79 / 276
〈ダンジョン都市〉編
139. 庭いじり
しおりを挟む引越しの初日は、のんびりと各自の部屋を整えたり、片付けを優先した。
夕食は蕎麦を食べた。
市場で見かけて購入していたソバ粉を使い、初めての蕎麦打ちに挑戦したのだ。
パン作りやうどん打ちなど、粉物の扱いを得意とするエドに任せたのだが、なかなかの腕前だったと思う。
大きな海老の天ぷらをたくさん揚げて蕎麦に載せると、テンションも上がった。
カボチャにレンコン、ナスに大葉も揚げていく。玉ねぎとニンジンをスライスし、小エビを加えたかき揚げは我ながら会心の出来だったと思う。
手作りの鰹節と昆布で取った出汁も良い味で、美味しく蕎麦をたぐることが出来た。
新居は隣家と数百メートル離れた位置にあるため、周囲に遮蔽物が少ない。
心地良い夜風のおかげで、寝苦しい夜は回避され、快適に熟睡することが出来た。
「んー、よく寝た…!」
目覚めは爽快だ。
すぐ傍らの森林から響く小鳥の囀りが、自然の目覚まし時計となり、気持ち良く起きることが出来た。
カーテンを勢いよく開いて、自室の窓から見下ろすと、ちょうど敷地内の庭が見える。
お世話になっていた宿『妖精の止まり木』も庭は広かったが、ここはその数倍はあった。
窓から顔を出すと、早朝のひんやりとした風が優しく頬をひと撫でしていく。
うっとりと瞳を細めていると、少し息切れした声で話し掛けられた。
「もう起きたのか、ナギ」
「そっちこそ早いね、エド。おはよう」
「おはよう。目が覚めたから、鍛錬していた」
生真面目なエドは早朝から庭で自主練に励んでいたようだ。煌めく汗がとても眩しい。
ナギも魔法の師匠であるミーシャさんから魔力操作の鍛錬するようにと言い渡されていたが、なかなか励めていなかった。
「普段の生活でも結構、こまめに使っているんだけどね…。あんまり魔力を使い続けていると、魔道具への充電も出来なくなるし」
加減がなかなか難しいのだ。
魔力を使い果たした状態でダンジョンに潜りたくはないし、何が起こるか分からないので、多少の余力はいつでも残しておきたい。
「まぁ、今日は魔力が空になるくらいは働くつもりだし、これも良い修練になるよね…?」
ちょっとした運動場ほどの広さを誇る庭をまるっと土魔法で手入れする予定なのだ。
こつこつと大森林内で手に入れた果樹や花も植えたいし、新鮮な野菜が食べたいので畑も作りたい。
ミーシャさんから譲り受けた水蜜桃の種は順調に育ち、根もしっかりしたので、地植えしても良いだろうとのお墨付きも貰っている。
「柵の手前に、目隠し代わりに果樹を並べて植えるのも良さそうね」
日当たりも良いし、良い風が吹いている。
水魔法でたっぷりと水を与えれば、きっとこの場所でも根付いてくれるだろう。
美味しい実を期待して、大切に面倒をみていこうと思う。
「さて、今日もしっかり働くから、美味しい朝ごはんを用意しないとね」
ゆったりとした空色のワンピースに着替えて、エプロンも装着する。
髪型はハーフアップにして、お気に入りの水色のリボンを結んで身支度は完成だ。
クローゼットの全身鏡で確認し、気合を入れて一階へ降りて行く。
宿では男装を通していたので、好きな服装が出来るのは素直に嬉しかった。
豪華なドレスを常に着たいわけではないけれど、可愛らしいワンピースやフレアスカートは大好きなのだ。
キッチンでは、エドがオレンジを搾ってくれていた。半分にカットして片手でじゅっ、とコップに満たしてくれる。
氷魔法で作った氷を入れて、マドラーで涼しげな音を立てながら混ぜて手渡してくれた。
「ありがとう。冷たくて美味しそう」
「せっかく、ここには魔道冷蔵庫があるし、麦茶とジュースを作って冷やしておくか?」
「いいわね。いつでも冷たいお茶が飲めるのは嬉しいかも。冷凍庫もあるし、アイスやシャーベットの作り置きをするのも楽しそう」
冷蔵庫を心置きなく活用するためには、ガラス製の容器がたくさん欲しい。
落ち着いたら、ガラス工房や陶器の工房をミヤさんに紹介してもらい、色々と注文がしたいなと思う。
「まぁ、まずは腹ごしらえをして、庭のお手入れだったね」
「手伝おう。ハムと玉子を焼くぞ」
「じゃあ、私はパンケーキを作るね。スープは作り置きのコンソメスープでいいかな」
「ん、楽しみだ」
エドの料理の腕は着実に上がっている。
手際よくハムと玉子を焼き、手が空いたらサラダまで作ってくれていた。
「パンケーキのトッピングはどうする?」
「バターと蜂蜜がいい」
「ベリージャムは?」
「ヨーグルトに添えて食べる」
「了解! 私もそれにしようっと」
綺麗に膨らんだパンケーキを皿に移し、バターと蜂蜜を載せる。良い匂いだ。
テーブルにはエドが作ったハムと目玉焼きがワンプレートに収まっている。
彩り良く野菜サラダとミニトマトも添えられており、美味しそう。
ナギが収納から取り出したヨーグルトを皿に盛り、ブルーベリージャムの瓶をテーブルに置くと食卓は完成だ。
スープと飲み物はエドが用意してくれている。向かい合って席に着くと、手を合わせていただきます。
美味しく朝食を平らげた。
「さて、これから荒れた庭を整備していきます」
土を耕すのは、土魔法を使うつもりだが、まずは雑草を取り去らなくては。
かつて畑だった場所には、膝丈ほどの雑草が生い茂っている。
周辺はそこまで大きく育ってはいないので、おいおい手入れが出来そうだが、まずはこの大物が問題だった。
「ナギ。草は俺が刈ろう」
麦わら帽子をかぶり、手袋と草刈り用の鎌とスコップを持参した用意の良いエドが立候補してくれたが、ナギは遠慮した。
「ありがたいけど、畑の部分は私がするね。エドは他の場所の雑草取りをお願いしていいかな?」
「それはいいが、そっちの方が大変じゃないのか」
「私は魔法で済ましちゃうから」
笑顔で告げると、風魔法を展開する。
土の上ギリギリの位置で綺麗に刈り取れるように微調整して。
「風の刃」
軽やかな風の音と共に、生い茂った雑草が刈り取られていく。
狙い通りに切れたようだ。
切り落とした草は邪魔なので目視で収納し、破棄。
あと二回ほど発動すれば、畑の雑草は処理出来そうだった。
「……まぁ、ナギだしな」
呆然としていたエドがどこか達観した表情でぽつりと呟いた。どういう意味だろう。
追求しようとした空気を察したのか、エドはさっさと柵の周辺の草取りに励み出した。
「手早く簡単に終わるんだし、良いと思うんだけど! ここだと人目もないし」
「そうだな。一応、大きな魔法を使うときは周囲の確認も忘れないように」
「エドがつめたい…」
文句を言いながらも、ナギはさくさくと畑を整えていく。
雑草の根は土魔法を駆使して、土を柔らかく掻き混ぜるついでに切り刻んで肥料になってもらった。
昨日のように土台を固める土魔法よりは魔力消費が少なかったようで、負担も少ない。
水魔法で湿らせ、空気を孕ませるように混ぜて、ふかふかの土が完成した。
「うん、なかなか良い感じじゃない? さっそく、種を植えようかな」
「早いな。種まきなら手伝おう」
「じゃあ、お願いするね。私はその間、果樹を植える場所を整えてくるから」
知り合った農家から買い取った野菜の種や、花屋で仕入れた苗をエドに渡して、後を任せた。
収納リストを確認すると、保管してあった果樹は十二本。両脇に六本ずつ植えればバランスも悪くなさそうだ。
「りんご、梨、柿に無花果。レモンにオレンジ、ブルーベリー、ラズベリー。あとは枇杷の木だね」
特に気に入った甘い実の木は数本ずつ確保してある。
りんごの木が二本、レモンの木も二本。ベリー系の果樹も二本ずつ採取してあった。
「同じ種類で並べた方がいいよね…。レモンの木は虫除けに良さそうなイメージがあるから、家の側に植えてみよう」
土を耕し、穴を開けて果樹を慎重に移していく。上手くいくか不安だったけれど、今のところ問題なく、移せているようだった。
「十二本、植え終わったよー!」
「こっちも終わったぞ」
お昼時をほんの少し過ぎた頃、ふたりは庭いじりを終えた。
660
お気に入りに追加
14,861
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ
青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。
今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。
婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。
その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。
実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。