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〈冒険者編〉
185. 依頼完了
しおりを挟む「冒険者グループ『紅蓮』の皆さんとナギさん。護衛をありがとうございました。こちらの書類が依頼の完了書です。皆さんとても優秀でしたし、余計な見張り仕事も増えましたので、依頼料には色を付けていますからね」
笑顔のリリアーヌがギルドに提出する書類をリザに手渡してくれた。同じ物をナギにも。
無事に目的地である獣人の街、ガーストに到着することが出来た。
積荷や従業員はもちろん、依頼主を無傷で届けられたので、冒険者連中は誇らしげな表情である。
さらに今回は、討伐依頼の出ていた盗賊団とお尋ね者の犯罪者を捕えることが出来たのだ。
「ナギさん、報奨金を皆で分けると仰っていましたが、本当に良いんですの? ほぼ、貴方一人で無力化したのに」
リリアーヌが気遣わしそうに訊ねてくれるが、ナギは笑顔で首を振った。
「良いんです! 街道で確保はできたけど、私だけだったら、ここまで連行できなかったし。見張りも丸投げしちゃいましたから……」
「いや、そのくらいは任せてくれよ。ナギ。お前ばっかりに負担を掛けていたら情けないだろうが」
「ガーディさんのおかげで、楽が出来ましたから、報奨金は山分けで良いです! ちゃんと仔狼の分も貰えたから、満足ですよ?」
「キャン!」
俺も俺も! とばかりに尻尾をぷりぷり振る仔狼の姿に、ガーディは苦笑している。
「いや、だってコイツも立派な戦力だったからな。見張りの三人を氷漬けにして無力化したのはお前さんだろ? 良い相棒だよ」
わしわしと乱暴に頭を撫でられている仔狼は誇らしげだ。
ストレス発散とばかりに魔法攻撃の大盤振る舞いをしたナギだが、盗賊団確保後のことは全く考えていなかった。
死刑、と誰かが言っていた気がするので、てっきりこの場で命を奪うのかと焦ってしまったが、五体満足な盗賊団なら官憲に渡して、報奨金を貰う方が良いという結論に至ったのだ。
死刑確定の盗賊団だが、鉱山送りにして一生働かさせるらしい。無期懲役刑だ。
ただ首を持参するより、生きているのを連行した方が報奨金の金額が跳ね上がるらしい。
「鉱山は何処でも人手不足だからな」
「同情はしなくても良いんですのよ、ナギさん? 彼らは捕まるまで、きっと人を襲い続けていたでしょうから」
「はい。同情はしません。むしろ、ざまぁって思います」
「……ざまぁ、とは?」
「あ、えっと。ざまぁごらんなさい、の略というか。因果応報な相手に向かっての決め台詞のひとつ、みたいな……?」
『センパイ、何言ってるんすか……』
呆れたように仔狼が見上げてくるが、仕方ないだろう。
(だって、アキラがよく連呼していたから! つい釣られて口をついちゃったのよ……)
顔を赤らめて肩を落とすナギをリリアーヌがじっと見詰めている。やがて、ふわりと柔らかに破顔した。
「良い言葉ですわね。ざまぁごらんなさい? ふふっ、あの男に裁判所で叩きつけてやりたいくらいに、爽快なセリフだわ」
「り、リリアーヌさん……?」
どうしよう。とんでもなく素敵だけど、物騒な笑顔を浮かべている。
傍らに控えていた侍女のメリーもそれはそれは楽しそうに笑っていた。
「素敵ですわ。さすがお嬢さま。メリーはいつでもお嬢さまの味方ですからね」
「いいなぁ。僕も裁判所で、ざまぁって罵ってやりたかったなー」
「ふふふ。わたくしが代わりに、完膚なきまで叩きのめしてさしあげますから、大丈夫よ、ジョン?」
「絶好調だな、お嬢」
ニヤリと、楽しそうに笑うリザ。
いつもは制御役のシャローンまで、力強く頷いている。
「ついでにあのナルシスト男の心にダメージを与えてやる言葉も用意すると良いと思います」
「言葉だけ? こっそり牢に忍び込んで、ちょっとだけ抉ってきても良いよ?」
物騒なネロの発言に、ナギははわわと焦る。頼もしいわ、とリリアーヌが笑った。
ジョンの頭を撫でながら、彼女は笑顔で従業員たちに指示を出している。男性恐怖症の面影は、そこには全く伺えなかった。
(うん。もう、大丈夫そうだね?)
女の人が元気で楽しそうに過ごしている街は、良い街だと思える。
獣人の街ガーストでは特にその傾向が強いので、リリアーヌ嬢も存分に能力を発揮できるだろう。
道中、影で彼女の悪口を言っていた従業員の男性二人は居心地が悪そうにしている。
他の従業員がさりげなくリリアーヌ嬢から遠ざけていたので、後日何らかの制裁が下されると思われた。
「とても楽しく快適な旅路でした。また機会がありましたら、皆さんに依頼を出しても?」
「エイダン商会の依頼なら、いつだって大歓迎さ」
「リザさん、ありがとうございます。ナギさんも良いかしら? 今度は是非、貴方の相棒の方と一緒に」
もちろん、ナギは笑顔で頷いた。
ガーストの冒険者ギルドで完了書を提出して、依頼料を受け取った。盗賊団捕縛の報奨金も貰い、既に分配済みだ。
エイダン商会がギルドに依頼を出していた、ダニエッロに掛けられた賞金だけは、ナギの取り分だろうと受け取って貰えなかったが。
「賞金、金貨二十枚だって。今回の依頼料より多かったね」
『臨時収入ですね! ぱーっと美味しいご飯に使っちゃいましょうよ、センパイ!』
「いいね。任務中には食べられなかった食材でちょっと贅沢がしたいかも」
久しぶりの獣人の街をのんびりと歩いて行く。たまに気配に聡い獣人が、仔狼を不思議そうに二度見してくるが、小型化した今は可愛らしく無害に見える黒ポメラニアンなので、絡んでこられることはない。
先輩冒険者のガーディはしばらくガーストで依頼をこなすらしく、ギルドで別れた。
『紅蓮』のメンバーは一日だけ街で休むと、ダンジョン都市に戻ると言う。一緒に帰るか、とリザに誘われたが、丁重に断った。
「せっかく遠い街に来たので、しばらくのんびりしてから帰ります。一ヶ月後には戻るつもりなので、帰ったらまた一緒にご飯を食べましょう」
「お、ナギの手料理かい? 喜んで!」
「良いのですか。楽しみです」
「ナギのご飯……! お肉料理がいいな」
「ふふ。お肉料理も甘いお菓子もたっぷり用意しますね」
再会の約束を交わして、『紅蓮』メンバーとは解散した。冒険者らしく、あっさりとした別れだが、不思議と寂しくはない。
あの三人の強さは【鑑定】をしなくても、ナギには良く分かっているので、心配するだけ無駄なのだ。
『リザさん、ドラゴニュートなんでしょ? 普段は気配や魔力を抑えているけど、肌がビリビリするような覇気でしたね』
「内緒だよ、アキラ。リザさんは隠したいみたいだったし」
竜族の血を引いた最強の獣人、ドラゴニュート。妖精なみに希少な種族の彼女がなぜ冒険者をしているのかは謎だが、これも縁だろう。燃えるようなオレンジかがった赤毛がとても美しい、ゴージャスな女性だった。
「火魔法が少しって謙遜していたけど、多分、ものすごーい炎のブレスを吐くと思う……。火の精霊が周囲にたくさんいたもの」
魔法の師匠であるエルフのミーシャに、ナギは精霊魔法も少しだけ教わっていた。
まだ上手に使えないが、不可視の精霊の姿は見えるようになったのだ。
ちなみに火の精霊は、てのひらサイズのサラマンダーで、ちろちろ炎の舌を見せる姿はとても愛らしかった。
「まぁ、きっとまたダンジョン都市で会えるもの。私たちは私たちで、のんびり楽しみましょう?」
まずは、ちょっと豪勢な宿でゆっくり休みたい。もちろん、任務中はずっと仔狼の中で大人しく待機してくれていたエドを労わるのが、最大のミッションだ。
「骨休みが終われば、久しぶりに行くわよ。懐かしの大森林へ」
喜んで! と仔狼と、彼の中のエドが頷いた。
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