42 / 242
〈ダンジョン都市〉編
104. 女子会 4
しおりを挟む坂道を登った先に、そのレストランはあった。
珪藻土に似た白壁造りの建物で、店員に案内されたのは、海を見渡せるテラス席だ。
「わぁ…! 素敵。オーシャンビューですよ!」
「良い景色でしょ? お気に入りの店なの」
「料理もワインも美味しい」
歓声をあげるナギを、ラヴィさんが微笑みながら宥めてくれる。
ミーシャさんはさっそく店員を捕まえて注文していた。
「この店にはメニューはないのよ。市場で仕入れた、その日の素材によって決まるから、おまかせするだけ」
「注文するのはお酒の種類くらいね」
「あ、私は…」
「ナギには白ぶどうのジュースを頼んでおいたわ。白ワインで乾杯する私たちと気分くらいは楽しんで」
「はい!」
混み合う時間より少しだけ早いため、店は貸切りに近い。
テラス席はちょうど建物の影にあたり、パラソルがなくても快適だった。
渇いた南国の風が汗を吹き飛ばしてくれる。
雲ひとつない晴天と海の碧が白壁を際立たせており、窓際で咲くハイビスカスの黄色が鮮やかに映えていた。
(地中海のリゾート地みたい…)
ドリンク類が運ばれてくる。
ワイングラスとジョッキグラスはきっちり冷やされており、店の意識の高さが透けて見えた。
南国はガラスの生産地が近いため、王国よりもガラス製品が普及している。
「じゃあ、乾杯しましょう」
「…ナギの美味しいご飯とお菓子に?」
「それはそうだけど、なんか締まらないなぁ…」
「あの、女子会に! 乾杯で!」
白ぶどうジュース入りのジョッキを掲げて主張すると、二人とも破顔する。
「そうだった。女子会に乾杯ね」
「三人目のメンバーを歓迎するわ、女子会にようこそ」
「ふふ。素敵な女子会に乾杯」
そっとグラスの縁を重ねて、笑みを交わし合う。
冷えたジュースはちっとも酔えないけれど、一息に半分ほど喉に流し込むと、同じくらいの幸福感に満たされた。
「美味しい」
「良かった。この白ワインも美味しいわ。五年後、貴方と飲むのが楽しみ」
ほんの数日後のことのように、ミーシャさんが微笑みながら云う。
ラヴィさんが呆れたように肩を竦めている。
「これだから気の長いエルフは。十年前の話でも、ついこの間で済ますのよ、ミーシャったら」
「さすがエルフ…」
グラスを傾けながら、くだらないお喋りを楽しんでいると、料理が運ばれてきた。
大皿ひとつを取り分けて食べる料理のようだ。
広めのテーブルがメイン料理だけで半分ほど占められてしまう。
「魚介類のトマト煮込み、かな?」
真っ赤なスープにたっぷりの具材が浮かんでいる。
大きな有頭海老が三匹、ちゃんと人数分入っていた。
イカにタコ、ムール貝に似た貝など、新鮮な魚介類がたっぷりと詰まっていて美味しそうだ。
「うん、今日も当たりね。良い匂い」
「取り分けましょう」
普段はおっとりしているが、食べることに関しては素早いミーシャさんがそれぞれの皿に取り分けてくれた。
胸の中でいただきますを唱えて、さっそくスプーンで掬ったスープを口にする。
海の幸の旨味が凝縮されたスープは文句なしに美味しかった。
ニンニクとオリーブオイルの香りが食欲を掻き立てる。
赤唐辛子のピリッとした刺激が味を引き締めており、大量の煮込みも綺麗に完食出来そうだ。
付け合わせのパンはフォカッチャに似ており、ほんのり塩味がする。
バターやジャムではなく、オリーブオイルに浸して食べるらしい。
「わー。パンも美味しい! スープに良く合いますね」
「そうなのよ。ここのパン、ワインに合うから病みつきになっちゃうのよねぇ…」
「このラザニアも美味しい」
野菜たっぷりのラザニアをもりもり食べるミーシャさん。
お肉の方が好きだと言っていたけれど、同じくらいチーズが好きなようでラザニアをうっとりと堪能している。
あつあつのラザニアを口にして、ナギは少し驚いた。
ホワイトソースの代わりにヨーグルトを使っている。
さっぱりとしていて、意外と美味しい。
ホワイトソースを作るのは地味に面倒なので、これは良い時短テクだと感心した。
「んー、このムニエルの焼き加減も最高です。皮がパリパリで身はほくほく…。ガーリックバターソースも絶妙…っ…!」
身悶えするほど美味しいムニエルに、ナギは夢中になった。付け合わせの野菜も彩りよく、目を楽しませてくれる。
味はもちろん、接客もロケーションも良い、素敵なお店だと感動した。
まさに女子会向けのチョイス。
ラヴィ姐さんを拝みたくなった。
デザートもまた格別だった。
驚いたのは、フルーツのゼリー寄せらしき一品で。
まさか寒天が手に入るのか、と色めきたったのだが。
「これ? スライムが原料なのよ」
「スライム⁉︎」
さらりと爆弾発言され、固まってしまった。
何でも最近発見された製法らしく、核を残したままスライムの身を削り取り、そのゼラチン部分を使うのだと云う。
「……スライムにそんな使い方があったなんて」
「熱して溶かして、また冷やして固めるみたい。カットフルーツを追加して」
「冷たくて美味しいから、ダンジョン都市でも流行りのスイーツよ」
「知らなかった……」
でも、良いことを聞いた。
砂糖漬けにしたフルーツをゼリー寄せにしただけなので、ナギ的には少し物足りない味なのだ。
(これ、果汁や蜂蜜、砂糖を追加して作れば、きっともっと美味しくなる)
大人向けにワインゼリーと洒落込んでも、きっと喜ばれるだろう。
スライムゼリー素材は、デザートだけでなく、他の料理にも使えそうだ。
「今度の休日、エドと一緒にスライム狩りしなきゃ…!」
「あら。ナギが張り切ってるわ」
「これは美味しい物が食べられる予感」
「期待して、待ってましょ」
締めのアイスティーまでしっかり堪能して、ランチを終えた。
食休みも兼ねて、近くの砂浜を散策する。
前世の日本と違って海洋ゴミの見当たらない、美しい砂浜だ。
さらさらと細かな白砂に、貝殻がぽつりと落ちている。
ナギは貝殻を拾い上げ、慎重に形を見定めた。
桜貝に似た小さなお宝を見つけたときには、歓声を上げてしまう。
「どうするの、それ?」
「お留守番のエドへのお土産です」
「ああ、なるほど。オオカミくん、置いて行かれて寂しそうだったものねぇ…」
「う…。ちゃんと布地も買ったし、教えてもらったお店も今度連れて行ってあげるつもりなんで…」
「冗談よ。今日のレストランより、あの子なら肉料理の店の方が喜ぶんじゃない?」
「……たしかに」
お洒落で美味しいお店だったが、魚料理中心のレストランなので、お肉はほぼ皆無。
エドには物足りないかもしれない。
「今日の料理のレシピ、ナギなら再現出来るでしょう? 貴方が作ってあげたら良い」
「ミーシャさん…」
「良い考えね。ついでに私たちにもお相伴を」
「それはもちろん! 今日はご馳走様でした!」
二人に奢って貰ったので、お礼を何にしようか迷っていたところだ。
サンダルを脱いで、裸足で踏む砂の感触が心地良い。
そおっと水際まで寄って、冷たい水の感触に歓声を上げた。
透明度の高い海で、漁師の舟がまるで空に浮かんでいるように見えて感動する。
(エドと泳ぎに来たいな)
楽しい時間を過ごしていても、ふいに過るのは、黒髪の少年の顔。
離れているのに、一緒にいる時よりも、よく彼のことを考えてしまう。
「ナギ。おすすめのお店へ案内してあげる」
ぼんやりと海を眺めていると、ミーシャさんに手招きされた。
ハーブティーとスパイスのお店のことだろう。
サンダルを指先に引っ掛けて。
ナギは黒髪のポニーテールを揺らしながら、エルフの麗人の元へ駆け寄った。
応援ありがとうございます!
141
お気に入りに追加
13,940
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。