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〈掌編・番外編〉

11. 海キャンプに行こう 6

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 バカンスも三日目ともなれば、浮かれた気分も多少は落ち着くというもの。
 海キャンプを熱望していた黒狼アキラも、ようやく少しばかり気分が鎮まったようで、この日はエドに肉体を返していた。

「今日は一日中、エドと遊べるの?」
「お望みなら付き合うぞ」
「んー、じゃあ水遊びに付き合ってくれる?」

 水着の代わりに、タンクトップとショートパンツに着替えた。どちらも色が濃い布地なので、下着や肌が透ける心配はない。
 十歳児とは言え、元アラサー女子。さすがに肌の露出には慎重なのだ。

 とは言っても、この「アリア」の肉体はほっそりとしたスレンダー体型。
 痩せ細った四肢は適度な運動と栄養たっぷりの食事のおかげで、健康的に肉を取り戻してはいたが、元々の骨格も華奢だったのだろう。
 どれほど暴食しようとも、令嬢らしい、ほっそりとした肢体は余分な脂肪とは無縁だった。

「肥らないのはありがたいけれど、女性らしい体型に成長するのか、不安かも」

 幼少期に栄養不足だと、成長に支障をきたすと聞いたことがあった。
 酒場の色っぽいお姐さん方のようなダイナマイトなボディが欲しいわけではないが、せめてもう少し健康的な肉体が欲しかった。

「せっかく冒険者になったんだもの。腹筋は割りたいし、ラヴィさんみたいに拳や蹴りで魔獣を倒してみたいなー」

 黒狼アキラが耳にしたら、あまりの色気のなさに呆れ果てるだろう発言を残し、ナギはテントを後にした。


 午前中はエドと二人、海で泳いだ。
 浅瀬から水に慣れ、穏やかな波に揺られたり、海に潜ってみたりと楽しく遊んだ。
 ナギに乞われて、エドは魚突きを教えてやった。あいにくナギに銛を扱う技量はなかったようで、一匹も獲れなかったが、代わりにエドがタコを獲った。

「お昼ごはんはたこ焼きね!」
「タコヤキ……!」

 エドが持つ前世の記憶の殆どが食べ物関連のようで、すぐに思い当たったらしい。
 琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて、エドはさっそく二匹目のタコを銛で狙っている。
 昼食の獲物は彼に任せて、ナギは海中の景色を楽しむことにした。

 この世界の海は、日本の海水浴場と比べようがないほどに美しい。
 ゴミもなく、透明に澄んだ青は何処までも深く、空との境目が分からなくなりそうだ。
 色とりどりの魚や淡いピンク色の珊瑚を見つける度に、ナギは歓声を上げた。


 エドはタコを三匹捕まえたらしい。
 とりあえず一匹だけ使い、昼食を作ることにした。
 小麦粉と卵を少量の出汁で混ぜて、生地を作る。具はタコとキャベツ、天かすとネギにしてみた。

「タコヤキは丸かったよな。どうやって作るんだ?」
「んー、本当はたこ焼き専用の鉄板があれば良いんだけど、まだミヤさんに頼んでいないのよね。だから、普通にフライパンで焼きます!」

 玉子焼き用の四角いフライパンに油を入れてコンロで温める。生地を流し込み、パラパラと具材を並べていく。
 火が通れば玉子焼きのようにくるくると巻いていくのも良いが、どうせなら大きなたこ焼きが食べたい。
 具材の上にも生地を流し込み、頃合いを見て、ひっくり返した。
 ジュワッと耳に心地良い音がする。

「うん、こんなものかな」

 焼き上がった生地を平皿に載せて、特製のソースとかつお節、青のりを振り掛ける。もちろん、マヨネーズも忘れずに。
 四角いたこ焼きは分厚くて、食べ応えがありそうだ。
 待ちかねたエドと二人でさっそく口に運んだ。はふはふと熱い息を散らしながら、ゆっくりと咀嚼する。

(うん、美味しい。久々のたこ焼きは最高だわ。ビールが欲しくなる)

「旨い。……だが、何だろう。俺の中の何かが、これじゃないとうるさい気がする」
「うん……たぶん、それアキラだね」

 気持ちは分かる。
 味はちゃんと、たこ焼きなのだ。前世で食べた物とも遜色のない出来栄えのはず。
 だが、やはりたこ焼きといえば、丸い球状のあの形でなければ、納得が出来ないのだろう。

「美味しいけれど、これだと、お好み焼きと変わらない、とアキラが」
「だね? 確かに、お好み焼きだね? でも、今は我慢よ。帰ったらすぐにミヤさんにたこ焼き専用の鉄板を依頼するから!」

 渾身のたこ焼きをお好み焼きだと指摘されたナギは、自分でも否定出来ずに打ちのめされた。
 帰宅したらすぐに頼もうと思った。
 あやふやな説明でいつも完璧な仕事をこなしてくれる、とても頼もしいハーフドワーフの美女に泣きつこう。

 たこ焼きはとても美味しかった。
 コレジャナイ顔をしていたくせに、エドは三個も平らげた。
 

「夜は久しぶりに肉が食いたい。ちょっとダンジョンで狩って来る」
「バカンスとは」

 昼食後はそれぞれの自由時間として、気に入りのハンモックでのんびりと読書を楽しんでいると、エドが冒険者装備でひょっこり現れた。
 真顔で肉を獲ってくると告げると、意気揚々とダンジョンに向かう。
 
「せっかくの休暇なのに」

 ナギは呆れるが、戦闘好きな狼の獣人的には、それも気分転換の一つなのだろう。
 無茶はしないと約束させて、見送った。
 

 夕陽が沈む前に、ようやくエドが戻ってきた。魔獣の雉肉とメロンがお土産だ。どちらも山ほどある。
 リクエスト通り、今夜もバーベキューだ。
 雉肉はエドが串を打ち、炭火で丁寧に焼いていく。
 ナギはタレに漬け込んでいたオーク肉をカット野菜と一緒に網に並べていった。

「いい匂い! 雉肉は久しぶりだね」
「ああ。たっぷりと脂が乗っていて旨そうだ」

 じゅうじゅうと脂が滴るごとに、火が弾ける。暴力的な香りに刺激されて、ナギのお腹はきゅうと鳴く。我慢できない。

「食べよう! いただきます!」

 海鮮バーベキューも美味しかったが、やはり肉は正義だ。雉肉とオーク肉を交互に食べ、口直しに野菜を齧り、炭酸で割った果汁を一息にあおる。
 ビールでないのが残念だが、正しい夏の過ごし方だなと、エドと二人で笑い合った。
 少し焦げた肉の苦みさえ、美味しいと思えるのが不思議で。

「これで花火があれば完璧なんだけどな」
「ハナビ、か。……ナギの魔法で似たようなことは出来ないのか?」
「ええっ? 魔法で花火……できる、かも?」

 火魔法を夜空に盛大に撃つのも悪くないが、それだとご近所迷惑になりそうなので。

「うん、光魔法で線香花火。どうかな?」

 砂浜にしゃがんで、小さな光の花を魔法で生み出した。パチパチと点滅する様は、我ながら良く出来たと思う。
 きっと夜空に大きく花を咲かせることも出来るだろうが、騒ぎになるのは本意ではないので、小さくて可愛らしい花火で済ませた。

「綺麗だな。これが花火か」
「こっちの世界ではないの?」
「どうだろう。ないと思う。火薬があれば観賞用に使わず、武器に使うだろうしな」
「そうだった……」

 戦争はしていないが、四つの国は仲良しだとは言い切れない。
 今のところ落ち着いてはいるが、国境付近では小競り合いが続いていると聞く。
 
「大砲に使うよりも、花火に使った方がよほど皆には歓迎されるでしょうに」
『まぁ、仕方ないですよ。転生者が俺たち以外にも増えれば、もしかして花火もそのうち実現出来るかも?』

 いつの間にか、エドがアキラに交代していた。仔狼は器用に串を咥えて、旨そうに雉肉を味わっている。

『んまーい! オーク肉はハズレなしの美味さだけど、雉肉は少しクセがあって、それが病み付きになりますねー』

 ふりふりふり。忙しなく振られる尻尾をさりげなく撫でながら、ナギも串肉を齧った。
 じゅわりと口の中に広がる肉汁と脂に溺れそうだ。
 その夜はのんびりと時間を掛けて、バーベキューを楽しんだ。



 翌日は朝から黒狼アキラが張り切って釣りを楽しんでいた。
 どうするのだろう、と不思議に思っていたが、どうやら餌や仕掛けはエドに頼み、釣り竿を振るのは自分で頑張っていた。
 それなりの重さがありそうな長い釣竿を咥えて、えいやと沖に投げる様はなかなか決まっている。
 二時間ほどねばって、小さな魚が一匹とイカを釣った黒狼アキラを労ってやったナギだった。


 三泊四日の海キャンプは、とても楽しかった。移動時や仕事での野営と違い、のんびり過ごせる時間は貴重だ。
 週休二日のホワイトな冒険者活動を志しているけれど、シーズンごとのバカンスは大事だな、とあらためて思った。
 四日目の昼、テントを片付けながら、ナギは足元に座る相棒を見下ろした。

「また、遊びに来ようね」

 仔狼がキャン、と鳴いた。

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