたのはシオの実以外にも、キノコや山菜などの山の幸が大量にある。
エドはりんごや梨、柿を見つけては黙々と収穫して回り、アイテムポーチをほくほくとした表情で撫でていた。
ついでに果実を狙って現れた魔獣もたくさん狩って収納してある。
「今日はもう休もうか」
「そうだな。拠点にちょうど良さそうな場所だ」
周囲を片付けて、コテージを設置するのも手慣れたもの。周辺の探索はエドに任せて、ナギはキッチンにこもった。
「さて。今夜は何を作ろうかな」
せっかくシオの実を手に入れたので、醤油を使った料理にしたい。
ここしばらくは醤油の在庫が心許ないため、洋食メニュー中心だった。
久しぶりに和食が食べたい。
「こってり系のメニューが続いたから、優しい味の和食がいいかな。よし、肉じゃがにしよう」
エドには物足りないかもしれないので、甘辛く味を付けた肉を串焼きにして追加すれば満足してくれるだろう。
「たまにはヘルシーメニューもいいよね」
まずはシオの実を搾り、薄口の醤油をガラス瓶に詰めていく。
実ひとつ分でコップ半分ほど。
今日だけでもシオの実は百個近く採取したので、惜しげなく使える。
三口あるコンロの一つを使い、土鍋でお米を炊く。お吸い物は肉じゃがを仕込んだ後で作ることにした。
「じゃがいもとニンジン、玉ねぎ。絹さやに似た豆があるから、これも使っちゃおう。ああ、シラタキが食べたいなぁ……」
コンニャク作りは早々に諦めている。製法が謎過ぎたし、まず原材料のコンニャク芋が見つからなかったので。
豆腐と納豆作りは実はこの三年で成功していた。塩作りの過程でニガリを手に入れてから、試行錯誤して豆腐を完成させたのだ。
納豆はそれより早く完成させていたが、異世界の友人たちにはかなり不評だったので、それ以降は作っていない。
ナギもエドもそこまで好物ではなかったので、納豆作りはお休み中だ。
「お肉はボアより、オークがいいかな。バラ部分を薄くスライスして使おう。うん、綺麗な肉色!」
肉用のスライサーが大活躍だ。
お肉も野菜もたっぷり使って大鍋いっぱいの肉じゃがを作ることにした。
昆布と鰹節で出汁を取り、傍らで肉と玉ねぎを炒めていく。火が通ってきたところで、じゃがいもとニンジンを投入した。
丁寧に取った出汁を追加して、じっくりと煮ながら、アクを取る。
「あとは砂糖とお酒を入れて一煮立ち。最後にお醤油を少々っと」
日本酒の代わりに風味の弱い白ワインを料理酒にしているが、これが意外と良い仕事をしてくれる。煮物に使うと、味がまろやかになるのだ。
ダンジョン都市では人気のない安ワインだが、和食には欠かせないお酒なので、ナギとエドは酒屋で見つけると買い溜めしている。
「うん、良い味」
味を見ながら調味料を調整し、納得の仕上がりになったところで火を止める。
いったん冷やして味を染み込ませることにして、その間に手早くお吸い物を作った。
キノコと山菜をたっぷり使ったお吸い物は優しい風味がする。魚の練り物から作った、手作りのカマボコ入りだ。
こちらも味見をしていると、背後に人の気配。肩口にエドの顎が乗せられる。
「……良い匂いがする」
「おかえり、エド。外は大丈夫そうだった?」
「ん、ウルフの群れがいた」
アイテムポーチを差し出されたので、黙って受け取っておいた。
ウルフだけでなく、オークやコボルト、ボアの死骸もかなりの数が収納してある。
(やっぱり、奥に進むと魔獣も魔物も増えるなぁ……)
今のところ二人とも余裕で倒せてはいるが、油断はできない。
「ナギ、串焼きをするのか?」
「あ、うん。いま、仕込んでいるところ。手伝ってくれる?」
「任されよう」
たくさん在庫のある鹿肉を放出し、エドに串打ちを頼む。
赤身、ロース、タン、ハラミ。
ネギをどうするか悩んでいると、気付いたエドにきっぱりと首を振られた。
「肉だけを堪能したい」
潔い態度にナギも頷くしかない。
まあ、肉じゃがに玉ねぎを入れてあるし、野菜は大丈夫だろう、と納得した。
串焼肉のタレは蜂蜜と醤油と香辛料をブレンドした、ナギのオリジナルだ。
じっくりと漬け込んで、オーブンで一気に焼き上げた。
「ちょうどご飯も蒸らし終わったところだし、少し早いけど夕食にしようか」
白飯に肉じゃが、お吸い物。ついでに山盛りの串焼肉。
いつもよりは品数が少ないが、久しぶりの醤油の香りに二人ともうっとりと破顔する。
「「いただきます!」」
まず手に取ったのはお吸い物だ。
お醤油の風味を楽しみながら、山菜とキノコを噛み締める。ほっとする味だ。
肉じゃがは味がほどよく染みており、ほんのりと甘い。ほくほくのじゃがいもとオークの薄切り肉は白飯と良く合う。
玉ねぎはとろりと蕩けており、絹さやっぽい豆はシャキシャキとした食感が面白い。
「薄味だけど出汁が効いていて美味いな。腹の底から、じんわりと温もる気がする」
「うん。ほっこりと優しい味に仕上がったわね。お吸い物も美味しい」
肉じゃがをじっくりと味わってから、串焼肉に取り掛かる。濃いめに味つけたので、これも白飯が進んだ。
久しぶりの醤油を使った料理を、二人はじっくりと味わった。
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