異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

157. 成長しました

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「ナギ! 新米が入荷しているよ!」
「あら、エド。ちょっとこっちでバイトしないかい?」

 冒険者ギルドからの帰り道、のんびりと市場を冷やかしていると、賑やかな声に呼び止められる。
 慣れたもので、二人は笑みを交わしてそれぞれ自分を呼び止めた屋台へと向かった。

 ナギを呼び止めたのは、穀物を扱う商人だ。目利きの腕が良く、良心的な商売をしているため、ナギはお得意さんだったりする。
 タイ米ではなくジャパニカ米を好むナギのために、農家を周り、ねっとりもちっとしたお米を探し出してくれた恩人だった。

 ほぼ日本米に近い味と食感に、ナギもアキラも嬉し泣きしたのは内緒だ。
 もちろん、在庫をあるだけ買い占めたし、次回出店時の購入予約もしている。
 特別な米作りは苦労したようで、価格は他の米よりも高かったが、ナギは言い値で購入した。

「新米かぁ……。炊き立てご飯で焼き肉を堪能するのも良いけれど、シンプルに塩にぎりも美味しいよね。梅干しやお漬物で食べるのもいいし、秋刀魚の塩焼きも神メニューだし、悩む……!」

 身悶えしながらも、店頭に並ぶ新米は全て購入した。金貨を差し出す手に迷いはない。

「おう、ここの米は本当に美味いからなぁ。悩むのも分かるぜ。ナギの爆買いのおかげで興味を持って味見した連中も軒並みハマってるからな」
「そうなの? まぁ、ここのお米は美味しいものね! 買い手が増えて、農家さんが助かるなら、ありがたいことだわ」
「最近は米料理も人気が出たからな。ドワーフ工房で土鍋が売り出されてからは特にな」
「へぇー? まぁ、土鍋で炊いたお米は美味しいですからね!」
「米が肉とあんなに合うなんてなぁ」
「お魚も合いますよー」

 のんびりと会話を楽しみながら、ずっしり重い米袋を収納する。
 ナギが【アイテムボックス】を使うことはもうこの市場の皆には知れ渡っているので、気にせずに買い物を楽しんでいた。

「じゃあ、また」
「おう、まいどありー」

 手を振って、エドを探す。
 先ほど声を掛けてきたのは、牛乳屋だ。
 牧場の女将さんで、エドを見掛けると氷魔法でのバイトを頼んでくる女傑だ。

「あ、いたわね」

 市場の角が、牛乳屋の屋台だった。
 樽いっぱいの氷を作らされたエドがお駄賃なのか、フルーツ牛乳を飲んでいる。

「こんにちは。美味しそうですね、フルーツ牛乳」
「ナギちゃん、いらっしゃい! アンタも飲んでいきな。ほら!」
「ありがとう。バナナ味? 良い匂い」

 手渡されたカップの中身は牛乳とバナナをミキサーで加工したジュースだ。一番人気がこのバナナ味らしい。こっそり生活魔法で中身を冷やし、美味しく飲み干した。

「美味しかった! フルーツ牛乳の種類、あれからまた増えたんですね」
「そうそう。新作はこのマンゴー味だよ。パインとオレンジ、桃も人気があるけど、甘みが強いバナナがやっぱり人気だねぇ」
「どれも美味しいのに。でも、マンゴー味は女の子が好きそう」
「でしょ? これはイケると思ったのよ!」

 フルーツ牛乳のアイデアは、実はナギがこっそり教えてあげたのだ。
 いつも牛乳や乳製品をおまけしてくれる女将が、屋台ではあまり売れないのだと落ち込んでいたため、それとなく提案してみた。
 ちょうどドワーフ工房のミヤさん作のミキサーが大量生産が可能になった頃で、手に入りやすくなっていたのだ。

 このナギのアイデアに乗り気になり、牛乳屋の女将とお隣の果樹園オーナーが手を組んでフルーツ牛乳の屋台を始めたのが、大当たり。市場で大人気商品になっている。

「フルーツ牛乳ついでに、他の乳製品も売れるようになってねぇ。ナギちゃんとエドには感謝だよ!」
「俺も氷魔法の練習になるし、バイト代も貰えるから感謝している」
「そぅお? ありがとねぇ。ほら、チーズとヨーグルトも持っておいき。すぐに食べなきゃダメなやつで悪いけど」
「大丈夫です! 私たち育ち盛りなので!」

 にっこり笑って、乳製品をゲット! すかさず収納する。アイテムバッグと違って、ナギの【無限収納EX】スキルは時間停止が出来るので、問題はない。
 
(それに、すぐに食べきっちゃうのは本当だし?)

 冒険者になってから、三年。
 エドとナギは十三歳になった。まだ成人まで二年ほど残すが、成長期の二人は随分と変わったように思う。

 特にエドはまた身長が伸びた。
 しかも二の腕や肩口などにしっかりと筋肉がついて、ナギの目からしたら、もう立派な大人に見える。

(私も十センチは背が伸びたんだけどな…? エドの隣じゃ全然目立たないけど!)

 百五十センチと、この世界では小柄だった少女もすらりと成長したのだ。
 痩せこけていたアリアからは想像がつかないほどに、健康的に育ったと我ながら思う。
 もっとも眠る前に自己治癒魔法ヒールの習慣は続けているので、冒険者でも日焼け知らずの白い肌を誇っている。

 覚悟を持って切り落とした髪も、背中半ばまで伸びた。
 成長していく中で、肉体の変化もあり、いつまでも男装で隠し通すことは無理だと判断して、ある日ワンピース姿でギルドを訪れてみたのだ。
 物凄く緊張していたナギだったが、意外とあっさりと皆には受け入れて貰えてしまった。

(まぁ、獣人とお姉さま方にはバレていたんだろうけれど。それにしても、あまり気にされてはいなかったのかな?)

 三年間、王国からの追手らしき気配を全く感じなかったのも、男装を止めた理由のひとつだ。
 週休二日は厳守したが、こつこつとダンジョンに潜り、積極的に魔獣や魔物を狩ることで、ナギのレベルは70を越えた。エドなどはレベル86だったりする。
 そこまで己を鍛え上げて、ようやくナギは心の鎧をひとつ脱ぎ捨てることが出来たのだ。

 名前はそのまま、ただのナギ。コッパーランクの冒険者で、趣味は料理。美味しい食べ物に目がない。少しだけ魔法が得意で、ドロップ運がいい、普通の冒険者として。
 こそこそと隠れずに、胸を張って生きていこうと、あらためて思ったのだ。

 万一追手が現れても、隠れてやり過ごせるだけのスキルはある。

(いざとなったら屋敷を収納して、ダンジョンか大森林に逃げ込んで、数年ほど雲隠れすれば良いって、エドも言ってくれたし)

 それは、とても心強い提案だった。
 他の人にとっては自殺願望でもあるのか、と正気を疑われる逃亡先だが、二人ともその暮らしを満喫できる自信がある。

 自由に生きることを決めてから、ナギはこれまで以上にせっせと備蓄を【無限収納EX】内に溜め込んでいる。
 肉は魔獣を狩れば良い。果物類は採取できる。必要なのは調味料と穀物類と新鮮な野菜だ。もちろん、卵と牛乳、乳製品もたくさん備えておきたい。

 時間の経過がない収納スキルのおかげで、大量の備蓄も余裕で管理できる。
 暇さえあれば市場や商店で買い溜めしたおかげで、二人が二年以上食い繋げるだけの食糧が【無限収納EX】内で眠っていた。

(塩は海で大量に作ったし、蜂蜜はダンジョンで手に入れた。シオの実は大森林はもちろんだけど、ダンジョンでも採取出来るみたいだから、食べていけるわね、普通に)

 十五歳、成人年齢になれば、もう追われることもないだろうと、師匠ミーシャが助言してくれた。
 一人の成熟した人格として認められる年齢になれば、生家に縛られることはなくなるのだ、と。
 
(家財を持って逃げたのは証拠不十分だろうし、誰も傷付けてはいない。高価な魔道具は放出していないから、バレないだろうし。……うん、きっと大丈夫)

 唯一の気掛かりは、美しく成長するごとに妖精姫と持て囃された母と似てきていることくらいか。
 本邸にあった、母の肖像画は全て回収してきたし、バレないとは思うが。

「どうした、ナギ?」

 ふ、と顔に影が掛かる。エドが心配そうな表情で覗き込んできたのだ。
 なんでもない、とナギは微笑む。

「今日の新米をどうやって食べようかなって、考えていただけよ」
「そうか。俺は角煮丼がいいと思うが」
「エドは本当に好きよね、角煮」

 考え込んでいても仕方ない。
 そう、今は新米を楽しむ方法をエドと語り合う方が余程大事だ。

「ね、どうせなら、それぞれが新米に合う料理を持ち寄って、新米パーティにしない?」
「何だそれ、楽しそうだな」
「心ゆくまでお米を味わいましょう!」

 美味しいご飯に心を弾ませているのが、自分達らしい。
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