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〈冒険者編〉
167. 初めての護衛依頼 3
しおりを挟む「よろしく。冒険者パーティ『紅蓮』のリーダー、リザだ」
冒険者ギルドの二階、応接室で護衛任務を一緒に受ける女性冒険者パーティと顔を合わせた。
慣れた様子で握手を求めてきたのは、オレンジに近い赤毛のゴージャスな女性、リザ。
大柄で筋肉質だが、とんでもなくスタイルが良い。腰までの長さの綺麗な赤毛は無造作に背中に流されていて、好奇心に煌めく瞳は緑色をしている。
「はじめまして。私はナギです。一応、銅ランクの冒険者。この子は私の従魔、ブラックウルフのアキラです。よろしく」
仔狼を抱いた姿勢で申し訳ないが、片手で握手に応える。よく鍛えられている固い皮膚の掌がとても頼もしい。背中に負った大剣は、伊達ではないのだろう。
腰を折り、こちらの顔を覗き込むようにして視線を合わせると、リザは快活に笑った。
「そんなに緊張しなくても良いぞ? ナギの役目は後方支援。特に旨い飯を期待しているんだ。よろしく頼むよ」
「えっ? あっ、はい! ご飯作り、がんばります??」
「……リザ。いくらなんでも、その発言はないわ。ごめんなさい、ナギさん。うちのリーダーに悪気はないの、ただ脳筋なだけだから」
「おい、シャローン」
淡々とした口調で割って入ってくれたのは、リザの傍らに控えていた少女だ。背中半ばまでの金髪をポニーテールにしている。
すらりとしたスレンダーな肢体の持ち主で、瞳は水色。無表情だが、顔の造作はとても整っていて中性的な美少女だ。
耳の先がほんの少し尖っている。
「失礼、私はシャローン。見ての通りの弓使いです。ハーフエルフですが、あいにく使えるのは少しの水魔法だけ。だから、貴方の魔法には期待しているわ。よろしく」
彼女は握手は求めず、優雅な所作で一礼した。ナギも釣られてスカートの端を摘んで礼を返す。シャローンは微かに瞳を細めて、ナギを見詰めた。
リザの背後で隠れるように立っていた黒髪の少女が、ひょこりと顔を覗かせる。
気付いたシャローンが代わりに紹介してくれた。
「この子は黒猫族のネロ。斥候役で、鉤爪使い。こう見えてかなり凶暴だから、なるべく怒らせないでくれると助かります」
「えっと、はい。気を付けます……。よろしく、ネロ?」
そろりと近寄ってきた黒猫の獣人の少女はなんと、身長百六十センチの自分よりも小さかった!
十センチほど低い位置にある綺麗な金眼と視線を合わせて、ナギは柔らかく微笑んで見せた。
前下がりのボブショートな猫耳少女だ。
小柄で華奢で、少女というよりは少年のような凛々しさがあるが、整った愛らしい顔をしている。
長い尻尾をはたり、と揺らしながら小さな声で「……よろしく」と囁く様は人見知りをしているのだろうか。とても猫っぽい。
ネロの愛らしさにほっこりと微笑んでいると、リザがくつりと笑った。
「ネロはそんなナリだが、年齢は十六才。ナギより年上だぞ?」
「えっ、うそ……!」
「アタシは十七才で、シャローンは十八才だがな。この中ではナギが一番の年下だから、お姉さまたちを遠慮なく頼るといいぞ?」
くつくつと楽しそうに笑いながら、リザが言う。姐御と慕いたくなる雰囲気だが、ナギだって前世で生きた年数と今生の年齢を加算すれば、この中で一番の年上なのだ。
分かりやすい弄りには、にっこりと愛らしい笑顔を浮かべてスルーするに限る。
「じゃあ、遠慮なく頼ります。リザさんは大剣使いなんですよね? シャローンさんが弓使い。斥候役のネロさんは鉤爪使い? でしたっけ……?」
最後の武器が良く分からない。
小首を傾げていると、ネロがそろりと近寄り、片手を上げて見せてくれた。
金属製の手甲から、先程は無かった細く鋭いナイフのような武器が三本ほど生えている。それはまるで、猫科の猛獣の爪のように鋭く危険な暗器だった。
「……なるほど、これが鉤爪。凄いですね」
「ボクは魔法は使えないけど、【身体強化】なら使える。魔獣も野盗もズタボロにしてやるよ」
人見知りな黒猫少女が小さな声で囁いてくれたのは嬉しいが、発言がとても物騒だ。
腕の中の仔狼もうわぁとドン引いた表情をしている。
うん、怒らせたらダメなタイプ。意味を理解しました。文字通り、お猫さまを敬うように接しようと思う。
一通りの挨拶を終えて、ようやくテーブルに着いた。
部屋の隅に置かれているワゴンにはお茶が用意されているが、ナギは腰にぶら下げていたアイテムポーチからガラス製のティーポットと木製のグラスを人数分取り出した。
小さなボウルもポットの横に置く。
「せっかくギルドが用意してくれたお茶だけど、私あれが苦手なんです。代わりに、こちらを飲みませんか?」
東の冒険者ギルド名物の濃くて苦いお茶は『紅蓮』の連中も苦手だったらしく、笑顔で頷かれた。
用意したのはレモンティーだ。
自宅で淹れておいた紅茶をグラスに注ぎ、レモンと蜂蜜を添える。最後の仕上げは、挨拶代わりに仔狼にお願いした。
「氷をお願いできる?」
「キャン!」
もちろん、と自信たっぷりに返答した仔狼が、ナギに抱っこされたまま前脚をそっとテーブルに乗せた。
カラン、と涼やかな音を立てて魔法で作られた氷がボウルに山を作る。
「氷魔法を使えるのか……!」
驚いたリザが、まじまじとアキラを見詰める。シャローンもネロも瞳を瞬かせていた。
ナギは笑顔を浮かべながら、氷をグラスに投入していく。今日みたいに暑い日には、冷たいアイスティーが美味しいのだ。
「ええ、こんなに小さくて可愛いけれど、うちの子は結構強いんですよ?」
「キャン!」
どう見ても胸毛ふわっふわの愛らしい黒ポメラニアンだが、稀少な氷魔法の使い手だと知り、『紅蓮』のメンバーはキラキラした目で仔狼を凝視する。
「凄いですね。高度な氷魔法を無詠唱で放っていました。いえ、無詠唱なのは当然でしたね、従魔ですし」
シャローンが感嘆の溜め息を吐く横で、ネロがそっと仔狼に指先を伸ばしている。
触りたいのかな?
『挨拶がしたいみたいですね、彼女』
アキラが念話で教えてくれた。
なるほど、そう言えば猫は鼻先で挨拶を交わす生き物だったか。
差し出された指先を仔狼がスン、と匂いを嗅いでペロリと舐めての挨拶返し。緊張した面持ちだった少女がぱっと顔を輝かせた。
「よろしく、だって」
「そう、良かったわね、ネロ」
「いいな。アタシも撫でてみたい」
興味津々で寄ってくる女性陣に対して、仔狼は満更でもなさそうだったので、どうぞと差し出した。
リザがさっそく仔狼を抱っこして、わしゃわしゃと乱暴に撫でている。
シャローンも興味深そうに指を伸ばして、その毛並みを堪能していた。
「その間にお菓子を用意しようかな」
大量に作っておいたスノーボールはお土産用にラッピングしているので、ここでは作り置きのマフィンを出すことにした。
木製の平皿に人数分のマフィンを並べて、取り分け用の小皿をそれぞれ用意する。食べやすいようにケーキ用のフォークも添えて。
アイスレモンティーもほどよく氷で冷えたところで、仔狼を愛でている三人を呼び寄せた。
「手作りのお菓子なので、口に合うかは分からないんですけど。良かったら、どうぞ」
そっと声を掛けると、すごい勢いで振り向かれた。
先程までちやほやされていた仔狼が、床にころりと転がっている。
もしかして、落とされた……?
「焼き菓子……!」
「これがあの噂の……?」
「良い匂い。さんざんリア嬢に自慢された菓子だね」
文字通り、皆の食い付きが凄かった。
リザとネロは用意しておいたフォークに気付いた様子もなく、手掴みでかぶりついているし、上品な所作でフォークを使うシャローンも結構なスピードで菓子を消費している。
一人二個くらいかな、と用意してあったマフィンだが、あっという間に完食された。
「美味かったな……。想像以上だ」
「本当に。まさに夢の味でした……」
「もう無くなった」
うっとりする美女二人と、しょんもり肩を落とす黒猫の姿に絆されてナギは追加のマフィンをそっと皿に盛り付けた。
(どうやら、料理の方は合格点が貰えたみたいね。良かった)
美味しいと素直に褒められて嬉しいナギは、いきなり放り出されて拗ねる仔狼にもマフィンを出してやった。
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