上 下
54 / 275
〈ダンジョン都市〉編

114. 海ダンジョン 3

しおりを挟む

 三層も洞窟エリアだ。
 これまでの層とは違い、中央に湖がある。
 二メートルほどの幅がある道がその地底湖をぐるりと囲んでいた。

 三層はこの道筋通りに進めば、転移扉に辿り着く。現れる魔獣はウォーターリーパー。
 洞窟の道を五分ほど歩くと、それはすぐに姿を見せた。

「来たぞ」
「っ!」

 心の準備はしていたが、目にすると顔を顰めてしまう。それほどに醜悪な魔獣だった。
 犬ほどの大きさのカエルで蝙蝠に似た翼が生えている。手足はなく、かわりに魚の尾に近いものが見えた。
 忙しなく甲高い悲鳴を上げており、鬱陶しいこと、この上ない。
 岩影や湖の中から這い出し、その不恰好な翼を広げて飛び掛かってくるが、すべてエドが片手剣で切り裂いていく。

「ドロップするのは魔石か、翼? 拾うのは魔石だけでいいかな…」
「ウォーターリーパーの翼は、薬の材料になるらしいが」
「…拾います」

 あまり触りたくなかったので、しゃがんで拾う振りだけして目視でこっそり収納していく。
 魔石の質は二層のビッグスライムと変わらない。素早く飛び掛かってきて面倒な魔獣のわりに、儲けは少なそうだ。
 他の冒険者たちもこの層は足早に駆け抜けているようだった。

「私たちも急いで通り抜けちゃおう」
「階段で繋がっているエリアは転移が出来ないから不便だな」
「四階層からは転移扉が使えるみたいだから、そこまで頑張りましょう」

 転移扉に触れることが出来れば、次回からはその階層からチャレンジすることが可能なのだ。
 様子見が目的な海ダンジョンへの挑戦だが、どうせなら深く潜ってみたい。

「身体強化のスキルを使って、少しとばすか」
「そうだね。ドロップも微妙みたいだし、先を急ぎたいかも」

 ふたりの意見が一致したところで、スピードを上げて攻略することになった。
 ナギも【身体強化】スキルは使える。
 全身に魔力を巡らせて、運動能力の底上げをするのだが。

「遅い。俺が運ぶ」
「えぇっ?」

 飽くまで、能力の底上げ。
 つまり、ナギの普段の体力が数倍になったとしても、エドにはとんでもなく遅く感じるらしく。
 痺れを切らした少年は、後ろを走るナギを片手で軽々と抱き上げて駆け出したのである。

「ちょっ、はやいはやいはやいー!」
「黙っていないと舌を噛むぞ」
「……ッ!」

 またしても、俵担ぎ体勢で運ばれてしまっている。
 男装はしているが、これでも乙女なのだ。もっとマシな運び方はあるだろう。
 エド的には片手でナギを抱え、利き腕で武器を持ちたいのは当然なのは分かるが。

 それにしても、狼の獣人少年の本気の疾走はとんでもなく早かった。
 舗装されていない、滑りやすい洞窟道なのに、気にした風もなく駆け抜けていく。
 他の冒険者を何人も追い越して駆けるふたりには、ウォーターリーパーも反応しきれないらしく、襲われることはなかった。


「転移扉だ」
「…っ、ついた、の…?」

 あれだけの速さで疾走したエドは涼しい表情で止まったが、運ばれただけのナギの方が息も絶え絶えだ。
 ジェットコースター並みの速さで連れ回されたので、それも当然だろう。
 こっそりと回復魔法を自分にかけて、ナギはようやく息をついた。

「…エドは休憩しなくて平気なの?」
「? 疲れていないから平気だ」
「体力おばけすぎない…?」

 さすがは肉体派ラヴィ師匠に鍛えられた愛弟子だけある。
 けろりとした表情で、はやく下に降りようと尻尾を振っていた。

「はいはい。じゃあ、次。四階層へ進むよ」
「ああ、行こう」

 手を繋いで、同時に扉を押す。
 少しの浮遊感の後、四階層に転移した。
 足元に違和感。先程までの硬い岩壁はなく、柔らかに沈む足の裏に驚いて、そっと目を開ける。
 透き通った青空が頭上に広がっていた。

「こう来たか…」
「嘘…。まさか、砂漠があるの、ダンジョンに?」

 呆然と視線を向けた先には見渡す限りの砂山が広がっていた。




「暑いね。帽子をかぶろう…」
「日に焼けるから、ローブをかぶったほうが良い」

 じりじりと肌を灼く熱に、意識が戻ってきた。
 遮る物が何ひとつ無い中、真夏の太陽の前で無防備なのはいただけない。
 混乱しながら麦わら帽子を取り出そうとすると、エドがため息まじりに止めてきた。

「…そうだね。たしか、辺境伯邸から持ってきた魔道具に良い物があったはず…」

 【無限収納】のリストを確認し、目当ての品を取り出した。
 濃紺色のフード付きのローブだ。
 背中に精巧な魔法陣が刺繍されており、体温調整が出来る優れもの。

「これを着れば、快適な温度を保ってくれるんだって」
「そうか。だが、俺の分は良い」
「え? ダメだよ、遠慮したら。熱中症で倒れちゃうよ?」
「俺は大丈夫だ。氷魔法で周囲を冷やすことが出来る。それよりも、ナギが問題だ」
「……わたし?」
「地図によると、次の転移扉は十キロ以上の距離を進まないと辿り着けない」
「………この砂漠の中を十キロ以上…?」

 こくり、と頷かれて、ナギは絶望する。
 油断すると足首まで埋まりそうになる、足元の悪い砂漠の山を幾つも越えなくてはならないーーー…

「ナギ、大丈夫だ。獣化して乗せてやるから」
「……お願いします…」

 広大な砂漠フロアを前にして、ナギは早々に白旗を掲げた。



『センパイ、この馬用の鞍、鬱陶しいです…』
「悪いけど少しの間我慢してもらえるかな? 鞍がないと乗りこなせそうにないんだよね…」


 なにせ、エドが獣化した黒狼は、馬ほどの大きさの立派な獣なのだ。
 太い首に手を回してしがみつくのは諦めて、ナギはおずおずと鞍を差し出したものである。
 四苦八苦で鞍を装着して、どうにか背中に乗ることができた。

「毛を引っ張ったら、痛そうだったから。ごめんね。重くない?」
『軽いもんですよー。落っことさないように、ゆっくり走りますね』
「ありがと、エドくん。お礼にバニラアイスたっぷり食べさせてあげるからね!」
『馬車馬のごとく頑張りまっす!』

 
 ゴーレム馬車は砂の山と相性が悪すぎて、早々に諦めた。
 顕現させた途端、砂山にぐずぐずと沈んでいったので、慌てて収納した。

 結局、広大な砂漠フロアで他の冒険者の気配もなかったので、エドに獣化してもらい、乗せてもらうことになったのだ。

『方向だけ指示してくださいね?』
「任せて。ひたすら南に向かえば良いから!」

 方位磁石の魔道具をしっかり握り締めて、ナギは大きく頷いた。
 脱水症状がこわいので、二人ともしっかりと水分と塩分は補給済みだ。
 レモン塩味の飴を口の中で転がしながら、いざ出発!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

婚約破棄 ~家名を名乗らなかっただけ

青の雀
恋愛
シルヴィアは、隣国での留学を終え5年ぶりに生まれ故郷の祖国へ帰ってきた。 今夜、王宮で開かれる自身の婚約披露パーティに出席するためである。 婚約者とは、一度も会っていない親同士が決めた婚約である。 その婚約者と会うなり「家名を名乗らない平民女とは、婚約破棄だ。」と言い渡されてしまう。 実は、シルヴィアは王女殿下であったのだ。

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

けじめをつけさせられた男

杜野秋人
恋愛
「あの女は公爵家の嫁として相応しくありません!よって婚約を破棄し、新たに彼女の妹と婚約を結び直します!」 自信満々で、男は父にそう告げた。 「そうか、分かった」 父はそれだけを息子に告げた。 息子は気付かなかった。 それが取り返しのつかない過ちだったことに⸺。 ◆例によって設定作ってないので固有名詞はほぼありません。思いつきでサラッと書きました。 テンプレ婚約破棄の末路なので頭カラッポで読めます。 ◆しかしこれ、女性向けなのか?ていうか恋愛ジャンルなのか? アルファポリスにもヒューマンドラマジャンルが欲しい……(笑)。 あ、久々にランクインした恋愛ランキングは113位止まりのようです。HOTランキング入りならず。残念! ◆読むにあたって覚えることはひとつだけ。 白金貨=約100万円、これだけです。 ◆全5話、およそ8000字の短編ですのでお気軽にどうぞ。たくさん読んでもらえると有り難いです。 ていうかいつもほとんど読まれないし感想もほぼもらえないし、反応もらえないのはちょっと悲しいです(T∀T) ◆アルファポリスで先行公開。小説家になろうでも公開します。 ◆同一作者の連載中作品 『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』 『熊男爵の押しかけ幼妻〜今日も姫様がグイグイ来る〜』 もよろしくお願いします。特にリンクしませんが同一世界観の物語です。 ◆(24/10/22)今更ながら後日談追加しました(爆)。名前だけしか出てこなかった、婚約破棄された側の侯爵家令嬢ヒルデガルトの視点による後日談です。 後日談はひとまず、アルファポリス限定公開とします。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。