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〈掌編・番外編〉
2. 整理整頓は大事です
しおりを挟むエドと二人でダンジョン都市に辿り着き、冒険者見習いとそのポーターとして順調に日々を過ごしていた頃。
週に二度の休日の最中、ふとナギは「お片付けをしよう」と思い立った。
居心地の良い宿屋『妖精の止まり木』の、いつもの部屋で珍しく暇を持て余していた。
作り置き料理は午前中に終わらせてしまっていたし、辺境伯邸から持ち出した本も興味のあるものはあらかた目を通してしまった後で。
(外に遊びに行くのも面倒なのよね、暑いし)
そう、南国のちょうど太陽が中天に近いこの時間帯は、とても暑いのだ。
強い陽射しで灼かれた石畳を踏み締めて、日陰の少ない通りを抜けてまで、どこかに遊びに行く元気は、今のナギにはなかった。
前世の休日なら、涼を求めて図書館や買い物に出掛けたかもしれないが、この世界にはあいにくエアコンがない。
「油断すると熱中症になりそうだもの。体力のない、この体で下手に動き回らない方が賢明よね」
特に買いたい品があるわけでもないので、怠惰に過ごす休日も悪くはない。
ナギはひんやりと心地良い冷たさを伝えてくれるタイルの上でころころと転がっていたのだが、どうにも落ち着かなかった。
のんびりとしたスローライフを送るのが夢だったはずだが、いざ何もすることがなくなると、妙に座り心地が悪い。
「何かしていないと落ち着かないなんて、小心すぎるわね、我ながら」
こんなに暑いのに、わざわざ火を使って調理するのは嫌だ。
脳筋気味なエドのように、宿の中庭で鍛錬をする気力もない。
「あ、そうだ。久しぶりに【無限収納】内を片付けようかな」
大森林で梅雨の時期を過ごしていた頃は、そうやって時間を潰していたことを思い出す。
容量に制限のないナギは何でも無造作に収納しまくっていたが、あまりにゴチャゴチャし過ぎていると、取り出すのが億劫になる。
収納した物品を取り出す際には、取り出したい物を脳裏に思い浮かべて、異空間から手元に引き寄せるのだ。
だが、あやふやに放り込んだ物が幾つもあると、リストを追うのも面倒になる。
「種類別に収納品を分けて、空間別にしまっておこうかな」
フローリングに仰向けで転がっていたナギは、よいしょと勢いをつけて起き上がった。
ぺたんと両足を伸ばして座ると、収納リストを脳内で開いてみせる。
「辺境伯邸から持ち出した物は、道中売り払ったから、だいぶスッキリしたわね。食料は自分たちで消費するとして、他に残っているのは、バカ父の服と馬具に武器、ああ、馬車があったわね」
母と一緒に住んでいた別荘はもちろん、大事に収納しておく。
リネンや消耗品の類は自分たちで使うため、別荘の空き部屋に移動してあった。
家具類と女性用の衣装、宝飾品や美術品は旅の途中で売り払ったので、その分はスッキリしている。
魔道具はランタンやテントなど、大量に出回っている品は自分達用に確保した物以外、すべて売り払った。
「いま収納している魔道具は高価な物、希少な品ばかり。さすがに足が付きそうだから、これは手放せない」
結界の魔道具や姿隠しのローブは、ダンジョン産のお宝だ。どちらもありがたく使わせて貰っている。
魔道武器の類もダンジョンでドロップした物が殆どで、中には国宝級の物まであった。
これはダンジョンの下層に潜る際には大いに役立つだろう。
「うん、魔道武器もちゃんと別空間に大事に収納しておきましょう」
脳内で作業も出来るが、地味に疲れるので、ステータス画面を開いて、【無限収納EX】スキル欄から作業をしている。
タブレットを弄っている感覚に近いため、こちらの方が分かりやすい。
「とりあえず大まかに食糧品の空間に食品系は全部移動して、あとは細かく分けて収納かな」
肉類、魚介類、玉子と乳製品、野菜類、果物類。加工品は別にしよう。ジャム、ピクルス、果実の砂糖漬け、干し肉。
調味料は種類も少ないので一つにまとめておいた。塩、砂糖、胡椒、ビネガー、醤油。ハーブ類とマヨネーズやソース類は別にする。
「あとは作り置き料理やお菓子、パンも別にして、と」
こちらは分かりやすく、メインの肉料理、スープ類、揚げ物系、主食、デザートと纏めていく。
「あ、昼食は別空間にしておこうかな。ぱっと取り出して、すぐに食べられるように」
サンドイッチやおにぎり、ハンバーガー。ランチは食べやすいメニューにした。
野営用の道具類も纏めておく。いつでも調理が出来るよう、クッキングセットにした。
そうやって収納内を整理していくと、気分も晴れやかになっていく。
ごちゃごちゃしていた物事が片付いていく様は見ていてとても気持ちが良いものだ。
「うん、分かりやすくなった。必要な物と不要な物がはっきりと区別出来るわね」
大森林や旅の途中で狩った魔獣の肉は、ちゃんと自分たちで消費するつもりなので確保。魔獣の素材は不要なので、少しずつ冒険者ギルドに売りに出そう。
魔石は魔道具に使うため、一定量は確保して、残りはこれもギルドで売る。
「とりあえず、売り払う予定の物はこっちのマジックバッグに移動させておこうかな」
ショルダーバッグに収納機能を付与させた、特製のマジックバッグに馬具や馬車、武器の類を移し替える。バカ父の衣装類も忘れずにショルダーバッグに押し込んだ。
「うん、お昼ごはんの後で、少し涼しくなったら、バッグの中の不用品を売りに行くのもいいかもしれない」
いつまでも、嫌な思い出を彷彿とさせる品を抱え込んでおく趣味はない。
高く売れなくても良い。とっとと処分できるのが一番だ。売上でエドと二人、何か美味しい物を食べに行くのもいいかもしれない。
「うん、そうしよう。あとでミーシャさんにお店の場所を教えてもらおう」
整理整頓が捗り、とても気分がいい。
上機嫌のまま一階の食堂に降りて行く。ちょうど昼時だ。いい加減でエドを止めないと、それこそ熱中症で倒れかねない。
「こんなに暑い日には素麺が食べたいけど、仕方ない。うどんにしよう」
さっと茹でて、エドの氷で締めたら、きっと美味しいざるうどんが食べられる。
麺つゆもどきも作ってあるし、西洋ワサビと生姜、ネギもあるから薬味もバッチリだ。
うどんだけだと物足りないから、作り置きの天ぷらも添えておこうか。海老天と野菜天。白身魚の天ぷらもあったはず。
デザートはフルーツゼリー。パイナップルとマンゴー味。エドと半分こしても良い。
「……ナギ? もう昼時か」
「おつかれ、エド。まずは水分をとって、次は汗を流してきてね。お昼ごはんはそれからだよ」
「分かった。すぐに行く」
ピン、と耳を三角に立てて、手渡したドリンクを一息で飲み干すエド。
ヤシの実ジュースに塩を少し混ぜた、お手製スポーツドリンクだ。
ゆっくり飲んで欲しかったのだが、思いの外、渇いていたようで。
「…ぷはっ。生き返った。ありがとう」
グラスを返して、笑顔で庭の片隅に駆けて行く。小さな小屋はシャワーになっているため、皆そこで汗を流すのだ。
浄化魔法を使えばすぐに綺麗にはなるけれど、火照った肌には冷たい水が気持ち良い。
エドがシャワーを浴びている間、ナギはキッチンでうどんを茹でる。
目敏いミーシャさんが寄ってくるのを視界の端にとどめ、ナギはうどんを一人前追加した。さて、天ぷらは足りるかな?
ざるうどんと天ぷらは、とても好評だった。うどんは二回ほど追加で茹でたし、天ぷらは取り合いになった。
フルーツゼリーも足りなくなったので、レモンシャーベットを追加した。
ざるうどんは、冷製パスタと共に夏の定番メニューになりそうだった。
ちなみに売り払った諸々は予想以上の金額となり、ナギはほくほくしながら、ブラッドブルの塊肉とカカオを買った。
エドはそれらの金額に青くなっていたが、こういうお金はぱーっと使おう! と言い張ったナギの意見が通った。
久々の高級肉を使ったすき焼きは、涙が滲むほどに美味しくて、断捨離にハマる人の気分が少しだけ分かった気がするナギだった。
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