139 / 275
〈冒険者編〉
182. 制圧
しおりを挟む「良し、処そう」
とても良い笑顔で断罪を訴えるナギを、仔狼は懸命に宥めた。
『センパイセンパイ、落ち着いて! センパイは後方支援担当だし、あんまり目立ちたくないんでしょ? ここはぐっと我慢して、情報を持ち帰りましょう!』
「…………分かった。その代わり、捕まえた後で、ちょっとだけリリアーヌさんの代理でぶん殴っても良いよね?」
『いいんじゃないですかね。俺もちょっとだけ噛みちぎってやりたい気分ですし』
「ちょっとだけなら、別に良いよね? ほんのちょっとだけ【身体強化】スキルを使っても」
『ちょっとだけなら問題ないですよ。自業自得ですし?』
視線を交わし合い、ふふっと笑う一人と一匹。理性的にナギを制止したように見える仔狼だって、怒っていたのだ。
人の人生を狂わせて、尊厳を貶めておいて、自分だけ逃げている卑怯な男を許せるはずがない。
怒りのままに制圧するのは簡単だが、後のことを考えると面倒だ。ここは経験豊富なガーディに丸投げするのが正解だろう、と。
こっそりとその場を離れようとしたのだが、立ち去る前に不快な会話を耳にしてしまった。
「そういや坊ちゃんよ、商隊の責任者の嬢ちゃんはアンタの元婚約者なんだろ?」
「イイ女だったよな。あんな美女を振るなんて勿体ねぇ。商隊を襲って、積み荷ごと浚うんだろ。俺たちにもおこぼれを期待していいのか?」
盗賊たちが下卑た表情でそう提案してきたのを、ダニエッロは躊躇なく頷いたのだ。
「ああ、好きにして良い。命さえ無事なら、問題ないからな。あの頑固親父も可愛い娘のためなら、傷モノでも喜んでたんまりと身代金を支払うさ」
「アンタひでぇ男だな。ただでさえ婚約破棄騒動で訳ありになった女なのに、さらに傷モノにさせるのかよ」
くつくつと笑う男たち。ひどいと口にしながらも、同情心は少しも伝わってこない。
面白がり、或いはあからさまな欲情を浮かべた下衆しか、この場にはいなかった。
ダニエッロは整った容貌を嫌そうに歪めて、吐き捨てるように言う。
「あんな生意気な女、ボロボロにしてやれば良い。平民のくせにこの俺を馬鹿にして、高貴な身分を奪いやがって……! 少しくらい頭が良くて、実家が金持ちだからと、いつも偉そうに!」
「俺たちはアンタの事情はどうでも良い。エイダン商会の積み荷なら、どれも高く売れるだろう。会頭が溺愛する一人娘を手に入れれば、さらに身代金も奪えるからな」
「女は好きにして良いんだろ?」
「ああ、ただし殺すなよ? 生きていないと身代金を搾り取れないからな」
「ボロボロの状態で返して、仕返しされないのか?」
くっ、とダニエッロが笑う。
ギラギラした赤い瞳で盗賊たちを睨み付けた。
「はっ、身代金は貰って、女はそのまま娼館に売り払えば良い。ダリア共和国では難しいが、シラン国内なら伝手はある。あんな女でも外見だけは極上だからな、良い値で売れるさ」
「最低だなぁ、坊ちゃん! 俺ァ嫌いじゃねぇがな」
高らかに笑う盗賊グループを、ナギはゆっくり振り返った。
名前の通りにその表情は凪いでいる。
怒りも頂点に達すると、かえって冷静になるものなのか、と妙に落ち着いた気分で考えながら、ナギは口を開いた。
「やっぱり、ここで処すのが一番だと思うのよ、私」
『……そうですね。俺もそれが一番良いことのように思います』
もう、仔狼も彼女を止めようとは思わなかった。
ただし、ひとつだけ念押しする。
『センパイ、殺すのはダメですよ?』
「うん、分かっている。三分の二殺しくらいなら良いよね?」
『半殺しより上級じゃないですか。ダメです。やり過ぎは過剰防衛になるので、三分の一殺しにしましょう』
渋々と頷いたナギが、好戦的な眼差しを男たちに投げ掛ける。
いつも楽しそうに揺らめいている空色の瞳が、怒りを孕んで更に美しく煌めいていた。
仔狼は束の間、その眼差しに見惚れて、小さくため息を吐く。
『下衆な連中の最低な発言でセンパイの耳を汚したくなかったけど、少しでも気が晴れるなら、まあ良いかな。討ち漏らしがないように、フォローしなきゃ』
ちらりと一瞥した盗賊グループは十三才の少女の耳には入れたくない、下劣な会話を楽しんでいる。
うん、こいつら丁寧に三分の一ほど殺されるな、と呆れた。自業自得でしかないが。
主犯格の優男は三分の二殺しでも足りないかもしれない。
ナギの忠実な相棒たる黒狼王は、彼女が静かな怒りに任せて高濃度の魔力を編んで盗賊団にぶつける様を、傍らでじっと静観した。
激しい爆裂音が夜闇を切り裂き、冒険者を筆頭に商隊の面々は慌ててテントから這い出た。
「なんだ⁉︎ 何の音だ、ありゃ?」
「誰かが上級魔法をぶっ放した気配がする」
「なにぃ! 襲撃か? お前ら、人と荷を守れよ!」
ガーディを中心に冒険者たちが慌てて周囲に気を張る中、女性冒険者グループ『紅蓮』のリーダー、リザが珍しく狼狽えていた。
「ナギがいない! チビ狼も!」
「なんだと! テントにもいねぇのか?」
「いない。寝た形跡はあるけど、多分自分から何処かに出掛けたんだと思う」
斥候担当のネロが慎重に口にする。
あれだけの騒ぎの中、ナギがテントから現れないのを不思議に思い、中を覗いたのは彼女だ。
テント内が荒らされた様子はないので、ナギが誰かに拐われた可能性は少ない。
「アキラが傍にいて、ナギに何かがあったとは思えない」
「そうね。多分だけど、先程から聞こえる上級魔法の攻撃音。ナギさんの仕業じゃないかしら?」
「マジか、シャローン」
「ええ、おそらく」
「嬢ちゃんが? てことは、そんだけの魔法を使わざるを得ない敵がいるってことかよ」
ガーディの表情が引き締まる。
腕利きを数名選び、残りの連中に商隊の護衛を任せると、ガーディはナギが戦っている場所を目指して駆け出した。
『紅蓮』の三人は険しい表情で周囲を睥睨する。彼女たちはリリアーヌとジョナード、メリーの護衛担当なので、この場を離れることは出来ない。
もどかしい気持ちはあるが、まずは任務を遂行しなければならなかった。
「リザさん。ナギさんは大丈夫なのでしょうか」
リリアーヌが不安そうに口を開く。
青褪めた表情で、弟を両腕で抱き締めている。その細く頼りない肩に侍女のメリーが慌ててストールを羽織らせた。
「ああ、ナギだって立派な冒険者だ。頼もしい相棒もいる。心配しなくても良いよ」
「そうですよ。銅級の立派な冒険者なんです。だから、リリアーヌさん。どうか馬車で待機してくださいな」
「ん、何があるか分からないから、馬車に隠れていて」
「シャローンさん、ネロさんも……ごめんなさい。貴方たちも心配ですよね。馬車に戻ります」
悄然と肩を落とすと、リリアーヌは大人しく馬車に戻る。
メリーは馬車の結界を最大レベルまで強くして、姉弟をぎゅっと抱き締めた。
気配に聡い獣人の冒険者を先頭に、闇夜を駆けていたガーディだったが、聴き慣れた鳴き声に足を止めた。
キャンキャン、と甲高い犬のそれと似た呼び声だ。
「アキラか!」
「キャン!」
賢い仔狼から返事があり、慌てて向かうと、灌木の影に三人の男たちが倒れて呻いていた。物騒な装備を身に付けた盗賊だ。
足元を氷魔法で固められたようで、苦しげな悲鳴を上げている。
ご丁寧に腰の武器も凍らせて使えないようにしている辺り、小さな狼は抜け目ない。
「……こりゃ、お前さんがやったのかよ、アキラ」
「アン!」
「そうか。偉いぞ」
仔狼は誇らしげに胸を張って、可愛らしく鳴いた。わしわしとガーディが撫でてやると、瞳を細めている。
微笑ましい光景だが、この仔狼、倒した盗賊たちの上で勇ましく仁王立ちしているので、ガーディ達は苦笑するしかない。
手早く盗賊たちを縄で縛り付け、ガーディは仔狼に問い掛ける。
「で、お前さんの主人はどこだ? 無事なんだろうな」
「……キュン……」
仔狼はそっと視線を逸らした。
680
お気に入りに追加
14,856
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
連帯責任って知ってる?
よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
けじめをつけさせられた男
杜野秋人
恋愛
「あの女は公爵家の嫁として相応しくありません!よって婚約を破棄し、新たに彼女の妹と婚約を結び直します!」
自信満々で、男は父にそう告げた。
「そうか、分かった」
父はそれだけを息子に告げた。
息子は気付かなかった。
それが取り返しのつかない過ちだったことに⸺。
◆例によって設定作ってないので固有名詞はほぼありません。思いつきでサラッと書きました。
テンプレ婚約破棄の末路なので頭カラッポで読めます。
◆しかしこれ、女性向けなのか?ていうか恋愛ジャンルなのか?
アルファポリスにもヒューマンドラマジャンルが欲しい……(笑)。
あ、久々にランクインした恋愛ランキングは113位止まりのようです。HOTランキング入りならず。残念!
◆読むにあたって覚えることはひとつだけ。
白金貨=約100万円、これだけです。
◆全5話、およそ8000字の短編ですのでお気軽にどうぞ。たくさん読んでもらえると有り難いです。
ていうかいつもほとんど読まれないし感想もほぼもらえないし、反応もらえないのはちょっと悲しいです(T∀T)
◆アルファポリスで先行公開。小説家になろうでも公開します。
◆同一作者の連載中作品
『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』
『熊男爵の押しかけ幼妻〜今日も姫様がグイグイ来る〜』
もよろしくお願いします。特にリンクしませんが同一世界観の物語です。
◆(24/10/22)今更ながら後日談追加しました(爆)。名前だけしか出てこなかった、婚約破棄された側の侯爵家令嬢ヒルデガルトの視点による後日談です。
後日談はひとまず、アルファポリス限定公開とします。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。