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〈冒険者編〉
178. コッペパンのホットドッグ
しおりを挟む何事もなく、宿での一夜を過ごして、朝は仔狼に起こされた。
風呂時だけは【無限収納EX】スキルの小部屋を使ったが、護衛任務中なのでちゃんと宿の部屋で休んだのだ。
宿のベッドが硬かったので、持参の高級寝台で眠りはしたが、本人的には冒険者らしく過ごしているつもりのナギである。
「うん、やっぱり野営よりは宿が落ち着くね」
朝食は作り置きのスープとパンで軽く済ませた。物足りないと訴える仔狼には焼いた肉を追加であげて、手早く身支度を済ませて下に降りる。
もちろん、宿の女将と約束した通りに部屋は浄化魔法でピカピカに磨いてきた。
食堂を覗いて見ると、ちょうど『紅蓮』の三人が朝食を終えたところだった。
ナギに気付くと、笑顔で寄って来る。
「おはよう、ナギ。よく眠れたかい?」
「おはようございます、リザさん。おかげさまでぐっすり眠れました!」
「宿だから、貴方も休めたわよね。野営中は積極的に夜の見張り番を頑張ってくれたもの」
「キュン」
シャローンに優しく撫でられて、仔狼はうっとりと瞳を細めている。
誇らしげに胸を張る小さな黒狼のもっふりした胸の辺りの銀色の毛を、ネロがうずうずしながら眺めていた。
「でも、昼間はずっと馬車の中で寝てるんですよ、アキラ」
「まぁまぁ。眠っていても、ヤバい気配がしたら誰より先に気付いて教えてくれるじゃないか。アタシらからしたら、ありがたい存在だよ」
「おう、そうだぜ。夜番じゃ世話になってるし、俺たちも感謝してんだ」
「ガーディさん」
食堂から出てきたガーディが仔狼の頭をわしわしと撫でる。
少し迷惑そうな表情をしているが、大人しく受け入れていたので、仲は悪くないのだろう。
見張り番中に他の冒険者たちとも親しんだようで、少しばかり羨ましい。
「嬢ちゃんのスープも美味いしな」
「串焼きの味付けも最高だったぞ?」
夕食用のスープは、色々な思惑込みの差し入れだったが、ガーディのパーティメンバーの男性陣からも好評のようだ。
五人パーティで、皆ガーディと近い年齢の冒険者グループだ。
体格が良くて強面だが、気は優しい彼らとは親しく挨拶を交わす仲である。
肉料理をこよなく愛するネロが狩ってきた肉をナギが調理しているのを目にして、同じように肉を持ち込むようになったのだ。
仕方なく串打ちして塩胡椒ハーブ等で適当に味を足してやっていたのだが、すっかり気に入られてしまった。
面倒なので、セルフで焼けと肉串を手渡ししていただけのはずなのに、何故?
「お前ら、ちったぁ遠慮しろよ? ナギが大変だろうが」
「そう言うガーディも嬢ちゃんの串焼き肉、率先して食ってるじゃねーか!」
「う。いや、だってあれは仕方ないだろぉ……?」
「美味いもんな、仕方ねーよな。もう俺ら干し肉生活には戻れねぇよ……」
「暇な時間なら別にいいですよ。色々とお駄賃も貰っちゃってますし」
冒険者らしく、彼らはちゃんとお土産付きでお願いしてくれるのだ。
魔獣肉のお裾分けの他にも、魔石や森で手に入れた果実、採取した野草やキノコなど。
串打ちしてブレンドしておいた調味料を振りかけるだけなので、それで見張り番を免除されるならと、実は率先してやっているのは内緒である。
賑やかなガーディ達からさりげなくナギを遠ざけるのはリザとシャローンだ。
お人好しの少女を左右に挟む位置をキープして、そのまま宿の外へ誘導する。
ネロは仔狼を抱っこして、ガーディ達にこっそり舌を出していた。
「宿はゆっくり休めるのは良いが、ナギの手料理が食えないのは残念だよな」
「そうね。リザの言う通り。スープも煮込みも、パンでさえナギが用意してくれる食事の方が美味しかったわ」
「うん。ボクもナギのご飯がいい」
「お世辞でも嬉しいから、お昼ご飯、期待していてね……!」
わっと『紅蓮』の三人が歓声を上げる。
男性陣は羨ましそうにこちらを眺めてくるが、流石にそこまでは面倒を見られない。調味料くらいなら融通しても良いのだが。
冒険者たちが従業員を手伝って荷馬車の準備が整った頃、リリアーヌ嬢が弟と侍女を引き連れて宿から出てきた。
綺麗に巻いた黒髪が本日もゴージャスだ。
駆け寄ってきた従業員と何やら打ち合わせをして、出発する。
順調に商隊は街道を進んで行く。
今のところ野盗の姿はなく、魔獣やゴブリンの小さな群れと遭遇するだけで危なげなく冒険者たちが倒していった。
何度かの休憩を挟み、お待ちかねの昼食だ。この日のメニューはエドがたくさん焼いておいてくれたコッペパンを使った、ホットドッグにした。
「シンプルなホットドッグも良いけれど、せっかくだから豪華にしてみました!」
自信満々に提供したのは、スクランブルエッグ入りのホットドッグとアスパラのベーコン巻きホットドッグだ。
スクランブルエッグ入りの方には、もちろんメインのオーク肉ソーセージを挟んである。ケチャップソースなので、お子様でも食べやすいはず。
アスパラのベーコン巻きは、エイダン商会から渡された食材に親指サイズの立派なアスパラが入っていたので、作ってみた。
塩胡椒で軽く味付けしたアスパラのベーコン巻きをコッペパンにインして、溶かしたチーズをソースにしている。
「チーズは白ワインを入れて風味が豊かになっているから、上品な味に仕上がっていると思う。これは少し大人向きね」
せっかくなので、皆が選べるように二種類ずつ作ってある。足りない野菜はスープで補ってもらうつもりだ。
少しお行儀は悪いが、手掴みで食べるランチは手軽で冒険者には好評。
リリアーヌ嬢たちには、シャローンが配膳してくれると言うのでお願いして、ナギはせっせとホットドッグを作っていく。
皆、二個では足りないと訴えてくるので、仕方なく追加でオーク肉ソーセージを焼いた。皮に少し焦げ目を付けて、三個目は薄く切ったピクルスも追加してマスタードとケチャップはセルフにする。
平皿に並べる順から消えていくホットドッグ。気が付けば、リリアーヌ嬢まで列を作って待機していた。
「リリアーヌさん、二つとも召し上がったんです……?」
「とても美味しかったわ。これも味が違うのよね? ぜひ食べてみたいの」
「僕も食べたいです、ナギさん!」
「弟くんまで……」
チーズソースのアスパラベーコン巻きは大人向けだったはずだが、どちらもぺろりと食べて、さらにお代わりまでねだってくるとは、さすが育ち盛り。
「僭越ながら、わたくしも」
「メリーさんまでっ?」
「美味しゅうございました。味を覚えて、再現してみたいのです」
しれっと並ぶ侍女を女主人のリリアーヌ嬢はにこにこと微笑ましそうに見守っている。
さすがに男性冒険者や従業員の皆さまは遠巻きに眺めていたので、助かった。
とりあえず一人おかわり三個までとして、ナギはホットドッグ作りに専念した。
『美味しかったです、センパイ。ホットドッグって色んな種類があるんですねー』
「そうね。最後の方じゃ、ソーセージが在庫切れになって、串焼肉を挟んだしね……」
『あれはあれで美味しかったですよ! 意外と照り焼きマヨソース和え風味も良かったですし』
「ホットドッグ五個も食べてたもんね、アキラ。その小さいお腹のどこに入っているんだか」
ぽっこり膨らんだお腹が苦しいのか、狼のくせにスコ座りをしている。おっさんか。かわいいのがちょっと悔しい。
口元についていたケチャップをハンカチで拭ってやると、慌ててペロペロと顔を磨いている。
「今回はソーセージやソースもだけど、エドが焼いたコッペパンが人気だったんだよね。リリアーヌさんが契約したいって大騒ぎだったもの」
『あー、エドは断りそうですよね。美味しいって褒め言葉は喜んでるだろうけど』
ようやく自分の食事を終え、片付けを免れたナギはのんびりとお茶を飲む。
ホットドッグ三個はお嬢さまには少々多かったらしく、休憩時間は半刻ほど延長のお達しがあったので、商隊ものんびりと荷造りしている。
天気の良い、穏やかな午後。
だから、まさかこの後であんな事が起こるとは、ナギは思いもしなかった。
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