異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

158. 新米を味わおう

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 新米の季節は心が弾む。
 前世日本の米と遜色ない出来のお米ーーしかも、その新米が手に入るのだ。
 ナギはこの時期、蓄えていた冒険者チームの資金から『新米費ごはん代』として、かなりの金貨を引き出して、大量の新米を購入するようにしている。

「持っていて良かった【無限収納EX】スキル……!」

 大量に購入しても劣化せず、いつでも美味しい新米を食べられるなんて幸せ過ぎる。
 とは言え、育ち盛り食べ盛りの少年少女が美味しく頂いていれば、在庫も尽きるもの。
 大抵が半年ほどで新米は食べ尽くしてしまっていた。なので、二人が新米を口にするのは実に半年ぶりのことで。

「楽しみ過ぎる……!」

 夕食は何にしようか、と浮き立つ心のままマイホームに帰宅した。

 
 東と南の砦のちょうど真ん中あたりの土地を購入し、エドとの拠点にした地には、王国様式の瀟洒な屋敷が設置されている。
 大森林で手に入れた果樹はこの庭で見事に根付き、豊かな実りを二人に与えてくれていた。
 新鮮な葉物野菜を食べたいから、とナギが作った畑は魔力をたっぷりと含んだ美味しい野菜を収穫出来る。

「そう言えば、水蜜桃すいみつとうの木も私の背を追い越しそうなくらいに育ったわね。今年も実るといいんだけど」
「去年は四個だけ実ったな」
「そうね。私たちと師匠二人でひとつずつ食べて終わりだったね」

 美味しかったけれど、物足りなかった。
 せめて、今年はもう少し増えていると嬉しいのだが。種から育てた木がこんなに早く成長する方が、本当は珍しいのだろう。
 移植した果樹は土が合ったのか、ナギの魔力をたっぷり浴びているのが良かったのか。毎年豊作だった。

「りんごと柿と梨、たくさん収穫できて良かったよね」
「ああ。知り合いに配っても、まだたくさん余っていたな」
「それはうちで美味しく消費しちゃいましょう。アップルパイもたくさん焼いて確保しておきたいな」

 柿と梨は水分がたっぷりで甘味も強いので、そのまま食べても充分美味しいのだ。
 もっとも、せっかくなので幾つか覚えていたレシピで柿料理は作っている。
 柿と大根のサラダ、柿プリン、柿ようかんにカプレーゼ。

「モッツァレラチーズをサンドした柿のカプレーゼは美味しかったよね」
「ああ。トマトもチーズと相性は良かったが、まさか柿とチーズがあんなに合うとは思わなかった」

 特に女性受けが良く、二人の師匠たちは柿のカプレーゼを肴に、一晩中飲み明かしたらしい。美味しいけども!

「梨はコンポートやゼリーなんかの菓子にしても美味しかったな」
「俺は梨のチーズケーキが斬新だった。でも、やっぱり柿と梨はそのままが一番だな」
「うーん、これに関しては同意」

 くすくすと笑い合いながら、屋敷に入る。
 交代で汗を流し、冒険者装備から部屋着へと着替えた。
 小花柄のカシュクールワンピースは最近のお気に入りだ。薄青いワンピースに白い刺繍糸で花を咲かせている。ミモレ丈で上品だ。
 せっかくのワンピースを汚したくはないので、エプロンは忘れずに。

 エドがシャワーを浴びている間に、先程手に入れた新米を仕掛けておこうと思う。
 ザルに入れて少し乱暴に米を洗っていく。土鍋に水と米をセットして、三十分ほど浸水させている合間に、料理を仕込んでいくことにした。

「焼き魚は絶対に新米で食べたいよね。やっぱりサンマかな。サバだと味噌煮なんだけど……」

 残念ながら、まだこの世界では味噌を見つけていない。
 鮎の塩焼きも好きだけど、海の魚しか手に入らないので、やはりサンマの塩焼き一択だ。七輪でじっくりと焼き上げたいので、これはエドに任せよう。

「あとは、鮭フレークでも食べてみたいな。おにぎりで!」

 新米なので、もちろんシンプルな塩にぎりにしても美味しいけれど、鮭フレークを混ぜ込んだおにぎりはまた格別なのだ。

「意外と簡単なんだよね、鮭フレークを作るの。どうせだから作り置きも兼ねて作っちゃおうかな」

 先週、海ダンジョンで手に入れた立派なサーモンの切り身に塩胡椒を馴染ませて、胡麻油で焼いていく。
 醤油と砂糖、白ワインなどで好みの味付けにして、焼き上がったものをほぐすだけ。
 炊き立てご飯に振り掛けて食べるのも美味しいし、天かすと一緒に混ぜご飯にしておにぎりにしても絶品だと思う。

「良い匂いだな」
「あ、こら! つまみ食い禁止!」
「味見だ」

 風呂上がりのエドがこっそり摘んでいるのを叱るが、しれっと逃げられそうになる。
 どうにかシャツの裾を握って捕まえ、収納から取り出した七輪を笑顔で手渡した。

「味見の代金は七輪の見張り担当でね?」
「……分かった」

 苦笑まじりにエドが頷いた。
 ナギでは持ち上げることも出来ない重さの七輪をエドは軽々と片手で運んでいく。
 七輪を使うと、どうしても煙が充満してしまうので、サンマを焼く場所は庭になる。

「はい、塩は振っているから、じっくり焼いてね」

 作り置きも兼ねて、焼き上げるサンマは二十匹の予定。大きめの平皿も手渡しておく。
 この三年でナギの手伝いをこなしていたおかげで、エドの料理の腕前はかなり上がっていた。
 特に肉料理の焼き加減には一家言いっかげんがあるほどで、最近は魚の火加減にもうるさい。

「エドにぴったりの担当よね」

 凝り性のエドのおかげで、きっと美味しいサンマが食べられるはず。
 ウキウキしながら、キッチンに戻った。

「さて、魚の次はお肉! オーク肉の在庫がたっぷりあるから、生姜焼きとそぼろを作ろう」

 白飯と言えば、生姜焼きだ。これは恐ろしくご飯がすすむメニューである。我が家では白飯泥棒と呼ばれていた。
 三食そぼろ丼も捨て難いが、今日は新米を楽しむための夕食。色々な種類のおかずを少しずつ摘んで楽しむのが目的なので、シンプルなそぼろオンリーでいこう。

 魔道コンロをフルで使い、オーク肉を調理していく。そぼろはたっぷりと作り置きしておけば、オムレツの材料や炒飯など、色々とアレンジ料理に使えるので便利だ。

「ナギ、サンマが焼けたぞ」
「お、いいところにエド。あーん?」
「あー……ん? んまい」

 生姜焼きは美味しく焼き上がったようだ。
 エドから手渡されたサンマの皿を収納して、次はそぼろの味見をお願いする。こちらはスプーンですくって、一口。

「少し甘めな味付けで美味い。もっと食いたくなるな」
「あと少し我慢してね。エドは新米に合う料理、何を用意するの?」
「今から角煮を作るのは大変だから、シンプルにいくつもりだ」
「ふぅん? 楽しみにしてるね」

 それぞれが考える「新米に合う料理」を持ち寄る夕食会。エドは何を出すのだろう、と期待と不安でわくわくする。

「でも、私もとっておきがあるんだから!」

 先程、鮭フレークにした立派なサーモンから採れたお宝を昨夜から漬け込んでいるのだ。今回が初お披露目のご馳走である。

「んっふふ。楽しみ!」


 それぞれが準備した皿をテーブルいっぱいに並べて、土鍋で炊いた新米ご飯をいざ実食!

「おお、壮観ね……!」
「見事だな」

 ナギが用意したのは、オーク肉の生姜焼きとそぼろ、鮭フレーク混ぜおにぎり。とっておきは、イクラの醤油漬けだ。

「これは何だ……? 赤い、卵?」
「サーモンの卵のイクラだよー。先日ダンジョンで手に入れた鮭が卵持ちだったの!」
「イクラ……。アキラが好きなやつだな。旨いのか?」
「私は大好き!」
「旨いんだな。分かった」

 大きく頷くと、エドは深皿に盛り付けたイクラをさっそく取り皿に移している。
 素早すぎる。あっという間に無くなりそうな予感に、ナギは慌てて自分の分とアキラ用に取り分けておいた。

「エドが用意してくれたのは、サンマの塩焼きと新鮮な玉子に海苔の佃煮? あと、梅干しと味付け海苔?」
「卵かけご飯は正義だと思う」
「分かる。炊き立ての新米でなんて贅沢よね」

 さすがエド。他のチョイスもとても渋いが、外れはない。温かい内に食べることにした。いただきます!

「玉子と醤油だけのシンプルなTKG美味しい……。さすが新米、もっちりとしていて仄かに甘くて止まらない」
「ナギ、ナギ。醤油の代わりに海苔の佃煮も味変で面白いぞ?」
「本当だ、海苔の香りが良いね。あ、胡麻と大葉とネギに味付け海苔を散らしても美味しいよ?」
「鮭フレークと生卵も合う。もしかして、そぼろも……? これは止まらない……!」

 卵かけご飯だけで、何度もお代わりしてしまった。とりあえず一度ストップして、仕切り直しだ。

「サンマの塩焼きはシンプルでいいね。脂がたっぷり乗っていて美味しい。新米ご飯とお互いに引き立て合っているよ。梅干しは卑怯だなぁ。絶対に合う組み合わせだもん。酸っぱ美味しい」
「オーク肉の生姜焼き、これは文句なしだな。茶碗じゃ足りないから、丼で食おう」

 生姜焼きをお行儀悪くご飯に載せて、口の中にわしわしと掻き込んで食べる様は何ともワイルドだ。
 だけど最高に美味しい食べ方に見える。
 ナギも同じようにご飯に肉を載せて口に放り込んだ。ダメだ。確かに、これは丼が必要になる。美味しい。
 お腹いっぱいコレで満たしたくなるけれど、今日はとっておきのアレがあるのだ!

「エド! イクラの醤油漬けもいきましょう。イクラの他に大葉や海苔を散らすのも良いよ。ワサビも合う」
「ん、試してみよう」

 前世ぶりのイクラだ。ピカピカに輝く、海の宝石をご飯ごとスプーンですくって口に入れる。噛み締めると、芳醇な海の香りが口いっぱいに広がった。

「んんん……! やっぱり美味しい…」
「珍味だな。だが、癖になる。これは鮭フレークと一緒に食っても美味いんじゃないか?」
「エド冴えてるね。それを鮭の親子丼と言います」
「なるほど親子」

 お互いに感想を口にしながらも、料理を口に運ぶスピードは衰えない。
 夢中になって新米とテーブルいっぱいの料理を完食した。

「三合炊いたんだけど、二人でぺろりと食べきっちゃったね。美味しかったー!」
「ああ、旨かったな。さすが新米。大抵の料理に合うし、引き立ててくれる」

 新米をおかずに米が食える、と冗談を言っていたのは誰だったか。それも納得できるほどに、今年の新米の出来は良かった。

「ミーシャさん達にも新米のおにぎり、差し入れに持って行こうか」
「そうだな。あと、土鍋開発のお礼にミヤさんにも」

 何だか三年前から変わっていないな、と思い至って、ナギはくすりと笑った。
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