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〈冒険者編〉

168. エイダン商会

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 護衛依頼を一緒に受けることになった女性冒険者グループ『紅蓮』とナギは連れ立って依頼主であるエイダン商会に挨拶に向かった。

 エイダン商会はダンジョン都市でも一、ニを争う大店おおだなだ。
 個人商店が多い街の中で、総合商社のような立ち位置の商会でもある。
 他国との輸出入を積極的に行い、高価で希少な品物から、庶民に人気な安価な商品まで多岐にわたる商売に手を出しているそうだ。
 何より驚いたのは、このダンジョン都市で前世で云うところの百貨店デパートを経営していたことか。

(エイダン商会の百貨店は、高級品ばかり扱う通称お貴族ロードにあるから、知らなかった)

 ナギとエドが利用するのは専ら市場と庶民的な雑貨屋が中心なので、全くその存在に気付いていなかったのだ。

「まぁ、ナギ。貴方、三年もダンジョン都市に住んでいてエイダン百貨店を知らないなんて!」

 シャローンが教えてくれたところによると、三階建の立派な建物で、一階には高級化粧品と高価な革製品売り場があり、二階は宝飾品と高級時計やドレス類を扱っているらしい。

「街の女性の憧れのお店よ。なかなか手が出せない高価な物ばかりだけど、とても美しい商品が並んでいるから、眺めるだけでも楽しいの」

 三階は魔道具の販売と高級家具のオーダーを受け付けているらしい。
 銀級シルバーランクに昇格すると、依頼料も跳ね上がるし、お金持ちになってこの百貨店に堂々と買い物に行くのが夢なのだと、はにかみながらシャローンは教えてくれた。

「アタシは百貨店よりも、エイダン商会が運営しているレストランが気になるね」

 リザは色気よりも食い気らしい。
 昼食で銀貨数枚が飛ぶ高級レストランの人気メニューがお目当てのようだ。

「何でも、まるで天上の食べ物のように美味しいスープと肉料理が味わえるんだってさ。レストラン名物の冷たいスープは具材が見えないのに、濃厚な野菜の味がして、とろけるように美味いらしいよ。どんな味なんだろうねぇ?」

 ほうっ、とため息を吐くリザの表情は何とも艶かしい。
 燃えるような赤毛の髪を悩ましげに掻き上げる姿には同性であるナギも見惚れるほどにゴージャスで美しいのに、思い煩う相手は、美味しいスープ。

(……何だか、とっても気が合いそうね、リザとは)

 同じようなことを考えているのか、腕の中の仔狼アキラが、残念そうな表情でリザとナギを見比べている。
 色気より食い気、健康的で良いのです!

「ボクは肉のスープで溺れそうになるほどジューシーで、柔らかいって噂のステーキが食べてみたい!」

 そこに目をきらきらと輝かせた黒猫少女、ネロが参戦した。肉食の獣人らしく、肉料理に興味津々のようだ。
 噂で聞いただけの素晴らしいステーキを熱く語ってくれた。
 ナギもふんふんと楽しそうに耳を傾けていたが、詳細を聞いていく内に何とも言えない表情になる。
 
(……うん。よーく聞いてみたら、ミヤさんが調理器具を納品したレストランのことだね。業務用のお高いミキサーとミンサーを買ってくれたから、ビシソワーズとハンバーグのレシピをおまけした……)

 知らない間に繋がっていたようだ。
 驚いたが、アイデアを提供したナギについては秘匿して貰っているので、自分から名乗ることはしない。

 エイダン商会は他にも他国から輸入した高価な香辛料やハーブ、薬草類も取り扱っているようなので、依頼を完遂したら、お店を覗いて見るのも良いかもしれない。



「わたくしがエイダン商会、会頭の長女リリアーヌです。『紅蓮』さん達とは二度目ですわね。あらためて、よろしくお願いします」

 依頼主である商会のご令嬢は、優雅な所作で一礼する。
 ナギとアキラにとっては馴染んだ色彩、黒髪と黒い瞳の美しい女性だ。
 年齢は十八歳だと聞いたが、落ち着いた佇まいからもっと大人びて見える。
 すらりとした細身の肢体を上質なワンピースドレスで覆い、優雅に微笑んでいる様はリザとは違ったゴージャスさがある。
 何よりも目を惹くのが──

『すっごい! センパイ! ホンモノの縦ロールですよ? オレ、初めて見ましたー!』

 キュンキュンと鼻を鳴らしながら興奮しているのは、仔狼アキラ
 そう、リリアーヌ嬢は何ともゴージャスな縦ロールの髪型をしていた。

『アレですよ、センパイ。悪役令嬢! リリアーヌさんカッコいいー!』

 褒めているのだか、貶しているのだか。
 騒がしい仔狼アキラのマズルをぐっと掴んで押さえて、ナギはリザ達に引き続いて、どうにか笑顔で挨拶を交わした。

「はじめまして。銅級コッパーランクのナギです。荷物持ちと食事係、あと後方支援担当です。こっちは従魔のアキラ。うるさくてすみません」
「よろしく、ナギさん。アキラさんもよろしくお願いしますわね。ふふ、とても可愛らしいこと」

 上品に楚々と微笑むリリアーヌからは、とても良い匂いがする。
 ジャスミンに似た花の香りだ。
 リリアーヌ嬢ならキツい薔薇の香水を使いそうなイメージだが、案外と可愛らしい物を好む性格なのかもしれない。
 仔狼アキラを見つめる眼差しも優しかったし、聡明そうな女性にナギは好感を覚えた。

 応接間で美味しい紅茶を提供され、依頼内容についての打ち合わせをした。
 リーダーはリザだが、事務的な対応はシャローンが請け負っているらしく、リリアーヌ嬢も彼女に契約書を手渡している。
 
「以前にも護衛をお願いしていた『紅蓮』の皆さまはもうご存知ですけれど。ナギさんにも説明しますわね。わたくし、男性が苦手なの。この旅路で、なるべく接することがないよう、対応していただけるとありがたいわ」
「分かりました。不埒な連中はこの子も追い払ってくれるので安心してくださいね!」
「キャン!」
「まぁ、とても心強いわ。ありがとう」

 くすり、と鈴が鳴るような笑い声をこぼすリリアーヌ嬢は、エランダル辺境伯家の義姉よりも、よほど貴族のご令嬢に見える。
 美しく聡明で気高い、悪役令嬢──いや、違う。悪役は余計だった。

「では、ナギさんに預かっていただく荷物をお渡ししますわね。どうぞ、倉庫へ」

 案内されたエイダン商会の倉庫は冒険者ギルドがすっぽり入るほどの大きさを誇っていた。しかも、このサイズの倉庫を幾つも所有しているとのことで。

「エイダン商会、凄すぎますね……」
「今更? そこらの領主よりも、よほど彼女の方がお金持ちよ」
「ふわぁ……。リリアーヌ嬢、お仕事出来そうですもんね。納得です」
「護衛任務で届ける先の獣人国の支店を任されている、やり手のお嬢だよ」

 シャローンとリザに教えてもらいながら、リリアーヌ嬢の後を追う。
 ちなみにネロは全く興味がないようで、てちてちと短い脚で歩いている黒ポメ、もとい仔狼を楽しそうに追いかけていた。

「こちらになります。かなりの量の荷になりますが、大丈夫ですか?」

 リリアーヌ嬢が示してくれた一角には、大きめの木箱が五個と大樽ひとつ、トランクケースが三個と衣装ケースが二つほど置かれていた。
 木箱には食材と調理器具、食器などが詰め込まれている。大樽は水かワインだろう。
 トランクケースと衣装ケースが令嬢と弟君の私物だ。 

「大丈夫そうです。お任せください」

 ギリギリ入りますよ、という顔をしてナギはせっせと荷物を【無限収納EX】に収納した。
 リリアーヌ嬢が驚いたように、瞳を瞬かせている。

「……本当に優秀な魔法使いなのね。【アイテムボックス】の収納量は魔力量に比例すると聞いたわ」
「使える魔法は初級魔法ばかりですけどね」
「充分だわ。もしかして、水魔法も得意だったりするのかしら?」
「野営時の飲み水、調理用の水を用意出来るほどには」
「ふふふ。本当に有能。我がエイダン商会に招きたいほど魅力的ね、貴方」
「うーん。お誘いは嬉しいですけど、冒険者が性に合っているんです。相棒もいますし、お気持ちだけ」
「まぁ、残念。相棒の方もご一緒に、と言いたいところですけれど……」
「あ、男性なのでリリアーヌ嬢は……」
「とても残念だわ」

 さらりと笑顔で小首を傾げるリリアーヌ嬢。ここまで男嫌いを貫くのは、いっそ爽快かもしれない。

「じゃあ、明日の出発に向けて、アタシたちも準備しておくよ」
「ええ、集合場所は商会の第三倉庫前で」

 『紅蓮』のメンバーが先に撤収し、出遅れたナギも続こうとして、ふと顔を上げた。

「リリアーヌ嬢、木箱の食材で野営料理を作るんですよね? 今日のうちに下拵えしたいので、使っても良いですか?」
「ええ、もちろんよ。好きに使ってちょうだい」
「ありがとうございます! あ、そうだ。これ、私が作ったお菓子です。良かったら、弟さんとどうぞ」

 すっかり忘れていた、スノーボールを包んだ紙袋を渡す。姉と弟の分、ひとつずつ。

「まぁ、よろしいの? ありがとう」

 嬉しそうに微笑む黒髪の令嬢とその弟の護衛任務。この笑顔を守るために頑張ろう、とあらためて思った。
 

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