異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

170. 姉と弟

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 一の鐘がダンジョン都市に鳴り響く。
 午前六時頃、働き者の冒険者たちが活動を始める時間帯にナギは仔狼アキラと待ち合わせ場所に向かった。
 約束の時間の少し前に到着したナギは、興味深く周囲を観察する。

 ダンジョン都市で一、二を争うと言われている大店おおだな、エイダン商会の商隊だけあり、規模はかなり大きい。
 荷馬車だけでも十五台、従業員用の馬車が二台。それに、特製のゴーレム馬車も二台ほど待機していた。

 強面の屈強な男性たちが十名ほど周囲に睨みを効かせていたが、あれは積荷と従業員の護衛に雇われた冒険者のようだ。
 中に知った顔のベテラン冒険者を見つけて、そっと手を振ってみる。
 おお、と破顔した中年の冒険者が手を振り返してくれた。
 スキンヘッドで顔にも傷痕があるため、普通の子供は怖がって逃げ出す御面相の彼は、平気で接してくるナギとエドのことを気に入り、色々と教えてくれた気の良い先輩だ。

 倉庫前では商隊の準備に余念がなく、色々な物が飛び交い、面白い。
 活気の良い光景は眺めているだけで楽しかった。ナギは仔狼アキラと並んで、馬車の荷台に次々と荷物が詰められていくのを感心しながら眺めていた。
 そうこうしている内に、『紅蓮』のメンバーも到着する。

「ナギ! 早いね、おはよう」
「あ、リザさん。おはようございます!」
「おはようございます、ナギさん。今日から宜しくお願いしますね」
「……はよ…」
「シャローンさんもおはようございます。こちらこそ、宜しくお願いします! ネロさんはもしかして朝が弱いんです……?」
「ん、猫族……だから……」

 くしくしと目元をこする、いとけない仕草は猫そのものだ。くわあっと大きな欠伸を連発し、シャローンに呆れられている。

「ほら、しゃんとしなさい。お仕事なんだから!」
「だって眠い……」
「スッキリする薬草を噛むか?」
「やだ。あれ、からい……」

 ハーブの一種を取り出したリザを、ネロはいやいやと首を振って拒否している。
 ナギは収納機能を付与したウェストポーチからガラス製のポットと木製のコップを取り出した。
 
「ネロさん、これを飲みませんか? ハーブとフルーツを漬け込んだお水だから、薬草よりは飲みやすいはずです」

 木製のグラスを差し出すと、仔狼アキラが心得たように前脚を上げて、氷を作ってくれた。
 そこに特製のデトックスウォーターを満たして、瞳を瞬かせているネロに手渡してやる。すん、と小さく鼻を鳴らした少女はぱっと顔を輝かせると、グラスの中身を一息で飲み干した。

「美味しい……」
「冷たくて、サッパリしているでしょ? 身体にもすごく良いんですよ、これ」

 レモンとオレンジ、ローズマリーとミントの葉を投入したデトックスウォーターは目覚めの一杯にちょうど良い。
 眠そうにトロンとしていたネロの黄金色の瞳が輝いていた。
 気に入ってくれたようで嬉しい。
 ついでに自分も飲もうと、もう一つグラスを取り出したところで、リザにねだられた。

「ナギ、アタシにも飲ませてくれないかい? ネロが美味そうにしていたから、すごく気になる」
「いいですよー。あ、じゃあシャローンさんも飲みます?」
「いいんですか?」
「はい。いっぱい作ってきてあるので! これ、お肌にも良いんですよー」
「くださいな」

 四人と一匹で、荷造りの邪魔になってはいけないので、空き地の端に寄った。
 空の木箱が無造作に放置されていたのを簡易テーブルにして、氷入りのデトックスウォーターを皆で堪能した。
 ちなみに仔狼アキラはデトックスウォーターよりもオレンジジュースを所望したので、小皿に入れて飲ませてあげている。

「甘くない飲み物が、こんなに美味しく感じるのが不思議だ」
「リザさん、甘党なんですね。じゃあ、キャンディをどうぞ」
「お、いいのか? ありがとう。綺麗な色の飴だな」
「蜂蜜レモン味のキャンディです。小腹が空いた時にちょうど良いから、持ち歩いているんです」
「ナギ、ボクも欲しい」
「もうネロったら!」
「ふふ。いいですよ。どうぞ、おふたりで」

 ガラスの瓶を差し出して、二人にお裾分けをしていると、背後から涼やかな声が降ってきた。

「おはようございます、皆さん。時間通りですわね」

 依頼主のリリアーヌ嬢だ。
 仕立ての良いワンピースドレス姿で、相変わらず丁寧に巻かれた縦ロールが優雅に揺れている。
 それぞれ皆で彼女に挨拶をし、事務的な確認を代表してシャローンが聞き出していると、リリアーヌの背後から小さな頭がひょこりと突き出された。
 黒髪、黒い瞳の少年だ。十歳くらいだろうか。内気な様子で、頬を赤らめておずおずとこちらを見上げてくる様は可愛らしい。

「まぁ、お行儀が悪いわよ。ジョン?」
「弟さんかい?」
「ええ。そういえば、リザさん達とも初めてね。弟のジョナードよ。普段は獣人の街、ガーストで暮らしているのだけど、ダンジョン都市の見学に来ていたの」

 ほら、と姉に背を押された少年は小さくはにかみながら挨拶する。

「エイダン商会、会頭の次男ジョナードです。ジョンと呼んでください」

 冒険者を見慣れた目には、ほっそりとしていて頼りない少年だ。
 だけど、その瞳は好奇心に満ちていた。
 真っ直ぐにナギを見上げて、ジョナード少年が口を開く。

「あの、先程美味しそうに飲んでいた物はなんですか?」
「あ、えーと、あれは果物を水に漬けただけの飲み物で……」
「目が覚めるし、美容にもいい飲み物」

 ナギの代わりに何故か猫獣人のネロが宣伝してくれる。
 少年の好奇心からの質問の返答に食いついたのは、商売人の姉の方だった。

「美容に良い飲み物ですって? ぜひ、私にも飲ませて頂けないかしら」
「え、あの…。本当に、ただの果物水なんですよ?」

 オニキスのような瞳を輝かせながら見詰めてくる姉弟の眼差しに怯みつつ、ナギは新しいグラスを取り出した。



 時間通りに出発した、商隊。
 積荷と従業員の護衛の冒険者たちが二十台近い馬車を前後左右で囲み、賑やかに進んでいく。
 リリアーヌ嬢とその弟のジョナード少年の乗る馬車は、商隊の最後尾に着いていた。
 少し離れて後を追う形で、馭者台にはシャローンが座っている。
 女性冒険者パーティ『紅蓮』のリーダーであるリザは馬に乗り、周囲に睨みを効かせていた。斥候担当のネロも乗馬での護衛に徹している。
 ナギはと言えば、後方支援担当なため、雇い主のリリアーヌと馬車に同乗していた。

(こういう依頼がまたあるかもしれないし、乗馬の訓練もしておいた方が良いよね……)

 ゴーレム馬車と黒狼アキラにしか乗ったことのなかったナギは反省中だ。
 アキラは『オレに乗ればいいんだから、馬なんて要らないですよ!』と訴えてくるが、出来ないよりは出来た方が良いに決まっている。

 馬車の中ではリリアーヌ嬢が上機嫌で何やら書き付けている。
 先程、ナギに飲ませて貰ったデトックスウォーターが大いに気に入ったようで、エイダン商会でも取り扱うつもりらしい。
 ナギからレシピを買取り、商会系列のレストランやホテルで使いたいと力説された。
 誰でも簡単に作れるデトックスウォーターがまさか商売に繋がるとは思わないナギは途方に暮れたが、リリアーヌ嬢に熱心にお願いされて、早々に諦めた。
 何点かのレシピを伝え、少なくはない硬貨をお礼にと握らされてしまった。

「まずは兄が経営するレストランで提供するわ。美容に良く、肌と内臓が綺麗になる魔法のお水。きっと『特別』が大好きな女性たちで評判になるわね」
「うん、水があんなに美味しいなんてビックリしたよね、リリアーヌ姉さん」
「そうね、驚きだわ。系列のホテルでもモーニングティーの代わりに提供してみようかしら? 女性客だけでなく、二日酔いに悩む男性客にも需要がありそう」
「売れそうだね。ナギさんが教えてくれた、炭酸? それで割るともっと美味しいってことだし、きっと流行るよ」

 にこにこと笑顔で会話する姉弟は、ナギが差し出した蜂蜜レモンキャンディを美味しそうに舐めている。
 事前挨拶の折にお土産にと手渡したスノーボールも気に入ってくれたようで、それは嬉しかったのだが。

「……なんでも商売に繋げていく姉弟こわい………」

 好奇心の塊で、何にでもアンテナを張り巡らせているような二人に、ナギは圧倒されていた。
 スノーボールもお店に卸さない? と軽く誘われてしまったし、油断がならない。
 仔狼を撫でて喜んでいたジョナード少年がふいに笑顔で「蜂蜜レモンキャンディも売り出しましょう!」と話しかけてきて、ナギは小さく悲鳴を上げた。
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