異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈ダンジョン都市〉編

134. 土地を探そう 1

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 第一希望は東の砦周辺、第二希望は南の砦周辺で拠点となる土地を探すことにした。
 ちなみに第三希望はなし。北の鉱山ダンジョンにはあまり魅力を感じなかったので。

 土地を探すことを決めてから、ふたりはすぐにミーシャさんに相談した。
 長く冒険者用の宿を管理している彼女なら、信頼できる不動産屋の伝手つてがあるのではと期待して、手土産片手にお邪魔したのだ。

 オーツ麦を使ったグラノーラ風クッキーは木の実にはうるさいエルフのミーシャさんも気に入ってくれたらしく、さっそく子リスのように齧っている。
 とても可愛らしい。

 アーモンドにクルミとカシューナッツ、干したクランベリーを細かく刻み、潰したバナナと卵、オリーブオイルを混ぜて、味付けは蜂蜜と岩塩のみ。
 これとオーツ麦を合わせて焼いたクッキーは、素材の味とほんのりと優しい風味がする。

 冒険者活動中、小腹が空いた時に食べるカロリーバーとしてどうかな、とナギが試しに作った物で、相談ついでに師匠にアドバイスも貰おうと考えたのだ。

 無心でクッキーを食べ終えたミーシャさんは紅茶で唇を潤すと、ほうっと溜め息を吐いた。
 パンケーキやマフィンの時ほどのテンションではなかったが、それなりの量を盛った皿は空っぽだ。

「悪くはない、と思う。ただ、ぽろぽろとこぼれて食べにくいのと、甘さが物足りない」
「ふむふむ。蜂蜜を追加して、つなぎになる物をもう少し考えてみますね」
「いっそのこと、甘いクッキーと塩辛いクッキーと分けて作るのも良いと思う」

 珍しくエドが口を挟んできた。
 補色用のお菓子なので、それもありかもしれない。ミーシャさんも興味深そうだ。
 甘いお菓子が大好物だけど、お酒好きなエルフさんは塩辛い食べ物もイケる派なのだ。

「塩味のクッキーよりは、いっそパンがいいかな? 皮がパリパリのベーコンエピとか」
「レシピを教えてくれ」
「ん、アバウトになるけど…。後で食べやすいようにアレンジしてみようね」

 ベーコンエピは単に自分の好みである。
 ただ、食べやすいサイズにすれば、片手で摘めるのでオヤツとしては優秀だと思う。
 我が家のパン職人なエドも興味津々で身を乗り出している。
 ベーコンだけでなく、枝豆やチーズを具にしたエピも美味しそうだ。
 色々なレシピをメモしかけて、はたと我にかえる。

「…はっ! 違う、エド。今日の目的は土地探しだよ!」
「土地探し?」
「そうなんです、ミーシャさん。そこそこ貯金も出来たので、拠点を持ちたくて」
「……そう。普通なら、まだ早いと止めるのでしょうけれど、貴方たちなら大丈夫ね」

 ふわりと微笑みかけられて、ナギは息を呑む。
 謎の信頼感に、何となく後ろめたい気分になってしまう。
 あまり表情に出ない彼女がほんの少し寂しそうに見えて、狼狽える。

「あっ、あの、ここを出ることにはなるんですけど、東のダンジョンを稼ぎ場にするから、拠点は近くになるので…! その…っ…」
「………」
「また、ここに、ミーシャさんに会いに来ても、いいですか…?」

 恥ずかしくなって、俯き加減でぽつりとつぶやく。
 すぐに返事がなかったので、そおっと上目遣いで見上げてみると。

「……ッ!」
「ふぇっ…? えっ、ミーシャ、さん…?」

 感極まったように唇を噛み締めた美女が、ぎゅうっとナギを抱きしめてきた。
 淡い花の香りに包まれて驚いたが、柔らかな銀の髪がさらりと頬に当たり、くすぐったくも心地良い。
 とくとく、とほんの少し早い鼓動に耳をすませ、うっとりと瞳を閉じた。

 おそるおそる手を伸ばす。背中に手を回して、優しくハグ。拒まれないことが、こんなにも嬉しいなんて。
 照れ臭いが、胸がほっこりと温かい。
 母と乳母がわりの侍女に抱きしめられた五年前以来、大人の女性に優しく抱擁されている…。
 ほんのりと頬を染めたミーシャさんが、しっかりと視線を合わせて口を開いた。

「貴方は私の弟子なのだから、いつでも訪ねていらっしゃい。用がなくても、よ?」
「……はい!」



 ミーシャさんから貰った紹介状の効果か。
 教えてもらった不動産屋では未成年の自分たちは適当にあしらわれることもなく、丁寧に相談に乗ってもらえた。

「東のダンジョンを狩り場にするので、通いやすい場所が良いですね。敷地も広め、庭も広い方がありがたいです」
上物うわものはこちらで建てるので、土地だけ欲しい。予算は金貨五十枚前後。通りから外れた場所でも構わない」

 譲れない条件を上げて、いくつか見せて貰うことにした。
 不動産屋は壮年の男性で、紙の束から数枚取り出して、さっそく案内してくれた。
 フットワークが軽い彼はイタチの獣人らしい。すらりとした長身で、人懐こい笑顔の持ち主だった。

「ミーシャ様のご紹介ですからね。良い物件と出会えますよう、微力を尽くします」
「ありがとうございます! 楽しみです」

 十才児が土地を買うなど、前世日本ではマトモに取り合って貰えないだろう。
 だが、ここは異世界。冒険者が一攫千金を狙えるファンタジーなお国柄。
 分割払いは渋られるが、にこにこ現金一括払いなら幼子が相手でも大歓迎されるのだ。

 ここダンジョン都市は冒険者のおかげで経済が回っている商業国。
 拠点を据えてダンジョンアタックに励む冒険者は土地を購入した際の税は免除されている。
 引退した冒険者が店を出す場合などはしっかり税金が徴収されるが、土地や家を建てる場合は無税なのです。ありがたい。


「近場から回っていきましょう」

 不動産屋さんが二人乗りの小さな馬車を用意してくれた。御者もしてくれるらしく、お客のふたりはおとなしく座席に座った。
 舗装された道路だが、乗り心地は悪い。
 腰のダメージを恐れたナギは収納からクッションを二つ取り出して、そっとお尻を保護した。エドも無言で真似をする。


 一ヶ所目は街中の一角だった。
 土地のみを希望したが、建物は残っている。冒険者ギルドから近い場所にあるが、かなり狭い物件だ。三階建ての建物は古びており、ところどころ崩れ落ちている。

「一応、庭はありますが……」
「少し狭いですね……」
「却下で」
「はい。あの予算だと街中ではこのくらいの物件となります」

 立地は良いが、狭すぎる。
 これでは『別荘』を設置出来そうにない。
 一般的な物件を教えてくれるために、わざわざ見せてくれたようだった。
 すぐに二件目に回ってくれるようだ。



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