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〈冒険者編〉
164. アキラとお散歩 3
しおりを挟む冒険者ギルドに仔狼と一緒に来たのは初めてだ。
大柄な冒険者たちにうっかり蹴飛ばされないように、そっと抱き上げる。
不本意そうな表情をしているが、それよりも冒険者ギルドへの興味が勝ったらしい。
仔狼は大人しく腕の中に収まり、キョロキョロと室内を観察している。
お昼前の、のんびりとした時間帯。
ちょうどギルドでも出入りが少なくなる頃合いで、受付カウンターも空いていた。
冒険者連中も数人ほどが待ち合わせをしていたり、併設しているカフェスペースで昼間からエールを飲んでいるくらいで。
「あ、リアさんがカウンターにいる。ちょうど良いから差し入れを渡しちゃおう!」
馴染みの受付嬢、タレ耳が愛らしい犬獣人のリアの姿に気付いたナギが笑顔でカウンターに歩み寄る。
「リアさん、こんにちは」
「はい、こんにちは。ナギさん、今日はお一人……じゃなくて、可愛らしいワンちゃんと一緒なんですね。エドさんがいないなんて、珍しい」
「あ、ええと。エドは家で留守番中です。この子は従魔のアキラっていいます。従魔というか、もう家族みたいな存在なんですけど」
「キャン!」
「ふふっ。ちゃんとご挨拶ができて、賢い子ですね。ナギさんも今日はお洒落していて、とても可愛らしいです」
「ありがとうございます」
犬獣人のリア嬢が、エドが獣化した仔狼を見てどんな反応をするか、緊張していたけれど、大丈夫そうだ。
ほっと胸を撫で下ろしながら、笑顔でお礼を言う。
大きめのショルダーバッグに手を突っ込んで、そこから取り出す振りをしながら【無限収納EX】内から、差し入れ用のお菓子を取り出した。
手に取りやすいように、紙で作った箱に焼き菓子を詰めている。中身は師匠たちに配ったものと同じ、ベビーカステラだ。
「これ、新作の焼き菓子なんです。ギルドへの差し入れなので、皆さんでどうぞ」
「わぁ! ナギさんの新作なんです? とっても楽しみです! お茶休憩の時間に頂きますね」
パタパタと振られる尻尾を目にして、ナギも口許を綻ばせる。
はちみつ味のベビーカステラには粉砂糖をほんの少しまぶしてあるので、疲れた身にはちょうど良い。ギルド名物のちょっぴり濃いめの苦いお茶に合う甘さだと思う。
激務のギルド職員の眠気覚まし用に、お茶は濃いめに淹れられるらしい。
エドなどは初めてギルドのお茶を飲んだ際には、無言でミルクと蜂蜜を足していた。
三年経った今では、涼しげな表情でストレートのお茶を飲み干しているが、ギルドのお姉さま方はちゃんと覚えていて内心ほっこり見守っていたりする。
「多めに焼いてきたんですけど、数は足りそうですか?」
「大丈夫だと思うわ。一人二個、……三個は当たりそうね。しっかり数を守らせたら、今日お休みの子以外は、皆当たりそうよ」
「良かった」
衛生的に当日食べ切ってくださいと、ナギはいつもしっかり念押ししている。
火を通した焼き菓子ではあるが、ここは南国。汲み取ってくれた受付嬢やサブマスのフェローのおかげで「差し入れは当日出勤者のみ食べられる」と通達してくれている。
今日お休みの皆さんには、ごめんなさい。
定期的に新作のお菓子などを差し入れしているので、どれかは行き渡っているはずだ。
「それはそうと、その子の従魔登録はもう済んでいるのかしら?」
「あ、まだです。……えっと、登録はしておいた方が良いんでしょうか」
「強制ではないわ。愛玩用や商家や農家が仕事を手伝わせるために飼っている魔獣もいるし。でも、ナギさんは冒険者だし、大きくなったら、この子もダンジョンに連れて行くんでしょう? それなら、今のうちに登録しておくといいわ」
従魔専用のタグがあるらしく、それがないとダンジョンに連れて行けないらしい。
どうしようかなと悩むナギに仔狼がキュンキュンと甘えたように鳴きながら、額をぐりぐりと腕に押し付けてくる。
『センパイ! 俺も冒険者ギルドのタグが欲しいですーっ! 堂々とダンジョンに入りたい!』
ぴすぴすと哀れげに鼻を鳴らされ、リア嬢の」毎回お留守番させるのは可哀想ですよ?」との発言で、心を決めた。
「従魔登録、お願いします!」
「はい、承ります。登録料は銀貨一枚です」
にっこりと笑った受付嬢に、ナギは銀貨を差し出した。
『これが冒険者ギルドのタグ……! センパイのと同じ色だ!』
「テイムした冒険者のランクに準じるみたい。これで一緒にダンジョンに潜れるね」
雑貨屋で買った琥珀のネックレスに東のギルド所属の従魔タグを通し、アキラはご機嫌で街を歩いている。
胸を張って、小さな脚でてちてちと進む彼の姿はとても可愛らしい。
ほんのり銀を帯びたふかふかの毛皮の隙間から、ネックレスがちらりと覗く。
ナギもエドも冒険者ギルドでタグを貰った時には、とても嬉しくて誇らしかったので、気持ちは良く分かる。
『そういえば、センパイ。書類には俺の能力のことも書いたんですか?』
「うん。簡単な内容だけね。名前と、種族はブラックウルフ(幼体)って書いておいたよ。スキルは【身体強化】で【氷魔法】が使えることも」
『……なんで、それであっさり通ったんだろう……』
仔狼が短い前脚で頭を抱えて唸っている。とても愛らしい。
ここにスマホがあれば写真を撮ったのに、と少し残念に思う。
「従魔の中にはスキルや魔法持ちは結構いるみたいだから、リアさんも特に不思議には思わなかったみたい。レアな【氷魔法】持ちには驚いていたけど」
『……まぁ、もうひとつの魔法がバレなかったなら、良いんですけどー』
三年間、ひっそりと家の前の森や人気のないダンジョンフロアでレベル上げを頑張った仔狼は、なんと【闇魔法】を修得していた。
これがかなり使える魔法で、魔物を眠らせたり、暗闇に閉じ込めることが出来るのだ。
最近覚えた技は、ナギの影に潜み気配を消して隠れること。
影の中からナギをガード出来ると、アキラは大喜びだった。
「闇魔法はさすがに隠すわよ。光魔法と違って、縁起が悪いとか気味が悪いって言われるみたいだし。睡眠魔法とか、すごく便利だと思うんだけどね?」
今のところ、快眠気味なナギには必要ないが、不眠症の人にはありがたい魔法だと思う。薬に頼るよりも体に影響はなく、依存性もないらしい。
夢も見ずに、すとんと熟睡できるので、疲れも取れて爽やかな目覚めが堪能できると、自身で試してみたエドのお墨付きだ。
「それにしても、お互いのスキルや魔法が共有できるのって便利そうね?」
『まぁ、そうですねー。俺、オオカミなのに格闘技スキル使えちゃうし! 蹴りはともかくパンチって!』
しゅっ、と繰り出された前脚がもふっとナギのふくらはぎに当たる。
うん、ふわふわの毛皮ともちもちの肉球の感触。ありがとうございます。
「ポメラニアンぱんち……」
『我、泣く子も黙る黒狼王ですよっ?』
「うちのこ可愛すぎ」
ぽふぽふと優しくぱんちを繰り返すも、ナギの目にはお手とおかわりを頑張って披露する愛犬にしか見えない。
でれっと相好を崩して、いそいそと【無限収納EX】から、ボア肉のジャーキーを取り出して、可愛らしく拗ねた状態の仔狼に捧げる。
『特製ジャーキー!』
キャン、と可愛らしい声でお礼を言って、あぐあぐとジャーキーを齧る姿に通りがかりの街の人もほっこりと微笑んでいる。
『センパイ、センパイ! 今日の夕食はテイクアウトにしましょう。お留守番のエドの分もたっぷりと!』
ぷりぷりと尻尾を振る仔狼は、ギルド内でしっかり聞き耳を立てて、冒険者に人気の店の情報を集めていたらしい。
『情報収集は冒険者の基本ですからね!』
「なるほど、かわいい!」
エールを飲んでいた冒険者やギルド職員、受付嬢がこっそりお喋りしていた内容をアキラは無害な愛らしい仔狼を装いながら、ちゃんと聞き取っていたのだ。
リア嬢は気付いていなかったが、高レベルらしい元冒険者の職員が「あれは特殊個体では? オーラが違う」などと、ひそひそしていたのもアキラは知っている。
サブマスのフェローがちらりとナギとアキラを一瞥し、「あの子たちなら大丈夫でしょう」と流してくれたのも。
(うん。東の冒険者ギルドは居心地が良い)
実際にこの目で確認し、悪意を持つ相手もギルドにはいないと確信ができたし、これで心配性のエドも安心するだろう。
「おいで。おすすめの屋台に行きましょう」
のんびりと微笑む少女の腕にぴょんと飛び込んで、アキラは「キャン!」と良い子の返事をしておいた。
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