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〈掌編・番外編〉
4. 狼さんのスライム狩り
しおりを挟む『二人だけでダンジョンを楽しむのズルいですよ、センパイ! 俺もダンジョンで無双したいですー!』
夜中、おそらくは眠りについたエドの代わりに表層に現れたらしき黒狼が、ナギの部屋を襲撃したのは、海ダンジョンのキャンプから帰って来た日のこと。
明日と明後日は休日にして、のんびりと過ごす予定だったので、ナギは珍しく夜更かしを楽しんでいた。
お貴族さま御用達のお高い茶葉を使った紅茶を淹れて、バターサブレを摘みながら気に入りの作家の新刊を読んでいたナギは、突然の闖入者に驚いた。
「どうしたのよ、急に」
いつもの仔狼姿でなかったのは、おそらくドアノブに届かなかったからなのだろう。
巨大な黒狼は器用にドアを開けて、ナギの部屋に乗り込んできた。
『だからー、俺もダンジョン行きたいんですー!』
ふんすふんす、と鼻息も荒く何やら訴えてくるが、落ち着きなさい、と制して大きめのクッションを床に置いてやる。
少しは冷静になったのか、黒狼は素直にクッションに凭れ掛かるようにして床に寝そべった。
「紅茶でいい? お水か果実水も出せるけれど」
『……紅茶がいいです。あと、そのサブレも食べたいです』
「了解。どうぞ、火傷には気を付けてね」
収納から取り出した深皿に紅茶を入れる。バターサブレも食べやすい皿に並べて、鼻先に置いてあげた。
ふすん、と鼻を鳴らしてお礼を言うと、黒狼はもそもそとサブレを食べ始める。
馬ほどの大きさを誇る狼だが、幸い母から譲り受けたこの別荘なら、彼ほどの体格の獣もゆったりと寛げるのだ。
居心地は良かったが、他人の目を気にしながらの宿生活と比べても、森のそばの新居での暮らしはとても快適だった。
(宿だったら、アキラも仔狼の姿でしか顕現出来なかったものね)
魔道具を駆使して結界と目眩しの術を発動しているので、今の姿の彼でも自由に庭を駆け回れるのだ。
バターサブレを食べ終わり、少し冷えた紅茶をそーっと舐めている黒狼に、ナギは小さくため息を吐いた。
「ーーで、ダンジョンに行きたい、と?」
『そう! そうなんです! せっかくの異世界転生なんだから、俺も念願のダンジョンで遊びたくて……』
「遊び?」
『あっ、いや、遊びじゃないです……。冒険者活動を、俺もしたいなぁって』
ちろりと視線を向けると、しおしおと項垂れる。デカい図体のワンコが落ち込んでいる様は可哀想だし、とても可愛らしい。
こほん、と咳払いをして、ナギは真面目な表情を作る。
「気持ちはすごく良く分かるけれど、私たちが活動場所にしているダンジョンのエリアはまだ低階層。人が多すぎるから、さすがに獣化した貴方を連れて行くのは難しいと思うの」
テイムした魔獣を連れて行くにしても、さすがにこの巨体の黒狼は目立ち過ぎる。
特に獣人たちは、なぜかこの姿のエドを目にすると「黒狼王」と崇めようとするため、余計に厳しい。
「仔狼姿なら、獣人たちも無反応だからそこは良いんだけど、今度は「こんな、いたいけな子犬を魔獣にけしかけるのか⁉︎」って非難されちゃうし……」
小さくてふわふわして可愛らしい姿をしていますが、とても強いんですよ、この子。
何度そう叫びたくなったことか。
しかし、それはそれで、可愛くて強い従魔なんて最高! と狙われてしまうから大変なのだ。
フェローさんが厳重注意をしてくれたおかげで、どうにか騒ぎは治まったが、警戒してしまうのは仕方がないだろう。
「うーん、私たちがもっとレベルが上がって、他の冒険者とかち合わないフロアまで進めたら、むしろ獣化して助けて欲しいくらいなんだけど……」
あいにく、東のダンジョンや海ダンジョン、どちらも二人の主戦場は低階層。
こつこつとボアやディアを狩り、カニや海産物を嬉々として集めている始末で。
『うう…っ…。そんなんじゃ、何年もかかっちゃうじゃないですか……』
「ご、ごめんね? えっと、その、なるべくレベル上げ頑張るから!」
『……それだけですか?』
きゅーん、と哀しそうに鼻を鳴らされると、動物好きなナギはとても弱い。
「そうね……。魔獣を倒したいなら、家の前の森で暴れるのはどうかな? 昼間はたまに見習い冒険者がいることもあるから、人がいない夜の間だけ。どうかな?」
ナギの提案に、黒狼がそろりと顔を上げた。
黄金色の瞳がキラキラと輝いている。
『……この姿でもOKですか?』
「誰にも見られない時間帯だし、大きな狼姿でも大丈夫でしょう」
『じゃ、じゃあ、魔法を使っても?』
「せっかくの豊かな森を破壊しない程度なら、まあ良いんじゃないかしら」
『やったー‼︎ ありがとう、センパイ! たくさん獲物を狩って来ますね!』
「はいはい、落ち着いて。ちゃんとエドの許可は取って行くのよ?」
『いま、取りましたー!』
わふん、と高らかに吼えると、黒狼はさっそくナギの部屋を出て行った。
明日からではなく、今すぐなところに呆れてしまうが、ここしばらくは大人しく我慢してくれていたのだ。
ストレス発散のためにも、夜の散歩は案外ありかもしれない。
「獣化したアキラの体力は底なしみたいだし、エドは眠っているから大丈夫……なのかしら? 念のため、明日の朝食は精のつく物を用意しとこうかな」
幸い明日と明後日はお休みなので、夜更かしが辛かったら、昼寝で乗り切ってもらおう。
「アキラの収納用のバングル、容量を広げておいて良かった……」
あの張り切りようからして、大量の魔獣を狩ってくるに違いない。
狩り尽くすことはないだろうが、相当の量を見込んでおいた方が良い。
「……うん、のんびりマイペースにはなるけれど、なるべくレベル上げを頑張りましょうか……」
たまにはガス抜きも必要なので、週に一度、夜の森での活動を許可してあげればストレスも溜まらないかな?
ふう、とため息を吐いて、すっかり冷えてしまった紅茶を飲み干すナギだった。
当の黒狼は、森の奥の水場でスライム狩りを一晩中楽しんだらしい。
得意の氷魔法は封印し、ただひたすらジャンプしてスライムをぷちっと踏み潰す遊びだ。まるでキツネの狩りだが、あの感触がすっかり癖になったらしい。
翌朝、大量のスライム魔石を前に、ナギとエドは頭を抱えることになるが、そこはそれ。
週に一度の夜遊びを、二人は既に約束してしまっていたのだ。
スライムは水場があれば、大量に繁殖する。数匹残してさえおけばポコポコと分裂して増えていくので、心置きなく狩れるというもので。
『スライム退治、たのしい…!』
キャッキャと上機嫌で飛び跳ねる黒い狼の姿を、二つの月が見下ろしていた。
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