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〈ダンジョン都市〉編

139. 庭いじり

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 引越しの初日は、のんびりと各自の部屋を整えたり、片付けを優先した。

 夕食は蕎麦を食べた。
 市場で見かけて購入していたソバ粉を使い、初めての蕎麦打ちに挑戦したのだ。
 パン作りやうどん打ちなど、粉物の扱いを得意とするエドに任せたのだが、なかなかの腕前だったと思う。

 大きな海老の天ぷらをたくさん揚げて蕎麦に載せると、テンションも上がった。
 カボチャにレンコン、ナスに大葉も揚げていく。玉ねぎとニンジンをスライスし、小エビを加えたかき揚げは我ながら会心の出来だったと思う。
 手作りの鰹節と昆布で取った出汁も良い味で、美味しく蕎麦をたぐることが出来た。


 新居は隣家と数百メートル離れた位置にあるため、周囲に遮蔽物が少ない。
 心地良い夜風のおかげで、寝苦しい夜は回避され、快適に熟睡することが出来た。
 

「んー、よく寝た…!」

 目覚めは爽快だ。
 すぐ傍らの森林から響く小鳥のさえずりが、自然の目覚まし時計となり、気持ち良く起きることが出来た。
 カーテンを勢いよく開いて、自室の窓から見下ろすと、ちょうど敷地内の庭が見える。
 お世話になっていた宿『妖精の止まり木』も庭は広かったが、ここはその数倍はあった。
 窓から顔を出すと、早朝のひんやりとした風が優しく頬をひと撫でしていく。
 うっとりと瞳を細めていると、少し息切れした声で話し掛けられた。

「もう起きたのか、ナギ」
「そっちこそ早いね、エド。おはよう」
「おはよう。目が覚めたから、鍛錬していた」

 生真面目なエドは早朝から庭で自主練に励んでいたようだ。煌めく汗がとても眩しい。
 ナギも魔法の師匠であるミーシャさんから魔力操作の鍛錬するようにと言い渡されていたが、なかなか励めていなかった。

「普段の生活でも結構、こまめに使っているんだけどね…。あんまり魔力を使い続けていると、魔道具への充電も出来なくなるし」

 加減がなかなか難しいのだ。
 魔力を使い果たした状態でダンジョンに潜りたくはないし、何が起こるか分からないので、多少の余力はいつでも残しておきたい。

「まぁ、今日は魔力が空になるくらいは働くつもりだし、これも良い修練になるよね…?」

 ちょっとした運動場グラウンドほどの広さを誇る庭をまるっと土魔法で手入れする予定なのだ。
 こつこつと大森林内で手に入れた果樹や花も植えたいし、新鮮な野菜が食べたいので畑も作りたい。
 ミーシャさんから譲り受けた水蜜桃すいみつとうの種は順調に育ち、根もしっかりしたので、地植えしても良いだろうとのお墨付きも貰っている。

「柵の手前に、目隠し代わりに果樹を並べて植えるのも良さそうね」

 日当たりも良いし、良い風が吹いている。
 水魔法でたっぷりと水を与えれば、きっとこの場所でも根付いてくれるだろう。
 美味しい実を期待して、大切に面倒をみていこうと思う。

「さて、今日もしっかり働くから、美味しい朝ごはんを用意しないとね」

 ゆったりとした空色のワンピースに着替えて、エプロンも装着する。
 髪型はハーフアップにして、お気に入りの水色のリボンを結んで身支度は完成だ。
 クローゼットの全身鏡で確認し、気合を入れて一階へ降りて行く。

 宿では男装を通していたので、好きな服装が出来るのは素直に嬉しかった。
 豪華なドレスを常に着たいわけではないけれど、可愛らしいワンピースやフレアスカートは大好きなのだ。


 キッチンでは、エドがオレンジを搾ってくれていた。半分にカットして片手でじゅっ、とコップに満たしてくれる。
 氷魔法で作った氷を入れて、マドラーで涼しげな音を立てながら混ぜて手渡してくれた。

「ありがとう。冷たくて美味しそう」
「せっかく、ここには魔道冷蔵庫があるし、麦茶とジュースを作って冷やしておくか?」
「いいわね。いつでも冷たいお茶が飲めるのは嬉しいかも。冷凍庫もあるし、アイスやシャーベットの作り置きをするのも楽しそう」

 冷蔵庫を心置きなく活用するためには、ガラス製の容器がたくさん欲しい。
 落ち着いたら、ガラス工房や陶器の工房をミヤさんに紹介してもらい、色々と注文がしたいなと思う。

「まぁ、まずは腹ごしらえをして、庭のお手入れだったね」
「手伝おう。ハムと玉子を焼くぞ」
「じゃあ、私はパンケーキを作るね。スープは作り置きのコンソメスープでいいかな」
「ん、楽しみだ」

 エドの料理の腕は着実に上がっている。
 手際よくハムと玉子を焼き、手が空いたらサラダまで作ってくれていた。

「パンケーキのトッピングはどうする?」
「バターと蜂蜜がいい」
「ベリージャムは?」
「ヨーグルトに添えて食べる」
「了解! 私もそれにしようっと」

 綺麗に膨らんだパンケーキを皿に移し、バターと蜂蜜を載せる。良い匂いだ。
 テーブルにはエドが作ったハムと目玉焼きがワンプレートに収まっている。
 彩り良く野菜サラダとミニトマトも添えられており、美味しそう。
 ナギが収納から取り出したヨーグルトを皿に盛り、ブルーベリージャムの瓶をテーブルに置くと食卓は完成だ。
 スープと飲み物はエドが用意してくれている。向かい合って席に着くと、手を合わせていただきます。
 美味しく朝食を平らげた。



「さて、これから荒れた庭を整備していきます」

 土を耕すのは、土魔法を使うつもりだが、まずは雑草を取り去らなくては。
 かつて畑だった場所には、膝丈ほどの雑草が生い茂っている。
 周辺はそこまで大きく育ってはいないので、おいおい手入れが出来そうだが、まずはこの大物が問題だった。

「ナギ。草は俺が刈ろう」

 麦わら帽子をかぶり、手袋と草刈り用の鎌とスコップを持参した用意の良いエドが立候補してくれたが、ナギは遠慮した。

「ありがたいけど、畑の部分は私がするね。エドは他の場所の雑草取りをお願いしていいかな?」
「それはいいが、そっちの方が大変じゃないのか」
「私は魔法で済ましちゃうから」

 笑顔で告げると、風魔法を展開する。
 土の上ギリギリの位置で綺麗に刈り取れるように微調整して。

風の刃ウィンドカッター

 軽やかな風の音と共に、生い茂った雑草が刈り取られていく。
 狙い通りに切れたようだ。
 切り落とした草は邪魔なので目視で収納し、破棄。
 あと二回ほど発動すれば、畑の雑草は処理出来そうだった。

「……まぁ、ナギだしな」

 呆然としていたエドがどこか達観した表情でぽつりと呟いた。どういう意味だろう。
 追求しようとした空気を察したのか、エドはさっさと柵の周辺の草取りに励み出した。

「手早く簡単に終わるんだし、良いと思うんだけど! ここだと人目もないし」
「そうだな。一応、大きな魔法を使うときは周囲の確認も忘れないように」
「エドがつめたい…」

 文句を言いながらも、ナギはさくさくと畑を整えていく。
 雑草の根は土魔法を駆使して、土を柔らかく掻き混ぜるついでに切り刻んで肥料になってもらった。
 昨日のように土台を固める土魔法よりは魔力消費が少なかったようで、負担も少ない。
 水魔法で湿らせ、空気を孕ませるように混ぜて、ふかふかの土が完成した。

「うん、なかなか良い感じじゃない? さっそく、種を植えようかな」
「早いな。種まきなら手伝おう」
「じゃあ、お願いするね。私はその間、果樹を植える場所を整えてくるから」

 知り合った農家から買い取った野菜の種や、花屋で仕入れた苗をエドに渡して、後を任せた。
 収納リストを確認すると、保管してあった果樹は十二本。両脇に六本ずつ植えればバランスも悪くなさそうだ。

「りんご、梨、柿に無花果いちじく。レモンにオレンジ、ブルーベリー、ラズベリー。あとは枇杷びわの木だね」

 特に気に入った甘い実の木は数本ずつ確保してある。
 りんごの木が二本、レモンの木も二本。ベリー系の果樹も二本ずつ採取してあった。

「同じ種類で並べた方がいいよね…。レモンの木は虫除けに良さそうなイメージがあるから、家の側に植えてみよう」

 土を耕し、穴を開けて果樹を慎重に移していく。上手くいくか不安だったけれど、今のところ問題なく、移せているようだった。
 
「十二本、植え終わったよー!」
「こっちも終わったぞ」

 お昼時をほんの少し過ぎた頃、ふたりは庭いじりを終えた。
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