異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈ダンジョン都市〉編

104. 女子会 4

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 坂道を登った先に、そのレストランはあった。
 珪藻土に似た白壁造りの建物で、店員に案内されたのは、海を見渡せるテラス席だ。
 
「わぁ…! 素敵。オーシャンビューですよ!」
「良い景色でしょ? お気に入りの店なの」
「料理もワインも美味しい」

 歓声をあげるナギを、ラヴィさんが微笑みながら宥めてくれる。
 ミーシャさんはさっそく店員を捕まえて注文していた。

「この店にはメニューはないのよ。市場で仕入れた、その日の素材によって決まるから、おまかせするだけ」
「注文するのはお酒の種類くらいね」
「あ、私は…」
「ナギには白ぶどうのジュースを頼んでおいたわ。白ワインで乾杯する私たちと気分くらいは楽しんで」
「はい!」

 混み合う時間より少しだけ早いため、店は貸切りに近い。
 テラス席はちょうど建物の影にあたり、パラソルがなくても快適だった。
 渇いた南国の風が汗を吹き飛ばしてくれる。

 雲ひとつない晴天と海の碧が白壁を際立たせており、窓際で咲くハイビスカスの黄色が鮮やかに映えていた。

(地中海のリゾート地みたい…)

 ドリンク類が運ばれてくる。
 ワイングラスとジョッキグラスはきっちり冷やされており、店の意識の高さが透けて見えた。
 南国はガラスの生産地が近いため、王国よりもガラス製品が普及している。

「じゃあ、乾杯しましょう」
「…ナギの美味しいご飯とお菓子に?」
「それはそうだけど、なんか締まらないなぁ…」
「あの、女子会に! 乾杯で!」

 白ぶどうジュース入りのジョッキを掲げて主張すると、二人とも破顔する。

「そうだった。女子会に乾杯ね」
「三人目のメンバーを歓迎するわ、女子会にようこそ」
「ふふ。素敵な女子会に乾杯」

 そっとグラスの縁を重ねて、笑みを交わし合う。
 冷えたジュースはちっとも酔えないけれど、一息に半分ほど喉に流し込むと、同じくらいの幸福感に満たされた。

「美味しい」
「良かった。この白ワインも美味しいわ。五年後、貴方と飲むのが楽しみ」

 ほんの数日後のことのように、ミーシャさんが微笑みながら云う。
 ラヴィさんが呆れたように肩を竦めている。

「これだから気の長いエルフは。十年前の話でも、ついこの間で済ますのよ、ミーシャったら」
「さすがエルフ…」

 グラスを傾けながら、くだらないお喋りを楽しんでいると、料理が運ばれてきた。
 大皿ひとつを取り分けて食べる料理のようだ。
 広めのテーブルがメイン料理だけで半分ほど占められてしまう。

「魚介類のトマト煮込み、かな?」

 真っ赤なスープにたっぷりの具材が浮かんでいる。
 大きな有頭海老が三匹、ちゃんと人数分入っていた。
 イカにタコ、ムール貝に似た貝など、新鮮な魚介類がたっぷりと詰まっていて美味しそうだ。
 
「うん、今日も当たりね。良い匂い」
「取り分けましょう」

 普段はおっとりしているが、食べることに関しては素早いミーシャさんがそれぞれの皿に取り分けてくれた。
 胸の中でいただきますを唱えて、さっそくスプーンで掬ったスープを口にする。

 海の幸の旨味が凝縮されたスープは文句なしに美味しかった。
 ニンニクとオリーブオイルの香りが食欲を掻き立てる。
 赤唐辛子のピリッとした刺激が味を引き締めており、大量の煮込みも綺麗に完食出来そうだ。
 付け合わせのパンはフォカッチャに似ており、ほんのり塩味がする。
 バターやジャムではなく、オリーブオイルに浸して食べるらしい。

「わー。パンも美味しい! スープに良く合いますね」
「そうなのよ。ここのパン、ワインに合うから病みつきになっちゃうのよねぇ…」
「このラザニアも美味しい」

 野菜たっぷりのラザニアをもりもり食べるミーシャさん。
 お肉の方が好きだと言っていたけれど、同じくらいチーズが好きなようでラザニアをうっとりと堪能している。

 あつあつのラザニアを口にして、ナギは少し驚いた。
 ホワイトソースの代わりにヨーグルトを使っている。
 さっぱりとしていて、意外と美味しい。
 ホワイトソースを作るのは地味に面倒なので、これは良い時短テクだと感心した。

「んー、このムニエルの焼き加減も最高です。皮がパリパリで身はほくほく…。ガーリックバターソースも絶妙…っ…!」

 身悶えするほど美味しいムニエルに、ナギは夢中になった。付け合わせの野菜も彩りよく、目を楽しませてくれる。
 味はもちろん、接客もロケーションも良い、素敵なお店だと感動した。
 まさに女子会向けのチョイス。
 ラヴィ姐さんを拝みたくなった。

 デザートもまた格別だった。
 驚いたのは、フルーツのゼリー寄せらしき一品で。
 まさか寒天が手に入るのか、と色めきたったのだが。

「これ? スライムが原料なのよ」
「スライム⁉︎」

 さらりと爆弾発言され、固まってしまった。
 何でも最近発見された製法らしく、核を残したままスライムの身を削り取り、そのゼラチン部分を使うのだと云う。

「……スライムにそんな使い方があったなんて」
「熱して溶かして、また冷やして固めるみたい。カットフルーツを追加して」
「冷たくて美味しいから、ダンジョン都市でも流行りのスイーツよ」
「知らなかった……」

 でも、良いことを聞いた。
 砂糖漬けにしたフルーツをゼリー寄せにしただけなので、ナギ的には少し物足りない味なのだ。

(これ、果汁や蜂蜜、砂糖を追加して作れば、きっともっと美味しくなる)

 大人向けにワインゼリーと洒落込んでも、きっと喜ばれるだろう。
 スライムゼリー素材は、デザートだけでなく、他の料理にも使えそうだ。

「今度の休日、エドと一緒にスライム狩りしなきゃ…!」
「あら。ナギが張り切ってるわ」
「これは美味しい物が食べられる予感」
「期待して、待ってましょ」

 
 締めのアイスティーまでしっかり堪能して、ランチを終えた。
 食休みも兼ねて、近くの砂浜を散策する。
 
 前世の日本と違って海洋ゴミの見当たらない、美しい砂浜だ。
 さらさらと細かな白砂に、貝殻がぽつりと落ちている。
 ナギは貝殻を拾い上げ、慎重に形を見定めた。
 桜貝に似た小さなお宝を見つけたときには、歓声を上げてしまう。

「どうするの、それ?」
「お留守番のエドへのお土産です」
「ああ、なるほど。オオカミくん、置いて行かれて寂しそうだったものねぇ…」
「う…。ちゃんと布地も買ったし、教えてもらったお店も今度連れて行ってあげるつもりなんで…」
「冗談よ。今日のレストランより、あの子なら肉料理の店の方が喜ぶんじゃない?」
「……たしかに」

 お洒落で美味しいお店だったが、魚料理中心のレストランなので、お肉はほぼ皆無。
 エドには物足りないかもしれない。

「今日の料理のレシピ、ナギなら再現出来るでしょう? 貴方が作ってあげたら良い」
「ミーシャさん…」
「良い考えね。ついでに私たちにもお相伴を」
「それはもちろん! 今日はご馳走様でした!」

 二人に奢って貰ったので、お礼を何にしようか迷っていたところだ。
 サンダルを脱いで、裸足で踏む砂の感触が心地良い。
 そおっと水際まで寄って、冷たい水の感触に歓声を上げた。
 透明度の高い海で、漁師の舟がまるで空に浮かんでいるように見えて感動する。

(エドと泳ぎに来たいな)

 楽しい時間を過ごしていても、ふいに過るのは、黒髪の少年の顔。
 離れているのに、一緒にいる時よりも、よく彼のことを考えてしまう。

「ナギ。おすすめのお店へ案内してあげる」

 ぼんやりと海を眺めていると、ミーシャさんに手招きされた。
 ハーブティーとスパイスのお店のことだろう。
 サンダルを指先に引っ掛けて。
 ナギは黒髪のポニーテールを揺らしながら、エルフの麗人の元へ駆け寄った。

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