異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

162. アキラとお散歩 1

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「明日の休み、ナギは何か予定があるのか?」


 夕食後、たこ焼きホットプレートを使い、ベビーカステラを作ろうとしていたナギは唐突なエドの問い掛けに首を傾げた。
 
「うーん、午前中に料理の作り置きをするくらいかな? ああ、市場や商店街に買い物には行きたいかも」

 特に予定もなかったので、のんびりと答えると、そうか、とエドが顎を引く。
 何だろうと見詰めていると、戸惑いがちに提案された。

「なら、その買い物にアキラと一緒に行ってくれないか?」
「え? アキラと?」
「ああ。たまには街中を散歩してみたい、とアキラがうるさくてな」
「あー……」

 何となく、想像はつく。
 せっかく異世界に転生したんだから、ファンタジーな街並みを観光したい、なんて風にエドに泣き付いたに違いない。

 軍馬並に巨大な黒狼を引き連れて街を闊歩するわけにもいかないので、これまでアキラと出掛けたことはなかったが、我慢も限界なのだろう。
 エドの目から世界を見ることが出来るけれど、テレビのモニタ越しに見詰めている感覚なのだと、以前にアキラに聞いたことがある。

(それは何だか、とてもさみしい)

 念願のファンタジーな街並みを実際に見て、体感したい気持ちはナギにも理解できる。
 出掛けるとしても仔狼の姿でだろうが、ダンジョン都市の賑わいを直接その身で体感できるのなら、アキラも文句は言わないだろう。

「私は構わないけれど。エドがそう言うってことは、ようやく認めてくれたのかな?」
「む……」

 ちょっと意地悪な言い方になってしまったか。くすくす笑いながら、ナギはエドの脇腹を肘で突いた。

「だって、ちょっと前までのエドは私一人での外出も許してくれなかったじゃない? いっつもボディガードよろしく、どこでも同伴だったもの」

 アキラが仔狼姿でガードするから、と。
 どんなに訴えても、自分が守ると決して譲らなかった、あのエドが!
 肉体の所有権を渡して、ボディガード役を仔狼アキラに譲ろうとしているのだ。

「やっと私が自衛できるくらいには強くなったって、認めてくれたんでしょう?」
「……ナギが強くなったのは、ちゃんと認めている。それにアキラも頼りになる奴だ」

 認めてはくれたが、複雑そうな表情をしている。面白くなさそうな、ちょっと拗ねた顔? ……いや、まさかね。

 出逢ってからずっと、彼はナギの騎士ナイトよろしく、その身を守ってくれていた。
 だから、その役に少なからず矜持プライドを抱いているのだろう。

「大丈夫だよ。魔法の腕も上がったし、これでもコッパーランクの有望な冒険者なんだから! 何かあったら、すぐに【無限収納EX】スキルの小部屋に逃げ込めば良いし」

 だいたい、エドは心配性なのだ。
 ダンジョン都市は冒険者以外の住民も半数ほど占めている。
 問題を起こした冒険者はすぐに通報され、罰則を喰らうので、意外と治安は良い。
 市場や商店街は人通りも多いので、手癖の悪いスリにさえ気を付ければ、特に危険な場所ではない。
 ナギは貴重品はしっかりスキル内に収納しているので、盗まれる心配も不要。

「アキラもちゃんと番犬? えーと、護衛犬? してくれるだろうし」

 なんで疑問系? と、後でアキラには叱られそうだが、どう見ても仔狼ポメラニアン姿は愛玩犬なので。

「三年間ずっと我慢してくれたんだし、ご褒美に街に連れて行ってあげるわ」
「……そうだな。アキラはずっと街や冒険者ギルドに行ってみたいと言っていた」
「危ない場所には絶対に近寄らないから」
「それは当然だな」

 ダンジョン都市にもそれなりに危険な場所はある。
 師匠たちやサブマスターになったフェローにも何度か口頭で念押しされた、裏通り。
 スラム街ではないようだが、後ろ暗い連中が多く住み、表通りには出せない店や屋台が並んでいると云う。
 興味がないとは言わないが、わざわざ自分から危険な場所におもむく酔狂さはナギにはないので、もちろん行く予定はない。
 何せ、二人のモットーは『命大事に、美味しく楽しく快適なスローライフ!』なのだから。

「じゃあ、お揃いのリボンをして行かなくちゃね!」
「……リボン?」
「うん。ギルドの受付嬢のリアさんが、街に従魔を入れるなら、魔獣と区別するために首輪や足輪、リボンなんかを装着させる義務があるって教えてくれたの。首輪を嵌めるのは嫌がるし、リボンだったら良いかなって」
「あー……どうかな。リボンよりは首輪がマシと言いそうだが……」
「でも、リボンだったらお揃いにできるのよ?」
「…………そうか」

 そっとエドが視線を逸らした。
 先程までの、どこか拗ねた表情が何故か今は気の毒そうにしているような?

「……ところで、ナギ。それは何を作っているんだ?」

 あからさまな話題逸らしだが、気になってはいたのだろう。
 たこ焼き器で忙しなく生地を焼くナギの手元を、エドがじっと見詰めてくる。

「ああ、ベビーカステラよ。ダンジョン用のオヤツにどうかなと思って試しに作っているの。食べてみる?」
「ベビーカステラ……。味の想像が付かないから、食べてみたい」
「んー? アキラの記憶にはないのかな」

 たこ焼き器で作るベビーカステラはとても簡単だ。レシピもシンプル。
 小麦粉と玉子と砂糖、牛乳に蜂蜜にサラダ油を混ぜた生地を焼くだけなのだ。
 たこ焼きと同じく、竹串を使って転がして丸めれば、完成。

「熱いから気を付けてね」
「ん、……小さなパンケーキ?」
「昔ながらのホットケーキ生地に近いかな? でも、素朴で美味しいんだよね。たまに食べたくなる」
「そうだな。玉子の味が濃くて美味い。パンケーキより簡単で、たくさん作れるのがいいな」
「でしょ? 蜂蜜味のプレーンと、粉糖をまぶしたのとか、ベリージャムを詰めて焼いたのも美味しそうだから作っちゃおうかな」

 たこ焼きと同じで、色んなアレンジが楽しめるのが、焼き菓子の面白さだ。
 焼き上げたベビーカステラにジャムを付けて食べるのも良し、バニラアイスとの相性も悪くないだろう。

「チョコは高価だから、餡子あんこを代用にして焼き上げたら、あんドーナツっぽくなるかしら……?」
「あんドーナツは分かるぞ。あれは美味いとアキラが言っている」
「美味しいよねぇ、あんドーナツ。残業で疲れた夜に沁みる甘さだったわ……」

 会社近くのコンビニで、手っ取り早く糖分を摂取するために、よく購入していた前世の記憶がある。
 後輩のアキラも付き合って食べてくれた。さすがに甘すぎたのか、ブラックコーヒーをお供にしていたが。

「材料はたくさんあるし、師匠たちやギルドへの差し入れ用にたくさん焼いておこう」
「いいな。手伝うぞ?」
「そう? じゃあ焼くのは任せた」

 すっかり、竹串でひっくり返す作業にハマったエドは真剣な表情でベビーカステラ職人になった。
 その間にナギは、あんこやベリー系のジャムを用意する。
 一口サイズで食べやすい菓子はダンジョンアタック中のオヤツはもちろん、事務仕事で忙しいギルド職員の口にも合うはずだ。

「ベビーカステラの他にもラクレットやスイートポテト、プチケーキやドーナツも作れるのよ。たこ焼き器、万能よね?」
「万能だな。たこ焼きも美味いし、ベビーカステラも美味い」

 大量に焼き上げたベビーカステラは幾つかのミニバスケットに放り込んでおく。これは差し入れ用。
 プレーンな味のカステラと、ベリージャム味の二種類が詰めてある。
 さすがに餡子あんこ入りは、まだこちらの世界では内緒にしておこう。


 焼き立ての菓子は温かいうちに収納する。
 アキラは冒険者ギルドにも興味があるようなので、立ち寄りついでに職員の皆にバスケットごと差し入れしよう。
 
「さて、明日のお出掛け用の服を用意しなくちゃ! ついでに仔狼アキラ用のリボンも一緒に」

 何だか、わくわくしてきた。
 収納からリボン箱を取り出して、ナギはじっくり吟味していく。
 さすがにピンクのレース付きリボンは可哀想なので、ブルー系のリボンから選ぶことにした。
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