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〈ダンジョン都市〉編

143. 森を探索しよう 2

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 新居前の森はそれほど大きくはなかった。
 奥に水場があるためか、湿度は高いが、ひんやりとしており過ごしやすい。
 
「迷わない?」
「家の匂いを辿れば良いから、心配しなくていい」
「それは心強いわね」

 胸を張るエドに帰り道の案内は丸投げすることを決めて、ナギは森へ足を踏み入れた。
 小鳥のさえずりが絶え間なく響いている。
 木漏れ日を肌で味わいながら、周囲を注意深く観察してみた。
 
「キノコの種類が多いかな。食用のキノコがいくつか。ついでに採取していきたいけど、今日は探索がメインだったね」

 入ってすぐに食材が見つかって、ほくほくと喜んだ。
 入り口付近でこの調子なら、奥にはもっとたくさんのキノコが生えているだろう。
 シイタケとマツタケが見付かれば最高なのだけれど。
 
「ナギ、油断するなよ」
「ん、分かってる」

 ペンダント型の結界の魔道具を握り締めて、頷いた。
 人里に近い森にも、獣が魔獣化して襲ってくる場合はあるのだ。
 冒険者があまり足を踏み入れない場所は、特に多い。
 淘汰とうたされずに巨大化した魔獣はなかなか厄介なので、冒険者ギルドは定期的に森や山周辺に依頼を出して冒険者を派遣するらしい。
 
 今のところ【気配察知】スキルに反応はない。魔獣だけでなく、小動物まで範囲に入れて気配を探ってみると、たくさんの命の気配を感じた。
 鳥やリス、キツネ。うさぎは特に多い。
 大きな気配を探ると、鹿と猪らしき存在を感知できた。かなり奥にいるようで、まだこちらには気付いていないようだった。

「豊かな森みたいね?」
「ああ。この辺りはゴブリン臭もしないから、平和な森だと思う」

 先を歩いていたエドが足を止めて、ナギを手招いた。そっと近寄ると、うさぎの親子がベリーを食べているところだった。
 明るい茶色の親うさぎと真っ白い毛皮の子うさぎが無心でベリーを齧っている。
 口元が紫色に染まっていて、可愛らしい。
 親子の食事を邪魔しないように、気配を殺してそっとその場を離れた。

「狩らないのか」

 エドが面白そうな口調で訊いてくる。
 意地悪だな?
 ホーンラビットやアルミラージのように好戦的な魔獣でなければ、ふわふわの可愛いうさぎをわざわざ痛めつけたいとは思わない。
 命の価値云々と難しいことは放り投げて、未熟な感情論のまま、頷いた。

「お肉は基本、ダンジョンで狩るから! 向こうから襲ってくるなら仕方ないけどね」
「なるほど。つまり、こいつは倒していいんだな?」
「え?」

 きょとん、と顔を上げた先。
 いつの間にか、巨躯のクマがいた。額に角があり、血走った目をしているーー魔獣だ。
 
(うそ? 気配察知に寸前まで、引っ掛からなかった⁉︎)

 立ち上がると三メートルほどはありそうな、巨大なクマの魔獣はキラーベア。気配を殺すことが得意な森の殺し屋だ。
 鋭い爪を振り上げようと身動いた瞬間、その太いくびにエドの蹴りが炸裂する。
 ゴキっ、と骨が折れる音が響き、エドが素早く身をかわした。
 最期の足掻きも虚しく、キラーベアはその巨躯を地面に横たえて痙攣けいれんする。

「……び、っくりしたぁ…」
「もう死んでいる」
「うん、そうみたいだね…。今の技はラヴィさん直伝の蹴り?」
「ああ、そうだ。ちょうど良い相手だったな、クマ」

 満足そうに笑うエドに、ナギは溜め息を吐いた。随分と気軽に倒してくれたが、キラーベアはランクCの魔獣。
 ソロのルーキー冒険者が素手で倒せる相手ではないはずだ。
 
「わたしの相棒、強すぎ…?」

 戦慄するナギだが、彼女の魔法もとんでもない攻撃力を誇っているので、あまり他人ひとのことは言えない。

 とりあえず、その死を無駄にしないように、しっかりと遺骸を収納しておいた。
 スキル内で解体する。肉は硬すぎて食用には向かないらしいが、内臓類は薬の素材になるらしい。毛皮と爪、牙と魔石あたりはギルドの買取り対象なので、ありがたく糧になってもらおう。

「せっかくの新居の近くに、こんな物騒な魔獣が棲んでいるのは、落ち着かないわね…?」

 ナギもたおせない相手ではないが、頼みの【気配察知】スキルをすり抜けてくる魔獣は厄介だ。
 スキルレベルがまだ低いのかもしれない。
 ダンジョンにこもって、しばらく鍛え上げた方がいいのかな?

「エドは気配にすぐ気付いたの?」
「俺は匂いで分かった。一度、森の奥で見かけたことがあったから、覚えていたんだ。あの時は何も出来ずに逃げ帰ったけれど、今日は倒せた」

 誇らしげに笑う彼は、立派な狩人だ。
 今日の晩ごはんはお祝いだね、とナギもほっこりする。

「この森は人の住む村から外れているから、ギルドの派遣先には当たらない。最初はただのクマだったのが、魔素を浴びて魔獣化したんだろう」
「と言うことは、他にもこんなのがいる可能性が高い、と……?」
「だと思う。しばらくは定期的に森を回って駆除しておいた方が安心だな」
「スローライフが遠ざかる…」

 肩を落としたくなるけれど、大事なマイホームで安心して暮らすためだ。
 ぐっとこらえて、顔を上げる。

「さっきのキラーベアだと、私のスキルでは見つけられないみたい。足手まといで申し訳ないけれど、見つけたら私にも教えてくれないかな?」
「ああ、もちろん。だが、倒すのは俺がやりたい。ちょうど良い訓練相手になる」
「……うん…。あの、エドの身に危険はないの……? キラーベアだよね…?」

 Cランクに危険指定されていた魔獣のはず。
 なのに、エドはとても良い笑顔で頷くのだ。

「問題ない。あの巨体、動きは遅いから、余裕で避けられる。ナギは隠れてベリー摘みを楽しんでいると良い」
「あ、はい……。ほんとだ、美味しそうなベリーがたくさん」

 キラーベアの好物はブラックベリーらしい。瑞々しい果実は熟していて、食べ頃だ。これだけあれば、大量のジャムを作れる。

「ボア系の魔獣の匂いもするな。ベリーを食ったボアの肉は甘くて柔らかいから、楽しみだな、ナギ」
「うん…。ちょうどベリーがたくさんあるから、ステーキにベリーソースを添えようか…」
「! 期待している」

 今日一番の笑顔をいただきました。
 日に日にイケメン度が上がる少年の逞しい背中を見送って、ナギはブラックベリーを摘んだ。
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