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三章 子猫暮らし
3.魔王の肩は乗り物です
しおりを挟む魔王の身長は二メートル近くある。
肩は広く、ゆったりと座れるのでお気に入りの場所だ。
キラキラした長い金髪も見飽きることはない。
頭が重く感じたら、魔王のくるりと曲がったツノに顎を載せて休憩をする。
ちょこん、とツノの隙間から顔を覗かせる子猫の愛らしさにメイドたちが歓喜の悲鳴を上げていた。
美女と野獣──もとい、子猫と魔王の姿絵は魔国でも大人気で飛ぶように売れていると聞く。
『売上の半分はミヤさまの物ですよ』
にこりと笑顔で硬貨がぎっしり詰まった皮袋をメイド長が手渡してくれた。
もちろん美夜はウキウキで【アイテムボックス】に収納した。
(やった! これが私の全財産! このお金でその内、買い食いしたいな。ファンタジーっぽく城下町の屋台でボア肉の串焼きとか)
当初は魔物食に忌避感があった美夜だが、魔獣のお肉はとても美味しいと知ってからは積極的に口にしている。
ホーンラビットもボアもコッコ鳥も、どれも絶品なのだ。
その味を思い起こすと、ついつい喉が鳴ってしまう。
「くるるる……」
気付いたアーダルベルトがアメジストのような瞳を細めて、指先で喉をくすぐってくる。
うん、そこそこ。ぎこちなかった手付きが、今では熟練の猫使いの動きだ。さすが魔王。
うっとりと目を閉じ、愛撫に身を任せ、その心地良さを子猫は存分に堪能する。
うん、屋台に買い食いに行く時には魔王にも串焼きを奢ってあげようかな。
お世話になっているしね?
(そういえば、今夜は満月だった)
満月の夜だけ、美夜は人の姿を取り戻す。
とは言え、半分は子猫の姿が混じったままだ。
ベースは十歳くらいの少女の肉体で、そこに猫の耳と尻尾が生えている。いわゆる、猫の獣人姿だ。
なぜか、実際の年齢の半分ほどの姿になったのは、おそらく『混じって』しまった子猫のせいなのだろう。
生まれてまだ一年未満の子猫と二十歳の美夜。足して二で割って、十歳になったのではないかとの予想。
(神さま、安直すぎない?)
ふすん、と不機嫌に鼻を鳴らしてみても、あまり気は晴れない。
(でもまぁ、満月の間だけでも人の姿になれるのは、ありがたいよね)
子猫の姿の時には、己の意志や希望を伝えることにも難儀していたので。
美夜はここぞとばかりに満月の折には、魔王やメイド長に好きな食べ物や好みの味付けについて熱弁したものだった。
お気に入りのブランケットやオモチャについて語ることも忘れずに。
あれが食べたい、これも食べてみたいと、ここぞとばかりにおねだりしたのだが、皆笑顔でメモを取り、ちゃんと用意してくれるのが素晴らしい。すき!
ちなみに、魔王アーダルベルトは子猫姿の美夜を溺愛しているが、満月の夜の間だけ変化する少女の姿の彼女のことも丁寧に扱ってくれる。
初対面時にはいきなり抱き着いてきて驚かされたけれど、メイド長の教育的指導が効いたのか。あれ以降は紳士的に接してくれていた。
というよりも──
(どうも、人の姿の私のことも、かなり好みなようなのよね……?)
元の姿に近い自分のことを気に入ってくれているのは、なんとなく気恥ずかしいが、嬉しくもあった。
子猫の時と同じく、猫可愛がりしようとするのには困惑したが、アーダルベルトと言葉を交わせる時間はとても楽しい。
メイド長が言うには、魔王は美夜のことを伴侶にしたいと考えているらしい。
いくらなんでも、9割子猫姿で1割猫獣人の子供姿な自分を、魔王が伴侶にするわけがないだろうと、あまり本気にはしていないが。
(でも、気に入ってくれているのは、何となく分かる。猫の姿の私も、満月の夜の私の姿も)
尻尾をはたりと揺らす。
少女の時の美夜の姿は我ながら、なかなかの美少女だと思っている。
ベースは元の羽柴美夜だが、そこに子猫成分がプラスされているためにとってもチャーミングに仕上がっていた。
(くりくりの大きな瞳は間違いなく、子猫ちゃんの影響よね。青い目と髪の色もだけど)
体格の良い魔族たちがひしめく魔王城において、日本人の平均身長ほどの美夜はとんでもなく華奢で小柄な子供に見えるようで。
獣人姿になっても過保護に猫可愛がりされる現状は少しばかり微妙な気持ちにはなるけれど。
(でも、悪くない姿よね?)
なにせ、とびきり可愛くなっているのだ。
ふわふわの肩までの長さの髪はプラチナブロンド。三角の猫耳と尻尾も同じ毛色でとっても綺麗。
ずっと四つ足の子猫姿でいたので、しばらくは二足歩行がぎこちなかったけれど、すっかり慣れた今では、身軽に飛び回れる。
さすが勇者、は魔王の口癖だが。
思わず叫びそうになるくらい、猫の獣人姿時の美夜は運動神経が良くなっていた。
地面を蹴って空中で一回転もお手のもの。
子猫の姿の時にはカーテンレールまで登って降りられなくなり「みゃーおーうー!(まーおーうー!)」と悲鳴を上げたものだが、今では余裕で飛び降りられる。
そう、魔王の肩からだって!
「…………みゅ」
すたすたと歩く魔王の肩から下を見下ろして、小さく鳴いた。
うん、見栄を張りました。
ごめんなさい無理です動いているとめちゃくちゃ怖いです……。
「にゅうう」
「? どうした、勇者よ。腹がへったのか」
魔王の肩で身悶えしていると、すぐに横抱きにされた。はやい。そして息をするように自然と腹を吸われた。
「ニャッ!」
ぺち、と魔王のお綺麗な顔を前脚で押しやって抗議する。
不埒な魔王には猫ぱんちの刑です。なぜか、うっとりされていますが。
スキル【猫ぱんち】もレベルが低ければ、ダメージを与えられないのかもしれない。
(モンスターを倒してレベルを上げなきゃ)
真面目に反省する勇者ミヤをよそに、宿敵であるはずの魔王アーダルベルトはほんのり甘く香ばしい肉球の匂いに、うっとりと頬を綻ばせていた。
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コメントありがとうございますー!
その力関係、まさにww
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ご指摘ありがとうございます!
直しますー!!