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〈ダンジョン都市〉編
114. 海ダンジョン 3
しおりを挟む三層も洞窟エリアだ。
これまでの層とは違い、中央に湖がある。
二メートルほどの幅がある道がその地底湖をぐるりと囲んでいた。
三層はこの道筋通りに進めば、転移扉に辿り着く。現れる魔獣はウォーターリーパー。
洞窟の道を五分ほど歩くと、それはすぐに姿を見せた。
「来たぞ」
「っ!」
心の準備はしていたが、目にすると顔を顰めてしまう。それほどに醜悪な魔獣だった。
犬ほどの大きさのカエルで蝙蝠に似た翼が生えている。手足はなく、かわりに魚の尾に近いものが見えた。
忙しなく甲高い悲鳴を上げており、鬱陶しいこと、この上ない。
岩影や湖の中から這い出し、その不恰好な翼を広げて飛び掛かってくるが、すべてエドが片手剣で切り裂いていく。
「ドロップするのは魔石か、翼? 拾うのは魔石だけでいいかな…」
「ウォーターリーパーの翼は、薬の材料になるらしいが」
「…拾います」
あまり触りたくなかったので、しゃがんで拾う振りだけして目視でこっそり収納していく。
魔石の質は二層のビッグスライムと変わらない。素早く飛び掛かってきて面倒な魔獣のわりに、儲けは少なそうだ。
他の冒険者たちもこの層は足早に駆け抜けているようだった。
「私たちも急いで通り抜けちゃおう」
「階段で繋がっているエリアは転移が出来ないから不便だな」
「四階層からは転移扉が使えるみたいだから、そこまで頑張りましょう」
転移扉に触れることが出来れば、次回からはその階層からチャレンジすることが可能なのだ。
様子見が目的な海ダンジョンへの挑戦だが、どうせなら深く潜ってみたい。
「身体強化のスキルを使って、少しとばすか」
「そうだね。ドロップも微妙みたいだし、先を急ぎたいかも」
ふたりの意見が一致したところで、スピードを上げて攻略することになった。
ナギも【身体強化】スキルは使える。
全身に魔力を巡らせて、運動能力の底上げをするのだが。
「遅い。俺が運ぶ」
「えぇっ?」
飽くまで、能力の底上げ。
つまり、ナギの普段の体力が数倍になったとしても、エドにはとんでもなく遅く感じるらしく。
痺れを切らした少年は、後ろを走るナギを片手で軽々と抱き上げて駆け出したのである。
「ちょっ、はやいはやいはやいー!」
「黙っていないと舌を噛むぞ」
「……ッ!」
またしても、俵担ぎ体勢で運ばれてしまっている。
男装はしているが、これでも乙女なのだ。もっとマシな運び方はあるだろう。
エド的には片手でナギを抱え、利き腕で武器を持ちたいのは当然なのは分かるが。
それにしても、狼の獣人少年の本気の疾走はとんでもなく早かった。
舗装されていない、滑りやすい洞窟道なのに、気にした風もなく駆け抜けていく。
他の冒険者を何人も追い越して駆けるふたりには、ウォーターリーパーも反応しきれないらしく、襲われることはなかった。
「転移扉だ」
「…っ、ついた、の…?」
あれだけの速さで疾走したエドは涼しい表情で止まったが、運ばれただけのナギの方が息も絶え絶えだ。
ジェットコースター並みの速さで連れ回されたので、それも当然だろう。
こっそりと回復魔法を自分にかけて、ナギはようやく息をついた。
「…エドは休憩しなくて平気なの?」
「? 疲れていないから平気だ」
「体力おばけすぎない…?」
さすがは肉体派ラヴィ師匠に鍛えられた愛弟子だけある。
けろりとした表情で、はやく下に降りようと尻尾を振っていた。
「はいはい。じゃあ、次。四階層へ進むよ」
「ああ、行こう」
手を繋いで、同時に扉を押す。
少しの浮遊感の後、四階層に転移した。
足元に違和感。先程までの硬い岩壁はなく、柔らかに沈む足の裏に驚いて、そっと目を開ける。
透き通った青空が頭上に広がっていた。
「こう来たか…」
「嘘…。まさか、砂漠があるの、ダンジョンに?」
呆然と視線を向けた先には見渡す限りの砂山が広がっていた。
「暑いね。帽子をかぶろう…」
「日に焼けるから、ローブをかぶったほうが良い」
じりじりと肌を灼く熱に、意識が戻ってきた。
遮る物が何ひとつ無い中、真夏の太陽の前で無防備なのはいただけない。
混乱しながら麦わら帽子を取り出そうとすると、エドがため息まじりに止めてきた。
「…そうだね。たしか、辺境伯邸から持ってきた魔道具に良い物があったはず…」
【無限収納】のリストを確認し、目当ての品を取り出した。
濃紺色のフード付きのローブだ。
背中に精巧な魔法陣が刺繍されており、体温調整が出来る優れもの。
「これを着れば、快適な温度を保ってくれるんだって」
「そうか。だが、俺の分は良い」
「え? ダメだよ、遠慮したら。熱中症で倒れちゃうよ?」
「俺は大丈夫だ。氷魔法で周囲を冷やすことが出来る。それよりも、ナギが問題だ」
「……わたし?」
「地図によると、次の転移扉は十キロ以上の距離を進まないと辿り着けない」
「………この砂漠の中を十キロ以上…?」
こくり、と頷かれて、ナギは絶望する。
油断すると足首まで埋まりそうになる、足元の悪い砂漠の山を幾つも越えなくてはならないーーー…
「ナギ、大丈夫だ。獣化して乗せてやるから」
「……お願いします…」
広大な砂漠フロアを前にして、ナギは早々に白旗を掲げた。
『センパイ、この馬用の鞍、鬱陶しいです…』
「悪いけど少しの間我慢してもらえるかな? 鞍がないと乗りこなせそうにないんだよね…」
なにせ、エドが獣化した黒狼は、馬ほどの大きさの立派な獣なのだ。
太い首に手を回してしがみつくのは諦めて、ナギはおずおずと鞍を差し出したものである。
四苦八苦で鞍を装着して、どうにか背中に乗ることができた。
「毛を引っ張ったら、痛そうだったから。ごめんね。重くない?」
『軽いもんですよー。落っことさないように、ゆっくり走りますね』
「ありがと、エドくん。お礼にバニラアイスたっぷり食べさせてあげるからね!」
『馬車馬のごとく頑張りまっす!』
ゴーレム馬車は砂の山と相性が悪すぎて、早々に諦めた。
顕現させた途端、砂山にぐずぐずと沈んでいったので、慌てて収納した。
結局、広大な砂漠フロアで他の冒険者の気配もなかったので、エドに獣化してもらい、乗せてもらうことになったのだ。
『方向だけ指示してくださいね?』
「任せて。ひたすら南に向かえば良いから!」
方位磁石の魔道具をしっかり握り締めて、ナギは大きく頷いた。
脱水症状がこわいので、二人ともしっかりと水分と塩分は補給済みだ。
レモン塩味の飴を口の中で転がしながら、いざ出発!
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