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〈冒険者編〉

182. 制圧

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「良し、処そう」
 
 とても良い笑顔で断罪を訴えるナギを、仔狼アキラは懸命に宥めた。

『センパイセンパイ、落ち着いて! センパイは後方支援担当だし、あんまり目立ちたくないんでしょ? ここはぐっと我慢して、情報を持ち帰りましょう!』
「…………分かった。その代わり、捕まえた後で、ちょっとだけリリアーヌさんの代理でぶん殴っても良いよね?」
『いいんじゃないですかね。俺もちょっとだけ噛みちぎってやりたい気分ですし』
「ちょっとだけなら、別に良いよね? ほんのちょっとだけ【身体強化】スキルを使っても」
『ちょっとだけなら問題ないですよ。自業自得ですし?』

 視線を交わし合い、ふふっと笑う一人と一匹。理性的にナギを制止したように見える仔狼アキラだって、怒っていたのだ。
 人の人生を狂わせて、尊厳を貶めておいて、自分だけ逃げている卑怯な男を許せるはずがない。
 怒りのままに制圧するのは簡単だが、後のことを考えると面倒だ。ここは経験豊富なガーディに丸投げするのが正解だろう、と。
 こっそりとその場を離れようとしたのだが、立ち去る前に不快な会話を耳にしてしまった。


「そういや坊ちゃんよ、商隊の責任者の嬢ちゃんはアンタの元婚約者なんだろ?」
「イイ女だったよな。あんな美女を振るなんて勿体ねぇ。商隊を襲って、積み荷ごと浚うんだろ。俺たちにもおこぼれを期待していいのか?」

 盗賊たちが下卑た表情でそう提案してきたのを、ダニエッロは躊躇なく頷いたのだ。

「ああ、好きにして良い。命さえ無事なら、問題ないからな。あの頑固親父も可愛い娘のためなら、傷モノでも喜んでたんまりと身代金を支払うさ」
「アンタひでぇ男だな。ただでさえ婚約破棄騒動で訳ありになった女なのに、さらに傷モノにさせるのかよ」

 くつくつと笑う男たち。ひどいと口にしながらも、同情心は少しも伝わってこない。
 面白がり、或いはあからさまな欲情を浮かべた下衆しか、この場にはいなかった。
 ダニエッロは整った容貌を嫌そうに歪めて、吐き捨てるように言う。

「あんな生意気な女、ボロボロにしてやれば良い。平民のくせにこの俺を馬鹿にして、高貴な身分を奪いやがって……! 少しくらい頭が良くて、実家が金持ちだからと、いつも偉そうに!」
「俺たちはアンタの事情はどうでも良い。エイダン商会の積み荷なら、どれも高く売れるだろう。会頭が溺愛する一人娘を手に入れれば、さらに身代金も奪えるからな」
「女は好きにして良いんだろ?」
「ああ、ただし殺すなよ? 生きていないと身代金を搾り取れないからな」
「ボロボロの状態で返して、仕返しされないのか?」

 くっ、とダニエッロが笑う。
 ギラギラした赤い瞳で盗賊たちを睨み付けた。

「はっ、身代金は貰って、女はそのまま娼館に売り払えば良い。ダリア共和国では難しいが、シラン国内なら伝手はある。あんな女でも外見だけは極上だからな、良い値で売れるさ」
「最低だなぁ、坊ちゃん! 俺ァ嫌いじゃねぇがな」

 高らかに笑う盗賊グループを、ナギはゆっくり振り返った。
 名前の通りにその表情は凪いでいる。
 怒りも頂点に達すると、かえって冷静になるものなのか、と妙に落ち着いた気分で考えながら、ナギは口を開いた。

「やっぱり、ここで処すのが一番だと思うのよ、私」
『……そうですね。俺もそれが一番良いことのように思います』

 もう、仔狼アキラも彼女を止めようとは思わなかった。
 ただし、ひとつだけ念押しする。

『センパイ、殺すのはダメですよ?』
「うん、分かっている。三分の二殺しくらいなら良いよね?」
『半殺しより上級じゃないですか。ダメです。やり過ぎは過剰防衛になるので、三分の一殺しにしましょう』

 渋々と頷いたナギが、好戦的な眼差しを男たちに投げ掛ける。
 いつも楽しそうに揺らめいている空色の瞳が、怒りを孕んで更に美しく煌めいていた。
 仔狼アキラは束の間、その眼差しに見惚れて、小さくため息を吐く。

『下衆な連中の最低な発言でセンパイの耳を汚したくなかったけど、少しでも気が晴れるなら、まあ良いかな。討ち漏らしがないように、フォローしなきゃ』

 ちらりと一瞥した盗賊グループは十三才の少女の耳には入れたくない、下劣な会話を楽しんでいる。
 うん、こいつら丁寧に三分の一ほど殺されるな、と呆れた。自業自得でしかないが。
 主犯格の優男は三分の二殺しでも足りないかもしれない。
 ナギの忠実な相棒たる黒狼王は、彼女が静かな怒りに任せて高濃度の魔力を編んで盗賊団にぶつける様を、傍らでじっと静観した。



 激しい爆裂音が夜闇を切り裂き、冒険者を筆頭に商隊の面々は慌ててテントから這い出た。

「なんだ⁉︎   何の音だ、ありゃ?」
「誰かが上級魔法をぶっ放した気配がする」
「なにぃ! 襲撃か? お前ら、人と荷を守れよ!」

 ガーディを中心に冒険者たちが慌てて周囲に気を張る中、女性冒険者グループ『紅蓮』のリーダー、リザが珍しく狼狽うろたえていた。

「ナギがいない! チビ狼も!」
「なんだと! テントにもいねぇのか?」
「いない。寝た形跡はあるけど、多分自分から何処かに出掛けたんだと思う」

 斥候担当のネロが慎重に口にする。
 あれだけの騒ぎの中、ナギがテントから現れないのを不思議に思い、中を覗いたのは彼女だ。
 テント内が荒らされた様子はないので、ナギが誰かに拐われた可能性は少ない。

「アキラが傍にいて、ナギに何かがあったとは思えない」
「そうね。多分だけど、先程から聞こえる上級魔法の攻撃音。ナギさんの仕業じゃないかしら?」
「マジか、シャローン」
「ええ、おそらく」
「嬢ちゃんが? てことは、そんだけの魔法を使わざるを得ない敵がいるってことかよ」

 ガーディの表情が引き締まる。
 腕利きを数名選び、残りの連中に商隊の護衛を任せると、ガーディはナギが戦っている場所を目指して駆け出した。
 『紅蓮』の三人は険しい表情で周囲を睥睨する。彼女たちはリリアーヌとジョナード、メリーの護衛担当なので、この場を離れることは出来ない。
 もどかしい気持ちはあるが、まずは任務を遂行しなければならなかった。

「リザさん。ナギさんは大丈夫なのでしょうか」

 リリアーヌが不安そうに口を開く。
 青褪めた表情で、弟を両腕で抱き締めている。その細く頼りない肩に侍女のメリーが慌ててストールを羽織らせた。

「ああ、ナギだって立派な冒険者だ。頼もしい相棒もいる。心配しなくても良いよ」
「そうですよ。銅級コッパーランクの立派な冒険者なんです。だから、リリアーヌさん。どうか馬車で待機してくださいな」
「ん、何があるか分からないから、馬車に隠れていて」
「シャローンさん、ネロさんも……ごめんなさい。貴方たちも心配ですよね。馬車に戻ります」

 悄然と肩を落とすと、リリアーヌは大人しく馬車に戻る。
 メリーは馬車の結界を最大レベルまで強くして、姉弟をぎゅっと抱き締めた。



 気配に聡い獣人の冒険者を先頭に、闇夜を駆けていたガーディだったが、聴き慣れた鳴き声に足を止めた。
 キャンキャン、と甲高い犬のそれと似た呼び声だ。

「アキラか!」
「キャン!」

 賢い仔狼から返事があり、慌てて向かうと、灌木の影に三人の男たちが倒れて呻いていた。物騒な装備を身に付けた盗賊だ。
 足元を氷魔法で固められたようで、苦しげな悲鳴を上げている。
 ご丁寧に腰の武器も凍らせて使えないようにしている辺り、小さな狼は抜け目ない。

「……こりゃ、お前さんがやったのかよ、アキラ」
「アン!」
「そうか。偉いぞ」

 仔狼アキラは誇らしげに胸を張って、可愛らしく鳴いた。わしわしとガーディが撫でてやると、瞳を細めている。
 微笑ましい光景だが、この仔狼、倒した盗賊たちの上で勇ましく仁王立ちしているので、ガーディ達は苦笑するしかない。
 手早く盗賊たちを縄で縛り付け、ガーディは仔狼アキラに問い掛ける。

「で、お前さんの主人はどこだ? 無事なんだろうな」
「……キュン……」

 仔狼アキラはそっと視線を逸らした。
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