異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈ダンジョン都市〉編

147. ふわふわ、とろとろ

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 オーク肉十頭は冒険者ギルドに買い取って貰った。残りの六頭は自分たち用に確保してある。魔石十六個は全て売り払った。
 この日の買取り金額は金貨五枚と銀貨六枚。一日の稼ぎとしては、かなり大きい。
 ギルドからの帰り道、ナギは思案顔でつぶやいた。

「やっぱり、オーク肉は良い稼ぎになるわね」
「一頭につき、銀貨五枚だからな。魔石は銅貨三枚前後だが」
「オークの魔石は土属性だから、そんなものか。とにかく、お肉がメインなのね」
「ああ。オーク肉は旨いからな」
「そうね。オーク肉は美味しいから、売れるのは分かるわ」

 真顔で頷き合う。
 そう、オーク肉は美味しい。塩を振って焼いただけでも、甘い脂身が味蕾を優しく刺激してくれるのだ。
 ダンジョン都市では揚げ物料理は発達していないようで、煮込み料理やステーキ、串焼きが殆どだったが、素材の旨味が強いので大抵のオーク料理に外れはない。

 おかげで、ダンジョン都市ではオーク肉が大人気だった。
 ボアや鹿肉よりは割高だが、冒険者たちに払えない金額でもないため、需要は多い。
 ナギたちにとっては、一頭の買取り額が大きいため、オーク肉人気はとてもありがたかった。

 前世の渚の知識では、体重がおよそ110キロの豚一頭から取れる食肉部位は大体50キロだった。
 
「オークは二足歩行の魔物だし、豚と比べるのはどうかと思うけれど、体重の半分弱くらいが精肉部分なのよね」
「半分しか食えないのか」
「お店で売るお肉はね。私たちはもう少し活用しているわよ?」

 大きな声では言えないが、豚骨ならぬオーク骨でスープの出汁をとっているし、最近はタン料理もメニューに加わっている。
 オークタンはこりこりとした食感がやみつきになる食材で、焼肉はもちろん、シチューにも大活躍なのだ。

「オークの体重が200キロとして、お肉は半分の100キロ。それが銀貨五枚としたら、あれ? そんなに高額買取りじゃない……?」
「キロ換算するとかなり安くはなるが、飼育したわけじゃないから、狩人からしたら妥当だな」
「それもそうね。日本での畜産業を基準にしたらダメだった」

 餌代も世話代もかかっていない、ダンジョン産のお肉なのだ。
 倒す労力からしても、やはり美味しい獲物であると云える。

「オーク肉でもっと儲けたいなら、生肉じゃなくて、加工すれば高く売れるんじゃないか? ナギなら」
「オーク肉を加工……?」
「たとえば、ベーコンや生ハム。燻製肉だったか? 味が良ければ、高値でも飛ぶように売れると思うぞ」
「あー…なるほど。加工肉ね……」

 たしかに、肉屋で見かける加工肉は生肉と比べて数倍の値段が付けられている。
 腕の良い加工職人のいる肉屋のベーコンや生ハムは絶品だ。十倍の値段がつけられていたとしても、買ってしまう自信があった。

「辺境伯邸の地下食糧庫で育てられていた生ハムは特に美味しかったのよね……」

 思い出したら、口の中に唾液が溢れそうになる。塩加減もちょうど良く、お肉の熟成度も最高の逸品だった。
 とっくに食べ切ってしまったので、もう二度と同じ物は味わえないが、自分で作るという手があったのか。

「レシピは何となく分かる。前世で作れないか、調べたから。置き場所がないから諦めて結局作れなかったけれど」

 今なら、材料となるお肉も大量にあるし、広いキッチンと食糧庫もあるのだ。
 ベーコンは燻製用の設備を整えれば、大量に作れるだろう。ジャーキー作りは成功しているので、ベーコンは大丈夫だと思う。

「生ハム、作ってみようかしら? 失敗するかもしれないけど……」
「試してみよう。失敗したら、また狩ってくればいい」

 期待に輝く琥珀色の双眸。
 そっと視線を下に向けると、漆黒の艶やかな尻尾が嬉しそうに振られている。
 そんなに加工肉が食べたいのかと、少し呆れてしまうが、美味しい物に弱いのは自分も一緒だ。

「少しだけ試してみましょうか。ダメだったら、直接お肉をお店に持ち込んで加工して貰う手もあるしね?」
「その手もあったな。ギルドよりも安く店に卸して、加工賃を払えば、やってくれそうだ」

 顔を見合わせて、破顔する。
 休みの日の予定がまた埋まっていくけれど、楽しみのひとつなので気にしない。
 屋敷のカーテン付け替えとひんやりタイルを貼る作業はエドに任せて、ナギはしばらく美味しい加工肉のレシピを考案することになった。


 東の砦を出て、森を向かう細道からはゴーレム馬車を使う。
 スピードを抑えめにすれば、下半身へのダメージも少ないので、のんびりと家を目指して走らせた。
 徒歩だと一時間の道を十分で辿り着けるので、ゴーレム馬車は手放せない。

「ただいま!」

 誰もいなくても、自分たちの家に帰ったことが嬉しくて、何となく帰宅の挨拶は忘れずに口にしている。

 先にお風呂で汗を流してから、夕食作りだ。かたくなにレディファーストの姿勢を崩さないエドに感謝しながら、一番風呂をいただいて、楽な部屋着に着替える。
 お風呂上がりはムームーに似たデザインのワンピースだ。
 ゆったりとしたサイズの衣服なので、火照った肌にはちょうど良い。

「さて。今日はオークカツだったわね」

 解体した枝肉を取り出して、一センチほどの厚さに切っていく。
 エドが一枚で満足するはずもないので、とりあえず十枚ほどオーク肉を切り出した。
 下拵したごしらえを終えたところで、エドが風呂から上がり、肉を揚げる作業を受け持ってくれた。

「じゃあ、私は他のおかずを作るね」
「ああ。揚げ物は任せろ」

 肉を焼く作業に続き、揚げ物調理の腕も着々と上げているエドに任せ、ナギはサラダを作ることにした。

「せっかく新鮮な山芋を掘ってきたことだし、サラダにしてみましょうか」

 彩りを考えて、キュウリと山芋のサラダを作ることにした。
 キュウリは塩を振って板ずりし、流水で洗い流してから、山芋と一緒に麺棒で叩く。
 味付けはシンプルに醤油とビネガー、ワサビを使った。ミニトマトを添えれば、見栄えも良いし、美味しそうだ。
 お手軽メニューだけど、シンプルで美味しいので、夏のサラダとして良く作っていた。

「ご飯は鍋いっぱいに炊いていた物があるし、今日はスープはいらないかな。オークカツの味変用にとろろを用意しましょう」

 おろし金はドワーフ工房のミヤさんに作って貰った物があるので、山芋をするのは簡単だ。
 揚げたてのオークカツをワサビ醤油ととろろで食べる。なんて贅沢な食べ方だろう!
 エドはナギがすりおろした、とろろを不思議そうに眺めているが、さっぱりとして美味しいのです。ほんとうに!


 見た目に少し引いていたエドだったが、ためしに一口だけ、とろろオークカツを味見したところ、すっかり気に入ったようで。

「オークカツ六枚完食……?」

 口当たりの良さが相俟って、ぺろりとオークカツを平らげてしまった育ち盛り食べ盛りの少年に、ナギはとろろ禁止令を出すべきか、しばらく悩むことになった。

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