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1巻
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しおりを挟む第一章 異世界転生したようです
(さむい)
ぼんやりと意識が浮上して、まず感じたのは凍えそうな、ひどい悪寒だった。
ガタガタと身体が震えているのが分かる。頭も痛いし、喉はトゲが刺さっているかのような鋭い痛みがある。これは、あれか。扁桃腺が腫れたな、とぼんやりと思った。
喉が弱くて、幼い頃からよく腫らしては高熱を出して数日寝込んだものだ。
大人になってからは摂生していたこともあり、こんな風に体調を崩すのは久しぶりだった。
「けほ……っ」
小さく咳き込み、少しでも楽な体勢をとろうと身じろぎして――違和感に気付く。
「……ちい、さい……?」
顔の横に力なく投げ出されている自分の手が、妙に幼い。まるで子供の手だ。
だが、子供らしく、ふくふくした様子はない。肌は薄汚れ、指先は乾燥し、荒れている。
きゅっと指を握りしめてみると、ひりついた。指先の皮膚が裂けて血が滲んでいる。
夢ではない。これは、自分の手だ。
(なんだろう、これ……?)
呆然とする。痛む頭を片手で押さえながら、どうにか自由に動く目を忙しなくあたりへ向ける。しばらくすると、灯りもない薄暗い室内に目が慣れてうっすらと周囲の様子が見えてきた。
狭い部屋だ。四畳半ほどの広さで、寝かされているのは木製のシンプルなベッド。ごわごわとした肌触りのシーツでスプリングも利いておらず、寝心地は最悪だ。少ないが、他に家具も幾つか。
学生時代から社会人になった今もずっと過ごしている居心地の良いマンションの自室ではない。なんとも殺風景な場所で寝かされている状況に戸惑った。
(どこなんだろう、ここ……。もしかして、記憶喪失?)
恐怖にぶるりと肩が震える。
落ち着け、思い出せ。深呼吸を繰り返し、自分のことを思い出そうとする。
名前は、渚。工藤渚。年齢は二十七歳。都内で中小企業に勤めながら一人暮らしをしている、独身女性。趣味は読書にゲーム、映画鑑賞。休日に少し凝った料理を作って美味しく食べることとお酒を呑むことが楽しみな、平凡な人間。家族は母と兄がいて、今のところ恋人はいない。
(うん、大丈夫。記憶はある。ちゃんと覚えている。一番最近の記憶はなんだっけ……?)
つきん、とこめかみが痛む。嫌な予感。怖いな、と思う。だけど、何も知らないでいるほうが、もっと怖い。きゅっと両手を握りしめて、記憶の片鱗を探る。
(ああ、そうだ。あの日、私はいつもよりお酒を呑んでいて、それで――)
ずっと携わっていた大きな仕事を終えたところだった。関わったチームで集まり、打ち上げをした。お店の食事はどれも当たりで、雰囲気も良くお酒が進んだ。とても楽しかった。
翌日から三連休なのもあり、皆で盛り上がって、大好きなお酒を少しばかり呑みすぎていた。
『危ないですよ、渚センパイ』
後輩にそう諫められたが、「平気平気」とへらりと笑い、階段を下りようと一歩踏み出した――と同時に、地面が大きく揺れた。地震だったと、思う。
足を踏み外して、階段を転がり落ちたのが最後の記憶だ。背中や腰を打ちつけ、ガツンと強く後頭部に衝撃を受けたのを最後に、意識が途絶えている。
すぐ背後に立っていた後輩が青褪めた顔で片手を伸ばす姿などを走馬灯のように思い出す。
(あれ、じゃあ私は死んだのかな……? 小さな手の持ち主になっているのは、まさか……)
ぐるぐると考え込んでいる間に、また熱が上がったのか。
小さくて弱々しい身体はすぐに音を上げ、意識は闇にとろりと溶けていく。
(いや、説明……誰か、ちゃんと説明して!)
再びの眠りに落ちる前にそう強く願ったおかげか。夢の中で、渚はとある存在との邂逅を思い出していた。
『――あれ、君まだ寿命が残っているね?』
唐突に、不思議そうに問いかけられた。
寿命? 渚が小首を傾げると、目の前に立っている人が何かの書類を眺めながら、ため息を吐く。
『うっかり者がまだ生きていた魂を連れて来てしまったようだね。申し訳ない』
その人は男のようにも女のようにも見える、不思議な存在だった。年齢も不詳。一見すると年若い青年のようだが、老成した空気も纏っている。なんとも印象の定まらない相手だったが、不思議と悪人には思えなかった。
珍しい全身白いスーツ姿のその人は、困ったようにこちらを見ている。……ということは、寿命が残っていた魂の持ち主とは渚のことで。
『……え、ここ、もしかして、天国……?』
呆然と呟いた。
白い壁に囲まれた、ドアのない真四角の部屋の中央。真っ白いシーツが敷かれたベッドに腰を下ろしている。なぜか天井だけはぽっかりと開いており、透き通った青空が広がる不思議空間。
驚きも、過ぎるとかえって冷静になるらしい。
『……そして、貴方は天使か、何か……?』
神さま、とは訊ねなかった。なんとなくこの白スーツの人には、最高位の高貴の存在というより、中間管理職のような苦労人の気配を感じたからだ。
果たして予想は当たっていたようで、その人は軽く顎を引いてみせた。
『うーん、まあ似たようなものかな。僕は魂を管理している管理者だ。そして、ここは天国ではないけれど、魂の通り道のような空間と思ってくれていい』
柔らかな声は耳に心地よい。
パニックに陥らないのは、静謐な空気とこの存在――管理者の雰囲気によるものかもしれない。
『工藤渚さん? 先程も伝えたとおり、貴方の魂は、本来はまだこちらに来る予定ではなかった。完全にうちのミスだ。申し訳ない』
管理者が頭を下げてくる。渚は慌てて、首を振った。
『あの、それは理解しました。謝罪は受け入れますので頭を上げてください。起こったことは仕方ないですし、その、魂とやらをちゃんと戻して頂けるなら問題ないです』
酔っ払って階段から落下、なんて死因、恥ずかしすぎる。多少の地震には慣れた都民なのだ。あそこまで酔っ払っていなければ、手すりにしがみつくなりして、体勢を整えることもできたはず。
渚が足を踏み外さなければ、お迎えの天使か死神かは分からないが、彼らもミスを起こさなかっただろうし。だが、管理者はきっぱりと首を横に振った。
『申し訳ないのだが、一度迎えた魂はもう元には戻せない。何より、貴方の身体は既に火葬されている。時間を巻き戻すことはできないから、生き返らせることは無理なんだ』
『え……』
優しく突き放されて、渚は言葉をなくす。
(死んだんだ、私……)
じわじわとその事実が胸のうちを絶望に染め上げていく。死にたくなんて、なかった。
それなりに楽しく生きていたし、まだやりたいこともたくさんある。それをこんな風に突然取り上げられるなんて。
気付いたら、はらはらと涙がこぼれ落ちていた。白いワンピースに染みが広がる。そういえば、これは渚のお気に入りだった服だ。母が棺に入れてくれたのか。いや、意外と気が利く兄かもしれない。
年末に帰省してから会っていなかった二人。家族のことを思い出して、涙が更に膨れ上がる。
こんなに早く死んでしまうなんて、思いもしなかった。
母子家庭で苦労して育ててくれた家族に、まだなんの恩も返せていない。母と兄にお礼ひとつ伝えることもできないままだ。連休に遊ぶ約束をしていた十年来の友人にも謝りたかった。
目の前で仕事仲間が死んでトラウマになっていないか、後輩のことも心配だ。
色んな感情がごちゃまぜになって、怒りとも悲しみともつかない気持ちのまま涙を流し続けた。
どのくらいの時間が経ったのか。ようやく落ち着きを取り戻した渚に、管理者がそっとガラスのコップを差し出した。
『ありがとう、ございます……』
お礼を言って受け取った。思うところはあるが、この人に当たっても仕方ない。
冷たい水を口に含む。喉を滑り落ちる水はとても美味しかった。柔らかな軟水。ほんのりと甘い。魂だけの存在なはずなのに、味覚を感じるのが不思議で、ちょっとだけ笑ってしまう。
『落ち着いた?』
『見苦しいところをお見せしました……』
思い切り泣いたら、スッキリした。何より、もう身体がないのなら、どうしようもない。
悟りを開いたような心地で沙汰を待つ渚を、魂の管理者は面白そうに見つめる。
『いや、貴方はまだ理性的な方だよ。怒って喚いて殴りかかってくる魂もいたから』
『そうなんですか……』
『うん。それでね、貴方の今後についてだけど。地球とは別の世界に転生してもらうことにします』
にこりと笑って告げられた言葉に、渚は瞠目する。
『それはあの、流行りの……?』
『うん、異世界転生だね』
『わぁ……』
それはまた、ファンタジー好きの兄が泣いて喜びそうな展開だ。
『地球に転生はダメなんですか……?』
『うん、本来の寿命分の年数を別の世界できちんと消費してから、その次の転生で元の世界の輪廻に戻れるようになるんだ。だから、申し訳ないけれど、しばらく違う世界で生きてもらうことになる』
それは決定事項のようで、諦めるしかない。だけど、異世界か。
(恐怖しか感じないんですが……)
渚が冴えない顔色でいると、管理者は不思議そうに首を傾げた。
『あれ、異世界転生、嬉しくない?』
『嬉しくないです。現代日本で甘やかされた身では生き残れる自信が全くないです』
きっぱりと断言する。
『物語の中の異世界ですと、中世ヨーロッパ風……まあ実際は近世あたりの時代が多いんでしょうけれど、そんな感じです?』
『うん、そうだね。剣と魔法のファンタジー世界です』
『もしかして魔物とかもいたりします?』
『いるね。あとは隣り合った小国と領土を巡ってたまに小競り合いをしていたりとか?』
可愛く告げても騙されない。それ、戦争じゃないですか。
『そんなの絶対無理です。死ぬ、すぐ死ぬ、絶対死ぬ』
頭を抱えて渚が唸って見せると、管理者はぎょっとした。慌てた様子で言い募る。
『えっえっ、なんで? 大丈夫だよ、ちゃんと転生特典つけてあげるから! 先程貴方が飲んだ神水で魔法は使えるようになったし、ギフトとして便利な能力も与える予定だし。大丈夫、きっと楽しい!』
『無理です。私、別に潔癖症ではないですけど、不潔な環境で過ごせる自信ないですし』
『快適に過ごせる魔法を授けるよ。生活魔法が使えると、清潔さも保つことができるからね』
『今更、異世界の言葉を覚えられる自信もないし……』
『異世界言語と鑑定能力は転生者お約束ギフトだよ!』
『魔物相手に戦う力があるとは思えません』
『各種耐性に魔力量もたくさん、身体能力向上もおまけします!』
『転生ってことは、赤ちゃんの時から前世の記憶があるんです? それはしんどそうな……』
『十歳の誕生日に前世の記憶を思い出すように設定しておくよ』
『他に何があるといいかな……?』
悩む渚を管理者が呆れたように見やる。
『記憶を取り戻してから、自分で欲しい能力を選んだら良いよ。貴方の本来の寿命百年分として、百ポイントを進呈するから。ポイント分の有用なスキル能力を選べるよ』
『え、私の寿命あと百年もあったの……』
ギネス級のご長寿じゃないですか。
(それで、管理者さんもこんなに融通を利かせてくれているのかな?)
『まあ、そんなとこ?』
『ナチュラルに思考を読まないでください……』
(あれ、思考を読めるのなら、先程の茶番にはわざと付き合ってくれたのかな?)
『それもあるけど、どうせなら新天地で楽しく生きてほしいし?』
『……ありがとうございます。なるべく楽しく百年生きてみようと思います』
渚がどうにか笑って見せると、管理者も嬉しそうに頷いた。
『記憶が戻ったら、自分自身を鑑定するといいよ。そこでスキルポイントを割り振れば、便利な能力を得られるから』
『分かりました。色々ありがとうございました』
真っ白な光に包まれ、意識が閉ざされていく。これから、生まれ変わるのか。
家族や友人にさよならを呟く渚の耳朶を、優しい声音が震わせた。
『良い、異世界生活を』
それが、工藤渚の魂の、最期の記憶。
パタンとドアが閉じる音がして、目が覚めた。
誰かが、この殺風景な部屋から出ていった音だ。少し眠ったおかげか、先程よりは多少は気分がマシだった。ゆるゆると息を吐き、ぼんやりとあたりを窺う。
「あ、水……」
テーブルの上に水差しとグラスが並んでいる。その横には小さなトレイ。スープとスプーンが置かれている。部屋を出ていったのは、これを運んでくれた配膳係のメイドだろう。
(齢十の令嬢が病気だっていうのに、最低限の施しだけで、あとは放置かぁ……)
眠っている間に思い出した記憶は、転生時の管理者からの説明だけではなかった。
この身体の持ち主――アリア・エランダル辺境伯令嬢の記憶。生まれてから十歳までの彼女の人生を、渚は夢の中で復習していた。
アリアの実母は彼女が五つの時に病で亡くなっている。エランダル辺境伯家は母の生家だ。その領地はここグランド王国と隣国の境にあり、国境線を守る、戦略的にも重要な拠点である。
武に優れた一族だが、薄命な者が多い家系でもある。アリアの祖父は領地の南側に広がる大森林から溢れた魔物の討伐で命を落としたし、何人ものご先祖さまも隣国との戦で果てたと聞いた。
夫を亡くした祖母は後継のため、一人娘であった母に婿をあてがった。
それがアリアの父、アドニスだ。エランダル辺境伯家の傍流である騎士爵の息子で、辺境軍を率いる団長だった。祖父は武に優れた彼を気に入っており、いずれ娘の婿にと考えていたらしい。
父が婿養子に入ると、安心したのか祖母も病で亡くなった。そして、後ろ盾を亡くした母を、父は蔑ろにした。妻が乳飲み子を抱えているのに、愛人とその娘を屋敷に入れたのだ。呆れたことに、母と結婚する前から関係のある愛人だった。
エランダル家への婿入りを狙っていた父は、二人の存在を隠して母と婚姻を結んだ。母が妊娠、出産している間にエランダル家を掌握した父は、その後は用無しとばかりに母娘を別邸へ追いやった。乳母を一人とメイドを一人あてがっただけで、放置したのだ。エランダル家の本来の主であるはずの母は貶められ、心と身体を弱らせた。
アリアの母は元々線の細い穏やかな女性だった。ゆっくりと命の灯火を消していった彼女を、弱い女だとは思わない。父がどうしようもないクズだったのだ。
さすがの父も、五歳で母を亡くしたアリアを一人で別邸に置いておくことはできずに、本邸へ戻したのだが……アリアからすれば、そのまま放置されていたほうがよほどマシだった。
本邸で与えられた部屋は母が幼い頃に過ごしていた子供部屋だったが、すぐに義姉に奪われた。
義理の姉は当時七歳で、アリアの物をなんでも欲しがる貪欲な少女だった。
『妹のくせに、こんな綺麗なドレスを着て、ずるいわ』
母が拵えてくれたドレスや人形、アクセサリーを次々に奪われて、最後は部屋からも追い出された。
『そこが、貴方にはお似合いよ』
くすくすと笑う義姉に押し込められたのは、使用人でも使わない屋根裏部屋だった。
ベッドと机とクローゼットだけの、がらんとした部屋。ドレスの代わりに古びたワンピースを普段着として与えられた。そうして五年間、アリアは使用人の仕事を強いられた。
掃除に洗濯、調理の下拵え。およそ令嬢がするはずのない仕事をさせられた。食事は更にひどい。裕福なエランダル家では使用人の食事もそれなりのものだが、彼女に与えられたのは、硬い黒パンと野菜の切れ端がほんの少し入った味の薄いスープ、たったそれだけ。
義母はアリアが少しでも失敗するとすぐに鞭で打ったし、義姉は母を真似て彼女をひどく罵った。
父はそんな二人の行動を知ってか知らずか、実の娘であるはずのアリアをいない者として扱い、ずっと無関心でいた。
いつしか、昔からエランダル家に勤めていた使用人たちは、全て解雇されていた。忠心から諫言しようとした彼らを父は嫌ったのだ。陰ながら母娘を助けてくれていた使用人たちがいなくなり、アリアは一人ぼっちになった。
どうにか十歳まで生き延びたが――きっと、このままだったら衰弱死していただろう。
「……でも、前世を思い出した」
かすれた声を喉から絞り出す。震える指先でコップを引き寄せて、喉を潤した。ようやく息がつける。そっと、痩せ細った両腕で自身を抱きしめた。
「可哀想な、アリア。でも、これからは私が守ってあげる」
栄養不足で肌もボロボロの少女は、年齢相応に見えないほど貧相だ。今まで虐げられてきたアリアとは全く異なった、凛とした声音で告げる。
「ステータスオープン」
魂の管理者が教えてくれた呪文を唱えると、今現在の彼女のステータスが見える。
目の前に現れた、本人にしか見えないらしい透明のボードを挑戦的に睨みつけた。
「さぁ、反撃の開始よ」
アリア・エランダル(工藤渚)十歳
レベル1
HP 3/10
MP 150/10000
力 5 防御 4 素早さ 6
器用さ 20 頭脳 100 運 10
スキル 生活魔法・全言語理解・鑑定・掃除・調理・洗濯(※SP 100)
「……なるほど?」
自身のステータス値がとんでもなく低いことはなんとなく分かった。器用さや頭脳の数値に比べて身体的なステータスが全て一桁なのは、十歳にしてもかなり弱い部類に思えた。それもHPからして納得だ。元々の体力がない上に残りも少ない。かなり危険な状態だ。
秀でた才能、突出した技能のことを「スキル」と呼ぶようだ。
魂の管理者に貰った【生活魔法】と【全言語理解】【鑑定】スキルはしっかりある。【掃除】【調理】【洗濯】スキルは不本意ながら、使用人として五年間こき使われた際に得たものだろう。
さっそく使った【鑑定】によると、スキルや魔法は使えば使うほど、派生スキルやより強い魔法を覚えられるようになるらしい。
努力がちゃんと結果として表れる世界なのは素晴らしい。
MP――魔力が高いのはありがたい。腕力がない分、魔法で戦える。使った覚えがないのに魔力が減っているのは、肉体を維持するため無意識に体力へ変換していたのか。
「とにかく、まずはスキルを得よう。このSP表示がスキルポイントかな?」
ステータスボードのSPの欄をタップすると、アリアのステータスが消え、代わりにスキル名と魔法が並んだ。これが今取得できるスキルと魔法なのだろう。
・無限収納EX 60ポイント ・錬金術 20ポイント
・武術スキル 30ポイント ・治癒魔法 20ポイント
・光魔法 30ポイント ・剣術スキル 20ポイント
・闇魔法 30ポイント ・身体能力向上 20ポイント
・四聖霊魔法 30ポイント ・気配察知 10ポイント
・生産能力 30ポイント ・隠密能力 10ポイント
「えー……どれも欲しい。悩ましい……」
しばらく悩んだが、まずは【治癒魔法】をタップする。スキルを得てすぐに、自身に治癒の魔法をかけた。柔らかな光に包まれ、息苦しかった胸がすっと楽になる感覚にほっと息をつく。
喉ももう痛くないし、細かな傷や血が滲んでいた指先も綺麗に治っていた。
「ちょっと楽になったわね」
身体が回復すると、途端に空腹を思い出した。いそいそとベッドから起き上がり、テーブルに置かれたスープを口に運ぶ。相変わらず具がほとんどない薄味のスープだが、病み上がりにはちょうど良い。空腹が良い調味料となり、スープは綺麗に飲み干した。
お腹の奥から身体全体がポカポカと温まってくる。このまま眠りにつければとても心地よいのだろうが、今はまだおあずけだ。
「他のスキルは何にしようかな?」
家族への直接的な復讐を第一に考えるならば、攻撃力のあるスキルを選ぶべきだろう。けれど……
「うん、まずはこのクソったれな家から抜け出して快適な生活を送るためのスキルを選ぼう」
憎い家族を害せたとしても、それと同時に自分が傷付くのも、命を落とすのも悔しい。
それよりもアリアがアイツらよりも幸せになることが一番の復讐になる気がした。
(まあ、もちろんアイツらを地獄に突き落とすことも諦めてはいないけどね!)
優先順位を間違えてはいけない。まずはこの家でじっくりと身体を回復させ、力を蓄えてから脱出しなければ。なんの準備もなしに無手で逃げ出したとしても、すぐに力尽きて捕らえられるか、大森林の魔獣の餌になるだけだ。
「よし、決めた。まずは異世界物語定番のこのスキル!」
【無限収納EX】を迷わずタップ。出奔するからには、荷物をたくさん収納できる能力は重宝するだろう。それにこの消費ポイントの高さに、このスキルだけEX付きの名前。絶対に何かある!
「残り20ポイントは、逃亡者として【気配察知】と【隠密能力】スキルかな」
全てタップしたところで、SP欄は消えた。
代わりにステータスボードのスキル欄に新しいスキルが追加されている。
「うん、いいね。これでひと安心。とりあえず、明日からはスキルを使って準備しなきゃ……」
呟きながら、小さく欠伸をする。もう少し考えたかったけれど、体力のない小さな身体にはこれが限界だ。のそのそと硬いベッドに戻ると、ブランケットに潜り込む。
おやすみなさい。誰にともなく囁いて、意識を闇に滑り込ませた。
第二章 家出しようと思います
アリアにとって幸いなことに、エランダル家の使用人たちで彼女に関心を持つ者はほとんどいなかった。そのため寝込む少女の世話をする者もなく、彼らは交代で一日に二度、朝と夕の食事を屋根裏部屋の粗末なテーブルに運ぶだけだった。
寝込む前までは自分たちの仕事を押しつけてきたものだが、さすがに力なく横たわる少女に無理強いはしなかった。しかし、彼らは今の彼女が【治癒魔法】で回復していることを知らない。
「ということは、朝食と夕食の時だけ部屋にいれば、あとは自由ね」
ニヤリと不敵に笑う。薄いスープに硬いパンを浸した食事を終えると、アリアは立ち上がった。
ちなみに薄汚れた部屋が我慢ならず、【生活魔法】の【浄化魔法】スキルを使ったため、快適に過ごせている。
【生活魔法】は便利だ。大きな括りで【生活魔法】と呼ばれているが、内容は多岐にわたる。まずは汚れを落とす浄化の魔法。これのおかげで今のアリアは風呂いらずだ。
他にも飲み水を出す魔法や火を点ける魔法、木材や食物を乾燥させる魔法など、チートではないが、とても便利な能力を使えるようになった。
魂の管理者には感謝しかない。
おかげでいつから風呂に入っていないのか不明なほど垢が浮いていた肌も、今はぴかぴかだ。べたついていた髪もサラサラで天使の輪が光っている。
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