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〈冒険者編〉

175. 野営のお供に 3

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 ガーディは成人してから二十年以上を冒険者として活動してきた。
 人族だが、魔力は少なく簡単な着火魔法くらいしか使えないため、大剣使いとして活躍している。
 腐れ縁の仲間とパーティを組み、コツコツとダンジョンを制覇してきた中堅の冒険者だ。
 ランクは銀級シルバー。ダンジョンアタックの傍ら、今回のような護衛任務もこなしながら、着実に実績を積んできた。

 目立った功績はないが、大きな失敗もなく、後輩冒険者たちへの面倒見も良いため冒険者ギルドではそれなりに信頼されている。
 ガーディ自身も新人ニュービーの際に先輩冒険者たちに助けられた恩があるため、それを返しているのだが、あいにく肝心の新人や見習いたちに伝わっているかどうかは謎だった。
 何しろ、ガーディは強面なのだ。
 手入れが楽で良い、とスキンヘッドを好み、長年の冒険者活動ですっかり眉間に皺が寄り、おまけに昔しくじった際についた傷が顔面に残っているため、幼い子供が目にしたら泣き出す御面相だった。

『性格も性質も文句なしの紳士なんだがなぁ……』
『そうそう、こんなに頼り甲斐があって面倒見の良い冒険者はなかなかいねぇぞ?』

 冒険者ギルドのサブマスのフェローや職員のガルゴなどは溜め息まじりにガーディのことを評していたが、余計なお世話だ。

自分テメェの人相くらい、ちゃんと理解してる!)

 誤解は受けやすいが、数ヶ月もすれば新人や見習いたちもガーディのことを信頼してくれるようになった。
 言葉より行動なのだ。第一印象をずっと引きずって怯える連中もそれなりにいるが。

 ガーディは見習いや新人冒険者たちに遠巻きにされることには慣れきっていたのだ。
 どんなに笑顔を浮かべて親切に声を掛けてやっても、ガキ共は「新人潰し⁉︎」「これが噂の冒険者ギルドの洗礼……!」なんて失礼な悲鳴を上げやがる。
 だから、三年前にまだ成人前の見習いと新人冒険者のコンビを見かけた時にも、同じように怖がられると半ば諦めながら声を掛けたのだ。

 だが、その二人は強面のガーディのことを少しも恐れなかった。
 痩せっぽちの小さな金髪の少年と、彼を守るように常に周囲に気を張っている黒髪の獣人の少年。
 フェローから十歳だと年齢を聞いて、驚いたのを覚えている。
 獣人の少年は黒狼族で、今はまだ頼りないが将来は有望そうだったが、金髪の少年はとても冒険者が務まりそうにないほど、華奢で弱々しく見えた。
 収納スキルの持ち主で、ポーターとして獣人の少年と組んで働くようだと耳にして、納得した。
 それが、ナギとエドの二人だった。



 ダンジョン都市から近い、最初の野営地は近くに井戸もあり、ゆったりとした広場がある。
 今回は大規模な商隊の護衛のため、手慣れた中堅冒険者たちが十名ほどメインで雇われていた。
 野営の際には、野盗から守るために大事な荷車を中央に集め、周囲を商会の使用人たちのテントで囲ってある。
 そんな彼らを更にぐるりと囲むのが、冒険者たちのテントだ。
 見張り番は三人ずつ、三時間交代。周囲を見渡せる位置で火を焚き、睨みを効かせている。
 馬たちは数頭ずつで離して繋いでおり、自由に草を食めるようにしていた。
 彼らは気配に聡い。人や獣、魔獣の匂いや音に敏感なので、優秀な見張り番仲間だった。


 火を落とさないよう、乾いた枝を焚き火に追加する。ついでに火に掛けていた小鍋を下ろした。井戸水を沸騰させた湯だ。
 傍らに置いていた小さなバスケットを引き寄せて、にんまり笑うガーディに見張り番仲間の二人が不思議そうに問うてくる。

「おい、ガーディ。なんだ、そりゃ?」
「おうよ。今夜の見張り番用にって、ナギからの差し入れだ」
「なに? あの嬢ちゃんからか! そりゃ、楽しみだ」
「食いもんじゃねぇぞ。疲れが取れて、目が冴える飲み物だとよ」
「ほう? そいつぁ有難い」

 バスケットには二種類の瓶とスプーンが二本入っていた。大きめの瓶には輪切りにしたレモンを蜂蜜で漬けた物が詰まっている。

「レモンかぁ? たしかに目が覚めそうだが、俺は酸っぱい物が苦手なんだよな」
「ああ、酸味はあるらしいが、こりゃ蜂蜜漬けだから美味そうだぞ?」
「蜂蜜漬け!」

 ざわり、とする。
 蜂蜜は冒険者にとっても、なかなか高価な嗜好品だ。特に男性冒険者にとってはあまり口にしない甘味。
 二人とも興味を覚えたらしく、ガーディの手元を熱心に覗き込んできた。

「どうするんだ、おい?」
「まぁ、黙って見てろ。ナギが言うには、コップに蜂蜜レモンを入れてそこに湯を足す。んで、こっちの瓶のジンジャーを少しだけ入れて混ぜるだけ」
「おお。良い匂いだな」

 蜂蜜レモンの香りに誘われて、二人はいそいそとマイカップを取り出してガーディの真似をする。
 木製のコップにホット蜂蜜レモンジンジャーをなみなみと満たし、男たちは美味そうに啜っている。

「うん、たしかに美味いな。酸っぱいが、蜂蜜のおかげで気にならないし、身体がぽかぽかしてきたぞ」
「だな。これは良い。蜂蜜のおかげで小腹も満たされる」

 ガーディはあいにく猫舌なので、この美味しそうな飲み物が冷めるまで、しばらくは待ちぼうけだ。
 ぼんやりと炎を眺めていると、小さな気配が寄ってくるのに気付いた。

「なんだ? 獣か?」
「待て。コイツはナギの従魔だ。アキラ、だったか?」

 闇夜を溶かしたような綺麗な漆黒の毛皮の仔狼が、ガーディに向かって「アン!」と返事をする。
 武器に手を回しかけた二人の冒険者たちもほっと息をついたようで、浮かしていた腰を下ろした。

「なんだ、眠れないのか? ご主人さまの護衛は大丈夫なのか」
 
 仔狼はふんふんと三人の男たちの周囲の匂いを嗅ぐと、ガーディの隣にちょこんと座り込んだ。

「おい、一丁前に見張り番に参加するつもりみたいだぞ」
「勇ましいな、おまえ」
「干し肉食うか」

 ガーディが干し肉を差し出すが、仔狼はつんと顔を背けた。どうやら主人以外の手からは食べないようだ。見た目は可愛らしいが、ちゃんと忠実な従魔らしい。
 餌は食べなかったが、ガーディが背を撫でるのは特に拒まなかったので、ありがたくその毛並みを堪能させてもらった。
 と、仔狼が鼻先を突き出して、ガーディの手元のコップに触れた。
 カラコロ、と涼やかな音を立てながら、木製のコップの中で氷が溶けていく様を、見張り番たちは呆然と見遣った。

「お前さん、氷魔法が使えるのか。優秀だな」
「こいつは良い。おい、俺にも頼む」
「オレもオレも!」

 騒ぐ男たちを仔狼は横目で見やると、溜め息まじりに氷を作ってくれた。
 ちゃんとこちらの言葉を理解している、利口な子だ、とガーディは感心する。
 ナギに忠実で聡明な狼の姿は、自然といつも少女の隣に立つ少年を思い起こさせた。
 
(お前も、オレを怖がらないんだな)

 痩せっぽちの金髪の子供は聡明な眼差しの持ち主だった。物腰も柔らかで、ちゃんと教育を受けた品の良さも感じた。
 それなりの家の出で訳ありの子供と、その護衛役の獣人の従者だろうと、ガーディは当たりをつけた。
 そして、これはろくでなしに目を付けられるだろうなぁ、と心配になった。
 素直で人の良い子供は、悪い大人には恰好のカモだ。だから、自分が後ろ盾になろうと声を掛けたのだ。
 上位ランクのベテランの自分と親しいと分かれば、下手な連中は寄って来ないだろう。
 少しばかり怯えられたとしても、そんなのは慣れている。
 そう思いながら声を掛けたのだが、意外にも二人とも自分を全く恐れなかった。
 どころか、尊敬に満ちた眼差しで冒険者活動について質問してきたのである。
 初見で自分を恐れず、さらに慕ってくれる子供なんて初めてだった。
 
 もともと子供好きだったガーディは、それが嬉しくて二人の面倒をよく見てやった。
 頼りなげに見えたナギが優秀な魔法使いだったことには驚いたし、エドの成長にも目を瞠ったものだが。

(まさか、ナギが女の子だったとは)

 冒険者仲間でも年嵩の女性や獣人たちは何となく知っていたらしいが、鼻が効かない人族のガーディには寝耳に水だった。
 まぁ、あれだけの器量の持ち主なので警戒していたのだろうとは理解したが。
 魔法が得意で希少な収納スキルの持ち主で、料理が得意な少女はたちまちギルドの人気者になった。
 おかげで彼女の黒騎士ナイトは気が気ではないようだが。

「しかし、よくエドは許したな。ナギがこの任務につくことを。そこまでお前さんのことを信用しているのかね?」

 ピクリ、と片耳を揺らした仔狼がふと顔を上げた。背後の草むらに向かって、低く唸り声を上げる。
 三人は一斉に武器を構えて、深夜の迷惑な来客を出迎えた。



 さすがナギの従魔と言うべきか。
 仔狼は優秀な番犬として大いに活躍してくれた。
 明け方近くになると、小さく欠伸をして、ほてほてとナギのテントに向かったが、とても助かったのは事実だ。

 差し入れの蜂蜜レモンはもちろん、仔狼の氷魔法と見張りの手伝いを、翌朝大いに感謝されて、ナギは戸惑った。
 腕の中の仔狼アキラはだらしなくへそ天姿で寝こけている。
 主人の知らぬ間に、この小さな従魔は商隊の人気者になっていた。
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