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〈冒険者編〉
184. 元婚約者の末路
しおりを挟む現場は意外にも混乱が少なく、見張ってくれていた冒険者たちも落ち着いているように見えた。
リリアーヌが案内されたのは、野営地より徒歩で二十分ほど奥に進んだ場所だった。
過ごしやすいように拓いた野営地と違い、木々が鬱蒼と繁っている。
その所為で、これだけの盗賊団が潜んでいることに気付けなかったのだろう。
「お嬢さん、大丈夫か? 無理はせずに、商会の従業員にでも確認させても良いと思うが」
男性冒険者グループのリーダー役、ガーディが気遣わしそうに提案してくれたが、リリアーヌはきっぱりと首を振った。
「いいえ、私が責任者ですから、きちんと確認させて頂きます。お気遣いは感謝します」
まだ少し肩が震えそうではあったけれど、彼は信頼が出来る、優秀な冒険者だ。
リリアーヌはどうにか顔を上げて、視線を合わせて訴えることが出来た。
ふ、と強面の冒険者の口許が綻んだ。
「……大丈夫そうだな。アイツらはナギの嬢ちゃん達が全員無力化しているから、安心すると良い。何かあったとしても、俺たちが全力で助けてやる」
「おいおい、ガーディさんよ。アタシらのことも忘れないでくれよ? 雇い主のお嬢さんはアタシらが責任持って護衛するから」
「リザさん……。ふふっ、ありがとうございます。皆さんがいるので心強いですね」
ガーディ以外の男性冒険者たちも彼女から距離を置いて、周辺に散らばってくれている。
女性冒険者グループ『紅蓮』の皆も、いつでもリリアーヌとの間に割って入れる位置をさりげなくキープしていた。
こんなにも頼りがいのある護衛に守られていて、何を怯えることがあるのだろう。
少し焦げ臭い匂いがする場所へ、慎重に案内された。幌馬車らしき残骸が散らばっている。相当激しい戦闘が行われたのだろうか。
ナギが心配で、眉を顰めていると、その様子に気付いたガーディが苦笑を浮かべた。
「何を心配しているのか、薄々分かるが、ナギは大丈夫だよ。むしろアイツらの方が大丈夫じゃねぇからな」
「全くだよ。盗賊団の奴ら、大馬鹿者だよな。あのナギを本気で怒らせちまうなんて」
「えぇ……? ナギさんを怒らせたって……もしかして、この惨状は彼女が?」
まさか、と思いながらも訊ねると、ガーディはくつくつと楽しそうに笑った。
否定しなかったということは、やはりコレはナギが暴れた跡ということなのだろうか。
リリアーヌは呆然と周囲を見渡した。
付き添ってくれていた侍女のメリーが青褪めた顔でそっと寄り添ってくれる。
「お嬢さま、私の腰より太い立派な木々がたくさん倒されていますわね……?」
「そうね。素晴らしい切り口だわ。きっと、風魔法の初級、風の刃を使ったのだと思う……」
普通は一本の大木を倒すには、その風魔法を十回はぶつけないと難しいはずだが。
弟のジョナードが指差した先には、炭化した大木が倒れている。
「リリアーヌ姉さま。あれは何でしょう?」
「あれは火魔法で燃え尽くされた大木かしら。随分と魔力が込められた火の玉をぶつけたように見えるわね」
「すごいね。まるで大きな嵐がここにだけ降り立ったみたいだ」
初級の火魔法は小さな炎を灯すのが精一杯で、生活魔法が使えない者が蝋燭や薪に着火するために使うもののはずだったが。
(あの、とんでもなく豊富な魔力を存分に込めると初級魔法もこれほどの威力を発揮するものなのね……。素晴らしいわ)
何より爽快なのは、弟が満面の笑みで指差した先にいた、盗賊団の哀れな拘束姿だった。
「ぷっ、ふふふっ。お姉さま、あれ、あれは何でしょうか? 頭に毛がないですよ?」
「おほほほほ。もう、ジョナード坊ちゃんったら! あれはきっと火魔法で炙られて、髪の毛がチリチリに燃え尽きたんですよ! ふっふふふ…」
「まぁ、メリー。笑ったら可哀想よ。まだそんな年齢でもないでしょうに、ふっ、ふふっ、あんな、あんな髪型になってしまわれるなんて!」
お腹を抱えて笑う三人に、護衛の冒険者たちも釣られて笑った。
盗賊団はナギが土魔法で作った頑丈な檻に閉じ込められている。魔法の師匠であるエルフの麗人直伝の植物魔法、初級の蔦魔法でぐるぐるに拘束した上で、だ。
ハーフエルフのシャローンはナギがぶつけた魔法の痕跡を確認して、ひたすら感心している。
「凄いわね。四属性全ての魔法でひとしきり懲らしめたように見えるわ。土魔法で足止めして、風魔法で武器や装備をズタズタにして、火魔法で炙って、水魔法をぶつけたのかしら?」
「えげつねぇな、おい」
「ボクはナギがカッコいいと思う」
「まぁな。死刑確定の盗賊団はもちろん、女を泣かす最低の男にはちょうど良い罰になっただろ」
リザがニヤリと笑いながら、仔狼を抱いて、檻の横で小さくなっているナギに視線を向ける。
「良くやった、ナギ」
「ううう…シャローンさん、何で分かったんですか。確かにその順番でアイツらを拘束しましたけど。土魔法の落とし穴に放り込んで、風魔法で薄皮一枚だけ切り裂いて、ちょっとだけ火魔法で頭を焼いてみて、水魔法で消火してやりました」
「予想より、更にえげつなかったわね」
水魔法で頭の火を消すついでに、少しばかり窒息させたのは内緒である。
意識を奪った盗賊団をまとめて魔法の蔦で拘束し、土魔法の檻に放り込んでから、ようやく冷静になったナギは仔狼に頼んで、ガーディ達を呼んで来てもらったのだ。
ちょっとばかりやり過ぎた自覚のあるナギは、神妙な表情でリリアーヌを見上げる。
「あ、あの、リリアーヌさん。すみません、もっとスマートに無力化したかったんですけど、あのクズ男に腹が立って仕方なくて、」
「ナギさん、ありがとう。とても、とても心から感謝しています」
「うぇぇ?」
叱られるか、呆れられるかと思っていた雇い主からの感謝の言葉に、ナギは大いに戸惑った。
リリアーヌはそっとナギの手を包み込むように握りしめて、ふわりと笑う。
「ずっと、あの男が憎くて、悔しいけれど、それ以上に恐ろしかったの。でも、貴方のおかげで、あの男の、ふふっ、あんなに情けない姿を目にすることが出来て、スッキリしたわ! 色男を気取っていた男の、あの惨めな姿ときたら!」
「ふふっふふふ。もう、リリアーヌお嬢さまったら、やめて下さいよ! おかしいわ、本当に。真っ黒に顔を焦がして、自慢の金髪どころか、眉毛も睫毛もチリチリで、ぷぷっ」
「メリー、よく見て? ぱかりと開いた口の中、んふふっ、前歯が抜けていて、すごーく面白い顔になっているんだよ!」
「ジョン、もうやめてちょうだい。うふふっ、笑いが、笑いが止まらないわ……」
そっとナギは腹を抱えて爆笑する姉弟と侍女から視線を逸らした。
リリアーヌを貶めて傷付けた元婚約者の男、ダニエッロは自慢の容姿がナギの魔法でズタボロになっているのにまだ気付いていないのか。笑い転げるリリアーヌに向かい、キャンキャンと見苦しく吠えている。
「おい、リリアーヌ! 貴様、この俺にこんな真似をしてタダで済むと思うなよ! 俺に魔法をぶつけた、そこのチビ女もまとめて甚振って娼館に売り飛ばしてやる!」
歯抜けのチリチリ頭で怒鳴っても、まったく迫力はない。身に着けていた高価そうな衣装も切り裂かれ、焦げ落ちて貧相な肉体を晒しており、ナギは素手でも倒せそうだなと冷ややかに見据えていたが。
『処しますね、センパイ』
ガウ! と仔狼が一声吠えると、ダニエッロの下半身が凍り付いた。
ひええっ、と情けない悲鳴が上がる。仲間だったはずの盗賊団にも余計なコトを言うなと詰られていた。
「本当に、情けないひと。貴方が何を狙って、そこの盗賊団と連んでいたのかは、獣人の街の警ら隊にじっくりと聞き出して貰いましょう」
「り、リリアーヌ……。まさか、俺を官憲に引き渡すつもりか? おい! 婚約者に慈悲はないのか!」
「元、ですわよ。平民のダニエッロさん? ちゃあんと罪を償って下さいましね」
「こ、の…!」
「ふふふ。でも、手配書とはだいぶ姿が変わっているから、戸惑われそうですわね?」
「なに? 何を言って……」
ふ、と視線を落とした先にある、己の下半身を拘束する氷を目にして、ダニエッロは愕然とする。
俺の美貌がっ、と半泣きで喚く男を冷ややかに眺めるリリアーヌ。
何となく、もう大丈夫そうだな、とナギは思う。荒療治となってしまったけれど、リリアーヌが心からの笑顔を取り戻せたなら、それで良い。
「リリアーヌさん、スッキリしました?」
「もちろん! こんなに心が晴れ渡ったのは久しぶりだわ」
結果が良ければ、問題はないはずだ。……多分、きっと。
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